今、獅子座の新月らしいです。

 

わたしはインド占星術の仕事してるくせにそういうの疎いんですが、

 

FBとかでその手の情報ってどんどん流れてくるから目にする機会も多くって。

で、見ると、最近のわたしの状態や心境の変化が天体の動きと結構がっつりリンクしてるみたいで、へえ〜!と思いますよね。

 

逆を言ったら知らなくっても勝手にリンクしてるからわざわざあんまり情報を知る必要もないといえばないんですが、知ったら「へえ〜」と思ったりもします。

 

わたしはここしばらく、ものすごい色々考えてて、ずっとずっと考えてて、

それって今に始まったことじゃなくて趣味みたいなとこがあるんですけど、

 

なんかわたしにとって世界が謎でいっぱいすぎて、なんとかスッキリ理解したいという、そういう欲があるのです。

 

世界もだし、自分の人生も謎すぎです。

 

なんでこんな人生なんだろうって、よく思います。笑

 

でも、それっていつかの時点で自分が望んだことだなとも思うし、

でもじゃあなんでこんなにわたしはずっと混乱してるんだろう?とも思うのです。

 

もう、あたり一面謎だらけ。笑

 

それでよくセッションとかリーディングとかするよねって感じですが、それとこれとはなんか別で。

 

情報として、自分の人生も、答えを得ようと思ったら自分で問いかけて、すぐに得られるとは思います。

でも、それが腑に落ちるかどうかはまた別で。

 

気持ちとして、納得や満足や幸せな感じがわたしって薄い状態だなと思います。

 

いつもすごくたくさんの疑問を抱えてる。

 

謎だらけ!

 

で、わたしの人生が一般平均からしたらゆがんでることとか、わたしって根本的に何かおかしいのかなとか、そういうダウトもいっぱいあるのです。笑

 

で、わたしの変なとことか、人生がややこしいこととか、わたしの幼少期に原因があるかもと思って、色々自分の幼少期の設定を探ることをしていました。

 

そういうのって考えるのすごい疲れるんですよね!

 

でも、そういうのに気づいて今は機能してないものの見方や感じ方の設定とか変えたり、世界に対するフィルターを外したりしていったら、もうちょっとなんというか、まともで生きやすくなるんじゃないかとか、そう思って。

 

わたしの人生、なんでこんなに変なんだろ?って、思ったのです。

 

で、考えて考えて、考えまくってそれなりに気がついたこともあり、でも謎が謎を呼び、いい加減疲れてきたんですが、

 

そんな今日この頃、

昨日、ふときたインスピレーションは、

わたしが21歳の前後の人生につながりがなくて、21歳で分断されててその前後の人生は全く別物、ということでした。

 

21歳でわたしの人生、実は切れてる。

 

21歳の時って初めてインドに来た時のことなんですが、

すごくショックで世界がひっくり返った経験だったんですが、

 

その時の体験談
http://furunosawako.blog59.fc2.com/blog-category-53.html

 

たしかに、自分でも、そのときって、違う人生、人格なんだけど、一旦死んだものの肉体的には同じ肉体に転生してきたみたいだと思いました。

だから、見た目は同じなんだけど、中身は実は21歳で人生が一旦終わって、そこから全く別の人生が始まってる。

 

・・・だとしたら、

今の自分のややこしさを幼少期の環境や人間関係に原因を求めるのは見当はずれなんじゃないかと思いました。

だって、21歳前後で別の人生なんだったら、エネルギー的なつながりがないんだったら、そこ、無理につなげるのがおかしいですよね。

 

これ以上考えるなってことかな、

 

と、今まで一生懸命幼少期と現在を繋げてストーリーを作ろうとしてた努力を諦めたら、なんか、すごくすっきりさわやか!笑

 

なんだ、何も問題とかなかったんだ、という感じになりました。

 

自分が意識化できてないであろう問題を意識化して見出そうと常時試みてたときはいつも悩ましかったんだけど、

 

そもそも、問題ないというポジションに立つと、気分が明るい。笑

 

考えたり、問題を見出そうとするのはわたしの趣味ですよね。

 

そうじゃない世界にジャンプしたようです。

 

まあ、そういうの(ウダウダ考え続けるの)好きだからまたやるかもしれないけど。

 

思えば、アガスティアの葉でも、

3回目くらいに見たときには

「あなたには解消するべきカルマはもうない」と書いてましたっけ。

 

