超勤60時間以上割増の無意味 | シイタケのブログ

超勤60時間以上割増の無意味

 先般の労働基準法改正により、時間外労働時間(残業時間)が月60時間を越える場合は、5割増の賃金を支払わなければならないことになった(中小企業には猶予あり)。現在は25%であるからその倍である。また、月45時間を超える場合も、25%より多くの賃金を支払うことが努力義務となった。これらの改正は来年4月から施行である。その趣旨は、長時間労働の抑制にある。すなわち、残業代を多く支払わなければならないとなると経営者は困るから、必然的に経営者は労働者の残業時間を減らすよう努力するだろう、と経営者に淡い期待を寄せた制度である。

 もちろん、このような規制が、本当に長時間労働を規制する効果がほとんどないことは、誰の目にも明らかであろう。

 まず、そもそも労働者を長時間労働させているような会社は、残業代を不払いであることが多い。このような会社が、法改正があったからといってハイそうですかと残業代を支給し、なおかつ割増率を上げるわけがない。国会議員を含む立法担当者は、どれだけ経営者を善人とみているのかと言いたくなる。というより、そもそも長時間労働を本気で抑制する気はないのであろう。なぜなら、この労基法改正は企業献金に頼る自民党政権末期に成立した法律だからである。

 また、月45時間を超える労働に25%を超える割増賃金を支払う「努力義務」が課せられたわけだが、これまた経営者の「努力」に委ねた制度であり、そもそもただ働きをさせて長時間労働を抑制しない経営者が、割増率を上げるよう努力するはずがなかろう。それに、この「努力」の結果…すなわち、25%を超える割増率は、三六協定の中のいわゆる「特別条項」(臨時的な長時間労働を認める協定)に盛り込むとされているのであるが、そもそも三六協定なしで残業させている会社もあるというのに、また三六協定があっても特別条項は持っていない会社も多いのに、25%を超える割増率を、いったいどうやって掲げろというのであろうか。労働者が実態として月45時間(厚生労働省の限度基準告示)以上の時間外労働をしていることが多いものの、特別条項を立てるのは好ましくない、つまり、特別条項を立てるよう要求するよりも、労働時間を少なくするよう会社に求めていくべきだとして、これまで特別条項を受け入れていない労働組合も多い。そのような組合は、どのようにして25%を超える割増率を会社に要求するのであろうか。組合自ら特別条項を立てるよう会社に要求していくのか。本末転倒ではないか。これほどまでにゆるい立法のために法制審議会、国会の委員会、本会議、そして厚労省の周知活動…というように人手と金をかけているとは、なんとも無駄で、腹立たしいではないか。

 仮に、月45時間以上の残業割増を30%と特別条項に書き込み、60時間以上の残業割増を50%というように就業規則に書き込む世にも珍しい善良な企業があったとする。しかしそのような善良企業が、個人の抱える仕事の中身も精査して長時間労働を抑制しようとするかは別問題である。これまでと同じ仕事をさせつつ、「お前に出す残業代がもったいないから早く家に帰れよ」と労働者に圧力をかけることも多くなるのではないか。あるいは、労働者のほうが萎縮してしまい、「割増賃金要りません」と仕事を家に持ち帰る事例が多くなるのではなかろうか。

 制度の整合性という意味でも、この労基法改正は破綻していると言わざるを得ない。そもそも、割増率アップの基準となる残業時間を、45時間とか60時間に設定しているということは、そのくらいの残業をしている実態が多いということを前提にしているのであろうが、法制度としては、45時間を超えるような残業は、臨時的な事態とされているのである。つまり…法定労働時間を超える残業を会社が命じるためには、ご存知の通り、いわゆるサブロク協定(三六協定)を労使で締結しなければならない。協定を結べば青天井で残業が認められるわけではなく、たとえば月45時間が一応の限度となっており(厚労省の告示)、どうしてもそれ以上残業する必要がある場合は、臨時的な理由に限って、特別条項をサブロク協定に盛り込めば、45時間を超える残業をしてもよいということになっている(これも厚労省の告示)。この特別条項の容認が、実質的に残業を青天井にしているという批判もあるが、少なくとも建前では、45時間を超える残業は、臨時的なものに限るとされているのである。今回の労基法改正は、法制度上、その臨時的なものに、通常より多い割増賃金を支払えというものに過ぎない。一方で45時間を超える残業を臨時的なものにせよといいつつ、それに違反する実態が蔓延していることを前提に割増率を引き上げるという錯綜した制度なのである。

 本気で長時間労働を規制したいなら、残業を直接法律で規制すべきであり、その遵守については労働基準監督署が目を光らせるという制度にすればよいのである。上記に関連していえば、45時間を超える残業を本当に「臨時的」なものにするよう、労基署がもっとも管轄地域を取り締まればよいのである。このような見解に対しては、現実にそぐわない、サービス残業や持ち帰り残業が増えるという批判もあろうが、そういう批判は毎度おなじみのことであり(サラ金を規制すればヤミ金が増えるなどという珍批判と同類)、小さなデメリットのために大きなメリットを拒む理由はどこにもないのである。労働時間を直接規制すれば、たとえ賃金がいくぶん安くなるとはいえ、ワークシェアリング…失業者減にもつながることであろう。

 新政権では、早くこのゆがんだ政策が見直されることを望む。まさか連合傘下の大企業の正社員が、60時間を超える残業代が増えて喜んでいるわけではないだろう。

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