今日の戯言【ゲシュタルトの裏】 | 単焦点フォトグラファー
暇なので書いてみます。戯言を。ええ、戯言です。

不思議な言葉だけど、写真の世界ではすっかり浸透してしまっている「ハイアマチュア」。
プロ並みの腕前を持つアマチュア写真家を指すらしい。ちなみに「ハイアマチュア」という言葉は英語圏にはない。
カタログや雑誌を見ても「エントリー」「ミドル」「ハイアマチュア」「セミプロ」「プロ」「ハイエンド」「フラッグシップ」など分類別けの言葉は多い。どうやらアマチュア写真家向けにカテゴライズしているようだ。
しかし、分類別けが「悪」と言うわけではない。カテゴライズ自体、ヒトの遺伝子に組み込まれた本能とも言うべき優れた能力である。

下記の記号を眺めてみよう。

)(  )(  )(  )(  )(  )(









どうだろうか。見えてきたのは『 (  ) 』ではないだろうか。
『 )( 』と知覚したのは少数派のはずである。自然と『 (  ) 』を有意味のものとしカテゴライズして知覚したのである。つまり分類別けは自然な行為であるといっていい。
 (興味のある方は、ゲシュタルト心理学に触れてみるといいだろう。)
武道や書道、珠算検定など「成果、結果」に応じて『段』とか『級』で分類別けされる。
この事に違和感を持つ者は少ない。写真の世界は何がどう違うのだろう。

もう、お分かりだろう。
写真の世界は「成果、結果」に関係なく、「道具」でカテゴライズされる。
そのカテゴライズは、メーカーや販売店が造語まで用意して消費者に刷り込んだ。
『高額な機材 → 気合が入っている → 写真が上手い人』の連想を
『高額な機材 = 写真が上手い人』のカテゴライズに見事すり替えてしまった。
ゲシュタルトの裏を突くとは、かなり頭がいい。心理学を逆手にとって販売促進に利用したということである。

過去の偉大な写真家達は、現代技術より圧倒的に劣る機材しか持ち合わせていない。
しかし、作品を撮って残している。
これが私の思う、「ゲシュタルトの裏」に対する反証である。