角田光代のホームメイドケーキ | 日々のダダ漏れ

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グレーテルのかまど (2月23日放送)
角田光代の
ホームメイドケーキ





ふんわりとしたスポンジに、あまーい生クリーム。家族
との幸せな時間を彩るのが、ホームメイドのケーキ。
誰にとっても、嬉しいはずのこの手作りケーキを、ちょ
っと
違った視点で、描いた物語があります。作家・角田
光代の
小説、「薄闇シルエット」。



母の手作りケーキはいかにも貧乏くさく
あか抜けず 古典的でマンネリ化していた
    「薄闇シルエット」より


この辛辣な表現は、母への反発そのもの。しかし、こ
のケーキが、生き方を模索する、
娘の心をちょっぴり
変えていくことになるのです。



女性の心の奥底にある感情を、独特の視点で紡ぎ出
す作家、
角田光代。2006年に発表した小説、薄闇シ
ルエットに
ホームメイドケーキの一節があります。
体、どんなことが書かれたお話なのか、作者の角田
さんは・・・



角田光代) 書きたかったことは、あの、まあ、迷って
      る姿ですよね。
30代の女の子が、迷ってる
      姿ってのを単純に書きたかった。


**********

この小説が出る少し前、負け犬の遠吠えという本が出
版され、30代以上の未婚女性が、自ら負け犬と称する
ことが、大きな
話題に。就職、結婚、出産。何が勝ちで
負けなのか。薄闇シ
ルエットに描かれた、30代女性の
リアルな描写が大きな反響
を生んだのです。

その物語の第一章が、ホームメイドケーキ。主人公の
ハナ、37歳。物語の冒頭、付き合っている彼氏が、

然、仲間に自分との結婚を宣言します。ちゃんとし

やんなきゃ、
と得意気な彼。しかし、ハナにはある感情
が芽生えるのです。
なんかつまんねえ。この、どこか
しっくりこない感情は、何かに
似ている。そう、それが
母の、ホームメイドケーキだったのです。

私の母親は手作り狂だった。
それは半ば宗教めいていた。
(中略)
手作りでないものは
母にとって手抜きであり、手抜きは
手作り教にとって最も重い罪だった。
父と私と妹の誕生日には、
いつも母の手作りケーキが登場する。
それは決まって
生クリームと苺のケーキだった。
    「薄闇シルエット」より

洋菓子店に並ぶ美しいケーキに比べ、家族の誕生日
のたびに、母の作るケーキは垢抜けず、野暮ったい。
そんなケーキを
ハナは冷ややかな目線で語ります。

けれど母は、自分が作るケーキが
誕生日を迎えた人を幸福にすると
信じて疑わず、せっせと作る。
(中略)
つまんねえ女。
思春期の私は心の中で毒づいた。
    「薄闇シルエット」より


角田光代) 母と娘の関係って、とっても微妙なとこ
      ろがあると思うんですね。母親の価値観、
      ずーっと聞かされてきた価値観っていうの
      から
逃れるのが凄く難しい、と思うんです
      よね。その手作りのケーキ
っていうのは、
      あの、まあその、象徴って言ったらおかし
      いですけど、
お母さんの価値観じゃないも
      のも、いっぱいある、っていう事に、
気づい
      ていくっていうきっかけの一つですね。


母の価値観以外にも、世の中には、可能性を秘めた
何かがあるはず。そう気づき、反発するハナ。
しかし、物語が進むにつれ、母が手作りする本当の
意味を、知ることになるのです。

誕生日の度に、家族のためにケーキを甲斐甲斐しく
手作りする専業主婦の母。一方、独身で、女友達と
一緒に、古着屋を
経営するハナ。そんなハナに母は、
早くいい人を見つけて結婚をして、
きちんとした家庭
を作りなさいと言います。
そして、反発するハナは、
母との対話を、放棄するのです。


