映画 「トニー滝谷」 | 日々のダダ漏れ

日々のダダ漏れ

日々想ったこと、感じたこと。日々、見たもの、聞いたもの、食べたものetc 日々のいろんな気持ちや体験を、ありあまる好奇心の赴くままに、自由に、ゆる~く、感じたままに、好き勝手に書いていこうかと思っています♪

映画 「トニー滝谷」



孤独に生きてきた男が、初めて知る愛の喜

びと悲しみを、静かに描く。ジャズマンの父

を持つトニー滝谷(イッセー尾形)は、幼い

頃から孤独を当然として生きてきた。イラス

トレーターになった彼は、ある女性(宮沢り

え)に恋をして結婚する。しかし彼女を交通

事故で失い、再び孤独になったトニーは、

亡き妻にそっくりな女性(宮沢りえ=2役)

と出会う。


**********
 
トニー滝谷の本当の名前は、
本当にトニー滝谷だった。

**********

トニーの父親は、
滝谷省三郎という、
ジャズミュージシャンだった。

太平洋戦争の始まる少し前に、
省三郎はちょっとした面倒を起こして、
東京から、中国に渡った。

激しい戦争の時代を、
彼は上海のナイトクラブで、
気楽にトロンボーンを吹いて過ごした。


**********

そして戦争が終わると、
それまでの様々な胡散臭い連中との
付き合いがたたって、長い間、
刑務所に放り込まれていた。

同じように投獄された連中の多くは、
ろくな裁判も受けずに、
次々と処刑されていった。

処刑はいつも、
午後の2時に行われた。

ある日、なんの前触れもなしに、
中庭に連れ出され、自動小銃で、
頭を撃ち抜かれるのだ。

そこでは、生と死との間には…


省三郎) 髪の毛一本ぐらいの
   隙間しかなかった。


**********

滝谷省三郎が、
げっそりと痩せこけて、
日本に帰ってきたのは、
昭和21年の、春だった。

帰ってみると、
実家は大空襲で焼け落ち、
両親も、ただ一人の兄も、
その時に亡くなっていた。

つまり彼は、まったくの、
天涯孤独の身になった。


**********

やがて彼は、母方の遠い親戚に
あたる女性と、結婚した。

結婚した翌年に、男の子が生まれ、
そして、子供が生まれた3日後に、
母親は、死んだ。

あっという間に彼女は死んで、
あっという間に、焼かれてしまった。


**********

仲のよかったアメリカ軍の少佐が、
妻を失った彼を、
親身になって慰めてくれた。

そして、自分のファーストネームである、
トニーという名前を、
子供につければいいと言った。

これからはしばらく、アメリカの時代が
続くだろうし、息子にアメリカ風の名前
をつけておくのも…


省三郎) 悪くないじゃない。

と、省三郎は思った。

省三郎) 悪くないよ、「トニー滝谷」。
   悪くない。ヘイ、ヘイ、トニー。


**********

しかし、そんな名前をつけられたおかげで、
トニーが名前を名乗ると、
相手は妙な顔をするか…


トニー) なかには腹を立てる人さえいた。

トニー滝谷は、そのせいもあって、
閉じこもりがちな少年だった。

物ごころついた時から、父親はいつも、
楽団を率いて演奏旅行に出ていたし、
一人でいることは、トニーにとって、
ごく自然なことだった。


**********

幼い頃は、通いの家政婦が
面倒を見てくれたが、
中学に上がると、
一人で料理を作り、
一人で戸締りをして、
一人で眠った。


トニー) 特にさみしいとは思わなかった。

**********

トニーには、クラスメートたちの言う、
芸術性や思想性のある絵画の、
どこに価値があるのか、
さっぱり理解ができなかった。

それらはトニ―にとって、
ただ未熟で、醜く…


トニー) 不正確なだけだった。

**********

青年) 女の人と、付き合ったことは?
トニー) あったけど…別れちゃった。
青年) 結婚とか、しようとか思った?
トニー) 考えたこともない。
青年) だよな。


**********

トニーは機械の絵を描くことが、
もっとも得意だった。
自動車や、ラジオやエンジンやら、
そういうものの細部は、
誰よりも克明に描くことができた。

イラストレーターになったのも…


トニー) 自然のなりゆきだった。

