Popん?TANKA

「短歌です 君への想い短歌です 熱く焦がれて「君」短歌です」

このブログは、短歌と画像を中心としたコンテンツになっています。読んでくれた方の心に、何かしら感じてもらえる作品があれば、幸いです。デジカメ作品は、サイトのギャラリーと画像日記の方にも置いてありますので、そちらも時間のある方は、観てください。
最近、同一人物からの嫌がらせと思えるエロコメントが毎日入っています。こう毎日続くと気が狂いそうになりますのでコメント&トラバを拒否させていただきます。コメントを残したいと思われた方は申し訳ありません。
サイト更新情報
ギャラリー を更新しました。あと、Diary2(画像日記) も変更・再開しました。 

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     Popん?TANKA

久しぶりに行われた、穂村さんの歌会です。
掲出歌は、こちら。

はにかんだ風燃え落ちて朝かたたんと薄黒縁の案内とどく

題詠は「燃える」「燃やす」でした。
どんな感想をおもちになりましたか?



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     Popん?TANKA-413


ICUにさようなら Ⅰ

セピアまぶしい写真一葉額のなか いろづく秋の家族の落穂
ねぇパパ 今年は十三回忌だから思い出話するのも悪くはないか
おトイレで倒れたのパパ朝早く 語順の違うママからの電話
キカイダーになるみたいだねICUの硬いベッドにくくられたパパ
旗の台まで13分の道のり。キリスト教徒じゃないのよ、バカ
もうパパは息をしてない わかってる 深夜0時の中原街道
パパの心臓をうごかしつづける複数のドクターの手と腕と汗
ママがくるまで生きているって証明の心臓マッサージ ねぇドクター

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未来短歌会、彗星集の加藤治郎さんよりのお誘いです。

去る1月1月24日、笹井さんが26才で逝去されました。
その笹井さんを偲ぶ会が開催されます。



◇日時 2009年3月20日(金曜・春分の日)14:30~17:00 (受付開始 14:00)

◇会場 日本出版クラブ会館

http://www.shuppan-club.jp/map.html
東京都新宿区袋町6 TEL 03-3267-6111

◇内容

【追悼座談会】 斉藤斎藤、笹公人、佐藤弓生、加藤治郎(司会)

【短歌朗読】 野口あや子、伊津野重美

*偲ぶ会終了後17:30より「鮒忠」にて笹井宏之さんを語り合う懇親会を開催いたします。(新宿区神楽坂5-34-1)

◇参加費

偲ぶ会 3,000円

懇親会 4,000円

◇参加申込先(お問い合わせ先)

加藤治郎さんのブログ をご覧下さい。

◇受付締切 3月10日(火)

◇申込み記載内容

(1)申込みパート
 *下記から1つお選びください。会費は当日いただきます。

A. 偲ぶ会及び懇親会
B. 偲ぶ会のみ    
C. 懇親会のみ  
    
(2)氏名  所属グループ名

*メールのタイトルは「偲ぶ会参加(お名前)」の形でお書きください。
◇なお、当日は平服にてご出席くださいますようご案内申し上げます。
◇笹井さんの歌集を購入ご希望の方は、BookParkまでお願いいたします。
 http://www.bookpark.ne.jp/cm/utnh/select.asp

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     Popん?TANKA-2070901
今年は「東」がお題でした。

提出歌は


ん、つかのま東雲橋をふりあおぐはがゆさはあなただ火よ昇れ

結果は、3点と振るいませんでしたが、みなさまは、どんな感想をお持ちになったでしょうか?

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たぶん夢のレプリカだから水滴のいっぱいついた刺草(いらくさ)を抱く

                                                 加藤治郎「マイ・ロマンサー」より

 「夢が叶う」「夢を追う」「夢の力」そんなイメージの歌を探してみた。でも、何故か、そう言う歌を見つけられなかった。恋の歌なら、夢をかなえたい的な歌は確にある。しかし、夢に向かってゆく、そう言う歌を見つけられなかった。
 夢落ちの短歌は、時々、いや結構見かける。なのに、夢に向かって進んでいるような歌は無いのかなぁ?
どちらかと言えば、夢を見るなんてこととは、無縁の世界観が短歌なのかしらん?そんな風に思ってしまうほど、短歌における夢は、儚すぎてむしろ悲しい。悲しいからこそ短歌たる所以なのか?
 他にも夢と言う文字の入った歌はある。しかし、眠っている時(妄想であっても)に見た夢の中の出来事が圧倒的に多い。この歌自体も夢に向かっていると言うよりは、その夢が現実ではない、レプリカであるからと言う、非常に屈折した構造になっている。それでも、この歌を選んでしまったのは、微かでも夢に対して前向きなものを感じたから。例えそれがレプリカであったとしても、どこか奥底で本物の存在を感じている気がする。夢現の境目を行き来するような感覚を刺激する為の水滴のいっぱいついた刺草。たぶんと言ってしまいながら、何処かで現実を求めているその可愛さみたいなものを感じた。単なる夢物語ではない切実さがこの一首には詰まっていると感じるのだが、それはあくまでも危うさの中でのみ成立する感情なのだ。明日を希求してやまない煮え滾る情熱ではない。そもそも、夢がレプリカだったらいくつでも作れてしまうではないか。いや、叶わない夢だからこそ、レプリカを作れてしまうのかも知れない。だから結果として危うさとしての微熱は感じても、マグマが爆発するような情熱は感じられない。
 う~ん・・・それが、短歌における「夢」の現実なのかなぁ?青臭くて照れくさくてバカじゃねぇのって思うけど、心をガシガシ掴んで離さない、そんな夢を追いかけているような一首は無いのかな・・・・・・この手で地球を、いや、宇宙を変えてやるよ!くらいに明日を目指す歌。その思想そのものがポエジーみたいな歌って無いのかなぁ~。
 どうしても、短歌ってマイナスイメージがないと秀歌と呼ばれない気がしていて・・・人の不幸は、何とかじゃないけれど、負の要素のある歌は人の心に何かを残してしまう。逆に、明るすぎる歌は、“あぁ、ソウネ“と通り過ぎてしまうことが多い。でも、でも、たまには明るすぎる歌があっても良いじゃないかな、とも思う。そんなわけで探してみだけれど、心にメガヒットする夢の歌を見つけられなかったのでした。
 あ、今の気持ちはこんな感じ。

