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2017年02月16日 23時09分19秒

ペルーのスーパー

テーマ:ブログ
商業施設、いわゆるショッピングセンターが全国各地の都市部にできて
結構にぎわっている。インカの国の南都だったクスコにもショッピングセンター
ができており、首都圏リマと同じようにデパート、専門店、フードコートなど
があり、「リマと同じ」商品を売っている。
 
真夜中にリマに到着する日本人が「24時間営業のコンビニないの?」
なんて、訊ねてきた。真夜中で見知らぬ街でコンビニを探して
待ちに出る なんて「普通」というわけだ。さすが日本人だ。
なんだかんだ言っても安全神話が行き届いている国だから。
 
数十年前にはスーパーマーケットは普及していなかった。
数少なく、限定された場所にしかなかった。繁華街の一角。
郊外型のスーパーはほとんどなかった。
 
経済成長とともに、スーパーと商業施設(ショッピングセンター)
は人口密集地、下町、地方都市にもできた。
車、買いだめ、クレジットカード この3つをもっている階層
しか昔は相手にしなかった。今は違う。
 
外国人旅行者、日本人旅行者はスーパーに良くいくらしい。
スーパーでその地の物価や、食生活を知るためではない。
空港やお土産物屋 などで買うより、「安い」からにすぎない。
地元の生活を肌で感じたいわけではないようだ。
 
こちらの物価や生活を訊ねるばかりの日本からきた知人に逆
訊ねたら、答えることはできなかった。
最低給与はいくら、誰がきめるの
日本の貧困層の年収は
経済成長率は
 
コカインマフィアのことばかり訊ねる人に
日本の暴力団ってなに? と訊ねたら
「暴力をふるう人」と答えた。なに、それ
 
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2017年02月10日 10時21分53秒

ペルーのイケメン

テーマ:備忘録

ペルーのイケメン

 

以前、外資系デパートの衣料の宣伝パンフレットでクレームがついたことがある。

登場するモデルが男女のこども、女性が金髪系の白人ばかりだったからだ。

企業側は大衆のニーズにあわせたものと開き直っていた。しかし結局はそのパンフ

は回収された。そういえば、ハリウッドの映画賞でも最近、黒人系のスターなど

が賞をとった映画よりも、その審査体制にクレームをつけていた。

 

以前、日本のテレビ女性ディレクターと一緒になった時、ミラフロレス区の公園で

インタビューにつきあった。ペルー料理の紹介で、どんな料理がいいかを

地元の人に訊くという趣向だった。ただし、インタビューの相手は男性で

イケメンでないとダメということだった。彼女が「イケメン」と判断した

男性にインタビューした。

 

彼女が選んだイケメンは、ことごとくペルー人ではなかった。その公園の周辺

には外国人のバックパッカーの安宿が多く、当然道行く人もベンチに座って

いる人も外国人が多い。巻き毛の長髪、いわゆるホリが深い、まつげが長い、

痩せている、彼女は茶髪(金髪)を好んだ。彼女の選んだイケメンはアルゼンチン人

がほとんど、後はチリ人、みんなバックパッカー。

 

「どんなペルー料理が好き?」、「金ないからクラッカーとパン、ハンバーガー

しか食っていないから」、「定食ばかりだから、よくわからん」

そうだよな。食うことより、あちこち行く方が優先しているのだから。

公園でマテ茶を飲んでるようなペルー人はいないよ。

 

このテレビ局の女性ディレクターが特別、偏見を持っているわけじゃないだろう。

そうであれば、アルゼンチン人、チリ人は日本に行けば、ペルー人以上にもてる

だろうな。

 

彼女は最後まで「外国人のイケメン」にこだわっていた。頭固いよ!

