ちょっと熱っぽくてしんどいので、マハシヴァのバジャン練習は休みました。


そこで、前から気になってた、アドヴァイタ教師によるサットサンに参加してみました。

わたしにとって真っ当と思えるようなことをまっとうに話してたので気持ちが良かったです。


姿や名前の背後にあるところのもの、そこに立脚すること(すでにそれしかないんだけどそう認識できていないところのもの)に、聴いてる人の意識を向けさせるような話でした。

そう、それはわたしもよく知ってるはずのものなんですが、今やめっちゃ、姿や名前に巻き込まれてるし!


眠った時に消えるもの、つまり、この世界の全ては真実のものではない、ということでした。

また、今ここにいる自分たちはたくさんの人がいて別れているように思えるけど、実際は一つの意識しかそこにはない、みたいなこととか。

外の世界のグルはやってきて、「あなたの内側にグルを見出しなさい」と言って、去っていくでしょう、とか。

ほんと、真っ当なことを言ってました。


後ろの方に座ってたんですが、かなりじいっと見られる感じもあって、
相手の目の中に魂を見てる感じで。

わたしはだいたい魂で生きざるを得ないから疲れてるとこもあるのですが、
じいっと見られると、「そうなんだけど、つかれるよ」と言いたくなります。

魂に立脚してるもの、ある種の覚醒を経たものは目を見たらわかるところが多分あって、
なにがって、そこに魂として存在してるのが目を見たら見つけられてわかる。

なんか、久しぶりにそのアドヴァイタ教師の目に聖者の目を見たな、という感じがしました。
実際は知りませんけど、そう感じた、ということで。

そういう意味ではわたしは探求することも、学ぶこともないのかもしれないけど、とにかく疲れてブレブレです。

どうすりゃいいの?

とにかく、自分を楽にすればいいのかも。

疲れてる。

今、ババに聞いたらガネーシャを回るように言ってます。

ちょっと前に聞いたときは食べるのをやめるように言われて、それから2週間くらいで4キロ痩せました。

ガネーシャも毎日、結構回ってるんだけどなあ。

今度の新月には108回回るか。


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今は午前と午後、それぞれ別のバジャングループでマハシバラトリ用のバジャン練習に参加しています。

ケーキ(アップルパイ)の上では花火が火を噴いています。


昨日の午後はバジャンを教えてる人の誕生日だったので、熱々のアップルパイにアイスクリームが添えられたものが振る舞われ、ほのぼのしてました。

アイスクリームは久しぶりに食べたけど、美味しかったです。



今朝は9年くらい手首に巻いていた、スリランカのお坊さんに巻いてもらった紐が切れました。

よく長いこと切れなかったなと思います。

元は5色くらいの糸が合わさったもので、スリランカのキャンディの仏歯寺の本尊のある部屋に入れてもらって、お坊さんにその場で紐を結んでもらえて、とても嬉しかったです。

この9年、何かずっと、守ってくれていたのかも。

その時のブログ記事(カテゴリー:スリランカ2008)です。
http://furunosawako.blog59.fc2.com/blog-category-26.html


今13歳の息子1(当時4歳?)が、超かわいい。笑



朝のバジャン練習は個人宅(アパートの7階のちょっとした豪邸)でやってるのですが、エレベーターが壊れてたので赤ん坊もいたし、行くのはやめました。

疲れ気味なので、ちょっとのんびりしようかと。



2人目妊娠中の一番痩せてた時に比べて、産後は10キロ以上太ったわたしですが、最近の小食で4キロ落ちました。
ちょっとはすっきりして、なにより自分の肉の厚みが邪魔で動きづらいということが減りました。

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プッタパルティにいると、なんだかんだイベントがあって1日が濃厚で、しかし、あっという間に過ぎます。

最近のぶあきさんは2週間のアーユルヴェーダトリートメントのパンチャカルマを受けてるので、(ドクターラオのところで5000ルピーくらい)
朝から昼まではわたしが赤ん坊を世話しています。

