現在の事業部では志藤が一線を引くことが尾を引いて・・
「え、志藤さんが?」
高宮は1週間の大阪への出張から戻ってきた。
「ウン。 なんか、もー。 びっくりして。」
夏希はリビングのテーブルで、はあっとため息をついた。
「隆ちゃんは知ってたの?」
「ううん。 まだ聞いてないけど。 まあでも・・しょうがないんじゃない? あの人も取締役って肩書きあって色々忙しいんだから。」
「わかってるけどー。 でも。 やっぱり、本部長がいなくなるなんてちょっと寂しい。 元々、そんなに事業部のデスクに座ってることもなかったんだけどね。 なんか、気持ち的に。」
「まあね・・・。 あの人って不思議な人だよね、」
高宮はネクタイを外した。
「え?」
「何か迷うことがあっても。 あの人の笑顔に救われると言うか。 最初は、ほんっといい加減な人だなって思ってたけど。 人生とか全部わかっちゃってる感じで。 余裕があって、なにがあってもデンと構えてる。」
高宮は自分が大阪で悩んでいた頃に
彼が東京からやってきてくれたときに
言いようのない安心感を覚えたことを思い出した。
「ほら~~。 もうちゃんと洗いなさい。」
その頃。
志藤は長男の涼太郎と三女のこころを風呂に入れてやっていた。
「こころ! みずかけるなっ!」
涼太郎は頭を洗いながら、こころを睨んだ。
「これでながしてあげる~~~。」
こころはおもちゃの水鉄砲で涼太郎に向けて水を飛ばした。
「やめろっつーの、ほら。」
志藤がそれをやめさせた。
長男の涼太郎は、姉二人がいたせいで男のクセにすごくおとなしい。
他の男の子たちのように『戦いゴッコ』なんか絶対にしないし、見るテレビ番組も姉たちと同じものを見たりしている。
ゆうこはそんな涼太郎が、なよなよした男の子になるんじゃないかと心配し
友達と同じサッカーチームに無理やり入れたりしていた。
三女のこころは兄弟の中で一番、自己主張が強くて赤ん坊のころからよくかんしゃくを起こしたりするような子だった。 大きな声で泣いて、よく出先でもゆうこを困らせる。
末っ子の凛太郎はようやく3歳になったが、もう母親にべったりで
こうしてオフロに誘っても、
「ママとはいる~~~。」
と言って絶対についてこない。
子供って
おんなじ親から生まれたのに。
不思議に全員ちがうもんやなあ・・
志藤はつくづく思った。
「ねー、パパ。 こんどのお休み、ピアノおしえて~。」
涼太郎が言った。
「ピアノ~?」
「うん。 うまくできないところある・・」
5人の子供たちの中でピアノをやっているのは、この涼太郎だけだ。
ウチには京都からはるばる自分が使っていたアップライトのピアノを運び込んだが
ひなたは全く興味がなく
ななみは練習が疲れてしまって、やめてしまった。
こころは自由が好きなので、毎日同じ練習に耐えられないようだし。
「ピアノはな~~。 ほんま練習が大事だからな~。」
涼太郎の頭を撫でる。
「え~~、こころともあそんで~。」
こころが抱きついてくる。
「わかった、わかった・・」
子供たちが生まれてからも
本当に忙しくて
休みの日にゆっくり遊んでやることもなかった。
もう
真尋のピアノと共に
13年間
走り続けて。
大変やったけど
ほんまに
煌いてた時間やな。
志藤はようやく落ち着いて
子供たちのことも
見ていられる気がしていた。
またいったんお話は現在に戻っております。
夢中で走り続けた時間を経て、志藤は今幸せをかみ締めていました・・・