ゆうこは小さなため息をついて
「これ、すっごく美味しい・・。 何が入ってるんだろう、」
しんじょのあんかけを食べて言った。
「エビっぽいけど・・。 イカっぽい感じもするし。 ウチでできるかな・・」
自分で振っておいて
南の話は
今はしたくなくなった。
わざと関係のない話をして
話の道を逸らす。
「白川さんはお料理も得意なんですか?」
真太郎も話題を変えた。
「・・とりあえず。 家事は母に小学生の頃から仕込まれたので。 でも一番好きなのは、お掃除で。 料理は母には全然敵わないので、」
明るく笑った。
今だけ。
彼の心を自分のものにしたいだなんて。
大胆なことを考えてしまう。
ごめんなさい・・
ゆうこは遠い異国にいる
南に心でそっと謝った。
「・・このプロジェクトが成功しますように。」
ゆうこはポツリとそう言った。
「ええ。 一緒に、頑張りましょう。」
その言葉は
今のゆうこには
何よりも嬉しかった。
そして。
取締役会議の日。
その朝、ゆうこは真太郎にティーカップにお茶を注いで差し出した。
「え・・」
「カモミールティーです。 香りがとても落ち着きます、」
その気遣いが
緊張していた心を和らげる。
「・・ありがとう、ございます。」
自然に笑顔がこぼれた。
ゆうこは落ち着かない様子で時計ばかり見てしまった。
もう2時間も経ってるなあ。
真太郎さん一人じゃなく
社長も後押しをしてくださるだろうけど・・。
気になって仕事が進まなかった。
その時、
「白川さん!」
秘書課のドアが勢いよく開いて、真太郎が入ってきた。
「は、はい!」
思わず立ち上がった。
「・・通りました!」
「え、」
「クラシック事業部の設立が。 通りました!」
真太郎は満面の笑顔だった。
何だか全身の力が抜けていくようだった。
「・・こんだけの資料を作ってくださった、白川さんのおかげです。ありがとうございました!」
その
分厚い資料を手に
頭を下げられて。
「・・おめでとうございます、」
ゆうこは思わずそう言って、感極まって涙ぐんでしまった。
「もー、泣かないで下さい。 これからが大変なんですから、」
彼の笑顔が
もう
死ぬほど嬉しい。
感情が昂ぶると
いっつも涙が先に出る。
何度も彼の前で泣いたりしてしまったけど
今日の涙だけは
一生忘れないって
その時
思った・・・。
『北都フィル』は第一歩を踏み出しました。