アパートに帰るのが面倒なので昼までずっと外で遊ばせています。

アパートは近いんですけど、エレベーターがない4階に住んでいるので、赤ん坊を抱いて上がったりするのが疲れるし、めんどうなのです。

午後は3時から、マハシヴァラトリの西洋キャンティーンバジャングループの練習に参加しています。

午前はインターナショナルバジャングループの練習があるんですが、そっちは練習場所がよくわからなくてまだ参加してないです。

なんか、アシュラムの、池のあるとこでアドヴァイタのサットサンをやってるという情報を聞いたので様子を見に行ってみました。
赤ん坊がいるのでほんと遠くからどういう人がやってるのか見ただけですが。

詳しく書いてもしサットサンが開催中止とかなったらなんなので、詳細は省きますが、調べたらその人はリトリートとかもいくつかの国でやってるみたいですね。

わたしは先日、3日間ソフトに断食して、その後4日間はソフトにローフードをしてたんですが、その後も食欲がなくなったというか、食べないでいいかんじが続いてます。

3日間のソフトな断食をした時、全然空腹感がなかったので、もう食べなくてもいいようになってるんだろうか、実は、と思いました。
自分のプラーナ摂取率をキネシで調べられるそうなんですが、やってみたら摂取エネルギーのすでに80パーセントプラーナになってるとでました。

体重は最初の4〜5日で3キロくらい痩せて、その後はほぼ下げ止まってます。

食べないと時間ができるので、夜にガネーシャやムルガンを回る時間ができました。

今日も21回ずつ回りましたが、
すごく自由であらゆるしがらみから解放されてる感覚が蘇ってきました。

孤独に個として生き、神とだけ直接繋がっている状態。
その時の生き生きとした自由さ。
満たされ、全てが自動的に新鮮に展開していく人生。

それは若い頃に味わった感覚で、それが再び思い出されました。

なかなか気づきが多い。

自己尊重の具体的な表現として自らを様々なつながりから軽やかに切り離す時、すごく楽しくて力強い気持ちになります。



そういう気持ちの時って、いま死んでも、いいな、と、思えます。

とても気持ちが良くて、目を瞑ると全身の細胞がじゃあじゃあと流れて循環しているかのようでした。

プチエクスタシーです。
昔はバジャンに参加するたびにそんなんなってましたが、最近はめっきり少なくなってました。




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カミツキガメの夢2

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カミツキガメの夢から覚めて、

夢のそのバイブレーションが持続する中で、自分の子供の頃や中高生の頃の情景がいろいろ思い出されました。

わたしの深い悲しみの一つになっている、いつも他人を優先して自分が疲れていて優しくしてほしくても、助けてほしくても、他の人に頼ったり、助けを求めたり、好意や助けを受け入れたりするのが非常に苦手な性質が形成された要素として、

実家の家族はわたしが守らなければいけないと子供の時に感じてしまった思い込みがあります。

母が当時の実家の周辺で人間関係を作るのがうまくいってなくて、となり近所に嫌がらせをされたりいじめられたりいてる、ということをことあるごとにわたしは聞かされていました。
周りが自分たちにどんな酷いことをしてきてるか、と。

でもそれは母の感じていた世界であって、実際はその通りではなかったのではないかと思います。

父や、おばあちゃんはそのようには感じていなかったかもしれない。

特におばあちゃんなんか、むしろ強烈なキャラクターだったので、よそのおばあちゃんに「あんたのおばあさんはひどい」と半泣きで訴えられたこともあります。

そういうふうによそのおばあさんから訴えられてたわたしはまだ小学生だったので、はあ、と、聞くしかしょうがなかったんだけれども。

母に、隣近所がひどい仕打ちをしてくるみたいなことをいつも聞かされてた小学生のわたしは、ニュートラルに聞いてるつもりでもそれを真に受けてたんだと思います。
だから、よその人って攻撃的で意地悪で、わたしは純粋でかわいそうなお母さんを守る盾にならないといけない、と思ったのは確かです。
そういう、かばう気持ちがありました。
それが他の家族へも拡大してました。
わたしにとって実家の家族は全員、何か純粋だけど弱い存在で、わたしが家族にとってしっかりと立派な表の顔になり、攻撃的な世間から、みんなを、特に母を守らないといけないと思ってました。

