スペシャルドラマ 「三つの月」 | 日々のダダ漏れ

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日々想ったこと、感じたこと。日々、見たもの、聞いたもの、食べたものetc 日々のいろんな気持ちや体験を、ありあまる好奇心の赴くままに、自由に、ゆる~く、感じたままに、好き勝手に書いていこうかと思っています♪

スペシャルドラマ
「三つの月」



もう私は、恋なんてしないと思っていた。

舞台は、山あいの美しい町。
いつもと、変わらない山。変わらない川。
変わらない緑。美しいが、退屈でもある。
ヒロイン、小坂繭(まゆ)は、
妻であり母であり嫁である。
夫の面倒をみ、息子の世話をし
長患いをする姑の看病をする日々の中、
「お母さん」という脇役に
息苦しい孤独と静かな絶望を抱えていた。

そんな中、東京からその地方にやって来た
男・秋風蒼太とひょんなことから知り合い、
繭は、
恋をした。道ならぬ恋。
ふたりの心は通じ合っている。
そのことは、ふたりだけの秘密だ。

生きてるか死んでるかわからなかった日々で、
手に触れるだけで、自分に血が通う気がする。
自分が、息を吹き返す気がした。
抱きとめてくれる人がいたなら、
きっと、きっときっと誰だって走り出す。
繭にとって、それは切実な恋だったのだ。

ある一つの恋。
それが、今、そのさなかにいる時。
恋は、ずーっと月日がたって、何年もたったあと。
まるで違った意味を持って来る。
まるで違ったものに、見えるのではないか…?
それが、不倫の恋ならなおさら。
そこに走るか走らないかで、
人生はまるで変わってしまうだろうから。

クライマックスは、東京に誘われた繭が、
地元に残るのか、
家を捨てて、彼の元に走るのか。
女の人生と恋の物語である。



**********

(深呼吸をして、ピアノを弾き始める繭)

秋風) あの…。あの…それ…
(ピアノを弾いて音を出す秋風)
秋風) これ。
繭) ああ、「ラ」! なるほど!
  あっ…もしかして、学校の方? 先生?
  あの、ここ、6時半からママさんコーラスで
  借りてるんですけど…。
秋風) あ…はい。ちゃんと表にはり紙ありました。

    その楽譜、僕の…。
繭) あっ…。
秋風) さっき、忘れちゃって…。
繭) 音楽の先生ですか?
秋風) いえいえ。あ…ここの校歌を作りに、
    呼ばれてきました。作曲をしています。
繭) ああ! この学校、今度隣町と合併になるから。
  それで、校歌。
秋風) ええ。
繭) へえ! あ…じゃあ、作曲家?
秋風) ええ、まあ。まだ、東京から来たばかり
    なんです。しばらく、こちらにいます。
    よろしくお願いします。
繭) はい。こちらこそ。じゃあ、それ…
  ドビュッシーの「アラベスク」、弾けるんですね。
秋風) ああ、指を慣らそうかって…。
繭) 弾いてみてもらえませんか?
秋風) え?
繭) 「アラベスク」、聞きたいです。
秋風) ああ…。
繭) あっ、図々しかったですね。ごめんなさい。
秋風) コーラス、6時半からでしたよね?
繭) はい。
秋風) じゃあ、ちょっとだけ。
繭) いいんですか?
秋風) そんなにうまくないですよ。
繭) はい。
秋風) あまり、期待しないでください。
繭) はい。



それが、出会い。私たちの出会い。
今思うと、たわいない。



**********

リュウタは一人息子だ。
中学を卒業すると、家を出た。
寮生活をしている、高校2年生。野球ばかり。
男の子だからだろうか、出たら出たっきり。
私に顔を見せようとも、まるでしてくれない。

この店を、夫は代々継いだと、自慢気に言う。
インスタントのだしを使っていたような、この店をだ。

高速が通り、観光客が増えると、
夫は、2号店と称し、土産物屋と、
食堂が一緒になってるような店を開いた。

建物の維持費ばかりがかかり、利益は、出ない。
夫は怖がりで、母親の見舞いに行かない。
母親の病気が、受け入れられないのだ。
もう、私、一生分の皿を洗った気がするな。


