ジャンプ、そして安岡力也か大猿か。
いつか、どこかで誰かが言った。
『英雄のいない時代は不幸だが、
英雄を必要とする時代はさらに不幸だ。』
●
最近、親友の映像クリエイターとよくジャンプの話をする。
もちろん、株式会社リンクアンドモチベーションの
インターンのことではない。
少年たちの教科書、『週刊少年ジャンプ』のことだ。
子供の頃、月曜日になると決まって
学校の帰り道、コンビニに駆け込み、
出たばかりのジャンプを立ち読みしていた。
それはぼくにとって登下校の基本ルールだった。
水曜日の夜には燃えるゴミを出す。
木曜日の夕方には合唱部の練習に出る。
金曜日の夜には朝まで夢を語り明かす。
月曜日の夕方にはジャンプを立ち読みする。
火曜日の夕方には『ジャンプは毎週火曜日発売』
って本誌には書いてあるのに、
なんで毎週月曜日に出るんだろう?
と大人への不信感を強める。
少年であったぼくの一週間はそんな感じだった。
当時、ぼくの親が電車の中で
マンガを読む大人を恥ずかしいなんて言っていた。
ぼくは思っていた。
日本で、大人が電車の中でマンガを読むのは
日本の大人が幼いからではなく、
日本のマンガが面白いからなんだ、と。
相変わらずぼくは月曜日の夕方には
ジャンプを立ち読みしている。
高校時代も、受験中も、就活中も、今も。
そして、たぶんこれからも。
実際ぼくは人生で大切にするべきことの
ほとんどをジャンプから学んだ。
諦めたらそこで試合終了だってこと。
敵が時を止めたなら、
後からこっちが止めてやればいいんだってこと。
パンツを顔面に被ると
怖いものなんかなくなるってこと。
東京最強のヤンキーは吉祥寺にいるってこと。
困った時は新宿の駅の掲示板に
XYZって書くんだってこと。
不殺(ころさず)の信念を貫きつつ
奥義を放つには左足から踏み込むってこと。
マヒャドとメラゾーマを同時に
発動させるとメドローアになるってこと。
不良の背中には、フライパンでも
金属バットでもなんでも入るってこと。
霊丸は一日に三回しか撃てないってこと。
そして、何より…
友情、努力、勝利。
そんなジャンプだが、最近は勢いが弱まっている。
このblogを読んでいる人の中に、
一体何人ジャンプ読者がいるかはわからない。
だけど、きっとそう感じているのは、
ぼくだけじゃないはずだ。
そもそも、全盛期、すなわち
80年代後半~90年代前半のジャンプは、
ジャンプ読者でなくともジャンプの漫画を知っていた。
ジャンプは週刊マンガ雑誌ではなかった。
一つの社会現象として、
マンガ読者の向こう側にある世間にまで、
確実に届いていた。
全盛期のジャンプの連載を思いつくままに挙げてみる。
『北斗の拳』『幽遊白書』『ジョジョの奇妙な冒険』
『花の慶次』『ダイの大冒険』『スラムダンク』
『ろくでなしブルース』『忍空』『Boy』
『新ジャングルの王者ターちゃん』『変態仮面』
『るろうに剣心』『シティハンター』『ドラゴンボール』
・・・・・・。
これだけのマンガが毎週人気を奪い合い、
内容を競いあっていたのだ。
その上で作家、編集者、読者が、
それぞれ真剣に自らの位置で
ベストを尽くしていたのだ。
恐ろしい時代である。
どれほどの熱量が発揮されていたことか。
その熱量こそが、ジャンプを
少年マンガ界の大気圏を突破させ、
世間という広き宇宙にまで
届けさせたのである。
何かに似ている。
そう、新日本プロレスだ。
全盛期の新日本プロレスにおいても
才能が火花を散らしていた。
アントニオ猪木、坂口征二、初代タイガーマスク、
藤波辰巳出版、長州力、前田日明、高田延彦、
船木誠勝、橋本真也、武藤敬司、蝶野正洋
この全員が同じリングで覇を競っていたのだ。
バックステージも多士多斉であった。
新間寿も永島勝司も中村監督も上井駅長もいたのだ。
彼らが同じオフィスで企みを交していたのだ。
つくづく、恐ろしい時代である。
話を元に戻そう。
最近のジャンプは弱々しい。
ジャンプ読者は確実に減ってきている。
全盛期に毎週600万部という奇跡を
日常化していたジャンプは、今となっては
毎週100万部ほどだという。
ただ、本質的な意味で、もっと問題なのは、
ジャンプが世間に全く届いていないということだ。
現在ジャンプに連載されているマンガの中で、
ジャンプを読んでいない人が知っている
マンガが一体いくつあるだろうか?