でも実際は、わたしは近所の人からそんなに嫌な思いをした記憶って、ないのです。
みんな優しくしてくれていました。
母に悪く聞かされ続けていた隣の家に遊びに行っても、蒸したサツマイモとかのおやつを出してもらって、大きいお姉ちゃんに遊んでもらってたし、
あの息子はヤクザだから、と罪人を糾弾するような口調で母から聞いてた反対側の隣の家のお兄ちゃんも、コマの回し方を教えてくれた、優しかったいい記憶しかありません。

みんな普通にいい人だったんだと思います。
少なくとも小学生のわたしには。

そして、実家の家族も実際は全然弱くもなかったし、わたしに守られる必要も本当はなかったんだと思います。

でもわたしはみんなは純粋で弱く、守られるべき存在と感じ、その感覚がわたし自身をだれにも頼れない状態にしたんだと思います。

母はわたしに「あんたはわたしのお母さんや」と言いました。
それを聞いて困惑した小学生のわたしでしたが、
母はわたしを精神的に支えたり導いたりする気がなく、わたしとしてもこの人は頼れる存在ではないと見限っていたのかもしれません。

そのように、わたしはすべての人をはなから見限っているのかもしれません。
求めても得られないとあきらめて。得られないなら、求めない、と。

そういう絶望が、わたしの中にあり、でも優しくしてほしい、わたしの心の不安や悲しみにだれか寄り添って欲しい、大丈夫だよと言って安心させて欲しい、という消えない思いが悲しみを叫び、カミツキガメのごとく、濁ったドロドロのお湯の中から何でも噛みつくようになるくらい凶暴化して飛び出してきた。

わたしには年の近い弟が4人いて、必然的にわたしは5人姉弟のリーダーのポジションでした。

母は弟たちに、「お姉ちゃんの言うことを聞きなさい」と言い、
父はわたしに、弟たちが後に続きやすいように、わたしが弟たちの良い手本となって道を切り開くように言いました

しかし父も母もわたし自身との会話はなく、

わたしは自分の気持ちを他人に表現したり、他人と共有したりするすべを持たず、すべての感情を自分一人で処理せざるを得ませんでした。

そのような、自分の感情に対する周囲からのサポートを感じられない状態はわたしをひとり内に向かわせ、ある種の集中力と内面の豊かさをもたらしました。

そういういい面もありました。

しかし、外界と自分との間のなじまなさや断絶もいつまでも残りました、

いつも緊張してリラックスできていない、外界を警戒している自分がいるように思います。

家族にとって立派な看板になることを自分に課した時期があるので一見わたしは非常に自立していて如才なく、いいかんじに振る舞えてる時も多いかもしれません。

でもその実、いつも、わたしに優しくして欲しい、寄り添って欲しい、支えて欲しいと求める内面の声が消えない。

そしてその声はなかなか外界には出て行かない。

その声が、わたしが単純に純粋に人生を楽しむことをさせないのです。



そのような、勝手に他人を背負おうとして苦しがるわたしのくせが自覚された、カミツキガメの夢の後でした。




今日の夜もガネーシャテンプルとムルガンテンプルを回ってお参りしていました。

すると、ふと、わたしはもともと、何にも拘泥せず、何からも完全に自由だったことを、体感として思い出した気がしました。


ソフトではあっても断食は、感情や信念、人生の前提となる設定などのデトックスが起こってくるなあと思いました。

カミツキガメの夢

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薄々思ってたけど、どうやらわたし、バイタリティはあるものの非常に繊細で、ある種のストレスに弱い。

ここしばらく頑張って仕事してましたが疲れたので今日はダラダラ文章を書きます。

最近はストレスがものすごく高まってるのを感じたこともあり、直感の声が3日間断食というのでソフトに断食してました。

とはいっても、1日に人参ジュースを3〜5杯、ココナツウォーター&実を5〜6個、スイカジュース2杯くらい、レモンソーダー(砂糖抜き)を1〜2杯、ハーブティー3杯くらい、青汁に酵素と蜂蜜を入れたものを1〜2杯飲んでるのでぜんぜんお腹空かないし、きつくもなんともないです。
もはや断食とは言えないですが。

