国家戦略特区ワーキンググループの座長のこと | シイタケのブログ

国家戦略特区ワーキンググループの座長のこと

 八田達夫という大阪大学の先生がいて、この人が安倍政権の国家戦略特区ワーキンググループで座長を務めている。この教授がよく口にする言葉のひとつに、「岩盤規制」という言葉があって、その岩盤のようなカタいカタい規制のひとつが、雇用法制のことなのだそうである。したがってこの雇用法制を打ち破れば、日本は経済成長するのだそうである。

 八田教授の持論がまとめられている記事を、八田教授のブログの中に見つけた( http://tatsuohatta.blogspot.jp/p/blog-page_20.html )。ちょっとつまみ食いしてコメントしてみたい。

 「【八田教授いわく】(打破すべき岩盤のひとつとして)第二は、労働の流動性を極端に下げている日本の雇用法制である。年功序列と終身雇用の組み合わせという戦後日本に独特の雇用制度の下では、若い人は自身の生産性よりも低い賃金をもらい、年配者は自身の生産性よりもはるかに高い賃金をもらう。若い人には、賃金が生産性を超える年齢に達するまで企業を去るインセンティブがない。一方で年配者をその賃金水準で雇おうとする他社はない。このため日本では労働の流動性が低く、自社にしがみつく。そのような従業員を抱えた日本企業には、競争的な新企業が参入することを防ごうとする強い動機が発生する。」

 最初の数行ですでに論理のすり替えが行われているのではないだろうか。「労働の流動性を極端に下げている日本の雇用『法制』」を批判しているように見えて、実は「年功序列と終身雇用の組み合わせという戦後日本に独特の雇用『制度』」を批判している。年功序列も終身雇用も、法律で「そうしなさい」とはどこにも書いていない。もちろんそのような実情を前提とした別の法制はあるが、賃金や昇進に関して年功序列にせよとか、一度雇ったら定年まで雇い続けなさいとか、日本の法制はそこまで労働契約に口出ししていない。年功序列も終身雇用も、日本の労使双方とも、そのほうが利点があると考えてきた結果なのであり、打破したい企業があれば勝手にそれぞれ打破すればよいだけのことである。もちろん、労使で交渉したうえでだが。それに、年功序列と終身雇用が、今の日本の大多数の企業の象徴なのだろうか。

 八田教授は、「若い人は自身の生産性よりも低い賃金をもらい、年配者は自身の生産性よりもはるかに高い賃金をもらう」ことを嘆いているようだが、そうならないように、どう法律を改正すればよいと考えているのだろうか。差別規制ならともかく、給与の配分に法律で口出しするとは、それこそネオリベ族の毛嫌いする大規制なのではないだろうか。

 「【八田教授いわく】しかし終身雇用と年功序列の組み合わせは、若い労働者が少なく年配の労働者が多い現在では持続しようがない。このため、有期雇用の比率が急速に増加しつつある。それにもかかわらず、人的資本を蓄積した労働者の流動性は低いままだ。」

 有期雇用の比率が急速に増加してきているということは、労働法制の規制緩和と相まって、労働者の流動性が高まってきたということではないのか? 八田教授の立場からすれば喜ばしいということではないのか?

 「【八田教授いわく】これは有期労働者が終身雇用労働者に比べて極めて不利に扱われているからである。すなわち、企業は、有期雇用で5年間雇った人を終身雇用に切り替えない限り、雇い止めしなければならないという雇用法制になっているためだ。これでは企業は人に投資しない。十数年の間、有期雇用を繰り返すことができるようになれば、企業は人的な投資を大々的に行うから、給与が大幅に高まるだろう。有期雇用に雇い止めを強制していることは、人的資本蓄積を生まず、結果として有期雇用の賃金を不当に低くしている。これが、有能な人材の流動性を妨げている主因である。」

 …ここまでくるともうわけがわからなくなってしまう。

 まず「【八田教授いわく】有期労働者が終身雇用労働者に比べて極めて不利に扱われている」。終身雇用労働者なんていうのはこの世の中になくて(そんなのがあったらどれだけハッピーか)、終身雇用ではなく無期雇用(正社員)のことを揶揄的に言っていると思われるが、正社員と有期雇用労働者の間に格差があるのはその通り。

