自分の根本的な思い込み(自分でも存在を忘れてしまってるくらい根本的なやつ)はなんなのか、いつも探ってるのですが、
世話しないと愛されない、とかいう思い込み前提もあるのかなと思いました。
わたしは自分をないがしろにして自己犠牲しすぎるきらいがあって、それはなんとかやりすぎないようにここ数年心がけてきました。
でも、母曰く、わたしはすごいワガママだっていうんですよね。
小さい時からひどいわがままで、どうしようもなかった、みたいな。
今思うと、わがままっていうか、思いのままに行動して、そんな自分の存在を周りに許容されることで自分自身に充足する満足感とか、自分に力がある感じとか、尊重されてる感じとか、そういうのをこの世界で味わって自分の感覚として落とし込む時期って赤ちゃんには必要だとは思います。
自分で自分が存在する手触りを確かめる時期。
わたしはなんかそこらへんがすごくいびつな気がします。
自分が存在してる感覚が非常に薄い。
息子2(1歳5ヶ月)を見てたら、自分がどう感じてるかとか、自分でいることが面白いとか、そういうのを自分の中でいちいちしっかり味わってるように見えます。
わたしはそういう個人としての自分の中の感覚が非常に薄くて、まあ、男と女の違いもあるのかもしれないですが、
いつも何かが不安で、でも何に対してそういう心許なさを感じてるのかはよくわかりませんでした。
多分、個人としての自分を味わう経験がなんか、うまくできてなかったんじゃないかなと思います。
自分の中心でものを考えたり感じたり、ということがなかったのかなと。
じゃあどこで?
となると、もういきなり自分の体の外で、宇宙とか空とか、そういうとこで感じたり考えてたような気がします。
自分の意識はいつも自分の体の外にいた感じ。
なんで自分の中に居れなくなっちゃったのかな、と考えると、
まあそれは過去生で肉体は自分ではないみたいな、別次元に意識を持っていくような訓練ばっかりしてたからかもしれなくて、今世生まれて、その続きをしてただけなのかもしれないんですけど、
(以前、滋賀の山奥のありがとう村のありがとうおじさんにそんなようなことを言われました)
今世の要素に限定して考えると、
(今世に過去背も未来世もすべて含まれてるから今を見たら全部わかる)
まあ、母はわたしの個人性、言い換えれば母以外の中心点としての他人の存在を許容できなかったというのはあるかもと思います。
だからわたしはそれに適応して、生き延びるために自分の中に中心点を置くのをやめて、意識を空に広げた。
母は多分非常に自分の中に中心があって、それを周りに適当に受け入れられて育ったんじゃないかと思うんですよね。
自己完結して完全生を保ってる霊能系な濃い感じの人です。
6〜7人兄弟の末っ子だし。(いわゆる昔でいうとこの恥かきっ子みたいな、上の姉とかとはかなり歳が離れてて、お姉ちゃん達も親みたいに母を世話してたらしい)
だから、我が子といえども長女であるわたしにも精神的な世話人・大人を求めたのかなと。
自分以外の中心点は許容せず穢れとみなし、全くエゴのない状態の相手とかだったらまるで教祖に対する信者のように献身的になれる。
でもその場合も、相手はからっぽでなくてはならないのです。
だからわたしは母に求められていた虚ろな器を引き受けて、自分ではない状態でのみ献身された感じがします。
わたしが子どもらしい要求をすると聞き入れられず、空っぽの器として母の献身欲を満たすための偶像であるときは脳の機能が停止してるんじゃないかくらいにやたら献身されました。
なんかそういう役割でいる自分を母は好きだったんだろうと思うんですけど。
犬とか猫とかにもやたら献身するんですよね。
献身という名の支配かなとも思いますが。
いうことを聞かないとなじるから。
何かそういう献身のできる対象としては大事にされたけど、わたし自身のことは知ろうも思ってなかったような気もします。
わたしが個人としてどう感じて、どういう世界の見方をしてるのかとか。
個人としてのわたしっていうのは母にとっては穢れに等しい忌むべき要素だったのかなと思います。
そうやって、わたしを導いて矯正してる感覚もあったのかな。
おかげで個人性が培われずにキレイキレイで空っぽすぎるまま神秘体験的なとこに突入してしまったので、ある意味わたしの神と一体化したいとか望んで修行してた過去生があるなら、そこで望んだことは成就したんだろうと思います。
でもそこでばいば〜い、といなくならずにまた戻ってきたので、こんどはこの世界でわたしは個人として生きる方向に自分を発展させる必要が出てきて、
自分の中心を見つけて、(それはないということが見つかったのでややこしいんですけど)
いろんな穢れを全部内在化させてぐるっと一回りしてるとこだと思います。
生きてる実感をもって納得できる存在形態を実現するために。