角田光代) 母親に、結婚しなさいとずっと言われて
      きて、母のように生きたくない。お家にいて、
      手作りのおやつを作って、
手作りのお洋服
      を縫って、そうやって生きていくことは嫌だ
      と。
たぶん、多くの人が、何か持っている、
      母親に対して持っている、
この人のように
      は出来ないとか、もしくは、この人にはなり
      たくない
っていう、もう何ていうか、そういう、
      ある種、その敵対とかではない、
もうちょっ
      と普遍的な、小っちゃい感情。


**********

結婚することだけが幸せなのか、疑問を抱くハナ。
一方、家庭を守ることに懸命だった母。世代も価値
観も違う親子の、複雑な感情が、ホームメイドケー
を通して描かれているのです。

昭和40年代は、女性は結婚したら家庭に入るのが
当たり前という時代。そんな中、オーブンなどが普
及し、お店や、裕福な家でしか作れなかった
ケー
キが、庶民も作れるようになります。
手作りのスイ
ーツで、家族を喜ばせることが、母親たちの、
ささ
やかな幸せだったのです。
そんな時代に子供の頃を過ごした
角田さんのイメ
ージする、ホームメイドケーキとは?


角田光代) 市販品より、ちょっと美味しくないケー
      キっていうイメージがあります。ちょっと、
      もっさりしたケーキで、スポンジもちょっと、
      ふわっというより
なんかこうドッシリしてい
      るような、であの、断面がこう切ってあっ
      て、
中にクリームが敷いてあるんですけ
      ど、缶詰のみかんとか、パイナップルが
      こう、切って入っててっていうような、垢抜
      けないケーキをイメージして
書いてました。




母の、暖かな愛情に満ちたケーキは、
どこかもっさり、あか抜けない、
母と娘の繊細な
関係を象徴するものでした。

**********

結局、彼との結婚を断り、一人になってしまったハナ。
そんな中、共同経営者の友人と、お店の方針で意見
の食い違いが起こり、友人と別々の道をあゆむかも
しれないということが、ハナの頭をよぎります。

あの店から手を引いて
ひとりぼっちになったら―
そう考えるとぞっとした。
(中略)
作りだすことも、手に入れることも、
守ることも奪うこともせず、
私は、年齢だけ重ねてきたのだ。
    「薄闇シルエット」より

37歳、もがき、悩むハナ。そして、ふたたび登場
するのが、ホームメイドケーキです。突然の父
からの電話。母が倒れ、
危篤状態になるのです。
妹と交代で母に付き添うハナ。
実家の冷蔵庫を開けて、言葉を飲み込みます。

いちばん上の段に、ケーキの材料が
きれいに整頓されてしまってあった。
生クリーム、苺、無塩バターに牛乳。
母はケーキをいったい
いつ作るつもりだったのか。
(中略)
生クリームがずいぶん多いから、
正月に帰るはずの私たちにも
作る予定だったのか。
    「薄闇シルエット」より

ハナは、
その場でしゃがみ込み、泣きだしてしまいます。

嫌いだったのだ。母のケーキなんか、
嫌いだったのだ。
貧乏くさくてあか抜けなくて、
古典的でマンネリ化している。
この家から出た私が、
ずっとがむしゃらに目指してきたものは、
母のケーキと対極にあるような何かだった。
    「薄闇シルエット」より

そして、かつて母が手作りした、
幼い頃の服を手にして、こう思うのです。

いくつものちいさな服に囲まれて
私は唐突に理解する。
食べるもの体に触れるもの
目に入るもの、
できるかぎり自分のてのひらで紡ぎだして、
そうして何かから家族を守る、
それが母にとっての家だったんだ。
    「薄闇シルエット」より

ケーキを手作りすることに、母の生き方を感じたハナ。
そして、母への想いが、少しずつ変化していくのです。

**********



ヘンゼル特製、ホームメイド感たっぷりのケーキ。
もっさり、あか抜けない感じが絶妙よ。
買ったものとは違う、味わい深ーいケーキです。

**********

久しぶりに帰宅する娘のために、ケーキを手作りし
ようとしていた母。ケーキや洋服。手作りのもので、
家を満たしていた、母の想いを、ハナは考えます。

母が私に、結婚しろ、家庭を作れと
言い続けたのは、自分の生き方を
娘に強要したかったのではなく、
そうして作り上げた自分の城を
否定されたくなかったからに違いない。
    「薄闇シルエット」より