 「【八田教授いわく】企業は、有期雇用で5年間雇った人を終身雇用に切り替えない限り、雇い止めしなければならないという雇用法制になっているためだ」。このねじ曲がった解釈は、いくら煽動を狙っているとしても、あまりにもひどいのではないか。法律が専門でなくても、厚労省が出している法改正のポイントを読めば、こんな解釈にならないだろう。法制としては、5年以上雇っているのに有期雇用で雇い続けるのは合理性がないから、あくまで労働者の申し出によって、無期に転換できるというものである。無期というのは解雇権濫用がなければいつでも契約終了するのであり、決して終身雇用に転換するものではない。しかも、有期雇用を無期雇用に転換したからといって、いわゆる正社員と待遇を同じにせよとは、法律のどこにも書いていない。

 「【八田教授いわく】(無期転換ルールがあると)これでは企業は人に投資しない。十数年の間、有期雇用を繰り返すことができるようになれば、企業は人的な投資を大々的に行うから、給与が大幅に高まるだろう」。…八田教授は日本のどこのどういう実例を見てこのように考えるのだろうか。さて、この文章には2通りの解釈があって、「企業が人的投資を大々的に行う」対象は無期雇用者なのか有期雇用者なのかはっきりしない。

 人的投資を有期雇用者に行うことは普通考えられないだろう。流動性の高い労働者に人的投資をしても企業にとって無駄だし、労働者本人もいつ解雇してくるかわからない会社に対して投資に見合った努力をするわけがない。だいたい経団連自身が、その当否はともかくとして、コア人材は長期雇用、業績に連動してクビを切るのは有期雇用労働者、と使い分けを考えているのではないのか。

 八田教授は、有期雇用を繰り返すことができるようになれば、企業は(そういう有期労働者とは別の)いわゆる正社員に対し、人的投資を行うようになる、と言いたいのだろうか。ものすごく論理の飛躍はあるが考えられないでもない。つまり、労働者のほとんどは有期雇用にしてしまっていつでも採用/クビ切りできるようにする、そして、企業にとってのコア人材だけを長期雇用すべく人的投資をする、と。しかしこんな社会が明るい未来だろうか? 少なくとも有期雇用者について「給与が大幅に高まるだろう」なんていうことはありえない。

 「【八田教授いわく】有期雇用に雇い止めを強制していることは、人的資本蓄積を生まず、結果として有期雇用の賃金を不当に低くしている。これが、有能な人材の流動性を妨げている主因である」。法律は有期雇用の雇止めを「強制」などしていない。たしかに今の無期転換ルールは、雇止めを誘発するという欠陥はあるかもしれない。しかしそういうのは悪質な企業のやることだ。そんな脱法行為をしているブラック(まがい)企業があったら、労基署が指導や企業名公表などをできるようにすればよい。しかも、この無期転換ルールが実際に社会的影響を与え始めるのは施行から5年後の平成30年前後からであって、「有期雇用の賃金を不当に低くしている」という結果が、今の時点で表れているはずがない。無期転換ルールが、有期雇用労働者の賃金水準を押し下げてしかも有能な人材の流動性を妨げている主因なのだとすれば、無期転換という規制がなく、有期雇用を更新し続けることができたこれまでは、有期雇用労働者の賃金が上昇し、有能な人材が流動していたとでもいうのだろうか。

 八田教授は経済学者であり、物事を合理的に考えることのできる人であるはずなのだから、ここまで法律の解釈をねじ曲げて、しかも現実を無視した考えを披露しているところをみると、この教授の意見表明の背後に大きな利権が存在しているか、あるいは強烈に歪んだ人生観があると感じざるを得ない。

 つまりは、八田教授が言いたいのは、いつでもクビ切りができ、使い続けたいときは更新し続けられる有期雇用労働者の割合をもっと高めて、企業のコストを削減すれば、企業の収益は(短期的に)上がるということであろう。しかしこんなことでは企業の収益は高まっても、一部の富裕層と大多数の低所得層が構成する社会になって、国民全体の生活水準は低下してしまう。

 政治家は、この八田教授のような扇動的な意見を利用すべきではないと思う。

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