**********

雑誌の表紙から、広告のイラストまで、
メカニズムに関する仕事なら何でも、
トニーは引き受けた。
仕事をするのは楽しかったし、
よい金にもなった。


**********

トニー) 彼女はまるで遠い世界へ
   飛び立つ鳥が…


特別な風を身にまとうように、
とても自然に服をまとっていた。


**********

それから何度か、
彼女はトニーの仕事場にやってきた。

そしてある日、
トニーは彼女を、昼食に誘った。


トニー) 君みたいに、気持ちよさそうに、
  服を着こなしてる人に会ったのって
  初めてだよ。
英子) なんか、洋服って、
  自分の、中に、足りないものを、
  埋めてくれるような気がして…。

英子) 私わがままなんです。
  それに、すごい、ぜいたく? です。

英子) だから、もう、お給料のほとんど、
  洋服代に消えちゃいます。
トニー) 僕は画材以外には何も
  お金を使うことないな。


**********

トニー) なんか、恋しちゃったみたい
  なんだよ。初めて、結婚ということ
  について考えたよ。
省三郎) で、どこが気に入ったんだい?
トニー) 何ていうか…服を着るために、
   生まれてきたような人なんだ。
省三郎) ハハハ…そりゃあいい。


省三郎とトニーは、
2年か3年に1度くらい、
顔を合わせるだけだったが、
用事が済んでしまうと、
2人の間にはそれ以上、
特に話すべき事はなかった。

滝谷省三郎は、
父親に向いた人間ではなかったし、
トニー滝谷もまた、
息子に向いた人間ではなかった。


**********

5度目に会った時、
トニーは彼女に、結婚を申し込んだ。

しかし彼女には、
昔から付き合っている恋人がいた。

そして、トニーと彼女の間には、
15も年の差があった。

「少し考えさせてほしい」
と、彼女は言った。


**********

孤独とは、
牢獄のようなものだと、
彼は思った。

もし彼女が結婚したくないと言ったら、
俺はこのまま死んでしまうかもしれない。

トニーはその事を、
きちんと説明したかった。

これまでの人生がどれほど孤独で、
どれほど多くのものを
失ってきたかということを。

そして彼女がそれを初めて、
自分に気付かせてくれたのだと
いうことを。


**********

トニー滝谷の、
人生の孤独な時期は終了した。

朝目覚めると、
トニーはまず彼女の姿を探した。

隣に彼女の眠っている姿が見えると
ホッとしたし、姿が見えないときには、
不安になった。

孤独ではないということは、
彼にとって、いささか奇妙な状態だった。

孤独でなくなったことによって、
もう一度孤独になったらどうしよう。
という恐怖に、
つきまとわれることになったからだ。
時々そのことを思うと…


トニー) 冷や汗が出るくらい怖くなった。

そういう恐怖は、
結婚して3か月ばかり続いた。
しかし、新しい生活になじむにつれて、
それもだんだん薄らいでいった。


**********

2人の結婚生活に影を落とすような
ものは、何ひとつ存在しなかった。

彼女はかなり有能な主婦であり、
テキパキと家事をこなした。

しかしただ1つだけ、
トニーの気になることがあった。

それは妻が…


トニー) あまりにも多くの服を
   買い過ぎることだった。


**********

洋服を目の前にすると、
彼女はまったくと言っていいくらい、
抑制が効かなくなってしまった。

一瞬にして顔つきが変わり、
声まで変わってしまった。

特にひどくなったのは、ヨーッロッパ
へ旅行に行った時からだった。

彼女はその旅行中に、
とにかく、呆れるほどの数の、
ブランドものの服を買いまくった。

彼女は、ただ魅せられたように、
片っ端から洋服を買いまくり、
トニーは後ろをついて回って、
その勘定を払った。

日本に戻ってきても、
熱は収まらなかった。
来る日も来る日も、
彼女は洋服を買い続けた。

大きな洋服ダンスを、
いくつか注文しなくてはならなかったし、
靴を収納するための戸棚を、
特別に作らせた。
それでも足らずに、部屋をまるごと1つ、
衣装室に改造しなくてはならなかった。