角田光代) そんときに、この主人公は、母親として
      の、お母さん
じゃなくて一人の女性として、
      一つの家族を作って
守ってきた、女性とし
      ての
母親を、等身大で初めて見ることが
      出来る、等身大のお母さんを
見えた時に、
      ハナは、凄く楽になる。


その後、母親は病院で、静かに息を引き取ります。
しばらくして、ハナは、ケーキを自分も作ってみよう
と思い立ちます。しかし、出来上がったケーキは、
とても食べられるような代物ではありませんでした。

手作り教の教祖は
自らの信仰に熱心なあまり、
伝道し損ねたのだ。
(中略)
急におかしくなった。
    「薄闇シルエット」より



自分とは違う生き方であっても、母もまた、懸命に生
きた
一人の女性だった。ハナにそう気づかせてくれた
のも、
やっぱり、ホームメイドケーキだったのです。

**********

角田光代さんの小説は何冊か読んでいるけれども、
「薄闇シルエット」は未読でした。読んでみなければ。

印象的だったのは、十五代ヘンゼルこと瀬戸康史君
が、読んでみたけれどよくわからなかった、との感想。
母と娘の、女同士ゆえの確執は、男性にはわかりに
くいだろうなあと、母と娘、母と息子の関係は、明らか
に違うものだろうから。息子は母のライバルにはなら
ないけれど、娘はライバルになってしまう。同じ性を
持つ、ひどく近い関係だけに、メンドクサかったりして。

手作りの思い出といえば、私の場合は洋服で、子供
の頃は母の手作りの服を、いえ、大人になってから
もスーツやワンピースを作ってもらっていました。母
の場合は、プロの腕前だったので、既製服ではない
服が着られるのは、ちょっとした自慢でもありました。
その分、料理のほうは苦手だったようで、ホームメ
イドのおやつといえば、ケーキではなく、「蒸しパン」。
地味だけれど、素朴で美味しかった記憶が蘇ります。

「手作り」が悪いことではなく、問題はその手作りの
レベルが低かった場合。本人の自己満足で終わっ
ていて、美味しいとも上手だとも思われないレベル
の場合が、一番家族にもまわりにも迷惑なことに。
「薄闇シルエット」の主人公の母が作るホームメイ
ドケーキは、心が躍るような美味しいものではなか
ったのでしょう。「手作り」は愛情がこもっているとい
っても、美味しくないものは・・・美味しくないのです。
こればっかりは、誤魔化せないというか、自分に嘘
はつけないというか。気持ちはありがたいけれども、
ウンザリしてしまう、そして、そう思うことに罪悪感を
感じてしまうことにまたウンザリしてしまうという・・・。

子供たちを喜ばせたいと、喜んでくれていると思っ
て、作り続けられているだろうホームメイドケーキ。
母親をガッカリさせたくなくて、美味しくないとも、他
のものが食べたいとも言うことができない子供達。
愛情ゆえに不本意な儀式が続いてしまう、そんな
ことが、どこの家庭にも一つや二つあるような・・・。

母親のようになりたくないと、なってほしいと言われ
てもいないのに、勝手に毛嫌いして、離れようとした
り。互いに別の人格として、それぞれの価値観で生
きていいのに。相手の価値観を認めた上で、自分
の価値観を生きていけばいいだけのことなのに、親
と違うことにどこか罪悪感を持ってしまう。母と娘の
厄介な、愛情ゆえの葛藤なのかもしれないなあと。

本を読んだわけではないので、今回の番組の中で
知った内容から、思ったこと、感じた感想です。実
際に読んでみたら、また思うことは違ってくるかも
しれないけれど、それもまた、興味深い。読む前の
印象とどう違うのか、こんな風に本を読むのも楽し
いかもしれないと、今からワクワクしてしまいます。

ちなみに、私としては、ケーキは美味しいケーキ
が食べたいので、自分では作らない派、です♪


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