で、調子いいし10日くらいこのままにしようかなと思ったのですが、昨日は4日目だったので、昨日からは朝のフルーツサラダを追加で食べるようにしました。

一応まだちびちび授乳中なので、母乳が止まってしまわないようにゆるめでやってます。

今日5日目ですが、すでに3キロ以上体重は落ちました。
元が元なので(産後10キロ太った)そんなに変わらないかもですが、やはり今回のような感じで産後に体重が増えた状態は、自分にとって健康な状態ではないよなと思いました。

いろいろ鈍くてイケてないかんじで気分も下がりがちだし。

ちなみに断食って、なんか自分が世界に存在するのが嫌になって、でもなんとか折合いはつけたいんだけど、っていう時にやるとすごくスムーズです。笑

数年前に1週間した時も、生きるのが本当しんどいし人間界にいるのがもう嫌って感じの時でした。
(その時も少しフルーツや蜂蜜、酵素などを撮ってたから空腹感やしんどさはあんまりなかったです)
断食してると他の人たちと食事を共にすることが減って、他の人の集合意識から離れるから気分が楽なんですよね。

そのように、断食が快楽を伴う時には続けるのが快感。
数年前は1週間断食した後、ローフード食に移行して、2ヶ月ほどローフードしてました。
人里離れた山奥に一人ぼっちで住んでローフード。
兵庫の実家から、というか折り合わない母から出て行けと言われて、自分でももう何もかも嫌になって、自分自身でいていい場所に自分を置こう、と思って貯金もあてもなく出てきたかんじだったので、研ぎ澄まされてたとも言えるし、世界に絶望して思いつめてたとも言えます。
ただ、長野に行って住もう、という、直感という名の思いつきのみで行動したという。

わたしは他の人と一緒にご飯を食べるのは大好きなんですが、断食して食事を通して他の人に関わらないと、その方が実は楽ということに気がつきます。

でもわたしはいろんな人と一緒にいたくなるので今回も3食、人参ジュースとハーブティーを飲むためにウエスタンキャンティーンに通ってるんですが。笑
人がいっぱいいてその中にいるのは好きなんです。

でも多分、自分が整ってない時は他の人と一緒にいたくて交流していてもしんどいのかも。


昨日はのぶあきさんのマッサージの施術で他の方のアパートを訪問したので、わたしも子守りで一緒に行って、しゃべったりして、その後わたしは赤ん坊を連れて先に出ました。

ウエスタンキャンティーンの前の段差のところで、寝てしまった赤ん坊の乗ったベビーカーを持ち上げる必要が出た時、近くにいた知人が手伝ってくれようとしたのですが、もう私は半分持ち上げてたし、躊躇した後に、自分でできるから大丈夫と断りました。

しかしそのことが私の頭の中に違和感として残っていました。

その後キャンティーン入り口のところの階段では別の人が手伝ってくれてベビーカーを持ち上げて、私はにんじんジュースなどを飲んで、後から来たのぶあきさんに寝てる赤ん坊と、持ち帰り用の袋に入れた赤ん坊用のご飯とベビーカーは託しました。

午後はすでに疲れていて、でも仕事をしようと思ってルーフトップレストランに行きました。

そしたら哺乳瓶を私が持ってきてしまっていたので、目が覚めた赤ん坊が泣きやまないからとのぶあきさんと赤ん坊がレストランに哺乳瓶を取りに来ました。

赤ん坊に私が飲んでたスイカジュースを飲ませて、二人は帰って行きました。

時間になったので、PCなどの荷物を置いてヴェーダチャンティングとバジャンに行くために一旦アパートの部屋に戻りました。

そしたら赤ん坊が寝室からハイハイして出てきたので抱っこしたり、風呂に入れてやったりもしたのかな?