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2017年02月01日 23時15分34秒

ペルー 大統領とスポーツ

テーマ:政治

ペルー 大統領とスポーツ

 

クチンスキ大統領の政権が昨年2016年7月に発足し6カ月経過した。世論調査での大統領支持率は発足当初より10%以上下落した。まあ、珍しいことではない。選挙公約がそろそろ具体的な成果として大衆の眼の前にでてこないと、更に支持率は落ち込むだろう。

 

大統領は1938年10月生まれで、80歳近い。ラテンアメリカ諸国の大統領としては老年といえる。すでに退任したウルグアイの大統領ホセ・ムヒカは1935年5月生まれだから80歳を超えている。

 

クチンスキが大統領になって老齢だから体力的に大丈夫だろうとかと言われたこともあった。もっともメディアは疲れた様子の大統領の姿を「わざと」報道しないから、元気そうにみえる。地方視察もする。

 

昨年8月 ちょうど リオのオリンピックが始まる頃、発足したばかりの新政権は大統領府の前庭(一般人が中を観ることができる)で、アスレチックの体操を大統領、首相、閣僚を集めてやった。スポーツは若者にとっても大事なことだし、おおいに奨励するべきというわけだ。毎週1回やるなんて言っていたけど、半年経過して、閣僚も多忙なのか、公開でやらなくなった。非公開でもやっていないだろう。難問山積みで、今、公開すれば、「やるべきことをやれ」なんて叱咤が国民から飛んでくるだろう。

 

最初に公開された時、それぞれの閣僚が着用しているスポーツウエアにブランドのロゴが入っており、企業の宣伝をしているなんて批判も受けた。

 

何もすることないから、身体を動かすのでなく、時間を割いて、ジムに行ったり、ジョギングするには、精神的余裕も必要だろうし、それなりの金も、そして環境も必要なんだろう。

 

(大統領、首相、閣僚 名前と顔が一致すればかなりのペルー通、女性閣僚もいるよ)

 

https://www.youtube.com/watch?v=-wt6OZ0xlkk&t=15s

 

 

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2017年01月29日 13時55分33秒

ペルー マチュピチュ遺跡 と ゴミ

テーマ:

ペルー マチュピチュのゴミ

ユネスコの世界遺産は今、1000以上ある。一番多い国はイタリアで50以上ある。日本は20(!?)、ペルーは12ある。世界遺産は文化遺産、自然遺産、複合(文化・自然)遺産がある。マチュピチュ遺跡は複合遺産。世界遺産を取り消されるかもしれない遺産を危機遺産と呼ばれる。実際に危機遺産に指定され取り消された遺産もあるらしい。

 

マチュピチュ遺跡も危機遺産に入るかもしれないという話が何度かあった。開発の波が押し寄せるというより、人の(観光客の)波が押し寄せるのが主因だ。遺跡の地滑りがあるとの国際的な調査報告もあった。もちろん崩落するような事態ではない。そのたびに、ペルーの学者はインカの石組みの精緻さと強固さを証左し、問題はないとしている。

 

増え続ける訪問者を規制する(1日の入場者数の制限)とか、遺跡内にいる時間を制限するという話も出たが、いろいろな利害が絡みあい具体化はされていない。

 

増え続ける訪問者数というのは、増え続ける遺跡行の列車の運行数もある。クスコからマチュピチュプエブロ村(アグアスカリエンテス)駅=遺跡見学の基点になる=まで、往復鉄道で移動するというスタイルは減少し、途中(オヤンタイタンボ)から・まで バスで往復するという方が時間短縮できるから、ツアーの場合はこれを利用するのが多いらしい。

 

鉄道の管理が民営化される以前は、鉄道はプエブロ村を越えてプエンテルイナ駅まで観光客を運んでいた。プエブロ村から出て遺跡バスはプエンテルイナ駅で観光客が乗せて遺跡に向かった。駅の傍にあるバス停から乗るのだ。バスの乗るための長蛇の列ができるから、乗客は列車を降りて小走りでその列にならんだ。後尾につくと、ひどい時は1時間近く待たされてからだ。

 

鉄道管理が民営化された後も、プエンテルイナ駅は使われていた。そして土石流が発生し、不通になったのを契機に、この駅は使われなくなった。観光客はマチュピチュプエブロ村からバスに乗ることになった。もちろん、徒歩で遺跡までいくことはできるし、早朝、暗いうちから歩いて遺跡まで行く観光客は少ない。

 

マチュピチュ遺跡が世界遺産に認定されたのは1981年。遺跡を訪問する人は増え続け、時期にもよるが毎日3000人、それ以上の人が訪問するという。村には限られた場所に宿泊設備がひしめき合っている。

