『鉱山(ヤマ)のビッグバンド』を読んで『ブラス』映画を思い出した。 | ・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

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「鉱山のビッグバンド」小田 豊二 著
鉱山労働者が結成した楽団の笑いと涙の物語
昭和30年代、好景気に沸き返っていた飛騨・三井金属の鉱山労働者たちが結成した
玄人はだしの楽団が巻き起こす、笑いと涙の感動物語。
かつて東洋一といわれた三井金属神岡鉱山に誕生した、
奇跡の音楽集団「神岡マイン・ニュー・アンサンブル」。
廃墟の風景から聞こえてくる「昭和」のドキュメント。

「メンバーは、二十数人の鉱山の坑内で働く従業員たちであった。トロッコで坑内奥の最前線まで行き、そこで削岩するトランペッターもいれば、坑内の爆発事故で片目を失ったテナー・サックス奏者もいた。」(本文より)
梶田隆章のノーベル物理学賞受賞で湧く、岐阜県飛騨市神岡町にあるスーパーカミオカンデ。その1000メートル上には、かつて東洋一の採掘規模を誇り、同時に「イタイイタイ病」の原因企業ともなった三井金属神岡鉱山の集落が、廃墟となって静かに眠っている。
昭和30年代、鉱山が好景気に沸き返っていたころ、この地区には約800世帯、4000人が暮らしていた。社宅にはテレビ、冷蔵庫、洗濯機はもちろん、水洗トイレまで完備されており、まさに「天空の楽園」だったという。
あるときそこに、「音楽は好きだけれど、楽器もない、譜面も読めない」鉱山労働者たちが集まり、「神岡マイン・ニュー・アンサンブル」なるビッグバンドが結成された。三交代制のなか猛練習を重ね、彼らは集落の人々を楽しませるばかりでなく、企業の音楽部等がその実力を競う産業音楽祭中部大会で13回連続優秀賞受賞という大記録を打ち立て、東京でも公演を行う玄人はだしの集団となっていった。
本書は廃墟の風景から聞こえてくる幻の音楽と彼らの熱い思いを、生存者への取材等から浮かび上がらせる、「昭和」のドキュメントである。
鉱山の生活を通じて最も印象に残り、また心の糧になっていたのはやはり音楽であった。そして、趣味を通じて結ばれた人々の心は固く、けしてとけるものではない。創成期の楽団は、まず楽譜を読むこと、そして楽器を使うことであった。乏しい楽器をアルバイトで調達し、機会をとらえては先輩の指導を仰ぎ、楽団員の技術に応じた編曲をすることが続いた。「神岡マイン・ニュー・アンサンブル」25周年の歩みより抜粋
指揮と編曲すべてを担当した林 正輝は「神岡マイン・ニュー・アンサンブル」40年間在籍した伝説のバンドマスターだった。
著者は、最後に神岡鉱山の負の遺産「イタイイタイ病」とは、岐阜県の三井金属鉱業神岡事業所(神岡鉱山)による鉱山の製錬に伴う未処理廃水により、神通川下流域の富山県で発生した公害も取材している。

この本を読んで思い出したのがこの映画「ブラス!」


『ブラス!』(Brassed Off)は、1996年に制作されたイギリスの映画。閉鎖騒動の持ち上がる小さな炭坑の町を舞台に、ブラスバンドを通じて、「音楽」と「生きること」の素晴らしさ、人間模様と社会風刺を上手に織り交ぜて描いた作品。実話に着想を得てストーリーが作られており、モデルとなっている
1990年中盤、イギリス・ヨークシャーの炭坑町グリムリー。仕事のために宿を借りたグロリア(タラ・フィッツジェラルド)は、荷物の中の楽器フリューゲルについて、宿屋の夫人に「夜中の演奏は遠慮してね」と注意を受け、炭坑夫達で作る歴史あるバンド「グリムリー・コリアリー・バンド」の練習場で練習することを薦められる。
バンドマン達は炭坑の閉鎖騒ぎで気が気ではなく、演奏もおぼつかなかった。そこへ入ってきたグロリアに、指揮者ダニー(ピート・ポスルスウェイト)は「よそ者は入れない決まりだ」と断るが、グロリアはここの町の生まれだと主張する。ファミリーネームで、グロリアの祖父がダニーの親友、勇敢な炭坑夫でバンドマンだったと分かる。バンドマンの一人アンディ(ユアン・マクレガー)は、グロリアの幼なじみだった。腕前は素人みたいなものだと謙遜していたグロリアだが、「アランフェス協奏曲」のソロパートで見事な演奏を見せ、拍手が巻き起こる。こうして新たなメンバーを得たグリムリー・コリアリー・バンドだったが、実は彼女の仕事は、炭坑についての報告書を作成することだった。
経営側は組合と折衝の結果、炭坑存続か、閉鎖の代わりに高額の退職金を支払うかのどちらかを、炭坑夫に投票させることになる。バンドは準決勝を勝ち取ったものの、町に帰ってきた彼らを待っていたのは、閉鎖決定という結果であった。路上でくずおれるダニー。彼は長年の炭坑夫生活で、肺をやられていたのだった。その後偶然に、バンドマン達はグロリアが経営会社の建物から出てくるのを目撃してしまう。特にグロリアと恋仲に落ちていたアンディは、少なからずショックを受けるのだった。
アンディは賭けビリヤードでテナーホーンを取られてしまう。他のメンバー達の心も揺れ動くが、生活が逼迫していることや、グロリアに裏切られたという思いもあり、バンドを辞めることを決意する。最後の演奏として、ダニーが入院している病院の前で「ダニー・ボーイ」を演奏する。

そしてダニーの息子フィルに、全員バンドを辞めることを伝えるよう依頼するが、フィルは結局伝えることはできなかった。彼の家では、借金の返済ができず家財道具を差し押さえられ、妻は子供を連れて実家に戻ってしまう。人生に絶望したフィルは、炭坑の櫓の上で首吊り自殺を試みるが、発見され未遂に終わる。一方、グロリアも会社に裏切られたことを知った。実は炭坑の閉鎖は、2年も前から決まっていたことだった。彼女が炭坑夫達のために書いた報告書は、結局何の役にも立たなかったのだ。グロリアは、自分のためではなく、炭坑夫達のために、そしてダニーのために、決勝出場のための資金を提供を申し出た。会社の腹黒いやり口に怒った彼女は、辞職して退職金をもらったのだ。
決勝当日。ロイヤル・アルバート・ホールに立ったメンバーは「ウィリアム・テル序曲」を力強く演奏。見事優勝を勝ち取り、病院を抜け出したダニーがサッチャリズムを批判して「この10年間、政府は産業を破壊してきた。産業だけでなく、共同体や家庭をも、発展のを借りたまやかしのために」「職だけでなく、生きる意志までも奪っている」とスピーチし、トロフィーの受取を拒否して「威風堂々」を演奏し、喜びの帰路につく。
どちらもリストラでや鉱山は閉山へ追い込まれていく、悲しい物語でもありますが、楽団が演奏しているときだでは、喜びと感動が人々へ伝わります。