そしたら吸い付いてくるので授乳が始まったりで動きが取れなくなって座ってたりしたのかも。

そしたらのぶあきさんが起きてきたので話をしてて、その中で、今日買った、マッサージ用の折りたたみマットレスに、他の家での施術依頼があった時に持ち運びしやすいカバーを仕立てたらいいということを、買った時も言ってたのですがその時も改めて言いました。

そしたらのぶあきさんの反応が、「もったいないから必要ない」みたいなのだったので、「なんでやねん!」てなって、私はキレました。

反射的に、出張施術の機会があってもやらないわけ?とかいろいろ思いました。
私の気持ちとしてはのぶあきさんの仕事の経験拡大のための投資としてあったほうがいいと思ったし、今回の依頼を受けたのも私経由だったし、朝買ったマットレスものぶあきさんの手持ちが足りないからとその場で私が半分以上出し、

その手持ちも、今回のインド滞在の予算は私が行きたいって言ったからということで私が出してて、インドではのぶあきさんは収入がないのでカードの支払いも長野の家の家賃や維持に必要なお金も私からでてるのですが、つまり私が渡したもので、しかもマットレスが買えるくらいのお金は渡してあって、でものぶあきさんはそれを彼の財布に入れてなくて、

生活向上のために何か物の購入を提案したら私が渡したお金は自分のためにとっておいて、それとは別に私にお金を出すように言う。

そういうふうにわたしが渡したお金ですら、わたしから守って置いておこうとするのが私には意味不明で。
なくなったらまたその都度出すのに、っていう。


私としては、男の人が私のために何か買ってくれるというのが、形だけでも欲しいところがあって、たとえそれが私が渡したお金であったとしても。(←この時点でわたしの考えが何かがおかしいと気づく? 笑 )

なんかこう、大事にされてる感覚とか、いたわられてる感覚とかが、ほしいわけ。

そんで、ああ優しいなとか、わたしって幸せだなとか思って感謝したいわけなんですよ。


それでも今回インドに来て最初の2ヶ月は、なんだかんだ払えてる自分がすごいなとか思って、払うことはむしろ喜びだったんですが、年末年始に13歳の息子1が来た時、みんなでハンピに行った時ののぶあきさんの息子1に対する態度があまりにも悪すぎて、籍を外してて良かったと心底思ったし、わたしは息子1とはたまにしか会えないから、会えるのを楽しみにしてて、その時間を大事に思ってるのに、せっかく会えたその息子1をむちゃくちゃ攻撃して、からみ続けるのぶあきさんに対していろんなネガティブな思いが湧くよりももう、心が閉じました。

のぶあきさんは自分の子供である赤ん坊は可愛がるけど、のぶあきさんが悪く思う13歳の息子1もわたしにとっては大事な息子だということへの想像力が、この人は働かないのだろうか、と。

のぶあきさんにとってはわたしと13歳の息子1はどちらも醜い人間としか思えないらしく。これは前々からそうなんですが。
わたしと息子1にはいいところがあると思えないらしいです。

で、わたしとしても、赤ん坊とのぶあきさんとわたしと息子1がプッタパルティで同じ時を過ごすことはみんなにとっていいことだと思うからこそ喜んで払っていたのですが、ハンピでのぶあきさんと過ごす時間が嫌すぎたので、その後、払う元気も喜びも減ったってわけです。




そういう、もうキレるわ!っていうのがその前の日にもあって、

その時はやっぱり午後の仕事時間を終えて部屋に帰ったらやっぱり赤ん坊が起きて出てきたので抱っこしたり風呂に入れたりしてから、のぶあきさんに渡しました。

そしたらしばらくして、裸のままでいた赤ん坊がおしっこをしたというので受け取ってまた洗い、

洗った赤ん坊をまたのぶあきさんに渡して私も風呂入って、出てきて鏡の前に立ってサリーを着てたら床が濡れてる。

赤ん坊のおしっこをちゃんと拭いてなかったというわけで、

着ようとして床に垂らした洗濯済みのサリーも濡れたのでまた別のに着替えました。


それで私、またキレた。

赤ん坊がおしっこをするのはいいとして、のぶあきさんにはそれをちゃんと拭いておく感覚が薄いので。

わたしがキレて、のぶあきさんがその後それを拭いたというので水拭きしたかと聞くとしてないとの返事。

水拭きしてよというと、
「やりゃあいいんでしょう、やりゃあ」
みたいな感じで、そのうち声を荒げたり。


その時もそういうふうな態度で雑に扱われることがすごい嫌で、
なんで嫌かというと、出かける前に身支度を整える時って、ある種の儀式みたいな物で、言ってみれば自分自身に対する、エネルギーレベルを上げていくための礼拝、プージャみたいなものなので。
それが、おしっこで濡れた床の上で始まるとか、なんかもう、がっかりでテンション下がりますから。