 

ここから出るゴミはどうなっているのか。毎日固形ゴミが14トンもでるという。ここを訪れる観光客のひとり当り2.5キロのゴミが出されるという。このゴミはどこで処理されるのか。村にはごみ焼却場はない。ゴミは袋詰めにされ、村から鉄道でオヤンタイタンボ駅まで運ばれる。プエンテルイナ駅の線路沿いにゴミ袋がうず高く積まれているのを見たことがある。悪臭を放つゴミを詰め込んだ貨物列車が移動するのを見たこともある。昨年7月の話だから現在も状況はさほど変わっていないと思う。

 

マチュピチュ遺跡を見学した観光客は2007年1,401,444人、2015年2,881,667人。倍だ。一時、水のペットボトルの遺跡持ち込み禁止となり、遺跡入場時にリックの中身を検査していた。増え続ける見学者の荷物をチェックすることはできず、野放し状態。村の🚌乗り場の近くにはペットボトルを売っているし、遺跡前のレストランで買う、ガラス瓶の水よりも安い。当初、ペットボトル持ち込み禁止を守っていたのは、旅行会社経由の日本人客ぐらいだった。少なくともひとりひとりがペットボトルをクスコに持ち帰ったなら、ゴミは結構減るのではないだろうか。

 

https://www.youtube.com/watch?v=KALe48s1ikE

 

https://www.youtube.com/watch?v=dRyVcKMPgMY

 

 

 

 

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2017年01月26日 06時48分09秒

ペルー 焼けた現金

テーマ:ニュース 社会

ペルー 焼けた現金

 

カードがなかった時代の昔は銀行などに貯金する時は、印鑑と通帳を別々に保管するとかしていた。ドラマや映画で現金がしまってある大型金庫とか、1万円札が50枚くらいはいるサイフとか、アタッシュケースに満杯の現金とかみたりすると、「おおっ~」なんて思ったりする。

 

へそくりや箪笥預金はまさに、箪笥や引き出しとかに隠すのだろうか。

こちらではいまだに、銀行を使わず現金のまま自宅に保管している人は結構いるし、商売している人でも現金取引きしかしない商売人もいる。

 

ペルーの大統領官邸の近くの長屋で火事があった。ぼや騒ぎだった。それでも住居の一部が焼けた。その住居に住んでいる男性は靴磨きを何十年も続け、今も靴磨きをしている。火事の騒ぎをききつけ、自宅にもどったところ、部屋は焼けていた。そこには長年こつこつ貯めた現金が保管してあった。現金はすでに焼け焦げていた。2万5000ソル(約100万円弱)の大金があったとゆう。警官と一緒に焼け焦げた現金を持って国の通貨発行銀行、国立中央準備銀行に歩いていき、そこで確認してもらって、新しい紙幣1万4000ソル分をもらった。

 

この後、みんなの勧めで銀行に預けたそうだ。

 

https://www.youtube.com/watch?v=K5wyJOthkBU

 

 

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2017年01月25日 13時33分22秒

ペルー スキルがあがる、さがる

テーマ:備忘録

ペルー スキル(SKILL)があがる、さがる

 

スキル(SKILL)は元々特殊な技能を指すらしいけど、最近は技能だけでなく資格やいろいろなことをまとめられる能力もさすらしい。スキルが高まれば、昇格や昇給にもつながる。自分の意思とは関係なしに高いスキルとして評価されたり逆に、低いスキルと評価されたりすることもある。

 

1990年の入管法改正以来、“普通のペルー人”が日本に行くようになった。もちろん旅行ではなくそのほとんどが働くためだ。初期の頃には日本語ブームがあった。日本で働くのだから、日本語を知っていた方がいいというわけだ。即席日本語学習コースがあちこちにできた。しかしすぐにブームは終焉した。何故か、日本語がスキルにならない仕事現場だというわけだ。友人が言った「中途半端な日本語は必要ないし、知らない方が働き易い」、「中途半端に日本語知っていると、同じ給料で仕事が増えるだけだし、コミニケーションのストレスも増える」というわけだ。現場仕事では日本語はスキルにならない、要らないというわけだ。

 