だから、他人のカルマや問題にまで首つっ込んで自分のものにし始めた!笑笑笑

 

親との関係に問題の原因や問題そのものを見出そうと色々頑張ってましたけど、

 

思えば、

ゲリーにも

先祖とか家族とのカルマみたいなものはわたしはないと言われてた気が。

 

そんなのつまらないから頑張って問題を作ろうとしてたんだな〜と思います。

 

2人目の元旦那さんののぶあきさんとだって、もめまくってますけど、2人の間にゲリー曰くカルマみたいなものはないらしい。

問題のないとこに問題を作ってドラマを楽しむのはわたしの趣味だったというわけ。

 

ちなみに一人目のもとだんなさんとの間には少しはカルマがあったみたいです。

彼がわたしに物質的な援助をする必要があるカルマ。わたしに借りを返す、みたいな。

 

それも3年くらいでほとんど終わっちゃったから結婚の継続のためのカルマも尽きちゃって、離婚してお互いフリーになったらしい。

 

 

だから、問題はないのですよね。むしろ。

 

ないからどんどん自由になっちゃう。

 

 

わたしは最近すごく思ってて、

わたしは比較的地球での転生回数の多い、地球経験の古い、経験豊富な魂だという話なんだけど、

 

じゃあなんで、

こんなにわたしの人生わけわかんないの!?

 

て、本当、なにもかもが謎だらけで意味がわかんなかったです。

世界一未熟な、世界一安定しない気分でした。

 

でもなんか、ふっきれた。

 

楽しくなってきました。

 

 

こんなになにも安定してないみたいな人生だけど、むしろ安定して変化し続けてる。

 

 

わたし、最高に安定してるんじゃないだろうか?もしかして。

 

 

 

多分、わたしがわたしの人生のすべてを丸ごと受け入れた瞬間ですよね。

それって。

 

 

謎だらけ、なんでこんなことが?ということが起こり続ける人生だったけど、

 

そもそも、10代の頃のわたしは、自分の人生には何も問題がなくて完璧に思えることがつまらなくって、きっと人生にドラマを求めました。

 

頭がおかしくなるようなことがたくさん起こり、死にそうな気持ちに何度もなって、それでも生きて全てを味わい続けた。

 

それがまさにわたしがやりたいことだったんだなと。

 

そうしてわたしは安定的に、全てが変化し続けていて何一つ安定しない人生を手に入れた。

 

全てが変化し続けるってとても素敵なことだと思います。

 

それって森羅万象そのもの。

 

 

問題がないと、つまらない、というのはもう終わりでいいかな。

 

今度からはずっと楽しい人生でいいことにします。

 

 

 

楽しいばっかりの人生で。

 

 

いろんなものを愛して。

 

 

 

 

そしてこのタイミングでこちらの商品を正式リリース。

 

http://premasai-jyoti.shop-pro.jp/?pid=118053865

 

 

どや!笑

 

 

AD

今朝は自転車に乗る夢と落ちる夢を見ました。

 

自転車は、うまく乗ってるんだけど、疲れてフラフラしてきて、もうそろそろ休みたいな〜ってなってる夢でした。

 

落ちる夢は、先に、西洋人の女性がドスンと2〜3メートルの高さから落ちちゃうのを見て、わたしも自分がそういう段差のあるヘリに立ってるのが大丈夫かなって思えてきて、フラフラしてきて、安全なとこに行きたいと思ったんだけど、

安全なところに行く途中に子供かなんかがいて、ちょっとどいて、て言ってもどいてくれなくて、そのうち力尽きて落下してしまいました。

 

落下はしたんだけど西洋人のように横向けにドスンと落ちる感じではなくて普通に着地してはいましたが。

 

夢判断とかで調べてみると、(わたしは手相の西谷さんのを主に参考にしてます)

自転車に快適に乗る夢は運のいい夢らしいんですが、

わたしの場合はうまく乗れてても自分はなんか疲れてる、っていう状態だったので、

まあ、それは現実そのままだなって思いました。

 

わたしはなんだかんだ、よくわからないある意味自由な生活をしていますが、なんだかんだいって問題があるかというと、よく考えてみると何も問題ないです。

 

でもなんかいつも疲れてるのは確か。

 

わたしが最近しみじみ思うのは、

本当に根本的なところで自分のニーズを自分が満たしてないからかなと思います。

本当に根本的なところで自分を疎外し続けてるっていうか。

 

