豊洲新市場移転問題について改めて整理するー土壌汚染が深刻な土地を取得した背景を考えるヒント |  政治・政策を考えるヒント!

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   政策コンサルタント 室伏謙一  (公式ブログ)

 東京都中央卸売市場築地市場の豊洲新市場への移転問題、都議会に設けられた「豊洲市場移転問題に関する調査特別委員会」、いわゆる百条委員会において関係者への証人喚問が行われるに至った。その目的は、なぜ土壌汚染の深刻な豊洲へ移転が決定されたのか、その過程でなぜ東京ガスに瑕疵担保責任は問われないこととされたのか、その他の都が負担することとなった費用の交渉・決定過程といったことを明らかにし、責任の所在を明確にすることで、豊洲新市場への移転の可否の判断材料を得ること。もっとも、判断するのは東京都中央卸売市場の設置・管理者である東京都知事。都議会はその適正性のチェックや予算、関連条例という観点で関与することになるので、そのための基礎資料を得るためといった方がより的確か。

 

 その百条委員会、19日には浜渦元副知事、そして20日には本丸とも目される石原慎太郎元知事への訊問が行われたが、いずれも「知らぬ存ぜぬ」を基調とした答弁で、結局核心的な事実は得られなかったとされている。質疑に立った都議が、いずれも質問立てや追求が甘かったのみならず、一部にはまるで事前に口車を合わせたような質疑まで見られたことも大きく影響していると考えられるが、特に石原元知事の答弁は自らの体調に関する言い訳に始まり、話のすり替えや責任のなすりつけ、責任の曖昧化に終始し、百条委員会自体がそれに翻弄されたことによるところが大きいだろう。

 

 さて、豊洲新市場への移転問題、一義的には土壌汚染を巡る公害紛争である。(卸売市場の経由率がどうこうとか、果ては卸売市場は斜陽産業だとかいった、卸売市場制度というものについて全く知らずに書いているであろう意味不明な意見まで飛び出しているようだが、卸売市場制度自体の問題や公営企業としての卸売市場の経営の在り方の問題は、それはまた別問題である。)

 

  豊洲新市場の敷地の土壌汚染については、これまでも拙稿やインターネットテレビ番組等において繰り返し述べてきたとおり、土壌汚染の中身・程度と範囲を完全に把握することは極めて困難であり、したがって完全な対策を行うこともほぼ不可能である。それを承知の上で当該土地を使用するというのであれば、敷地の周辺も含めた大規模な土壌の入れ替えを行うか、ある程度の深さまで汚染土壌を除去した上で、相当程度の厚みを持った盛り土を行う必要がある。しかし、そうした対策は行われないまま施設が整備され、稼働直前まで至ってしまった。

 

 豊洲新市場への移転の可否の検討に当たっては、地下水のモニタリングが行われ、地下水への汚染物質の混入やその濃度に注目が集まっているが、これは土壌が激しく汚染されているからであって、地下水中の濃度等の変化は汚染の染み出しの状況によるものであって、地下水中の濃度が下がったからといって、汚染物質がなくなったということにはならない。本来調査すべきは土壌である。(こうしたことにも関わらず、地下水を使うわけではないから汚染されていても大丈夫といった話が出るようになり、さもそれが正論のよう扱われるようになってきているのは、摩訶不思議としか言いようがない。)

 

 コンクリートで覆ってあるから安全だ、生鮮食料品が直接汚染土壌に触れることはないから大丈夫だといった話も聞かれるようになった。確かに、先に述べたような対策を行っているのであれば、基本的には安全性の問題が生じる可能性は低いだろう。しかし、汚染の中身と程度、範囲が不明な豊洲については十分な対策が行われたとは言い難く、この場合、土壌中の汚染物質が地上に噴き出してきたり、コンクリートの亀裂や隙間から染み出してくるおそれは否定できないし、実際、その手の事例は複数存在している。

 

