日本雑感 8 ハイジ
>日本を離れてどの位経ちますか?
最初に日本を離れたのは1970年代でした。米国ではニクソン大統領のオイルショックがありました。ドル為替は1ドルで260円くらいのころでした。72年には田中角栄首相が日本列島改造論をぶちあげ、中国との国交を正常化させようとしていました。日本のバブル経済が始まる前だったと思います。歌謡曲で桜田淳子とか、小柳ルミ子とかキャンディーズがいました。何度か、日本と南米を中心に行き来し、その間に学生、旅人、会社員、自由業と立場は変わっていきました。今回と前回との日本訪問には10年ほどの開きがあります。
通信事情は日進月歩です。国際通信は昔は国際電話、電報、会社ではテレックスという電動タイプライターのようなもので、アルファベットを紙テープに打ち込むものがあり、商社でもこれが一般的な通信機器でした。そして手書きでも文章が遅れるファックスが登場し、ワープロ通信、そして現在の電子メール通信や、スカイプなどでますます、国際通信そのものが身近になっています。
わたしが企業用のワープロを使っておった時期があります。その後、個人仕様のパソコンを使い使い始めるのはウインドー95が登場した90年代半ばになります。そしてインターネットを通じて世界の出来事を新聞やラジオ以外でも知ることができるようになりました。日本の情報もしかりです。
ですから、90年代前半以前の日本に関しては周辺情報も含めて限られたものしかないように感じます。今は有料ですがNHKテレビもペルーでは観ることができます。
そうゆう意味では、最近の出来事は情報として入ってきます。10年ぶりに東京や関西、地方を訪れても、建物や街並み、女性の服装や、流行などの過去の思い出とは違っています。しかし、日本人そのものは、それほど変わっていないのではと思いました。
わたしの友人(おっさんですが)のペルー人の日本という印象はこのアニメが最初だったといっております。
(スペイン語)
http://www.youtube.com/watch?v=HXW31ZyorVA&feature=related
(日本語)
http://www.youtube.com/watch?v=ZZoASWwqxAs
(ドイツ語)
http://www.youtube.com/watch?v=nwLEGLXOqok&feature=related