そもそも自分を大事にする感覚がないままずっとここまできたというか。

 

だからそもそもあんまり生きる気力もないし、

自分のニーズ自体がよくわからない。

自分の生きる感覚というのが根本的なところで封印されてるように思います。

 

あまりに根本的なところすぎて、認識しづらい感じがします。

 

 

自分を殺して周りを生かす、みたいなそういうやり方でやって来すぎた感があります。

そういうパターンを選択したことで、根強い怒りもあるのかなって思います。

 

何かうまく流れない感じもある。

 

それは周りのために自分自身をいつも殺し続けてきたからだと今はうっすら認識してます。

 

そしてそれに腹を立ててる自分もいる。

 

 

というのは、自分を殺して周りを生かすことは、周りにも同じパターンでわたしを生かすことを期待してて、それがたいてい、そうはならないからじゃないかなと思います。

 

それなら、それぞれが自分で自分を生かすことをしたほうがいいよね、っていう。

 

ていうか他の人はほとんどの人がそうしてるのかもしれないけど、

まあそれがどの程度うまくやれてるかは別として。

 

わたしはそもそも自分で自分を生かすことを放棄してる状態で、

というのはまたまた母親との関係で考えると、

過保護でわたしを神格化してて、(一種の親バカですが)

でも、わたし個人の思いや感情などとはそれらを尊重したコミュニケーションをとることをしなかった(とわたしが認識した)母のもとで世話してもらって生き残るために適応したのがその状態に自分をすることだったと思います。

 

これは何が先かは実際わからないなとも思っていて、

わたしがそういうタイプだったのでそういうのに適合した環境に生まれたとも言えると思います。

 

実際はどっちが先というものなくて、全部同時に瞬時に起こってるんじゃないかなという気もします。

 

しかし自分の理解のプロセスとして、とりあえず原因と結果という時系列があるような風に考えることは、それぞれの要素にフォーカスして区切って取り出して考えられるからそれはそれでいいんじゃないかなって思います。

 

とにかく、考えることや思うことはそのまま表現して出し切ることがわたしの場合は自分で大切にしたいことです。

そしたら勝手に次の段階に行くから。

 

わたしにとっては、他人のせいにすることや、他人に攻撃的な思いや悪意を持つことも、すごく大事なことだと思います。

 

なぜなら、わたしはそれを長い間自分に禁じてきて、自分にその原因や過失を求めすぎていた、すべての責任を自分で背負おうとしすぎていたと思うので。

 

わたしにとっては、それもある種の自我肥大の形だったんじゃないかと思うのです。

 

あいてをあいてのままでいったんOKを出すことができないというか。

相手の中に理想を見るとか、より良い可能性を見るというのはもちろんいいことと思うし、それはわたしのある意味才能かと思うんですが、

それがポジティブに働くためには、まずいったん今にOKを出す、というのがすごく大事にしないといけないことなような気がしています。

 

その、2つともをしっかり落とし込めたらバランスよく変化を楽しめると思うんです。

 

でもどっちかを見るとどっちかは消えてしまうので、その二つの世界を自由に行き来できるというのはそれができるようになったらとても素晴らしいことになるんじゃないかと思います。

 

ちょこちょこ、あれはこういうことかな、とか気がつくことがあるのですが、

 

最近よく思うのは、

 

 

 

※息子2が機嫌よく起きてきましたので中途半端ですけどいったん終えときます。

AD

6月25日からサイババアシュラムのある町プッタパルティに3ヶ月の予定で息子2(1歳5ヶ月)と2人で滞在中です。(借りっぱなしにしてるアパートに滞在してます)

 

おとといだったか、アシュラムのショッピングセンターに買い物に行って、帰りに息子2にパック入りのりんごジュースを買って、飲ませながら歩いて(息子2はベビーカーに乗せて)帰ってきてたんですね。

 

息子2はこのりんごジュースは気に入ってるみたいでゴクゴク飲むんですが、パック入りのジュースを持たせるといつも、飲み飽きてきたらストローを抜いて遊び出します。

 

この日も見てたらパックからストローを抜いて、ストローが刺さってた穴から直接ジュースを飲もうとして、ダラダラこぼしていました。

 

もう!遊ぶなや!