外国語としてペルーは何語のスキルが高いか。もちろん英語だ。外国語学習人口も圧倒的に英語が多い。日系であってもスキルの高い英語ができる人の方が、日本語ができる人より圧倒的に多い。アイデンティティは別物らしい。

 

日本とペルーのいろいろな交流は多岐にわたり、過去と比較はできない。そんな中で、ペルーで日本語ができる(読み書き、会話、読解など)というのは、昔はスキルが高かった。需要は少なかったけれど、必要とされる特定のケースがあったからだ。それは見様見真似で通訳したり、翻訳したり、ガイド的案内をしたりという仕事があったからだ。今はどうか。もちろん、そうゆう仕事はあるけれど、「日本語」というだけでは限定されるし、オッファできる人は少なくない。日本語が喋れるだけで「高いスキル」だった時代はもうない。もっとも、『わたしは(10年日本に居たので、10年ペルーに居たので)日本語(スペイン語)は得意です』と自慢するのとあんまり変わらない。

 

最近、日本的に「腰の低い」非日本人にこちらであう機会が多い。これって日本語能力とは別に「高いスキル」に入るだろうな。これができない在留邦人は日本語ができるだけなら、「高いスキル」と評価されないかも。

 

 

 

 

 

 

 

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2017年01月19日 01時31分16秒

ペルー 偉い人ほど腰が低いか

テーマ:備忘録

*前回はひどい誤字があった。照明は証明だよな

 

ペルー 偉い人ほど腰が低いか

 

昔、フジモリ政権の時代に日本からいろいろな役人などがやってきた。大臣クラスから県知事、県会議員など。これらの人物をアテンドしたことがある。その中で印象に残っているのは、当時のペルー政府に学校を建設するために多額の寄付をした財団の代表だ。

 

父親の代から世界中の国々に寄付をしている財団でメディアなんかにも良くも悪くも登場する。その人物の靴が擦り切れてかかとがダメになったので、靴を買うことになった。買い物に同行した。さぞ高級店とかブランド指定があるのだろうと思っていたら、一般の靴チェーン店に入り、これでいいやと、一般の黒い革靴を購入された。もっとも着ておられる背広も明らかに高級だとわかる日本の官僚や役人のそれとは違って「普通」にみえた。

 

この人物が出国するとき、空港でもめた。米国の航空会社で出国時にカウンターで、資格外(観光以外)活動をしていた疑いがあるとして、とがめられた。政府の役人に連絡ととれば解決できる問題だと思った。彼は「この人の仕事は、わたしをチェックすることにあるから、尊重しなければならない」とクレームをつけなかった。いわれた通りに待っており、後から来た乗客の手続きがどんどん終わっていく。すったもんだして、スパーバイザーがきて、彼の日本以外の活動を知っており問題はすぐに解決した。

 

これはひとつの例にすぎないけど、役人や政治家でも偉い人ほど、鷹揚だと過去の経験から思う。県知事と県会議長とどちらが、格が高いかなんでことがペルーにきても取りざたされる。宿泊するホテルの階数でもめたりした。まあ、こうゆう人にはお付き役がいて露払いをするわけだから、自分でクレームするようなことはマズない。しかし、露払いのいない県会議員レベルになると、結構わがままでレベルの低い自己主張をする人が多い。それと、県会議員グループでも世界的に有名な県なんかは、他の県よりも、横柄だと感じた。

 

先日、外務副大臣がペルーに来た。チリでの日本人女性に絡む事件での帰国途中だったのだろうか。日秘文化会館を訪問された。短いわずかな時間だった。役員や日系のばーちゃんたちが玄関で待って出迎えた。みんなが「おはようございます」と日本語で挨拶した。先頭で入ってきたその人は「みなさん。おはようございます」と大きな声で挨拶を返した。有権者を大切にする議員だといえばそれまでだが。

 

その後、大使館の人たちが入ってきた。同じようにみんなが挨拶した。その人たちは押し黙って、誰も挨拶を返さなかった。ばーちゃんたちが言っていた。「偉い人ほど腰がひくいんだね~」

 

 

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2017年01月17日 13時37分22秒

ペルー やった照明 やっていない証明

テーマ:備忘録

ペルー やった証明、やっていない証明

 

