「え? 旅行? あたしもいいの? 親子水入らずで行ってくれば? せっかくなんだから、」
香織は資料室で資料を探しながら、樺沢に言った。
「・・・ハルが。 香織を誘おうって言うから、」
彼の言葉に手を止めて、ふっと振り返った。
「・・・もしよかったら。 香織の田舎に連れて行ってくれないか、」
樺沢は資料室の隅に置いてある脚立に腰かけながら優しく言った。
「・・あたしの・・・実家?」
「ずっと帰ってないって言っただろ? 休みをなんとか合わせて・・・・。 たまにはお父さんに顔を見せてやったら? きっと心配してるよ。」
「カバちゃん、」
「おれが香織の実家に行こうだなんて、図々しいんだけどさ。 ・・おれは。 香織のことを真剣に考えてるってことを・・お父さんに言いたいんだ。 ひとり娘だし、離れて暮らしているし・・・寂しいと思うし心配だと思う。 おれがこういう状況だから・・・結婚はすぐにはできないけれど、香織をきっと幸せにするって言うから、」
香織は戸惑ったようにまた背を向けた。
「・・な、なんもないところだよ。 ほんと・・・森に囲まれてて・・・。 うちは、こんにゃくいも作ってる農家で・・・。 土地だけは広いけど、・・・田舎で、」
言葉がうまく出てこない。
つきあいはじめて2年がすぎ
いろいろあったけど、『結婚』をちゃんと口にされたことは初めてだった。
二人の気持ちが同じ方向に向かっていることはわかっていたので
別に焦ったりしていなかった。
今のまま
ハルと彼と3人で
楽しく過ごしていきたいって
なんの無理もなく思っていた・・・・
「ハルがさ、香織がいると楽しいからって。 香織が実家の近所で虫を獲ってたって話をさ、すっごく楽しそうにするんだよ。 あいつほんと虫が好きだから。 きっと自然がたくさんでいいところなんだろうなって、」
「・・・ま・・・・コンビニくらいは・・・あるけどね、」
冗談でも言わないと涙があふれそうだった。
父に電話を入れるのも何カ月ぶりかだった。
「珍しいなあ、おまえが帰ってくるなんて、」
そう言われても仕方がないくらい。
「・・・8月の3日から4日くらいだけど、」
「ずいぶんゆっくりできるんだな。」
「うん・・・それでね。 一緒に連れて行きたい人がいるの、」
娘のその言葉に
父は押し黙ってしまった。
「ホクトの社長秘書をしている人なんだけど。 あたしより一つ年下で。 2年くらいおつきあいしていて・・。」
実家に
彼氏を連れていくことも初めてだったのでドキドキした。
香織は樺沢と暖人の気持ちが嬉しすぎて胸が一杯になります…
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