 

と、そうなると私はもうさっさと取り上げちゃったりすることも多いのですが、

(ぎゃーっと泣きます)

 

この日はちょっとわたしの気分が違ってて、

何回かはストローを挿し直してもすぐに抜き取られてしまってらちがあかなかったのですが、ふと、

何回めかにストローをパックに挿し直してやりながら、

「えらいね〜、ストローでちゃんと飲めるんやね〜、すごいね〜〜〜!」

と、飲めてないんだけど先取りしておだててみました。

 

そしたら、息子2はストローをパックから抜き取るのをやめて、頑張っておとなしく飲み始めました。

 

その反応の良さに、うわっ理解してる・・・そして褒められたら頑張ってる、この1歳児・・・と、多少ビビりながら様子を見てました。

 

見ててさらにハッとしました。

 

ストローが、咥えられてない・・・。

褒められて、頑張ってストローで飲もうとしてるのですが、ストローの端がうまく咥えられなくて、途中のところにしか口が行かなくて、つまり全く飲めてないんですが、

そのまま頑張って吸おうとしていました。

 

うわ、これ、気がついてなかったら気の毒なことになるとこだった、と思いました。

褒められてやる気を出して頑張ってても報われてない息子2。

言葉かけの絶大な効果にビビるのと、その結果小さい子に無理させてることに気がついてないかもしれない可能性が恐いと思いました。

 

苦労して咥えようとしてできていないストローを息子2の口のところに持って行ってやると、もう抜き取らず、そのままおとなしく飲みきっていました。

 

そもそもストローを抜いたのも、遊んでいたのではなくて、もしかしたらうまく飲めなくて、でも飲みたかったから、穴から直接飲もうとしてたのかも?

 

一連の息子2の様子に、状況に気がつけてよかった・・・と思うと同時に、恐いなあと思いました。

 

子供の相手をするときの怖さだと思います。

 

良かれと思ってても、知らず知らずのうちに行っている大人の無神経さと、素直に言うことを聞いてしまう小さい子。

 

恐いなあと今も思います。

いろんなことに気がついていられるように、自分の考えでいろんなものが見えなくならないように、子供が何を受けてどう形作られて行っているのか、何がそこで起こっているのか、それらがほとんどの場合、意識化されずに無自覚にすすんでいくだけに、親や保護者業って、こわい。

 

そう思いました。

 

どんな親も、自分にできる最善のことを子供に提供したいと思うものではないでしょうか。

 

すごく頑張って、でもできなくて絶望して。

 

しょうがないんだけど。だっていつもベストを(実際にはベスト以上を)尽くしてそれなんだから。

 

できるだけのことはやってるんだから、しょうがない、とは思いながらもこういうことがあるとヒヤリと恐ろしい気持ちになります。

 

何かすごく自分が粗野で無神経で、一方的な人間な気もちになります。

 

じっさい子供って、すごく繊細で、すべての言動には理由があると思います。

たとえそれが無意味で理不尽な、むちゃくちゃな言動に見えても。

 

そしてやはりどの子も素直でいろんな働きかけを真面目にまともに受け取ります。

そこに、ガード機能が、働かないんですよね。

 

それだ、恐いのは。

 

息子1(いま14歳)のときは、わたしにあまりにも余裕がなくて、心身ともにギリギリアウトなくらいの状況で関わっていて、いつも少し胸が痛かったです。

せっかく素直で素敵な子供なのに、十分な扱いをしてやれないという気持ちがいつもありました。

それでも、わたしはものすごい頑張って、今思うと頑張りすぎで自分が気の毒なんですけど、私がいつも限界だったので、息子1の負担も大きかっただろうし、不安なことも多かったと思います。

 

私としてはそれでも、本当に限界状態でやってたので、これ以上できない、やりきった感はありますが、そんな、負担の大きかっただろうと思われる息子1なので、離れて暮らしてる今もいつも、大丈夫かなあと心配な気持ちがあります。

 

赤ちゃんのときから素敵な赤ちゃんでしたが、大きくなって中学生になっても素敵な男の子になっています。

 

でも、もっともっとたくさんのエネルギーを注がれてほしかったなと思うのです。

当時のだんなさんはその点使い物にならない状況だったし、私一人ではとにかく限界でした。

 

だから自分では足りない分を補えるように他人の力やコミュニティの力を借りようと思って、

沖縄の離島に移住しようとしたり、インドの聖地(サイババアシュラムのある町)に移住して住んだのです。

 