**********

秋風さんは、3か月ばかりこちらに滞在して、
校歌を作るらしい。宿には、ピアノがないから、
たまにここに弾きに来て、作曲をするという。

秋風さんの指の動きは、美しく、現役だった。
私は、音大を出ていて、
コーラスグループの伴奏係をしていた。

秋風さんは、気まぐれなのか、何なのか、
「これからも、伴奏に来てもいいですよ」と言った。
ピアノなんて生涯触れたことのないような
夫を持つ主婦ばかり。私たちが、
秋風さんに、色めきだたないわけがなかった。

そして、私はいつもの癖で、一歩引いた。
ただ、思っていた。
あの、ドビュッシーの「アラベスク」だけは、
誰にも弾かないでと。
私だけの、もの、なんて…。

**********

綾) 繭さん、いらっしゃい。
  紹介するわ。お友達の並木さん。
並木) 並木です。どうも。
繭) 繭です。こんにちは。
並木) ああ…あなたがお嫁さんの、繭さん。

義母は、口紅をつけていた。
淡く、きれいな色で、
このすみれと、よく似合うと思った。


**********

綾) バチが当たったのかしらね。
繭) 何のですか?
綾) いい年して、すみれなんかもらったもんだから。
繭) 神様が、焼きもち妬いたのかもしれないですね。
  お義母さん、すみれ、似合う。
綾) 何? 


**********



生き生きとした、すみれの紫。
プラスチックののっぺりしたピンク。
お義母さんの、女の、表と裏だ。


綾) どうしたの?
繭) いえ…すみれ、きれいだなあと思って。



こうすれば、視界はすみれだけ。
きれいな紫。


**********

この町は、静かすぎる。
闇が濃すぎる。
手を伸ばしても、
どこにも届かない気がするんだ。


**********



繭) じゃあ、これから、選べるとしたら、
  どんな所に住んでみたいですか?
秋風) う~ん…何でもないような…取り立てて、
    何も自慢できるものがないような、
    そんな場所が楽かな~。
    「それ、どこ?」っていうような…。
繭) うん。
秋風) そんな所で、自分だけのお気に入りの道とか、
    店とか、そういうのが見つけられればいいんじ
    ゃないですか? あと、隣に誰かいれば、もっと
    いいけれど。
繭) あれ? いないんですか?
秋風) いないですね。バツイチで。
    それと、ちょっと怖いです、女の人は。
繭) そう…ですか。
秋風) 東京の女の人は特に。
繭) きれいな人は特に?
秋風) ええ、まあ、そうです。
    あっ、でも繭さんは大丈夫ですよ。
繭) え? どういうことですか?
秋風) 繭さんはきれいだけど、
    怖くないってことですよ。
繭) 私、きれいじゃないですよ。
秋風) いや、きれいだと、思いますけど。
    ごめんなさい。僕、何か失礼なこと…。
    そういうことじゃなくて、世間一般的に見て、
    普通にきれいだと思うので…。
    客観的事実というか…。別に、僕にやましい
    気持ちがあるわけじゃなくて…。
繭) 私、怖い顔しました?
秋風) え?
繭) 何かだって、すごく言い訳なさるから。
秋風) はい。ちょっとにらまれたのかと
    思いました。僕を…。
繭) ごめんなさい。
  そういうの、言われ慣れてなくて…。
秋風) そうですか。怒ってるのかと思った。
繭) いえ、怒ってないです。
秋風) だったら、よかった。
繭) 「きれい」って言われて、「ありがとう」とか、
  言えたらいいですよね。都会の女の人って、
  そんな感じですか?
秋風) ほんとは、怒ってますか?
繭) いえ、怒ってないです。あっ、ごめんなさい。
秋風) いえ。繭さんって、面白いですね。
繭) 秋風さんも面白いです。
  黄金バット、自転車乗りません。じゃあ、ここで。
秋風) あ…はい。気をつけて。また。



繭) はい。また。



**********



この朝は私のものだ!