せいぜい『ワンピース』と
『こち亀』くらいだろう。
これは、どういうことなのか。
世の人たちはワケシリ顔でいう。
いわく、インターネットやケータイの
普及で娯楽の形が変化した。
いわく、少年たちのお金の使い方が変わりつつある。
いわく、少年たちの価値観が多様化しつつある。
しゃらくせー。
言い訳なんか、いくらでもできる。
それでも事実として、
『ワンピース』は売れているじゃないか。
『デスノート』も『NARUTO』も、
売れているじゃないか。
単独の作品として世間まで届いているじゃないか。
無邪気で、甘っちょろい考えかも知れないが、
ぼくはコンテンツの力を信じる。
面白いものは売れると、信じる。
最近のマンガがつまらないのは、力が弱いのは、
マーケティングの弊害だという気がする。
これは、ジャンプはもちろん
マガジンやサンデーでも顕著な現象なのだが、
マンガのテーマが細分化されすぎている気がするのだ。
エアートレックとか、ヤンキー料理人とか、
パン職人とか・・・なんだ。
何がやりたいのか一向にわからん。
編集者だか出版社だかが、
社内の会議を通すため、
中規模なヒットを見込んだ作品を
連発している光景が目に浮かぶ。
いわく、『競技人口が拡大中で…。』
いわく、『ネットで検索数が…。』
しゃらくせー。
たしかにマーケティングは大事だ。
だけどね、そこから本当のスーパーヒットは
生まれない気がするんだよ。
編集者が、何が世の中に求められているかを
考えた末に生まれる作品も悪くはない。
だが、作家が、世の中に何を伝えたいか
考えた末に死んでもいいほどの
思いで生み出す作品には圧倒的な力がある。
そう、ぼくは信じる。
『スラムダンク』だって、
当時バスケなんか少しも流行っていなかった。
ただただ、作家のバスケへの思いが世間に届き、
世間を動かしたのだ。
『ドラゴンボール』だって、
ただただ面白いモノを描きたいという
作家の思いが世間を動かし、歴史を刻んだのだ。
『世紀末リーダー伝たけし』だって、
ただただ作家が小学校とセッ…。
今流行っている『ワンピース』は、
何も新しいことなんてしていない。
ただ、友情、努力、勝利の物語を
近年稀に見るほどの熱量で、真剣に、
丁寧に、まっすぐに創り上げているだけだ。
かつて少年だったぼくたちは、
今でもそれが、愛惜しくてたまらない。
そもそも、全盛期ジャンプの最大の功績として
ぼくが考えるものが二つある。
それは、『スタンドシステム』と、『DBプロット』だ。
スタンドシステムとは、
ジョジョの奇妙な冒険の第三部から用いられた、
スタンド(特殊能力を持つ戦闘用の守護霊のようなもの)
に端を発する、一キャラクターにつき、一つずつ、
戦闘用の特殊能力を持っているという基本設定と、
その能力を駆使して敵との
戦闘を繰り返していくという物語の構造だ。
スタンド以外には具体的には、
念、斬魄刀、北斗神拳を筆頭とした世紀末拳法、
飛天御剣流を筆頭とした幕末剣術、
干支忍法、守護者、悪魔の実などに継承されている。
次にDBプロットだが、
これはドラゴンボールに端を発する
倒した敵が次々と仲間になっていき、
敵の強さも可及数的に
巨大化していくというプロットのことだ。
これも『るろうに剣心』『幽遊白書』
『ブリーチ』『リボーン』『ダイの大冒険』
『ワンピース』『武装錬金』など多くの作品に継承されている。
ジャンプは、ひいてはジャンプの作家たちは
もっともっと正直にその理念である、
友情、努力、勝利の三本柱と
偉大なる二大システムを大切にしてもいいと思う。
賢くなんかならないで、もっと愚直に、
もっと熱苦しく、もっと無邪気に、
まっすぐな物語を創ってもいいんじゃないか、と思うわけだ。
その一つの正解が『アイシールド21』だ。
21世紀型の友情、努力、勝利。ぼくは大好きです。
『銀魂』も素晴らしい。
これはジャンプにおいてはかなりの変化球だ。
この作品はかつてジャンプ読者の少年だった
誰かに向けて描かれている。
そう、つまりぼくたち。
シニカルでシニカルになりきれない、
とても美しい作品。
ジャンプ、頑張れ。
今こそ卍解だ!!!!