できるだけのことはした。

でも負担をかけたのはわかってるので申し訳ないという気持ちはいつもあって。

 

今はまだ彼は中学生なので、まだ私が関われる余地があるような気がどこかでしてるので、そんなことを思うのかもしれません。

 

彼が成人して完全に自分の足で人生を歩むようになったら、案外私は全く気にせず、綺麗さっぱり今のような気持ちは無くなるかもしれない。

 

彼にまだ関われるような気持ちでいて、申し訳ないとか思える、そんな今の状態も、ある意味甘美な幻想なのかもしれません。

 

世界にはどれだけの負担や歪みがあるのかわかりませんけど、それらの痛みもすべて、起きて見る夢という意味で、甘美なものであるのかもしれません。

 

他者がいる、そしてそこに関係性がある、という幻想ほど絶望的に甘美なものはないと思うのです。

 

そういうのを味わうために私たちは多であるという幻想に酔うことにしたのだと思います。

 

だからそれらを何一つ無駄にせずに、味わい尽くしたい。

 

 

 

今日、息子2に、小さい子でも扱えるように、大きなパーツのおもちゃを買いました。

 

同じようなものを息子1も小さい頃遊んでいました。

 

その時の写真が残っていました。

 

頑張って大作を作っていたので、

「すごいやん!」「よくできてるから写真に撮って残しておこう」と息子2に言って、写真を撮ったのです。

 

本当にすごいと思ったからそうしたのですが、

息子2は誇らしげで嬉しそうでした。

「やったー!」と、自分で自分に拍手していました。

 

子供の素直さと純粋さって、わたしはほんと怖いんです。

 

 

ものすごい歓びの中に居れることもできるし、ものすごい恐怖と絶望の中にズタズタの気持ちでいることもできる。

そのどちらにも瞬時に自分を落とし込むことができる単純さと純粋さ。

 

その振り幅が恐ろしいです。

 

だから子供の喜ぶ、光輝く笑顔は逆方向への振り幅やポテンシャルを示唆しているようで、ぞっとします。

 

子供って、そういう、悲惨で残酷で、そういうネガティブな要素にぴったり裏打ちされた、輝く生き物だと思います。

 

 

大人は、どうなんだろう?

 

年齢では、ないのかも。

 

 

昔沖縄の売春宿で接した、年老いた売春婦の魂の底から輝く、曇りない笑顔を今、思い出しました。

 

やはりそれも、生身の人の笑顔とは思えないようで、光の粒子しかそこに見ることができませんでした。

 

 

その笑顔は私には恐ろしかった。

 

あるいはそれは、すでに人ではなくなっているものに触れた畏怖、と、いうのだろうか。

 

 

子供のそれも、まだ人ではないものに対する畏怖、なのかもしれない。

 

 

他者のない、絶対的な世界。

宇宙そのもののような、区切りのない広大さに。

 

そこにしたり顔で土足で入るような無神経を自分が行うかもしれないこともまた、怖い。

 

 

AD

自分の根本的な思い込み(自分でも存在を忘れてしまってるくらい根本的なやつ)はなんなのか、いつも探ってるのですが、

 

世話しないと愛されない、とかいう思い込み前提もあるのかなと思いました。

 

わたしは自分をないがしろにして自己犠牲しすぎるきらいがあって、それはなんとかやりすぎないようにここ数年心がけてきました。

 

でも、母曰く、わたしはすごいワガママだっていうんですよね。

 

小さい時からひどいわがままで、どうしようもなかった、みたいな。

 

今思うと、わがままっていうか、思いのままに行動して、そんな自分の存在を周りに許容されることで自分自身に充足する満足感とか、自分に力がある感じとか、尊重されてる感じとか、そういうのをこの世界で味わって自分の感覚として落とし込む時期って赤ちゃんには必要だとは思います。

自分で自分が存在する手触りを確かめる時期。

 

わたしはなんかそこらへんがすごくいびつな気がします。

 

自分が存在してる感覚が非常に薄い。

 

息子2(1歳5ヶ月)を見てたら、自分がどう感じてるかとか、自分でいることが面白いとか、そういうのを自分の中でいちいちしっかり味わってるように見えます。

 

わたしはそういう個人としての自分の中の感覚が非常に薄くて、まあ、男と女の違いもあるのかもしれないですが、

 

いつも何かが不安で、でも何に対してそういう心許なさを感じてるのかはよくわかりませんでした。

 

多分、個人としての自分を味わう経験がなんか、うまくできてなかったんじゃないかなと思います。

 

自分の中心でものを考えたり感じたり、ということがなかったのかなと。

 

じゃあどこで?

