神様があなたにどうしても伝えたいグッドニュース
聖書の「福音」とは
説明:ゴスペルって聞いたことありますか?それはグッドニュースがなまって変化しました。
ゴスペルとは福音のことです。
神様がすべての人に伝えたい大事な大事なメッセージが聖書に書かれています。
それは人生最大のグッドニュースで「恵み」と呼ばれる神様からの一方的なプレゼントです。
神様の惜しみない愛...。ぜひ受け取ってください。
(これを知らないとと致命的、人生最大の損です!)
聖書の肝心な部分を私なりにまとめてみました。あなたの新しい人生の助けになれば幸いです。
神様は天と地、宇宙も太陽もこの地球もすべてを創造されたお方。この「神」とは言語で「エロヒーム」といい三位一体の神という複数形で書かれている。神様は父なる神様、聖霊さま、御子なる神イエス・キリストのことです。イエスさまは偉人の一人ではなく最初から神です。
もともと天には神様と天使がいた。天使は神様の御用をするものであった。天使の中の賛美部隊のリーダーはルシファー。美しく高い能力があり何でもできた。やがて自分が神になりたいと思うようになり高ぶり、神様の怒りを買い天から落とされる。天の御使いの三分の一を引き連れ悪魔・サタンとしてこの世、地上、闇を支配している。落とされた御使いは悪霊としてサタンに仕えている。神に愛されている人間を妬み地獄へ道づれにしようとしている。地獄は二度と戻れない永遠の苦しみを味わうところ。絶対に行ってはならないところ。
そして神様はすべての植物、動物を作られ人間が生きられる環境を整えてから、ご自身の形として人類を創造された。人は神様の愛の対象として創造された。
一人一人は神に似せて特別に作られた・神に愛されている・高価で尊い存在だ。
猿が進化したのではない。偶然地球ができて、微生物が生まれ魚になって鳥になって動物になって猿になって人間になって。これを信じるのにはすごい信仰がいるんです。(1996年5・24朝日新聞 猿から進化途中のピルトダウン人はねつ造であったと報道しています)
そして動物には本能しかないが人だけは霊があり魂がある。感情があり知性がある。それは人間は神の愛の対象だから。神を愛し祈り礼拝するようにデザインされている。
神様を愛し自分を愛し、自分と同じように周りの人を愛するため。その愛に生きる特別な存在として作られたのです。
愛するがゆえに、神様は人を縛らずに自由意思を与えてくださった。それは人だけの特別な特権だった。
エデンの園という楽園に住まわせてくださり、自由だった。嘘も争いもない。罪がないからだ。神様が治められる本当の平和がそこにあった。神様との交わりがある愛と喜びの生活があった。どんな木の実も食べることを許された。ただし「善悪の知識の木の実だけは食べないように。それを食べると必ず死ぬから」と警告されていた。人の祖先であるアダムとエバはサタンの遣わしたヘビに巧みな言葉で誘惑されて神様から唯一、禁じられていた善悪の知識の木の実を食べてしまった。神様との大切なたった一つの約束を破ってしまったのだった。神様はもちろんすべてお見通しですがあえて知らない顔をして、アダムたちを呼びます。しかし彼らは思わず隠れるのです。すでに罪悪感を持っている・・・。それは人間に罪が入ってしまった瞬間でした…。神様は「あなたはどこにいるのか?」と呼ぶと、「私は恐れて隠れました」とアダム。「あなたは食べてはならないと命じておいた善悪の知識の実を食べたのか?」と神様。アダムは言い返しました「あなたが私のそばにに置かれた、この女があの木からとって私にくれたので私は食べたんです」。エバは「蛇が私を惑わしたので私は食べたのです」とお互いが責任転換しました。神様は謝る事を待っていましたが罪によって、神様の思いは通じずに人はエデンの園を追い出されることとなります。
そして人間は罪の性質を持ち労苦をして生きることとなりました。
いつかは死に、そして死んだら体は土へ戻ります。しかし霊と魂は永遠に生きるのです。
どこで生きるのか。それはサタンの支配する地獄です。
「罪」:律儀な日本人は特に。あなたに罪があると言ってもピンと来ないですね。
罪とは刑法上の罪ではなく神の完全な聖さ・正しさの標準から外れ(的外れ)自己中心になるということです。
自転車に乗っていたら、車あぶあいなぁ…もっと向こうを走ればよいのにと思ってしまいませんか?だけど車に乗っていたら自転車あぶないなぁ・・・もっと端を走ればいいのにと思ってしまうなど。人は自己中心的な性質を持っているものです。
罪によって人類は霊的に死んでいます。神様の愛の関係が罪によって遮断されてしまいました。
すべての人は罪を犯したので神からの栄誉を受けることができないローマ3:23
サタンがこの世を支配しています。死んだらサタンの待つ地獄へ行き永遠に苦しみ続けることとなります。それが罪の裁きです。決して出ることはできません。罪によって神様との関係が断絶されてしまった人間。その時から人間はサタンの支配下におかれ、死の恐怖と苦しみを永遠に背負ってしまった。
贖いの目的:
そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、
これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。ヘブル2:14ー15
罪からくる報酬は死です。しかし神のくださる賜物は私たちの主キリスト・イエスにある永遠の命です。(ローマ6:23)
神様は 壊れてしまった人間との関係をなんとか回復したいと..人類を救いたいと思ってくださる憐れみ深い愛のお方です。そのために御子であるイエス様をこの世に送ってくださいました。イエス様は神ですから何でもできるのですが、人としてこの世に来られ信仰の模範を弟子たちに見せてくださいました。神としての力は横に置いて人間として生活されました。それもすべて「贖い」(あがない)の為でした。
※『贖い』(あがない)とは・・・
贖いとは罪の犠牲です。血による犠牲がなければ罪はゆるされません。
旧約聖書の時代は聖い動物のいけにえによって一時的に罪が許され
神の前に立つことができました。そして神の厚意を受けることができたのです。
これは神様は血が好きなのではなく、命の代価がなければ許されないほどの罪は大きいものだということです。
そしてこれはキリストの十字架の型でした。すべての人類を救いたいと神様は思っておられます。すべての人類を救うには動物のいけにえが何頭あってもたりません。
もっとも聖い血による犠牲が必要なのです。それは神の御子イエス様しかいません。
唯一、罪のないお方だからです。その方が苦しみ、身代わりになる必要があったのです。神様は全能なお方であり、また、義なるお方。ゆえに自分から誘惑に入っていった人類を救うには身代わりが必要だったのです。これが『贖い』です。
<後半>へ続く・・・
必ず最後まで読んでほしいです
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