あっ、何だっけ? これ、昔あった。
そうだ、「タイタニック」だ。
あの少年は、船の先端で、
「世界は僕のものだ」と言ったんだ。

**********

幸一) おふくろ、転院する気はないんだと。
    ここがいいんだと。
繭) そうなの?
幸一) もう、体切り刻まれるのもごめんだし、延命
    治療もな…。お義母さんがここの病院離れ
    たがらないのって、ほかに、理由があるんじ
    ゃないかしら。あのね、お義母さんのところ
    に、男の人が来てるの。
幸一) いいよ、その話は。
繭) え?
幸一) いいんだ。
繭) 知ってるの?
幸一) 並木さんっていうんだ。
    失礼のないようにやってくれ。
    おやじも死んじまったしな。風呂入るわ。


お義母さんの秘密、
私だけが知らない。


**********

並木) いや、僕は今一人だから。
繭) そうなんですか。
並木) ええ…女房も早くに亡くして、
    子供たちも独立してね。
    だから、気にしないでください。
    時間ばかりがあって、
    ここに来るのは僕にとっても…
    僕にとっても、生き甲斐です。


**********

秋風) ♪きっと 彼女は 涙をこらえて
秋風・繭) ♪僕のことなど思うだろ。
      いつか はじめて出会った
      いちょう並木の下から
      長い時間を僕らは過ごして
      夜中に 甘いキッスをして
      今は 忘れてしまった
      たくさんの話をした
      もし 君が そばに居た 
      眠れない日々が また 来るのなら
      弾ける心のブルース
      一人 ずっと 考えてる
      シー・セッド・ア・ア・ア
      アイム・レディー・フォー・ザ・ブルー



**********

秋風) 2人でコーラスの練習しちゃいましたね。
繭) はい。あの歌、昔よく歌った。
  バンド組んでて…。
秋風) 僕もです。
繭) え? 本当ですか?
秋風) 同世代ですね。流行ったからな。


**********

繭) 秋風さん、自由ですね。
秋風) 自由ですか?
繭) はい。一緒にいると、
  こっちまで自由になります。
秋風) ええ?
繭) 呼吸が、楽になるっていうか…。
秋風) いつも息苦しいんですか?
繭) 私、何か、全部いっぱいいっぱいで…。
  仕事も…自営業なんですけど、店もうまくいかな
  いし…。母も…夫の母なんですけど、たぶん、も
  う、ダメで…。看病してると、やっぱり、こっちも参
  ってきて…。平気なふりしてるんですけど…。
  やっぱり、こっちも参ってきて…。
秋風) 繭さん。
繭) 私のこんな話、
  誰も聞いてくれる人がいなくて…。
  言う場所もなくて…。(泣)
  ごめんなさい。私…ごめんなさい。(泣)
(繭にハンカチを差し出す秋風)
繭) ごめんなさい。秋風さんは、ピカピカだから。
秋風) 「ピカピカ」?
繭) 自分に、自信があるんです。
  だからそんなに、自由でいられる。
秋風) 自信んて、ないです。
繭) え?
秋風) 繭さんは、
    どうして僕がここに来たと思います?
繭) 校歌を、作りに。
秋風) それで3か月も滞在する作曲家なんて、
    いません。書けなくなったんです。曲が。
    東京から逃げ出してきたんです。
    ここに来たのは、
    ある種の転地療養みたいなもんです。
繭) そうなんですか…。
秋風) お互い、いろいろありますね。
繭) あの頃…さっき、あんな歌を歌っていた頃に、
  出会えたらよかったですね。
秋風) でも、会えてよかったです。
繭) あっ、これ。





繭) これは、何でしょう。



繭) 何でしょう。



繭) あ…。私今日、コロッケたくさん揚げた。
  油臭くないですか?
秋風) 黙って。
繭) でも、油…。
秋風) 黙って。









**********

綾) 恋してる?
繭) え?
綾) だって、よく笑う。
繭) まさか! 何言ってるんですか。お義母さん。
綾) ごめん! 何でもない。

**********

綾) 私もね… 私も、結婚してから
  人を好きになったことあるの。
繭) え?
綾) 驚いた?
繭) それが、並木さん?