となると、もういきなり自分の体の外で、宇宙とか空とか、そういうとこで感じたり考えてたような気がします。

 

自分の意識はいつも自分の体の外にいた感じ。

 

なんで自分の中に居れなくなっちゃったのかな、と考えると、

まあそれは過去生で肉体は自分ではないみたいな、別次元に意識を持っていくような訓練ばっかりしてたからかもしれなくて、今世生まれて、その続きをしてただけなのかもしれないんですけど、

(以前、滋賀の山奥のありがとう村のありがとうおじさんにそんなようなことを言われました)

 

今世の要素に限定して考えると、

(今世に過去背も未来世もすべて含まれてるから今を見たら全部わかる)

 

まあ、母はわたしの個人性、言い換えれば母以外の中心点としての他人の存在を許容できなかったというのはあるかもと思います。

だからわたしはそれに適応して、生き延びるために自分の中に中心点を置くのをやめて、意識を空に広げた。

 

母は多分非常に自分の中に中心があって、それを周りに適当に受け入れられて育ったんじゃないかと思うんですよね。

自己完結して完全生を保ってる霊能系な濃い感じの人です。

 

 

6〜7人兄弟の末っ子だし。(いわゆる昔でいうとこの恥かきっ子みたいな、上の姉とかとはかなり歳が離れてて、お姉ちゃん達も親みたいに母を世話してたらしい)

 

だから、我が子といえども長女であるわたしにも精神的な世話人・大人を求めたのかなと。

自分以外の中心点は許容せず穢れとみなし、全くエゴのない状態の相手とかだったらまるで教祖に対する信者のように献身的になれる。

でもその場合も、相手はからっぽでなくてはならないのです。

 

だからわたしは母に求められていた虚ろな器を引き受けて、自分ではない状態でのみ献身された感じがします。

 

わたしが子どもらしい要求をすると聞き入れられず、空っぽの器として母の献身欲を満たすための偶像であるときは脳の機能が停止してるんじゃないかくらいにやたら献身されました。

 

なんかそういう役割でいる自分を母は好きだったんだろうと思うんですけど。

犬とか猫とかにもやたら献身するんですよね。

 

献身という名の支配かなとも思いますが。

いうことを聞かないとなじるから。

 

何かそういう献身のできる対象としては大事にされたけど、わたし自身のことは知ろうも思ってなかったような気もします。

わたしが個人としてどう感じて、どういう世界の見方をしてるのかとか。

個人としてのわたしっていうのは母にとっては穢れに等しい忌むべき要素だったのかなと思います。

 

そうやって、わたしを導いて矯正してる感覚もあったのかな。

 

おかげで個人性が培われずにキレイキレイで空っぽすぎるまま神秘体験的なとこに突入してしまったので、ある意味わたしの神と一体化したいとか望んで修行してた過去生があるなら、そこで望んだことは成就したんだろうと思います。

 

でもそこでばいば〜い、といなくならずにまた戻ってきたので、こんどはこの世界でわたしは個人として生きる方向に自分を発展させる必要が出てきて、

 

自分の中心を見つけて、(それはないということが見つかったのでややこしいんですけど)

 

いろんな穢れを全部内在化させてぐるっと一回りしてるとこだと思います。

生きてる実感をもって納得できる存在形態を実現するために。

 

とにかくわたしは個人として機能してたことが本当になかったということが徐々に明らかになってきて、実感というか客観視できるようになってきています。

 

そんなわたしが個人として幸せに生きようと思っても、なんか、経験がないんですけど・・・想像することもできないんですけど・・・という状態だということが徐々にわかってきました。笑

 

でも今までは、わたしは個人として幸せに生きるということがどういうことなのか、想像することすらできないのだという可能性にすら気づいていなかったので、かなり発展してると思います。

 

今は、自分の中にそういう引き出しが全くないっていうことにはうっすら気がついてきています。

 

完全に損失してるので無いことに気がついてなかった。

 

自分の感情や欲求を表現することがわがままと扱われてしまうと、

なんかこう、生きててすみません、こんな自分でごめんなさい、て感じになりますよね。

 

