翌朝
志藤は絵梨沙を仕事先に送り届けるので早めに出勤すると、もうゆうこが来て掃除をしていた。
「おっ・・おはようございます・・」
ゆうこは夕べの色んなことを思い出し、気まずそうに目を逸らしつつ挨拶をした。
「早いね~~。 ぜんっぜん酒、残ってないの?」
「肝臓が人より頑丈みたいなんで・・」
また、真面目に言ったので、思わずぶっと吹き出してしまった。
「もう! 何がおかしいんですか!」
「いや。 おもしろいねえ・・白川さんって。」
志藤は笑いながら席に着いてファイルを取り出した。
「ハア? エリちゃんを誘ったあ?」
この日、会社近くまで買い物に来ていた南と待ち合わせてゆうこはランチを取っていた。
「も~~。 信じられないんです~。 今日も、絵梨沙さんを仕事場までご丁寧に送ったり・・」
「なんか・・キケンそうな男やったもんね、」
南は志藤の風貌を思い出して言った。
「もう、ほんっと! 真太郎さんにもすっごく言うんです。 みんなの前で注意したりとか・・」
「まあ、それはね。 真太郎だってまだまだペーペーだもん。 しょうがないって。 ま、でも性格は悪そうかもね。」
南は笑った。
「悪いなんてもんじゃないですよ・・・」
夕べ彼から真太郎のことを色々言われたことも
思い出すと腹立たしい。
「でも~~。 おもろそうやん。 今度、ゴハン誘ってみようかな・・・」
南がそんなことを言い出したので、
「えっ! 志藤さんを?」
「ウン。 ウチに呼ぼうかな。」
「家に、ですかあ?」
「ゆうこもおいでよ。 おもろそーやん。 めっちゃくちゃ飲ませてさあ・・潰しちゃおうよ、」
おもしろがって笑う南に
「すんごいお酒、強かったですよ・・」
ゆうこは昨日の彼を思い出して言った。
「あんたが強いって言うんやから、そーとーやなあ。 でも。 まあ、これから真太郎も一緒に仕事するし。お世話になるんやから。 よーし。 いつにしよっかな~~。」
気の早い南は手帳を取り出していた。
「え? 志藤さんを?」
真太郎も南の提案に驚いた。
「ウン。 だってさあ。 これからオケのことでは彼が中心になってやってくんやろ? 真尋も世話になるやろし。 何より真太郎だってさあ・・」
その笑顔を見て
絶対、何か考えてる・・・。
真太郎は嫌な予感でいっぱいだった。
「でも、ウチに呼ぶほど親しくないしさ~、」
困ったように言うと、
「え、何言うてんの。 親しくするために呼ぶんやない。 ゆうこも呼ぶから~。」
「白川さんも?」
びっくりした。
「3人よりもう一人いたほうが賑やかやし、」
「白川さん、志藤さんのこと大っきらいなんだよ?」
「それは聞いたけど。 これからも一緒に仕事していくのにさあ、キライとかも言ってられへんやん? それはあたしたちが何とかしないと。」
もっともらしいこと言ってるけど。
彼女が志藤に対してものすごく興味津々であることが手に取るようにわかった。
「は? ジュニアのお宅に?」
志藤は思いっきり驚いた。
「あ、志藤さん、お忙しいですから。無理にとは・・」
真太郎はできれば避けたかったので、断ってほしかった。
「あんまプライベートをお互いに踏み込みたくないんですけど、」
志藤がそう言ったので、ちょっとホッとすると
彼は真太郎の顔をジーっと見て、
「・・でも。 やっぱ行こうかな。」
と言い出した。
「え?」
「今、すんごいホッとしたでしょ?」
と言われてドキンとした。
「だから。 行くことにします。」
志藤はにんまりと笑った。
ほんとに。
何なんだ、この人は・・・。
真太郎はこの男の本質が未だに見抜けなかった。
そして、絵梨沙のコンサートが行われ、小さなホールだったが満員になった。
志藤は舞台袖でジーっと彼女を見ていた。
隣にいた真太郎はとても声がかけられない雰囲気だった。
「彼女。 売り方次第ではもっともっと人気が出ますよ、」
志藤はポツリと真太郎に言った。
「え?」
「たとえば。 写真集つきCDを出すとか。 ビジュアルで売っていけば、絶対にこういうコンサートだってお客さんがたくさん入ります。」
「はあ・・」
完全にビジネスとして絵梨沙のピアノを見ていた。
南の企みで志藤を自宅に呼ぶことになってしまいましたが・・・