(首を振る綾)
繭) ごめんなさい。

私が嫁いできた時には、
もう、お義父さんは亡くなっていらした。
でも、女性関係が派手な人で、
義母は若い頃、大変な苦労をしたと聞いている。
そんな義母に、ほかの男の人がいたとしても、
不思議ではない。
心の支えにしていたのかもしれない。
義母もさぞかし、美しかったろうし。
若く美しい者たちは、恋をする。
老いても? 老いても…
老いてもなお、人は恋をするだろうか?





**********

電・繭) こんばんは。
電・秋風) こんばんは。どうしうました?
電・繭) 電話を、してみました。
電・秋風) はい。うれしいです。
電・繭) あっ! 秋風さん。月が、きれいですよ。
電・秋風) あっ! ほんとだ。満月ですね。
      繭さん、今のは駄目ですよ。
電・繭) え?
電・秋風) 知ってますか? 夏目漱石は、
      「I Love you」をそう訳したんです。
      「月がきれいだね」って…。
電・繭) 知ってます。知ってて言いました。
    秋風さん…好きです。


**********

綾) 私、あの人と、結婚してたことあるの。
繭) えっ?
綾) 最初、並木と結婚してたの、私。
  そしてそのあと、小坂と知り合って…。
  駈け落ちするみたいにして一緒になったの。
繭) え…えっ!?
  それが、亡くなった、お義父さんってことですか?
綾) そう。
繭) 今は、並木さんもお一人だって…。
綾) 並木も、私と別れたあと、
  一緒になった人がいたみたいだけど…。
  今は、生きてる者同士、残された者同士…。
  いけないかしら。私、あの人がこんなに、優しい
  人だって、結婚してる時は、知らなかったのよ。
繭) 並木さんと、別れなかったらよかったですか?
綾) フフフ…分からない。人生って、選んできた道
  しか分からないんだもの。もう1つの、道の結果
  は、ず~っと分からない。だから、これでいい。
  体のことも。
繭) お義母さん…。
綾) 繭さんには、迷惑かけるけど。
繭) いいえ…。でも、人って、いろいろあるんですね。
綾) 「一月三舟(いちげつさんしゅう)」って、
  言葉があってね。
繭) 「一月三舟」。
綾) そう、「一つの月に、三つの舟」って書くの。
  同じ月でも、止まってる舟、北へいく舟、南へ行く
  舟から見ると、それぞれ違って見えるでしょ?
  どっちかに、動いて見えたり、止まって見えたり…。
繭) ああ…そういう意味なんですね。
綾) だから、1つの出来事も、見る場所で、違って見
  えるんじゃないかと思うの。同じ恋でも、その恋の
  真っただ中にいる時、過ぎ去ってから、振り返った
  時と、まだ、そこへ行く前に見るのと、違ったもの
  に見える…。


**********

私は、それから、
コーラスには行かなくなった。
やることはいくらでもある。
義母の世話や、家事や、食堂や…。

あの時、血迷って私がした告白は…。
私の、「好きです」という告白は、
宙に浮いたまま。
何も答えてもらえなかった。
あの人を困らせただけだ。

私の小さな恋は、終わったのだ。
左胸を、針で突くような、
小さな後悔とともに…。

「好きです」、
なんて言わなければよかった。


**********

それは、秋風さんが、
私のために作ったという、曲だった。


**********

繭さん。
返事が遅れてごめんなさい。
あの時…あの電話の時、
繭さんの気持ちに応える事ができませんでした。
何もかもなくしたような気持ちになって、
この町に来て、繭さんに出会いました。

初めて会った時に、
素敵な人だなと思いました。
でも、僕は、
恋する力もありませんでした。
今まで、曲を書くことだけで生きてきました。
曲が作れなくなった僕は、羽がもげた鳥です。
何の気力も取り柄もない。