だからそのままの自分の感情やら欲求を表現することというのはわたしは抹殺したっぽいのですが、代わりに素晴らしい自分を表に立てましたよね。多分。

 

感情とかも自己検閲が入って、他者に受け入れられるものを受け入れられる形で表現することだけを許してたと思うので、

それって内側から湧いてきた感情とかではなくて多分、その場にふさわしい感情なんだと思います。

だから、仮面の感情だと思います。

 

ただまあ、そういうのは主に対人関係の中での複雑な現れ方なので、自分一人の世界っていうのはわたしは殺さずに、あったとは思います。

 

話はずいぶんあちこち飛びましたが、

わたしは空っぽな自分として世話を受け入れること、干渉を受け入れて自分を生きないことで生き残りをかけたのだと思います。

それは相手のこころのの安寧のための責任を自分を生きることを犠牲にすることでとったということとも言えるかもしれません。

 

同時に、もっと直接的にみんなの気持ちの受け皿としての役割を積極的に持たされたし、自分でも持ったということがあると思います。

 

そのときやはり、自分の個人的な気持ちとかがあるとみんなの受け皿ではなくなるのでそれらは捨て去られました。

 

自分を生きないことでみんなを生かしてるみたいなそんな意識状態。

 

母には「あんたはわたしのお母さんや」と言われ、父には「みんな(わたしには年の近い弟が4人います)が後に続きやすくなるように手本になれ」と言われ。

 

それが子どもとして精神的に支えられ、守られてる安心感の中で自分自身を生きるという土台が出来てからなんだったらいいかもしれないんだけど、そこをすっ飛ばしてやっちゃってたのがわたしだと思います。

 

それ(他人の世話をするポジションに自分を置くこと)をしないと自分の居場所がなくて生き延びれない危機感があったんだろうと思います。

もしくは、それをすることで居場所が確保できる安心感が得られたんだろうと思います。

 

だからいまだに、ただ単に自分でいることは、その記憶がないだけでなく、そのあり方に切り替えようとしても、生き延びれない危機感の感覚と結びついていて恐怖だし難しい。

 

だから、誰かの感情や気持ちの責任を自分がとることや、具体的な世話をすることではじめて、自分が存在価値があると思える、つまり、他人の世話をすることをしてからようやく自分がいていい感じとか、愛されていい感じを自分に感じられる許可を出しているのかもしれません。

 

だから、わたしは相手の弱いところをいつも探しているかもしれないなと思います。

そしてそれは相手を弱くする。

 

依存されてるとか気がついたら、それをスパッと断ち切れる強さがあると思ってたので、他人の弱さをある意味期待して、そことコミュニケーションを取ろうとする癖がいまだにあると思うのは自分でも嫌ですが、健全な関係があまり想像できないということはそういうことなんだろうなと思います。

 

だから、断ち切ったあとに次に行きずらかったり?

 

そしてわたしはいつまでも守られないし、支えてもらえない。

 

他人の弱さ(わたしが見出した他人の弱さ)に入り込まず、健全な部分でのみ付き合い、他人の世話をすることや他人の責任を精神的に負うという負担を負うことなしに大事にされる可能性がわたしの中になかったかもしれないな。

 

そんなマイナスな仕組みが、自分の中にあるのかもしれないなと思いました。

 

いつの間にか依存されて精神的や金銭的な負担を負ったところから始めようとする癖、まず相手の負担や責任を自分が負うことを前提にしてる感じがある気がします。

それを自分が望んでるとは思ってなかったけど、そうなってなくても(依存されてなくても)その可能性に備えようとしてる自分がいます。

いろんな人の責任を自分が取れるように。って。

 

 

 

これは子どもの頃のわたしの精神状態と完全にリンクしてるなーと思います。

 

そういうのなしの関係性って、どんなのなのかな。

 

 

 

 

 

 

 

ワードプレスの方のブログに記事書こうと思ったら、なんか、サーバーがどうのって、管理ページに入れないのでとりあえずこっちに書いておこう。

 

しかし、アメブロはもう放置しようかと思って、実際結構放置気味ですが、なんでアクセスあるんだろう。

何かがうまく検索とかにヒットしてるんかな。

 

6月24日の便でまた、南インドのプッタパルティに来ました。

以前息子1と6〜7年住んでた、サイババ王国のある街です。

 

今はサイババも死んじゃって、アシュラムはゆるゆるになって、超リゾート地的になってます。

 

サイババが生きてる時もスピリチュアルテーマパークみたいな感じのなんていうかギンギンに面白いところだったけど、今はほんとまったり。

 

わたし、今年3月半ばまでプッタパルティにいたんですよね。

そんでまた6月に来てるという。

 

4〜6月がインドは酷暑期なので、その間は逃げれるならどこか涼しいとこに逃げた方が楽です。

 

私は長野にいました。涼しい!