日本のニュースで痴漢冤罪の話がある。映画にもなっている。痴漢をやったと女性にクレームをつけられ、現行犯で捕まると大変らしい。「やっていない」という証明をするのに、「やられた」という証明するよりはるかに困難らしい。疑わしくは罰せずではなく、クレームがつけられた時点でもう断罪されているという恐ろしい事態に直面するらしい。

 

ペルーでも最近、高速路線バスで痴漢騒ぎが起こっている。スマホで撮影され女性の言い分だけが一方的に伝えられ、痴漢=有罪になっているし、「犯人」顔出しも当然というわけだ。

 

南米各国でゼネコンに絡む贈収賄事件が取りざたされている。ブラジル、コロンビア、エクアドル、ペルー、パナマなど。公共事業入札に絡む贈収賄だ。当時の政権担当者だった元大統領は当然、関与を否定している。汚職の場合、「やった」という証拠がなければ、「やっていない」ということになる。「やっていない」という証拠をみせるのではなく、「やった」という証拠をみせろというわけだ。

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2017年01月01日 01時20分27秒

ペルー 新年を迎える

テーマ:生活

年末年始 日本では赤い下着を着るのが流行っているのか。

たぶん 日本の習慣ではないだろう。イタリアかどっかの習慣

を先取りし、下着メーカーが流行らそうとしているのか?

 

まあ、どうでもいいけど、ペルーはやっぱり黄色の下着だな。

 

いまだ、買って 黄色の下着は着たことないけど。

 

プレゼントに買ったことはある。

 

今年は貰い物だけど、きてみようかな。初めてだ。

 

黄色だれけの下着販売」

https://www.youtube.com/watch?v=V0yzgw78FyQ

 

なんでも黄色、ついでに話題のなった人物の人形焼だ

 

https://www.youtube.com/watch?v=4ERsKHyWs3A

 

 

 

 

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2016年12月27日 07時12分13秒

ペルー あれから26年

テーマ:備忘録

ペルー あれから26年

 

日本でバブル経済が弾けたはじめてなんて取りざたされる1991年の前、1990年7月 ペルーではフジモリ政権が発足した。この年、日本で入管法が改正された。これまで日系ペルー人も含めて外国に定住する先は、米国や欧州などが多かった。もちろん外国に定住する理由はいろいろあるけれど、主な理由はより良い仕事、生活を求めることにあった。

 

そしてフジモリ政権発足前後から“普通”ペルー人が日本へ行くようになった。行けるようになった。日本では現場労働者が不足してから。それから26年経った。

 

わたしの知人や友人も日本に行った。不幸にも事故や病気で亡くなった人がいる。ペルーに戻ってきた人もいる。家族を呼び寄せ一族郎党で日本に定住している人もいる。離婚した人もいる。商売で成功した人もいる。行方不明になっている人もいる。大学の先生になった人もいる。独立して商売を起こしている人、サラリーマンになっている人もいる。ブラジル人と結婚してブラジルに行った人、日本から米国に移住した人。日本の高校を卒業してペルーに戻ってきた人。日本とペルーを行ったり来たりしている人。日本で犯罪を犯して裁かれている人。日本で起こした犯罪の代理裁判で、ペルーで裁かれた人など。さまざまだ。

 

日本人は19世紀の終わりにペルーに移民としてやってきて100年以上経過し、さまざまな人生があったように、日本でも同じような年代は違うけど人生模様があった。

 

この前、日本であったペルー人夫婦は、これから年金25年以上日本に住んで、これから定年になり年金もらえるのだけど、ペルーは“どうだろう”と質問してきた。ペルーには来日以来 帰国していないという。その夫婦のこどもは日本生まれだから、文化や習慣、言語などは「日本」。金銭的な面だけを考慮するのであれば、日本からペルーの方が、ペルーから日本に戻るよりも、楽だろうけど、一概に言えないよねと答えざるを得なかった。

 

日本から近場にあるアジアの国には金銭面で、親族などがいなくても、使用価値が日本よりはるかに高い国に老後、移住する人が結構いるらしい。ペルーはどうだろうか。

 

https://www.youtube.com/watch?v=K0X6CPdEaS4

 

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