でも、繭さんと過ごす時間は楽しく、
愛しく、忘れられず、
こんなふうに自信をなくした僕が、
どう繭さんに答えたらいいかと考え、
曲を作りました。
気に入ってもらえるといいけれど。

僕は、あなたに会って、
また曲が作れるようになったんですよ。
自分の中のエネルギーを、
生きる力のようなものを、
感じることができたんです。

明日の、17時の電車で帰ります。
もう一度だけ、お会いできませんか?
どうしても、会いたいのです。

繭さん、あなたが、好きです。







**********



繭) 痛っ…。



繭) 爪?



秋風さんのやわらかい文字と、
夫のかたい、足の爪。











**********

綾) ああ…。
繭) えっ?
綾) 繭さん、今日、月がきれいよ。ほら…。
繭) えっ? ああ、ほんとだ。
綾) 明日は晴れるかしらね。
繭) お母さん、知ってました?
  「月がきれいだね」って、
  「I Love you」って意味ですよ。
  夏目漱石は、そうやって訳したんですって。
綾) あら。知らなかった。素敵ね。
繭) ほんと、きれいな月です。





**********

「月に祈るピエロ(主演:常盤貴子)、「月に行く舟(主
演:和久井映見)に続く、「月」シリーズ三部作の完結
編。この、「三つの月」が1番好きかも。
大人の恋、大
人の恋のファンタジーとして秀逸で…。
それはきっと
多分に主演の原田知世の持つ透明感と
清潔感によ
るものだと思う。彼女だったからこそ、この
ファンタジ
ーは成り立つというか、入り込めた気がする。
それは
義母を演じた八千草薫さんにも通じるもので、
八千草
さんだからこそ、元夫との関係も美しく見えるという…。
その女優の持つ天性の空気感で成り立つドラマって、

あるなあと。三つの月は原田知世さんあってのドラマ。
他の女優さんでは生まれない空気感が心地よかった。

ただ一つ気になったというか…残念だったのは、夫が
ブティック今野(あまちゃんでの役名w)さんだったこと。
音大に行くような女性、しかも、原田知世のルックスで
あの旦那さんはリアリティがないというか、一体どこに
惹かれたのか、彼女にあんな田舎にまでついていこう
と思わせた男の魅力が全く感じられなくて(私がイメー
ジするところの男性像とはかなり違うという意味です)。
亡くなったお義父さんはイケメンでモテモテだったみた
いだし、お義母さんも美人なのに…。ちょっと旦那さん
のキャラ設定を落としすぎのような…(辛口でゴメンw)
きっと、主人公にしかわからない良さがあったのだろう
と、脳内補完して見ていた訳ですが、秋風さんに惹か
れてしまう理由が、十分すぎるほどあったのは確かw

一人息子なのに、まだ高校2年生なのに、息子は寮生
活。利益の出ないお店を切り盛りし、義母の看病に明
け暮れる毎日。何もない田舎で、平和ではあるけれど、
少しずつ何かがすり減っていくような、単調な日々。そ
こに現れた、イケメン作曲家。うん。こんな男性が現わ
れたら、色めきだたない訳がない。心がザワザワしち
ゃうよね。素敵な人を見るだけで、そこにいると思うだ
けで、何となく嬉しくて、華やぐ気持ちは止められない。

思いがけず、2人きりで話をする機会に恵まれて、し
かも「きれい」って言われて、困惑しながらも、別れた
あとにその喜びを爆発させる自転車のシーンがいい。

この朝は私のものだ!

