迷走TPPー踊り踊らされ、空回りする与党、野党、そして市民団体 |  政治・政策を考えるヒント!

 政治・政策を考えるヒント!

   政策コンサルタント 室伏謙一  (公式ブログ)

 環太平洋経済連携協定と勝手に訳されているTrans Pacific Partnership (TPP)の批准の承認案とそれに関連する法律の改正案が、11月4日午後、衆議院TPP特別委員会で強行採決されてしまった。

 

 自民党の衆議院議員である佐藤勉議院運営委員長は審議日程について真摯に野党と協議していた。しかし、TPP特別委員会の塩谷立委員長はそれを無視し、独断で委員会を立て、採決に持ち込んだようである。与党内調整も無視した採決、これを上回る強行採決が近年あっただろうか。特定秘密保護法の時の強行採決にせよ安保法制の際の強行採決にせよ、与野党の押し問答の末の話ではあるが、与党内の調整を無視する様なことはなかった。(無論、両法について反対の与党議員は、重鎮クラスを含めていたわけではあるが。)温厚で話の分かる佐藤勉議運委員長も大層お怒りだったと伝えられている。

 

 そんな状況下で可決されたTPP、8日火曜日の衆議院本会議で可決し、参議院に送付という段取りを与党は考えていたようだったが、さすがに同じ党でありながら議運での調整を無視したまま進められたしまったことが負い目になったのか、はたまた別の法案(例えばカジノ推進法案)の審議への影響を懸念したからなのか、衆院採決はとりあえず先送りになった。

 

 少なくともこれでTPPを巡る与党の暴走というよりも空回りが明らかとなったわけだが、野党も人のことは言っていられない。なんといっても、民進党は委員会で採決することに「やむをえない」と訳がわからないことを言って同意してしまった。これもどうやら党としてということでもないようだ。会期を延長しないとの仮定の下、4日に委員会採決ということであれば自然成立を防げるから、廃案を勝ち取ったとばかりに、民進党の山井国対委員長はご満悦だったとも。(「呆れてモノが言えない」と思った民進党議員も少なくからずいたことだろう。まあモノが言えないうちに決まっていたりしてしまうのが民進党、もとい旧民主系の真骨頂のようであるから、面目躍如といったところか。)

 

 さて、今後もまだ審議が続くTPP、ここで改めて日本にとっての意味ついて整理してみたい。

 

 まず、根本的な疑問として、日本はTPPに参加すべきなのだろうか?答えは簡単で、参加すべきではない。参加すべき理由は何もないし必要もない。

 

 TPPの性格の本質は日米FTAと言い切ってしまっていいだろう。だが、日米の二国間協定では国力・交渉力ともに劣る日本が交渉を有利に運ぶ可能性は限りなく低い。(ないと言ってしまってもいいだろうが。)それならば多国間協定で多国間交渉にすれば、少しは有利に運べるのではないかという甘い認識がどうもあったようであり、それで交渉に参加したという経緯あるらしい。そもそも、国力や交渉能力でアメリカに対して決定的に弱いと認識しているのであれば、多国籍交渉になればもっと利害は複雑になり、更に不利になりうることぐらい容易に察しがつきそうなものだが、そこは支那事変や大東亜戦争の頃からお得意の「希望的観測」(wishful thinking)で乗りきった、ではなく突っ走ってしまったということだろう。

 

 ではなぜ参加すべきではないのか?端的に言えば、TPPは日本にとってデメリットしかなく、メリットは何もないからである。こうした点については、国会の審議を通じても明らかになってきているが、そもそも論から見ていこう。

 

 まず、そもそもTPPは農業交渉でも関税交渉でもない。その対象は多岐にわたり、関税よりも規制・制度を変えることに主眼が置かれている。かつて「日米構造協議」と言うものがあったが、それを更にタチの悪いものにしたのがTPPと言ってもいいだろう。あの時は「非関税障壁」の名の下に、様々な日本の制度が変えられていった。地方の衰退の原因の一つはそこにあると言ってもいいように思う。(極端な公務員制度改革や行政改革もその延長線上である。)

 

 さて、関税にばかり、一般人もマスコミも目がいってしまうのは、それが分かりやすいからだろう。関税が下がれば、食料品等が安く買えるようになり、消費者には大きなメリットがあるというわけだ。そうしたことを盛んに主張する論者もいるが、最近の国会での審議でも指摘されているとおり、安く良質なモノが入ってくるわけではない。なぜ安いのかと言えば、規制が緩く低いコストで生産されているからであり、遺伝子組換えやホルモン剤等が多用されていたりするからである。つまり、安かろう悪かろうということで、それは日本国民の食を始めとする安心・安全にとって大きな脅威となる。食が安くなったはいいが、それによって健康を害してしまえば、元も子もないどころか、大いなる損失である。

