『チャイルド44 上巻』 トム・ロブ・スミス 著/田口俊樹 訳 | 今日もこむらがえり - 本と映画とお楽しみの記録 -

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備忘録としての読書日記。主に小説がメインです。その他、見た映画や美術展に関するメモなど。

 

 

久しぶりの海外作品。「このミステリーがすごい!」の

海外編2009年の1位。実はこれも本棚で中期熟成され

たものを発掘(汗)。新聞の書評でスミス氏の顔写真と

プロフィール付きで紹介されていたのを見て、このミス1位、

世界中でヒット、内容も面白そう、しかも著者はケンブリッジ

主席卒業のインテリでかつかなりのイケメン。速攻買いに本屋に

走ったものの、当時は本当に本を読む余裕がなくて・・・しば

らく買ったことで満足していました(-_-;)。

 

舞台はマルクス・レーニン主義を掲げるスターリン体制化の

ソビエト連邦。KGBのエリート捜査員であるレオが主人公です。

人類の究極の理想郷であるはずの共和国体制では”あり得

ない”=”あってはならない”殺人事件。実際にあった猟奇

殺人事件がモチーフになっているそうですが、特殊な時代の

特殊な政情という舞台装置の上に、テンポのよい展開と

緊迫感で、飽きさせず中だるみせずグイグイ読ませるスリリング

なサイコ・ミステリーです。同時に、人間についてもしっかり

描かれていて、読み応えあります。面白い。

 

表彰されるほどの実績もあり、体格にも恵まれた美形で見た目

も目を引くレオはある意味政府のプロパガンダの広告塔にも

利用されるほど、KGBにおいて華々しいキャリアを築いており

美しい妻もいて、長い間苦労してきた両親もレオの立場による

特権を享受して恵まれた生活をしていてまさに理想的な人生。

それが、部下の息子が線路で轢断死した事故(両親らは殺人

だと主張するがあくまでも不幸な事故と処理される)をきっかけ

に少しづつ歯車が狂いだし、悪意ある人間の策略に嵌まって

しまい、ありもしない罪を糾弾され、一族揃って強制労働か処刑

の危機に陥りますが、スターリンの死によってまた運命の流れ

が変わります。結果処刑は免れますが、かつての英雄には

あり得ないほどの降格人事で片田舎の民間警察の底辺の

ポジションに就かされることになります。

 

レオは、真面目で信念の人。悪く言えば素直で単細胞。

自分が信じるものに全幅の信頼を委ね、自身にすら微小な

疑念も許しません。この国家は大いなる理想郷に到達する途中

であり、自分はその改革を守る意義のある仕事をしていると、

心から誇りと自信をもって臨んでいます。一瞬わだかまりを

感じることがあっても、大いなる正義のためには多少の犠牲は

いたしかたがないのだと教えられればそのように納得し、

確実に職務を遂行してゆきます。自ずから思考したり議論する

ことは苦手、もしくは深く考えず妄信することで本能的に自己防衛

しているのかもしれません。妻とは深い愛情と信頼により繋がって

いると信じて疑わないのと同様、部下の息子の検死報告書に

記載されていることは、”正しいに決まっている”と信じており、

事実と違うことを主張するのは肉親の動揺と感傷によるもので、

しかしそのような”誤り”は社会的に危険であると、彼らのため

を思って”事実”を受け入れるよう、説得するのです。

 

ところが、”正しい”と認められたことが明らかに間違いである

という事実を直視せざるを得ないことがあり、かつ自分自身が

覚えのない罪に問われるに至り、今まで信じてきたもの、

築き上げてきたと思っていたもの全てが崩れ去り、希望もよすが

も何もかも無くして絶望しながらも、代わりに得た新しい”目”と

”思索”で自分なりに子供たちの殺人事件の捜査を正しい方向に

導こうと奮起するまでを、レオという人間の変化を中心に描かれ

ているのが上巻です。さてこれからいよいよ、本題の猟奇殺人

事件の謎解きに突入、ということで下巻を早く読破したくて気が

はやります。

 

それにしても。想像を絶する世界です、スターリン時代のソ連。

歪められた理想の名の下に、暴力的なまでの恐怖政治。

全ての人間がある日突然、逮捕され処刑されるリスクと隣合わせ

にいて、肉親すら信用して安心できない社会。まさに我が国の

近くの将軍様の国を彷彿とさせます。東西冷戦が終結し、ソ連

という名称が消えてから既に30年近く経過し、日本で韓流ブーム

が巻き起こりヨン様が何十億も出稼ぎしにきて、日本のアイドルが

韓国や北京や北朝鮮でもコンサートをするような時代に、本書も

世界中で翻訳、ベストセラー化してかのリドリー・スコット監督が

メガホンとるに至っても、いまだに世界中でロシアでだけ発禁書と

なっているのもある意味驚きです。

 

が。勿論私は当時のソ連の状況も将軍様の国の内情も実際の

共産主義がどのようなものかも知らないし、どうこう語るつもりも

ないし、ここに書かれたことをそのまま信じこむつもりも否定する

つもりもないので、単純に”舞台装置”としてあくまでも小説世界を

堪能します。ただ、本質的なところ、資本主義だろうが共産主義

だろうが、どのような理路整然とした理想論があろうが、結局は

それが煮詰まりすぎると歪みや綻びも生じ、そして権力を握ると

人間はそれに妄執し独占したくなり堕落する、そういう生き物なんだ

ろうなぁとしみじみ感じました。

 

さて、いざ下巻。