**********

省三郎は、
昔と全く同じ種類の音楽を演奏していた。

しかしその音楽は、
トニーの記憶している父の音楽とは、
少し違っていた。

ほんの僅かの違いかもしれない。
でも彼には、その違いが、
重要なことであるように、思えた。

トニーは、演奏する父のそばまで行って…


トニー) 一体何が違うんだい、父さん。

と、問いかけてみたかった。

**********

トニー) でも、本当にあんなにたくさん
   の服が必要なんだろうか。
英子) 私にも、分かってるの。でも、
  分かっててもどうしようもないの。
  きれいな服を見ると、
  買わないわけにはいかなくなるの。
  買うことを、やめることが、
  できなくなるの。中毒みたいに…。


**********

英子) でも、なんとか抜け出してみる、
  と、彼女は約束した。


**********

1週間ばかり、
彼女は新しい洋服を目にしないように、
家の中にこもっていた。
でもそうしていると、何だか自分が
からっぽになってしまったような気がした。

毎日衣装部屋に入り、
自分の服をながめて過ごした。
どれだけ見ていても、飽きなかった。

そして見れば見るほど、
新しい服が欲しくなった。
欲しいと思うと、もう我慢ができなかった。


英子) ただただ単純に
  我慢ができなかった。

しかし彼女は夫を深く愛していたし、
夫の言うことは、正論だと思った。
体は一つしかないのだ。


英子) ホントに必要ないのよね。
  こんなにたくさんの服…。


そして彼女は、まだ買ったばかりの
コートとワンピースを、
返品できないだろうかと、
行きつけのブティックに尋ねた。

服を返したことで、
少し体が軽くなったような気がした。

でも、信号を待っている間、
彼女はずっと、今返したばかりの、
コートとワンピースのことを考えていた。


英子) それがどんな色をして、
  どんな形をしていたか、
  どんな手触りだったか。


**********

応募した13人の女性のうちから、トニーは、
もっとも妻の体型に近い女性を、選んだ。


**********

トニー) ただし、一つだけ条件がある。
   私、妻を亡くしたばかりで…
   妻の服が、たくさん家に残ってるんで
   すね。ほとんど新品か新品同様で。
   それを、ここで働く間、制服として、
   あなたに、着てもらいたいなと
   思ってるんですよ…。
久子) 毎日、奥様の、服をですか?
トニー) そう…。
   だからいろいろなサイズを、採用の
   条件にしたんです。おそらくあなた
   は変な話だなと思ってるでしょ。
   それは自分でも分かってます。
   でも他意はない。ただ、妻がいなく
   なったことに慣れるための時間が
   欲しいんです。あなたに妻の服を
   着て近くにいてもらえば、自分にも、
   妻が死んでいなくなったことの、
   実感が、つかめると思うんです。


正直なところ、彼女にはトニー滝谷の
言っている話の筋が、よくのみこめなか
った。でも、この人はそれほど悪い人で
はなさそうだ。


久子) 奥さん亡くしたことで、ちょっと
  どこかおかしくなっているんだ。
  それになんと言っても…。


来月には失業保険も切れるし、
彼女は働かなくてはならなかった。


**********

何百着という美しい服が、
そこにずらりと並んでいた。

こんなに素敵な服をいっぱい
残して死んでしまうというのは、
どんな気持ちのするものだろう。
と、彼女は思った。

服も、靴も、
まるで彼女のために作られた
みたいに、ぴったりサイズが合った。

**********

しばらくすると、
トニー滝谷が様子を見にやって来て…


久子) 「どうして泣いているのか」と、
    彼女に尋ねた。
トニー) どうしました?
久子) (泣) 
  すいません…。すいません…。
  なんか、よく分かんないんですけど、
  たぶん、こんなに、たくさんの、
  きれいな洋服、
  見たことなかったんで…。
  ごめんなさい…。
  混乱しちゃったんだと思います。
  すいません…。


**********

それから…

久子) 「寒くなるといけないから、
  コートも持っていきなさい」と、
  トニー滝谷は言った。


彼女は、温かそうな、
グレーのカシミアコートを選んだ。
コートは、羽のように軽かった。
そんなに軽いコートを着たのは、
生まれて初めてだった。


**********

その服は、妻が残していった、
影のように見えた。

その影は、かつて、
温かな息吹を与えられ、
妻とともに動いていた影だった。

しかし今、彼の前にあるものは、
生命の根を失って、
一刻一刻と干からびていく、
影の群れにすぎなかった。

トニーは…


トニー) それを見てるうちに、
   だんだん、息苦しくなってきた。

**********

トニー) 悪いけれど、
   事情が変わったんだ。
   あなたが持って帰った服と靴は
   全部差し上げます。
   だから…このことは忘れてほしい。
   この話は誰にも
   話さないでほしいんだ。