ジンくん、頑張れ。
今こそアイシールドを外す時だ。
本当にモノスゴイものは、
世間の後追いからは決して生まれない。
「それ」は、世間なんかが全然見てない
明後日の方向から、やってきて、
世間を強烈に引っ張っていく。
「それ」は、作家の狂おしいほどの熱からしか、
生まれない。
●
総書記です。
久しぶりに物凄い長い前置きになってしまいました。
すみません。
言いたいことは、二つ。
ぼくらの創りあげる本も、誰かの胸を踊らせ、
誰かの血を沸き立たせ、誰かの人生の
大切な何かになれればいいな、ということ。
欲をいえば、たくさんの誰かの心を動かして、
その先にある世間をピクリとでも
動かしてやれればな、ということ。
出版が現実化しつつある今、
プロデューサーのぼくはそのための仕掛けを
必死に考えているわけです。
巻き起こすぜ。渦巻き。
そしてもう一つは、実はぼくが
スーパーサイヤ人だということ。
別に金髪だとか、
どんなにボロボロになっても
下半身の服は破れないとか、じゃない。
キレるのだ。
満月を見ると?
クリリンが殺されると?
違う。
お腹が空くと。
今までのblogを読んでいただいた方は
お気づきかも知れませんが、
ぼくは非常に短気なんです。
俗に言う切れキャラ。
お腹が空くと、すぐに周囲に当たり散らす。
スタッフはおろか、関係ない店内の客や店員さん、
誰彼構わず恫喝する。怒鳴り散らす。
騒ぎたてる。暴れる。ムスタファ=ケマル。
もちろん反省している。
ぼくがもし、サイヤ人ならば尻尾を
ヤジロベーに切り捨ててもらいたい。
でも、ぼくには尻尾はないから。
反省したり、周りの仲間に理解してもらうしかない。
で、仲間たちはやっぱり賢いから、
ミーティングなどしている時、
ぼくがお腹を空かせ始めるのを敏感に察知する。
下手したらその感知スピードはぼく自身より早い。
サイトーはぼくがお腹を空かし始めると何気なく隣に座る。
合コンストラテジー的な、
ぼくへの下心からではもちろんない。
キレたぼくが他の誰かに暴力をふるわないようにだ。
隣に座っている人がモミアゲが長くて
神経質そうなヤセギスだったり、
セクシーな女性だったりしたら、
お腹を空かせたぼくは、
そんなに大きくない大猿になってしまうのだ。
悲惨な事故を未然に防ぐ人類の知恵だ。
タカオくんはぼくがお腹を空かし始めると、
軽くことばでジャブを入れる。
『ちょっとー、お腹空いてるからって、イライラしないでね。』
だいたいぼくはこう答える。
―お腹空いたからってイライラしないよっ!
子供かオレは?下らないこと言うなよ、
イライラするな~。
子供以下だ。
タカトとジンくんはぼくがお腹を空かし始めると、
決まってタバコを吸いに外に出る。
大人の危機回避術だ。
大人タバコ講座に加えたい。
誰かJTに教えてあげてください。
タバコのおかげで長生きできる
事例もあるにはあるんです。
サワキはぼくがイライラし始めると
、明後日の方向を向いてぼくと
決して目を合わさないでプルプルしている。
脅えているのかと思ってカフェの窓に
映るヤツの顔を見てみたことがある。
クシャクシャに歪んで今にも泣きそうだった。
声も挙げずに大爆笑していた。
ぼくはまた、キレた。
ナオミは…アメ玉をくれます。
過去のblogにも幾度かぼくの暴挙や、
チームの緊張状態が描かれているが、
ほぼほぼ悪いのはぼくだ。というより、ぼくの機嫌だ。
ウソです、すいません。ぼくの責任です。
そもそもプロデューサーが個人の生理的な都合で
ミーティング中にも関わらずキレるとか、ないじゃん。
力也か。
みんな、いつも大人でいてくれてありがとう。
かように、『学外活動』は
人を成長させるわけであります。
早く、月曜日にならないかな。
アイシールド21、どうなるのかな。
●
冒頭のことばは、ゲーテが、ナポレオン政権のフランス国民に贈ったことばです。
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