「ダメじゃないですか、」
ゆうこはスタジオのドアを静かに開けて言った。
「え・・」
志藤は驚いたように振り返る。
「きっと。 ここだと思いました・・・」
まだふらつく彼の身体を支えるようにそっと腕を取った。
真尋はまたもピアノに没頭し、
ゆうこが来たことには気づいていなかった。
「・・ほんと。 胸が熱くなりますね。 真尋さんのピアノは、」
彼女の声も
心地よく。
本番まで
あと1週間。
真太郎がこのオケを立ち上げようと
頑張り始めてから
ずっと
ずっと
側で見守っていた。
真尋が加わり
南が加わり
そして
彼も。
短いようで長い長い時間が経った気がしていた。
ゆうこはそっとおなかを手で押さえた。
あの時は思いもしなかったけれど
新しい命が
自分の中で息づいている。
不思議な運命に流されて
だけど
今は
幸せ。
「看護婦さんに怒られちゃいました、」
志藤を病院に連れて帰り、ベッドに寝かせた。
「あの看護婦さん。 怖いからな~~~。」
志藤は笑った。
「もう少しですから。 きちんと治してください。 真尋さんのピアノが聴きたくてたまらなかったんでしょうけど、」
ゆうこは微笑む。
「ちゃんとやってるか。 心配だっただけやん、」
ちょっとだけ
強がって志藤は笑った。
志藤の両親に公演のチケットを送ったことは
内緒にしていた。
ちょっとだけ
彼を驚かせたかった。
きっと
彼の両親も
こうして音楽の道に戻ってきた彼を
目の前で見たいはずだから。
ゆうこはそっと志藤に布団をかけた。
真尋のミニコンサートは
オケのデビュー公演の前日、ホテルの会場でオープニングパーティーの一環として行われる。
音楽関係者を多数招き、日本での真尋の本格的デビューになることは間違いなかった。
ここでの真尋の評判が
北都フィルオーケストラのデビューに
弾みをつけることになるのは間違いない。
そのプレッシャーは
野生児の真尋にもヒシヒシと伝わっている。
オケのデビューと同時に
ピアニスト・北都マサヒロが日本でデビューする。
志藤は病院のベッドで横たわりながら
彼のピアノに思いを馳せた。
本番はもうすぐです。
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