**********

トニーは結局、古着屋を呼んで、
妻の残していった服を、全部引き取らせた。

彼は、からっぽになった
そのかつての衣装部屋を、
長い間、からっぽのままにしておいた。

そして、かつて抱いたあの感情さえも、
記憶の外へと、退いていった。

記憶は風にゆらぐ霧のように、
ゆっくりとその形を変え、
形を変えるたびに、薄らいでいった。


**********

妻が死んだ2年後に、
滝谷省三郎が、肝臓の癌で死んだ。

残されたものといえば、
形見の楽器と、
古いジャズレコードの山だけだった。

レコードはカビ臭かったので、
定期的に衣装部屋の窓を
開けなくてはならなかった。

そのようにして、1年が過ぎた。

しかし、そんなレコードの山を抱え込んで
いることが、だんだん煩わしくなってきた。
トニーは、中古レコード屋を呼んで、
値段をつけさせた。

貴重なレコードが多かったので、
かなりの値段がついたが、
それも、どうでもいいことだった。


**********

レコードの山が、消えてしまうと、
トニー滝谷は、今度こそ、本当に、
ひとりぼっちになった。


**********

彼は時々、
かつて、その部屋の中で、
妻の残していった服を見て、
涙を流した、見知らぬ女のことを、
思い出した。

そして、彼女のむせび泣く声が、
記憶の中によみがえってきた。

そんなものを、
思い出したくはなかった。
しかし、いろんなことをすっかり
忘れてしまったあとでも、
不思議に、その女のことを、
忘れることができなかった。


**********

トニ―滝谷の人生が、走馬灯のように、映像
となって映し出される。淡々と…淡々と…。
 
淡々と、淡々と時は過ぎ、淡々と暮らしてい
く男の生活は、孤独であることを忘れてしま
いそうなほどに、孤独であることが当たり前
過ぎて…。それが辛そうでも悲しそうでもな
いのに、あまりに孤独に馴染み過ぎている
彼を見ていると胸の奥が苦しくなってきた。
 
孤独ではないということは、
彼にとって、いささか奇妙な状態だった。
 
孤独でなくなったことによって、
もう一度孤独になったらどうしよう。
という恐怖に、
つきまとわれることになったからだ。
時々そのことを思うと…
冷や汗が出るくらい怖くなった。


怖いね。1人でいるよりずっと、2人でいる
状態から1人になる方が、何倍も恐ろしい。
1度手に入れたものを失うのはとても辛い。
 
愛する人が愛したものを残しておくべきか。
残しておきたいような。そこにあることで、
ずっとそこにいないことを意識してしまうの
が辛いような。形がなくなれば、人の記憶
はたちまち曖昧になってしまうものだから。
 
記憶は風にゆらぐ霧のように、
ゆっくりとその形を変え、
形を変えるたびに、薄らいでいった。
 
無理に忘れようとしなくても、いつか、覚え
ていられなくなってしまう日がやってくる。
 
村上春樹の原作は、遠い昔に読んだっきり。
映画を観た後で、引っ張り出して読み返して
みる。短編なので、あっという間に読めた。
 
最後の方で出て来た妻の昔の男や、トニー
ー滝谷が電話をかけるところは、原作には
ない。なるほど、どちらの場面にも、違和感
を感じたはずだと思った。もちろん、映画に
は映画の、解釈や、表現したいものがあっ
ていい。ただ私の好みではないというだけ。
 
村上春樹の小説を映像に…というと、原作
ファンとしては見たいような見たくないよう
な複雑な気持ちになってしまうのだけれど。
今回は、私的にはアリ。朗読劇に近かった
し、小説を読み返してみたくなったし、宮沢
りえと坂本龍一の音楽が美しかったから…。
 

 

●予告編はこちら↓

 

 

「映画」関連ブログはこちらから↓
「映画」関連ブログリスト


ランキングに参加しています。
ポチっとしていただけると、嬉しいです♪
にほんブログ村 テレビブログ テレビドラマへ
にほんブログ村
にほんブログ村 テレビブログへ
にほんブログ村