米国のエボラ封じ込め失敗とCDC長官解任を考える | MATTのブログ ~ 政治・経済・国際ニュース評論、古代史、言語史など ~

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元新聞記者。 アメリカと日本を中心にニュース分析などを執筆します。

Tom Frieden


エボラ出血熱対策に関する政府の顔となり、アメリカのテレビで見ない日はないほどだった米疾病対策センター(CDC)のトム・フリーデン長官が10月17日、オバマ政権により解任された。CDCがエボラ出血熱の封じ込めに失敗したことに加え、その過程でいくつかの判断ミスが重なったこと、さらにはフリーデン長官の発言が「看護師だけを責めている」「態度が偉そうで独善的」などの批判を国民とメディアから集中的に受け、そのリーダーシップに関して疑問符が付いたことが原因とみられている。

まず封じ込め失敗についてだが、フリーデン長官は当初、「この病気の拡大を防ぐことは簡単だ。手袋と障壁の措置をとってさえいれば。なぜなら、感染患者の体液が粘膜か傷口に入ることが唯一の感染方法だからだ」、「私たちはどうやってエボラをストップさせられるか知っている」などと国民を安心させるための発言を何度も自信満々に行っただけでなく、「(最初の患者であるダンカン氏が入院していた)テキサス保健長老派教会病院は感染を防ぐためすべての必要な予防措置を取っている」とも語っていた。


しかし今月、ダンカン氏が死亡しただけでなく、ダンカン氏の看護にあたったニーナ・ファンさん(26)、アンバー・ビンソンさん(29)という二人の看護師が感染したことが明らかになり、同長官の封じ込め構想の破綻が明白となった。


次に、CDCが冒したいくつかのミス(ミスであった可能性も含めて)だが、

患者と接するスタッフが首や脚まで覆う防護服を着用していなかったのは、それをCDCが勧奨していなかったためだという点。病院経営者はその後、全身を覆う防護服を着用させるように切り替えた。



もう一点は、スタッフが防護服や手袋を脱ぐときに自らの手で服や手袋を触れてしまうことでもっとも感染する危険性が高いにも関わらず、その教育・訓練が行われていなかった。この点については病院院長が謝罪している。しかし、10月16日、フリーデン長官が今年9月に西アフリカへエボラの現状視察に行った際に着用した全身をすっぽり包む黄色の防護服の写真を共和党議員に示され、「なぜ自国の医療従事者にはより簡単な装備を奨めるのか?」と鋭く問われた際、「個人を守る特別な装備の使用はそう簡単ではなく、一つの正しい答えはない。今は異なるタイプの防護服をダラスで使用することを真剣に検討している」と述べ、CDCの規定にミスがあった可能性を示唆した。


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さらに、CDCの規定のもう一つの欠陥として、医療スタッフが防護服を脱ぐとき、まず手袋を外し、次に防護服を脱ぎ、マスクとゴーグルを外すと定められていた点が指摘されている。この方法だと、看護師の手が汚染される危険があるためだ。とくに手を洗う前に自らの顔や目を触れば、感染する可能性が高くなる。


また、先月、ある共和党上院議員がフリーデン長官にエボラ対策として西アフリカからの渡航禁止措置への同意を求めたが、長官は「同意できません。自信を持ってください」と自信を持って語っていた。その結果、10月16日の米議会で、「なぜ渡航禁止措置を取らなかったのか?」「どうしてエボラが外国から潜り込まないだろうという確信を持ったのか。ほかのシナリオは考えなかったのか」などと吊し上げにあった。長官は当然、渡航禁止派議員(民主党の一部を含む)を説得することはできなかった。


三点目は発言の仕方と態度である。一人目の看護師の感染が分かったとき、フリーデン長官は即座に「何らかの規定違反があったに違いない」と述べ、さらに二人目の看護師が感染が発覚する直前、クリーブランドからの国内航空機に搭乗していたことについて「彼女は乗るべきではなかった」と述べたたが、これらの発言に対して全米看護師連合(NNU)が「看護師を責めるのはやめて、エボラを止めてほしい」などと同長官の発言に猛反発した。同組織幹部は「このようなケースではいつも看護師が不当な責めを受けている。また規定違反があったというが、規定とは何のことか。それは患者と看護師を守れるものだったのか。規定をつくるだけでは足りない。完全に実行されなければ意味がない」と語っている。


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また、同氏の話し方が「上から目線」で、「偉そう」で「独善的」だという批判がこのところ高まっていた。実はこの点でホワイトハウスがフリーデン氏のリーダーシップと能力にもっとも疑問を感じたのではないかと見る向きが多い。


ダラスの感染拡大以降、同氏のやることなすことすべてが批判の対象となった感もある。



フリーデン氏の過去の華々しい経歴までメディアに持ち出され、これと関連づけられた。ニューヨークに生まれ、名門コロンビア大の医学部を卒業し、CDCに入庁。インドなどで結核撲滅のための業務にあたった後、世界保健機構(WHO)へ派遣された。次に2002年、ブルームバーグ市長時代のニューヨーク市の保健衛生局長に抜擢され、タバコ規制などに取り組み成果を挙げた。そして5年前、CDCに舞い戻り長官に就任した。現在54歳。


もの静かだが努力家の彼はどこへ行っても業績を上げ、認められた。ニューヨーク市では、タバコ産業と闘い市民の健康を守る立場にいたことから、自身の成功体験に裏打ちされた自信と的確さが大いに貢献した。しかし、「その自

信がエボラに関する情報発信の中でも現れたが、これは過剰な自信であり、危険でもあった」(CNN)との批判に晒されている。


世界では、すでに400人以上の医療従事者がエボラ患者の治療中に自らも感染し、そのうち200人が死亡している。適切に防護服を脱衣することの難しさが

関係しており、医療従事者の感染例の10%は手袋を外した際に起きていると指摘されている。


秀才厚生官僚のフリーデン氏も、エボラ出血熱の猛威に敗北せざるを得なかった。