とにかくわたしは個人として機能してたことが本当になかったということが徐々に明らかになってきて、実感というか客観視できるようになってきています。
そんなわたしが個人として幸せに生きようと思っても、なんか、経験がないんですけど・・・想像することもできないんですけど・・・という状態だということが徐々にわかってきました。笑
でも今までは、わたしは個人として幸せに生きるということがどういうことなのか、想像することすらできないのだという可能性にすら気づいていなかったので、かなり発展してると思います。
今は、自分の中にそういう引き出しが全くないっていうことにはうっすら気がついてきています。
完全に損失してるので無いことに気がついてなかった。
自分の感情や欲求を表現することがわがままと扱われてしまうと、
なんかこう、生きててすみません、こんな自分でごめんなさい、て感じになりますよね。
だからそのままの自分の感情やら欲求を表現することというのはわたしは抹殺したっぽいのですが、代わりに素晴らしい自分を表に立てましたよね。多分。
感情とかも自己検閲が入って、他者に受け入れられるものを受け入れられる形で表現することだけを許してたと思うので、
それって内側から湧いてきた感情とかではなくて多分、その場にふさわしい感情なんだと思います。
だから、仮面の感情だと思います。
ただまあ、そういうのは主に対人関係の中での複雑な現れ方なので、自分一人の世界っていうのはわたしは殺さずに、あったとは思います。
話はずいぶんあちこち飛びましたが、
わたしは空っぽな自分として世話を受け入れること、干渉を受け入れて自分を生きないことで生き残りをかけたのだと思います。
それは相手のこころのの安寧のための責任を自分を生きることを犠牲にすることでとったということとも言えるかもしれません。
同時に、もっと直接的にみんなの気持ちの受け皿としての役割を積極的に持たされたし、自分でも持ったということがあると思います。
そのときやはり、自分の個人的な気持ちとかがあるとみんなの受け皿ではなくなるのでそれらは捨て去られました。
自分を生きないことでみんなを生かしてるみたいなそんな意識状態。
母には「あんたはわたしのお母さんや」と言われ、父には「みんな(わたしには年の近い弟が4人います)が後に続きやすくなるように手本になれ」と言われ。
それが子どもとして精神的に支えられ、守られてる安心感の中で自分自身を生きるという土台が出来てからなんだったらいいかもしれないんだけど、そこをすっ飛ばしてやっちゃってたのがわたしだと思います。
それ(他人の世話をするポジションに自分を置くこと)をしないと自分の居場所がなくて生き延びれない危機感があったんだろうと思います。
もしくは、それをすることで居場所が確保できる安心感が得られたんだろうと思います。
だからいまだに、ただ単に自分でいることは、その記憶がないだけでなく、そのあり方に切り替えようとしても、生き延びれない危機感の感覚と結びついていて恐怖だし難しい。
だから、誰かの感情や気持ちの責任を自分がとることや、具体的な世話をすることではじめて、自分が存在価値があると思える、つまり、他人の世話をすることをしてからようやく自分がいていい感じとか、愛されていい感じを自分に感じられる許可を出しているのかもしれません。
だから、わたしは相手の弱いところをいつも探しているかもしれないなと思います。
そしてそれは相手を弱くする。
依存されてるとか気がついたら、それをスパッと断ち切れる強さがあると思ってたので、他人の弱さをある意味期待して、そことコミュニケーションを取ろうとする癖がいまだにあると思うのは自分でも嫌ですが、健全な関係があまり想像できないということはそういうことなんだろうなと思います。
だから、断ち切ったあとに次に行きずらかったり?
そしてわたしはいつまでも守られないし、支えてもらえない。
他人の弱さ(わたしが見出した他人の弱さ)に入り込まず、健全な部分でのみ付き合い、他人の世話をすることや他人の責任を精神的に負うという負担を負うことなしに大事にされる可能性がわたしの中になかったかもしれないな。
そんなマイナスな仕組みが、自分の中にあるのかもしれないなと思いました。
いつの間にか依存されて精神的や金銭的な負担を負ったところから始めようとする癖、まず相手の負担や責任を自分が負うことを前提にしてる感じがある気がします。
それを自分が望んでるとは思ってなかったけど、そうなってなくても(依存されてなくても)その可能性に備えようとしてる自分がいます。
いろんな人の責任を自分が取れるように。って。
これは子どもの頃のわたしの精神状態と完全にリンクしてるなーと思います。
そういうのなしの関係性って、どんなのなのかな。