 

そんで6月25日にプッタパルティについて数日が過ぎましたが、まだすごく暑い時期のはずなんですけどなぜか暑くない。

私の暑さのセンサーが壊れてるのかな?

 

ま、それはともかく、

6月24日に来ようと思ったのは、3月まで滞在してた時にすでに6月24日から3ヶ月間、息子2とともに滞在するようにというデムパをキャッチしたからなのです。電波ね。

 

私は結構何事もそんな感じで指示で動いてるところがあって、

何からの指示かというと、サイババの皮を被った私自身の魂からの指示だと、自分で思ってます。

 

サイババって、結局自分自身と変わらないものだと私は思ってます。

でも、サイババにコスプレしておいた方がなんか面白いし?っていうかんじで。

 

しかし6月24日から息子2と3ヶ月滞在とか言っても、

まあ、インドは好きだけど、

息子2(現時点で1歳5ヶ月)の世話はがんばってのぶあきさんにやらせてるので、(やらせることをがんばってる)

私がインドでいきなり全部世話をするとかって、この生後40数年目の体がもつのかね、と、一抹の不安もあり、

そのプレッシャーでちょっと情緒不安定の原因にもなりました。

 

でも、私にとってサイババの皮を被ったデムパは絶対なので、考えずにとにかくやるのみ。

 

で、飛行機に乗ってやってきました。

 

何も問題なかったです。

 

着いてからも特に問題なし。

 

息子2も1歳5ヶ月にして非常に協力的な感じで。

横になってたら上に乗っかってジャンプとかしてきたり体当たりしてくるとかで、ぐえっとなるっていうのはありますが、いまのところ、仲良くやってます。

 

そして、プッタパルティのアパートには夜中の2時ごろ着いたんだと思いますが、

飛行機でもタクシーでも寝まくってたのであまり体力を消耗してなくて、

朝6時半にはすっきり目が覚めてました。

 

で、その短時間の睡眠中に早速サイババダルシャンの夢を見ました。

 

幸先良いですよね。

 

ババは私を待ってたのかしら。

 

ちなみにサイババが夢にでて来る時は普通の夢ではなくて、サイババが意思して現れてると言われてます。

 

夢のダルシャンは、私が息子1(現在中2です)とプッタに長期滞在してた頃のサイババの姿のダルシャンで、

車椅子ダルシャンでした。

でも、亡くなる前の数年ほど弱ってなくて、しっかりしててアフロも健在でした。

 

少し遠く、20メートルとか先から、しっかり目が合いました。

 

そのあと、サイババは女性の座ってるエリアに車椅子で分け入って、

何人かに声をかけてインタビューに呼んだようでした。

 

見てると知り合いも立ち上がって動き出し、私にも声がかかりました。

 

知らない間に同じグループに分類されてたらしいです。

 

おかげで私もインタビューに行けることになりました。

 

その条件とは、今までに正露丸を飲んで効いた人、というものでした。

それが私の脳内で感覚で訳されて、つまりは、漢方に縁のあるスペシャリスト的な人々、というカテゴリーでインタビューに8人くらい呼ばれてて、私もその中の一人に入ってたようでした。

 

そんな、夢を、今回のプッタパルティ滞在初日にみたんですよ。

 

わあ、なんかラッキー、と思って朝のバジャンに行きました。

 

髪にジャスミンの花を買って飾ろうかなと思ったんですけど、

なんとなく通り過ぎてそのままアシュラムに入りました。

 

最初だし真面目にガネーシャテンプルのガネーシャにお祈りしていたら、テンプルの敷地内に立ってるセバダルの男の子がわたしにガネーシャからのおさがりのジャスミンの花をくれました。

 

なのでその吉祥の花を髪につけて、最初のバジャンに参加することができました。

 

なんだか今回とっても、ウェルカムモードだぞ?という気がしました。

 

不安も乗り越えて飛んできたもんね。

 

いいこといっぱいあるといいな。