 こうしたことを考えれば安心の問題に限定できる話ではないだろう。最近では、築地も敗戦後の占領下で米軍のクリーニング工場として一部が使用されており、土壌汚染の可能性が指摘されている。しかし、石炭からガスを生成する化学プラントが長年にわたって操業していたことによる土壌汚染と、クリーニング事業による汚染とでは、前者の方が比較にならないほど深刻である。(土壌汚染対策法施行時に、中小・零細のクリーニング工場による土壌汚染は確かに問題となった。ただしそれは、クリーニング工場が廃業後に敷地をマンション開発事業者等に売却するに当たっての高額の対策費用を巡っての問題が中心であって、汚染の程度や範囲は限定されており、土壌の入替え等の対策によって安全も安心も確保されていたと記憶している。なんといっても、当時の土壌汚染対策は半ば手探り状態であったのに加え、その費用は現在と比べて非常に高額であった。)

 

 では、なぜ深刻な土壌汚染を抱え込んだ豊洲に中央卸売市場を移転することとされたのか?都と東京ガスの用地取得交渉は「水面下」で行われたとされており、交渉を担当した浜渦元副知事もそれを認めているが、なぜ「水面下」で行う必要があったのか?私は、豊洲の護岸工事と土壌汚染対策費用を都が負担するというところにヒントが隠されているように思う。

 

 豊洲というと、昨今の話題の中心は豊洲新市場だが、ここには新市場があるだけではなく、東京ガスの子会社である東京ガス用地開発株式会社によって再開発計「TOYOSU22」が進められている。開発用地概要には「約20haの広大な開発エリアにおいて、住宅・業務・商業などによる複合市街地の形成を目指します。」とあり、かなりの大規模開発であることが分かる。当然ある程度の収益が期待されるということになるのだが、ここが深刻な土壌汚染を抱え込んでおり、その対策費用を全て負担ということになれば収益が小さくなるどころかマイナスになる可能性も否定できない。加えて護岸工事にも莫大な費用がかかる。当初は新市場の敷地を含めて全体を再開発しようとしていたようであり、それがために東京ガスは売却を拒否したようである。単純に考えると、是が非でも取得するための条件として都側が費用負担を申し出たというようにも見える。そうまでして取得すべき土地だったのか?という疑問も生まれてくるが、いずれにせよ、「水面下」で交渉が行われた理由にはこうしたことがあったようにも思われる。

 

 もっとも、なぜ問題のある土地をそうまでして取得しなければならなかったのかという疑問は残る。これについては視点を変え、主従を変えてみると別の仮説も見えてくる。すなわち、豊洲の護岸工事と土壌汚染対策費用を都が肩代わりすることが主で、新市場用地としての豊洲の土地の取得が従だったのではないか、ということである。別の言い方をすれば、との税金で豊洲の護岸工事と土壌汚染対策を行うための格好の大義名分に、築地市場の豊洲への移転が使われたということなのではないか、ということである。

 

 もし本当にそうであるとすれば、あってはならない事態であるし、豊洲新市場への移転は完全に根拠を失うことになるが、さて、真相や如何に?

 

 いずれにせよ、東京ガスが大規模な再開発を行っている土地で、土壌汚染に係る安全性の問題を今更、まさに「掘り返す」ことはできない、というのは都の本音としてはあるのだろう。なんといっても土壌汚染は不動産価格にも影響する。(筆者は公害等調整員会在籍時に、そうした場合にも公害紛争処理制度が活用可能である旨の法令解釈の原案を作成したので、よく覚えている。)そうしたことまで考えると、小池知事は非常に難しい決断を迫られているということだろう。

 

 なお、筆者は再開発自体に反対するものではないが、それは土壌汚染に係る安全性の問題が解決された上での話。有耶無耶にしたままで後から問題が発覚するようなことにでもなれば、筆者が公調委時代に見てきた数多くの事例を踏まえると、自体はより複雑化する。関係者には正直ベースの建設的な対応、議論をお願いしたい。