 ゆめは夢を食らいつくしてうつつやみ兵どもの地平遥けき

(文法、合ってる?)

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 今年の2月、お気に入りの東京都写真美術館を訪れた。閉館間際だけれど、何か行かなくちゃ行けない!そんな思いに駆られ、写真美術館に入った。今回は、予定に無かった行動なので、何をやっているのかは、まったく知らなかった。ところが、ホールに入って、チラシをあれこれ見ていたら、「文学の触覚」と言う文字が目に飛び込んできた。文学?写真美術館で?と疑問に思っていたら、穂村弘と言う文字が目に止まった。ん?んん?穂村・・・弘・・・?え?穂村さん?チラシを1枚つかむと、文学の触覚と題された会場のある地下へ向かった。

 入り口を入ると、ゲーム機のDSが数台並び、DSで読む文学が公開されていた。また、白壁には、小説や詩が投影されていた。その中に混じって、穂村さんの短歌が白壁に黒の文字で描かれていた。
 それは、まさに描かれていたと呼ぶにふさわしい。書かれたと言うより、文字がひとつのグラフィック作品のように描かれた文字として作品が壁から浮き出ているかのように感じられた。もちろん、それは、白壁に黒文字と言うマジックなのかも知れないが。
 それぞれの作品を見ながら、面白い試みだと思った。文学という”読むもの”と言う意識を”見せる”ものにしている点では、斬新な企画だと思った。だが、逆に、文学をアートとしている点は、賛否が分かれるだろうとも思った。特に小説や詩は、読むものであると言う意識が強い。読みにくいものは、やはり、文学としてのジャンル分けには入りにくい。読んでもらってナンボのところがあると思うからだ。ネット詩などは、ネットと言う特殊な空間でこその部分はある。文字が回ったり、消えたり伸びたり縮んだりするのは、ネットならのものでもある。それは、紙の上では難しい。だが、この企画は、この会場の作品そのものが、ひとつの大きなネット詩のような空間の広がりを作り出そうとしたのではないかと感じられた。そう言う意味ではとても面白く斬新な企画だと思う。しかし、これが、これ一回きりで終わってしまっているように思える。賞を取ったから終わりではなく、ここから更に高みを目指し、文学の触覚を伸ばしていって欲しいと思う。それでこそ、文学の触覚なのだから。

 さて、穂村さんの作品「火よ、さわれるの」と題された13首。実に、興味深い。火は、触れない。いや、触っても構わないが、火傷を閣議せねばあるまい。しかし、文学と言うフィールドの上では、実にたやすく触れるのである。本物の火と同じように、時によっては、火傷をしてしまうこともあるのだが。
 文学の触覚は、触れそうで触れない部分に触れていると思う。逆を言えば、文学そのものが、触れそうで触れられないものに触れることが出来るのだと言っているようにも思えるのだ。穂村さんの作品も、その意図を受けるように作られているように感じた。その題材が「火」であったことが挙げられる。「火」の発見によって人類は、大きく進歩したと言われている。だから、作品の題材に「火」を持ってきたことで、この企画そのものが文学の進化だと言いたかったのではないかと思ったのだ。

 呼吸する色の不思議を見ていたら「火よ」と貴方は教えてくれる

 冒頭の1首であるが、火が呼吸している様子をうまく取られていて、それがまるで不思議な生き物のように感じている主体がいる。それに対し、それは「火である」と教える貴方がいる。人類が火を発見して行く過程のようにも思える。そして、最後の一首、

 一千九百八十一年冬の微笑がエスペラントの「火」のごとく燃ゆ

エスペラントは、希望する人と言う意味がある。文学と言う火は、人々の希望のように燃えているとも受け取れるのだ。まさに、この企画が今後の文学の希望の火でもあるかのように。
 一度燃やした火は、誰かが燃やし続けなければ、いつかは消えてしまう。文学と言う火を燃やしたなら、燃やし続けていって欲しいと思う。それが自分自身なのか、まったく違う他者なのかは分からない。しかし、この企画が、その小さな火種を起こそうとしたことは、間違いない事実だと思う。そして、それを象徴する穂村さんの作品だったと思うのだ。
 いささか、深読み、はたまた思い込みかも知れないのだが・・・・・文学が人々にとっての希望の火であって欲しい、と、そんなことを思いながら、閉館の時間を迎えたのであった。


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