そう叫びたくなる気持ちがすごくよく分かる。自転車
に乗って風を感じながら、モノクロの世界が一瞬で
カラーに変わっていくような、まるで自分がヒロイン
になって、タイタニックの先端に立っているような…。
どうしようもなくウキウキする気持ちが伝わってくる。
まるで少女のような恋。その恋心が、閉塞した生活
の中で、どんどん育っていくのは、当然のなりゆき。

「 I love you 」の代わりに「月がきれいですね」という、
夏目漱石の逸話を使った告白を、ちょうど同時期の
ドラマで観る事になったのは、偶然のいたずらか…。
くしくも、片方は男性、もう片方は女性。「デート~恋
とはどんなものかしら~」の巧が、あくまで「月がきれ
いです」で通したのに対して、繭は「あなたが好きで
す」とすぐに言ってしまったところが、女性的だなあと
思ってしまった。月がきれいです、だけで終わらせら
れないというか、好きと言いたい、言わせたいのが女
のサガと言いますか…。「月がきれいです」だけで我
慢できたら、美しいのだけれど…。私もできないかも。

「一月三舟(いちげつさんしゅう)」って、
言葉があってね。
そう、「一つの月に、三つの舟」って書くの。
同じ月でも、止まってる舟、
北へいく舟、南へ行く舟から見ると、
それぞれ違って見えるでしょ?
どっちかに、動いて見えたり、
止まって見えたり…。

だから、1つの出来事も、見る場所で、
違って見えるんじゃないかと思うの。
同じ恋でも、
その恋の
真っただ中にいる時、
過ぎ去ってから、振り返った
時と、
まだ、そこへ行く前に見るのと、
違ったものに見える…。


ドラマの題名、テーマとなる、「一月三舟」という言葉
の意味を…繭の義母が語ったセリフ。繭が見ている
月と、秋風が見ている月は、同じように見えていただ
ろうか? 自分は止まっているのか、動いているのか。
この恋は、本物なのか、ニセモノなのか。正しいのか、
間違っているのか。昔、真っただ中にいたはずの夫
との恋は、今はどう見えるのか…。今、真っただ中に
いる秋風さんへの恋は、いずれどんな風に見えるの
だろうか…。義母の秘密を知ってしまった繭には、義
母が見ている月がどんな風に見えているのか、考え
ずにはいられなかっただろうと思う。結婚していた時
には気づけなかった元夫の優しさを、今になって知
ったという義母の言葉は、人は選んだ道の結果しか
知ることができないという、当たり前だけれど、どうし
ようもない運命の切なさを、感じないではいられない。

秋風さんのやわらかい文字と、
夫のかたい、足の爪。

あの瞬間、秋風さんの元へ走っていこうとしていた繭。
夫のかたい爪に引き戻された現実に彼女は留まった。
夕日と、家の外に干してあった洗濯物が、恋の終わり
を、ファンタジーの終わりを象徴しているようで、あまり
に日常的な風景が、繭の「今」を、見せつけるようで…。

あの夜のキスと、自分のために作られた曲と…恋文。
たぶんそれが、その恋を永遠に美しく、記憶に残す事
ができる、最良の選択。繭が手にした、美しくも切ない
時間は、その後の退屈な人生を、秘かに輝かせ続け
るだろう宝物のような秘密の時間だったと…。私なら、
そう思う。人生の後半で、繭のような恋の時間を持つ
事ができたなら、死ぬまで微笑んでいられる気がする。
夫にも…やさしくなれそうな気がする。不倫の恋では
あるけれど、ギリギリ許されるだろうファンタジーを貫
いたドラマだったのではないかと…。まるで少女漫画
のような恋。原田知世にしか作れない、ファンタジー。
抱きしめられて、「これは何でしょう?」「何でしょう?」
と二度言っても許されるのは彼女だから。背中を抱き
しめる手も、彼女からの口づけも、いやらしく見えない。

それにしても…立てつづけにドラマで「月がきれい」の
シチュエーションを見せられると、あちこちで安売りさ
れていそうでちょっと切ない。だって、いつか自分も言
ってみたいと思うから。ほとぼりが冷めたころに、さら
っと言えたらいいなと思いつつ、そんな日が本当に来
るのやら。いや、夫に言えよって話なんですけどねw

今見えている月を、見えているままに感じて、生きて
いくしかないのだろうけれど…。その、見えている月
は、いつだって、きれいなはずだ…と、思いたいです。


いちょう並木のセレナーデ


●「三つの月」HP

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