「もー。 だから有吏はムリしなくていいのに、」
日曜日。
有吏はアーティストのコンサートの会場設営のバイトを始めた。
朝食を食べている彼にあゆみはコーヒーを淹れてきた。
「いいんだって。 どーせヒマしてんだから。 その分、姉ちゃんは休んどいて。」
パンを頬張る弟にため息をついた。
「ねえ、ユーリ。」
あゆみは改まって彼の前に座った。
「ん?」
「ここも。 そろそろ出て行かなくちゃね、」
頬杖をついて彼を見た。
「・・・え、」
「元々1年って約束だったし。 そろそろ準備していかなくちゃ。 ・・・斯波さんトコだって本当はリフォームして部屋を広くするつもりだったっていうし。 これ以上迷惑かけられない。」
忘れていたけど
確かにそうだった。
「今と同じ家賃だと。 ちょっと都心から離れちゃうと思うけど。 しょうがないよね。」
あゆみはニッコリ笑った。
「引越し用の蓄えは別にしてたから。 あたし、適当なところ探しておくから。 そのつもりでね、」
「え、引越し?」
萌香は翔に着替えをさせて、抱っこして言った。
「ハイ。 引越し用のお金は別に貯めていたので。 何とかだいじょぶそうです。 敷金礼金の分も・・・」
あゆみは斯波の部屋にやって来た。
「・・・それは。 この前も清四郎さんとその話をしていたんだけど。 もう別にずっといてくれてもいいんじゃないかって。 ここの部屋も充分に広いし。 子供が増えたって言っても、まだ広いって思うくらいで。 あなたたちはタダで住んでるわけじゃないんだし、何も遠慮しなくても、」
萌香はそう言った。
本当にもうリフォームのことはどうでもよくなっていた。
「いいえ。 あたし・・・・ほんと有吏がホクトにバイトできただけでもラッキーなのに、志藤さんに『ルシエ』を紹介していただいたり、結城さんにも実家の料亭を紹介していただいたり。 そして、この部屋も・・・ほんと格安で斯波さんに貸していただいて。 ・・あまりにもみなさんにお世話になって、ご迷惑をかけていると思ってます。 少しは自分たちで頑張らないと、」
あゆみはお茶に口をつけて静かに言った。
萌香は翔を抱っこしながらそっと席に着いた。
「・・・迷惑なんか。 かけてないわよ。」
あゆみはハッとして顔を上げた。
「あなたたち姉弟が必死になって頑張ってることをみんな見ていて。 できることを助けているだけよ。 ・・・正直、借金を肩代わりしたりすることはできない。 でも。 それがみんなの気持ちなのよ。」
萌香は必死に言った。
「・・でも、」
それでもあゆみは首を振った。
「あのね、」
萌香は優しく微笑んで、じたばたする翔を抱っこしながら言った。
「あたしは。 事業部に来たばかりのころは。 もう・・誰も信用してなかった、」
「え、」
話がそれたようで、それでいて繋がる言葉に真っ直ぐな視線を送った。
「・・志藤さんをはじめ。 事業部の人達は・・本当にいい人達ばかりで。 そんなあたしのことも信じてくれて。 最初はびっくりしちゃった。 あたしは一人で生きてきたって思ってたし。 誰かを頼るとかそんなことも思いもしなかったから、」
タオルを手に手遊びをする翔の頭を撫でた。
部屋を出て行くというあゆみに萌香は以前の自分を振り返ります・・・
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