なんかそういうのが重なって、
もっとちゃんと女性として大事にして欲しいとか、
いっつもいっつもいっつもいっつも私は他の人のことばっかりやってて、でもみんなそれが当たり前みたいに、私のことを思い出しもしないし大事にするとか労わるとか、そういう発想すら湧かないし、私のことは存在がないものにするし、

みたいな気持ちが湧いてきて、(あくまで自分の感覚として)

もうなおさら、何もかもが嫌になりました。

大事にして欲しいのに、誰も大事にしてくれない、みたいな。

でもそれは昼のキャンティーン前で重いベビーカーを持ち上げるのをヘルプするのを知人に申し出てもらったけれど「自分でできるから」と言って断ったことにつながっていて、

その時断った自分の中に何か悲しみがあって、

というのは私はその時、それまで同じようにキャンティーンに歩いて向かっていた知人と自分との位置関係や状況からして、段差のところでベビーカーを持ち上げるのを手伝ってくれるのではないかなと思っていたのですが、もしも手伝ってもらえない時にがっかりするのが嫌だから、
最初から手伝ってもらえないものと仮定して、声をかけられる前にさっさと自分でやろうとしてたのでした。

でも本当は手伝って欲しかった。

でも期待してそれが裏切られて悲しい思いをするくらいなら、助けが得られなくて自分が弱いと感じる羽目になるくらいなら、最初から他人からのヘルプの拒絶体制に入ってるほうが身の安全を確保できると考えて行動する癖がわたしには付いているように思いました。

だから、いろんな人の助けは常に私に向けて差し出されているし、もちろん尊重やいたわりもある。

でも私にはそれを受け取る余裕がないのだなと思いました。
そのことがすごく悲しく感じられました。

助けてもらえなくて傷つくのが嫌だから、助けを受け取るスペースを最初っから持たないようにしてる、期待しないようにしてる。


それが何か、私の中ですごく哀しいこととして感じられました。


受け取りたくても受け取れない、怖くて最初から拒絶している自分自身に気がついた。


何もかも何もかも何もかも何もかも私がやってる、という感覚になりやすかったり、
いっつもいっつもいっつもいっつも私は他の人のことばっかりやって、他の人はありがとうとかいう時はあっても、それでは私は楽にはならなくて、ホッとしたり甘えたりってできなくて、だれも自分を助けてくれなくて私はいつもしんどい、という気持ちになりやすかったり。

助けがあっても私は受け取れない。わたしには助けを受け取る元気がすでにない。
どうやって受け取ったらいいのかわたしにはわからない。

そういうのがかなりの悲しみとともにやってきました。


「いつも私は他の人の力になろうとしてるのに、誰もわたしのことは助けてくれない」

そういう絶望と悲しみを伴った自己認識が、わたしの存在基盤としてあるのだな〜と思いました。

自分のことをそういう存在とわたし自身が思っているので、助けの手が差し伸べられることをむしろ異常事態として恐れている自分もいるようです。

助けを受け入れて、でもそれが奪われた時に自分が弱くなってしまうことを恐れている。
それならいっそのこと最初から無いものと思いたい。
わたしは一人で大丈夫。

でも本当は助けて欲しいし、甘えたいし、支えてもらってホッとしたい。
と、そういう気持ちはなくなってなかったということです。


のぶあきさんとのやりとりを超えて、そういうわたしの自己認識の根幹の設定・前提に触れているなと感じつつ、


のぶあきさんにはもっとわたしを尊重したり大事に扱って欲しい旨を伝え、
のぶあきさん自身の言い分や価値観・世界観などはあるにしてもそれはともかく、
わたしにはそういう風にそういうある特定の状況でこのように悲しく思う気持ちがあって、
もっと尊重して大切に扱ってもらいたいと思う気持ちがあることなどを伝えました。