 また、安いモノが入ってくることで、それによって国内の生産者が打撃を受けて、例えば農産品の生産ができなくなるようなことになりかねない。食料・農業ということで言えば、工場で生産される工業製品と違って、国民の命に関わることであり、国際価格の高騰や天候不順による不作といったことがあれば、農産品輸出国はすぐに輸出制限を行う。こうした輸出制限は数年前にも見られた。つまり、国際価格の変動に大きく左右されるようになるだけでなく、突然供給されなくなるおそれ、日本に入ってこなくなるおそれもあるということである。自分の国の生産の現場を潰し、市場を他国に明け渡して、「攻めの農業」などと寝言を言って、要は海外の市場の争奪戦を繰り広げろと言っているのだから、本末転倒も甚だしい。

 

 そして、TPPの主眼の一つは規制・制度の統一化である。「規制の内外調和」などと言っているが、その実態は自分たちに都合がいいように規制・制度を変えようというもの。ここには国力の差がものをいうことになるので、日本は一方的に要求を飲まざるをえなくなるだろう。そのことは先に述べた「日米構造協議」の結果を見れば一目瞭然であろう。

 しかも、それを交渉ではなく、ISD条項を使って、民間企業(多国籍企業)対日本政府という構図で行われるということも起こりうる。これまで日本政府が脈々と築き上げてきた制度が破壊される危険性があるだけでなく、地域を守るタガが外され地産地消や地方創生どころではなくなる危険性が大いにある。(共通の価値などと言えば聞こえはいいが、要は誰かの基準に合わせるということ。そうなったら「長い物には巻かれろ」ということになってしまうだろう。今でさえそうなのだから。)

 

 規制・制度が調和すれば、中小企業が外に出るチャンスにつながるなどと言っている論者もいるが、TPPとは無関係に既に中小企業で海外進出している企業は多くあり、それを支援するインフラも国内には整っている。参加12ヵ国で具体的にどこに出ようというのか?進出が著しい中国もインドもタイもミャンマーもカンボジアも入っていない。ましてや今フロンティアと言われているアフリカは蚊帳の外である。そうした論者は自分が何を言っているのか理解しているのだろうか?

 

 では、アメリカはTPPをどうしたいのかと言えば、トランプ候補が大統領になればTPPから離脱し空中分解、ヒラリー候補になれば、彼女は再交渉と言っているが、いずれにせよ仕切り直し。現在の協定が批准されることはほぼないと言っていいだろう。(ただし、これによってメリットを得るべくロビイストを使ってオバマ政権中に批准に持ちこもうというあやしげな動きもあるとも聞いている。引き続き予断は許されないということか。)

 そんな状況であるので、参加各国も様子見状態。これは当然の反応で、どうなるか分からない条約を先走って批准しても意味がないどころか、かえって悪者にされかねない。(トランプ候補などは、「TPPは日本が得をする協定だ。」とアメリカの保守系メディアでは名指しで攻撃していた。)かつてEU憲法条約の批准に当たって、各国は両睨みで慎重に対応、フランスで行われた国民投票で批准が否決されるや、イギリスは同条約をお蔵入りにしてしまった。

 

 これでもまだTPPを他国に先んじて批准すべきと現政権は考えるのだろうか?無意味どころか有害な条約の審議で迷走するのは、そろそろ止めてほしいところだ。もっとも、安倍総理の一番のご関心は日露関係であり、TPPは二の次三の次のようなので、日露交渉に悪影響とでもいうことになれば、とりあえず先送りということになるかもしれないが、さて・・・・

 

 最後に市民団体の動きについて触れておきたい。ネットでの情報発信も盛んになり、国会周辺でのデモ活動が更に活発になっているが、これまでつらつらと述べてきたことを踏まえてもらえれば、国会周辺よりも有楽町や新宿、渋谷と言った人が集まるところに出て行って、一般国民に訴えかけるなり、実は反対の自民党議員の地元で、地元有力者の説得に回り、場合によっては議員会館に来てもらう方がよっぽど効果的だと思うが。議員が地元に帰り、秘書たちも帰った後の金曜日の夕方や土曜日の議員会館前で「反対反対」と気勢を上げたところで、誰も聞いていない。結局彼らは、安保法制反対デモで味をしめたのか、国会周辺に注力すれば注目されてなんとかなるとでも思っているのだろうか。(まさか「TPP反対」に名を借りた自己満足ということはないだろうと思いたいが・・・?)