しかしわたしの根幹の悲しみに触れる部分の蓋は開いたままなので、その日はその後もそこはかとない悲しみに1日中支配されていました。

そしてその晩に夢を見ました。


わたしと似た、潜在意識で生きてるようなタイプの女性の知人と3日間の宇宙的なイベントに参加するための旅行に行く夢で、
彼女に列車の手配などを任せていたのですが、彼女の見立てが甘くて列車のに乗り込んだ時間が遅く、飛行機に間に合わないことがわかりました。

翌日の早い列車に乗るために出直すより、今日のうちに空港に行ってしまった方がいいという母の助言を受けて、私たちは空港に向かいました。

途中で列車を乗り換えてから、バスで行くことになりました。
ガソリンスタンドで止まっていた車に、小学校の時のクラスメートが乗っていました。
普段全く思い出さないその男の子はわたしを見て、私の雰囲気が変わっていたので(美しくなってたらしい。笑)驚いていました。
その男の子は小学校の時には家庭の事情で何回も転校してきて、その度に苗字が変わっていた男の子でした。
彼はいわゆる悪い生徒の部類だったのかもしれないですが、優しくて明るい印象もあって、私は活発ではあるけど極度に無口な小学生だったのですが、彼とは何回か言葉を交わしたような記憶があります。

そして夢ではわたしは夢の中の実家のようなところに行ってお風呂に入りました。

ところがそのお風呂の水は色が付いていて、濁ってドロドロで、見ると何かいろんな生き物もその水の中に生息していました。

赤や黒の出目金たち、そしてシマシマや黒っぽい細い蛇。蛇は2匹がわたしに絡んできたのでお湯と一緒に風呂の外に掬い出し、奥にまだいるかもと風呂釜の奥を見たら暗がりにさらに2匹いたのでそれもお湯と一緒に風呂の外に出しました。

そして、風呂のぬるいお湯の中から、大きなカミツキガメが出てきました。


ものすごい威嚇して、たくさん並んだ鋭い歯で噛み付いてこようとします。
(夢では写真よりもっとグロテスクでした)

夢の中では私は半年ぶりくらいにこの風呂に入ったようで、その間、他の家族は風呂に入る時、どうしていたんだろう、これに気がつかなかったのかな?と思いました。

カミツキガメのあとから、深みから醜く丸く膨らんだ、汚い色のカエルが上がってきました。

それらを風呂の洗い場に全部出しました。

「どうしようこれ、ペットショップでもいらないだろうし、長生きしそうだし。。。」

カミツキガメの勢いは衰えず、凶暴に噛み付いてこようとしてきます。

「お腹が空いてるのかな?半年間、何も食べてないのかな?」
と思い、

やはり風呂から出てきた大豆の水煮のような缶詰を開けて、中身を出してやりました。

するとカミツキガメはその餌をガツガツ食べて笑顔になり、幾分満足して大人しくなりました。


夢ではテレビのお悩み相談?インタビュー?の紹介のようなことが行われていて、
質問者はサイババ関係の人らしく、
今ではサイババの組織も分裂してボロボロなんですけど、どうしたらいいでしょう?
みたいなことを言ってました。

でも、テレビの回答者はそれを別の意味で受け取っていました。

私はいつの間にかその質問者のサイババ関係者の半分地下の家兼倉庫のようなところにいて、
そこに借金取りが取り立てに来ていました。
私は、自分関係ないし、と思って別の部屋に行きました。

そしたらそこにも借金取りが来て、窓を開けて中を見て探したのですが、わたしのことは見えていないようでした。

開け放たれたままの窓からは、春の野で、高校生の男女たちが楽しそうに座って話をしている様子が見えました。

私は、その楽しそうな雰囲気、いいなあと思い、
高校生って、ゴージャスだなあ、と思いました。


そんな夢だった。


これらの夢の山場はやはり汚いお風呂の中から、変だったり、凶暴な生き物が次々出てくるところです。


昨日の、自分の存在形態の根幹の設定の蓋を開けたこととリンクしてると思います。

まだそんなの、飼ってたのね、という。


起きてからも夢に触発されたらしい考察が次々出てきました。

長くなったのでいったん終わり。
次のページに続く。