今回はミックス初学者の方へのアドバイスです。

音楽制作においてエフェクトに何を求めるかは個人の趣味嗜好や方法論などによって千差万別ですが、ここでは大雑把に

⓵ミックスにおいて馴染ませたり全体のバランスを取るためのエフェクト

②掛け録りまたは音色作りのためのエフェクト

の2タイプに大別してエフェクトの意義を考えて使い分けることについて述べています。

 

生徒さんなどで両者をごっちゃにしてしまってミックスのクオリティーが上がってこない方をよく見かけますのでまとめてみました。

 

 

■前置き

 

⓵レコーディング用とミックス用の違い?

 

・レコーディング用はざっくりとした音作り

・ミックス用は細かい調整

 

 

ヴィンテージ系コンプやEQはミックス用?録り用?

 

 

・ミックス的な視点から

ミックス用は細かい調整はトラックを磨いたり、相互関係における調整を行うための行程です。

例えばイコライザーであれば普通はミックスにおいて全トラック間の相互関係を考えてスペースを生み出したり、安定した力強い低音やパンチのあるサウンド、抜けてくるボーカルなどを作り出すためにいろいろな周波数を調整します。コンプレッサーやほかのプラグインでも同じです。


 

DMG AUDIO EQUILIBRIUM

 

一例を挙げるならボーカルは2.5kHzを広めのQ幅でブーストして抜けてくるようなサウンドにし、対してギターはボーカルの基音や低次倍音がいる500Hzあたりと2.5kHzあたりは軽くカットしてボーカルにスペースを提供し、代わりに1.5kHzや4kHzをブーストし、ドラムの金物系は5kHzあたりで攻撃的なニュアンスを強調する…などのそれぞれのトラック同士の相互関係からEQのブーストorカットを考える場合です。言葉にすると細かいかもしれませんが、どなたもやっていらっしゃるであろう処理です。

 

 

こういうのは一般的なミックス行程の範疇で小回りが利くパラメトリックEQが用いられます。

 

 

Fabfilter Pro-Q3

 

私の好きなDMGのEQUILIBRIUMやFabfilterのPro-Q3などのデジタルEQ、あるいはBRAINWORXのbx_hybridやWAVESのRenaissance EQ、DAWに付属しているようなパラメトリックEQなどは完全にミックスで使用するためのもので、サージカル(手術)的な処理から自然な音作りまで色々可能です。

 

ヴィンテージ的な音色はないかもしれませんが、ミックスに必要とされる様々な細かい調整・補正に適しています。

 


 

・録りや音色作り的な視点から

NEVE 1073

 

次に有名なNEVE1073を見てみましょう。こういったタイプはパラメトリックEQに比べて細かい処理に難があります。

 

 

例えばミックスでのキック処理でベースのとの競合を避けるために150Hz付近をピークディップの細いQ幅でカットしたいとします。このときNEVE1073は低音は110Hzと220Hzのスイッチ式なので150Hzをそもそも指定することが出来ませんし、何よりもシェルビングタイプオンリーなので目的の処理(細いQ幅でのピークディップ)を行うことは不可能です。

 

 

また低音をブーストするにしてもピークディップにも出来ず、Q幅も変更できませんし、キックで80Hzをブーストしたいとしても50Hzと100Hzのスイッチ式なので80Hzを指定すること自体が不可能です。

 

HPFも6dB/octや12dB/octのようにカットカーブをコントロールすることも出来ません。

 

 

API 550A
 

API550Aもヴィンテージ系では人気のある有名機種ですが同じくキックの処理でベースのとの競合を避けるために150Hz付近を細いQ幅でカットしたいとします。このときAPI550Aは低音は100Hzと200Hzのスイッチ式なので150Hzをそもそも指定することが出来ませんし、Q幅も変更できません。

 

ほかに例を上げることはできますが、ミックスにおける細かい処理をするのに向いてないわけです。

 

 

この手のタイプはギターアンプやシンセなどのざっくりとした「BASS」「MID」「TREBLE」のようなトーンコントローラー的なものと考えても良いかもしれません。

 

 

 

ギターアンプの簡易EQ(トーンコントローラー)

 

NI社 MASSIVEのEQ(トーンコントローラー)

 

ミックスで行うようなイコライジングではなくてアレンジやレコーディングの段階の楽器の音作りなどで例えばギターアンプについている簡易的なEQ(トーンコントローラー)をギタリストが最初にアンプで音作りをするときにミックスのことを考えて先ほどの「今回の曲はロックだからボーカルでは2.5kHzあたりを強調するだろうから自分のギターをそのあたりを少し控えめにして逆に4kHzを強調しよう」なんてことを最初から考えたりする人はあまりいないはずです。

 

 

そもそもアンプ付属の「BASS」「MID」「TREBLE」みたいな簡易トーンコントローラーでは細かい調整は不可能ですし、別途ストンプやマルチエフェクターでEQを入れる場合でも全トラック出揃った上でそれぞれの役割を考えた上で決めることなので最初のギターの音作りから緻密に考えることはあまりありません。

 

NEVE1073やAPIなどのヴィンテージタイプのイコライザーは、さすがに3バンドの簡易EQよりも細かい処理は可能ですがざっくりとした音作りしかできません。

 

 

いろいろな考えがあると思いますが、ミックスで行う予定の処理と矛盾するような音作りは推奨出来ませんし、レコーディングの経験を積めばエンジニアとのやりとりや実際に自分のギターがどう仕上がるのか?という結果によってライブとは違ってレコーディング特有の音作りみたいなアプローチも生まれてくるのかもしれませんが、ミックスを言葉通り曲全体の各トラックを馴染ませたり、バランスを取ったりするという意味において「2.7kHzを3dBブーストして~」「15kHzにLPFを入れて~」などのような緻密なイコライジングを最初のギターアンプでの音作りで行うのはナンセンスと言えます。ほとんどのギタリストは自身の感性に従ってカッコいい音、曲の雰囲気に合った音を作るのが普通です。つまり純粋に音色作りの側面からEQを使うわけです。

 

 

 

ギター用コンプはミックスでのコンプと使う目的が異なります。

 

コンプでもギターのエフェクターとしてコンプはピッキングによる音の粒を揃えたり、音をパキパキした感じにしたり、長いサスティーンを得たりなどのミックスで使うのとは違う目的(演奏の表現・効果)でコンプをギタリストたちは使っていて、ミキシングエンジニアが行うようなほかのトラックと比べて、あるいは平歌とサビに差をつけるためにパンチのあるサウンドにするためにコンプを使ったり、全体のダイナミクス管理をしたり、全トラック間での奥行きをコントロールするためにコンプを選択し、また設定を決めているわけではありません。純粋に音色作りの面からカッコ良いギターの音にするというコンセプトで使う人がほとんどのはずです。

 

全く同じことがシンセなどのほかの楽器にも言えます。

 

 

 

 

TELETRONIX LA-2A

 

 

ボーカル録音で愛用されるLA-2Aも同じで、この機種は最も有名な光学式コンプですがレシオ、アタック、リリース、ニーなどすべてが固定で自分で変更することが出来ません。

 

 

しかし実際のミックスではアタックをもっと遅くした方が良いとか、レシオをもっと下げてコンプ感を減らす、逆に上げて音圧を出すなどのアレンジの方向性全体に即した処理やほかのトラックとの相互関係で変えていくことがほとんどです。

 

 

録りの段階でのざっくりとした音作りには向いていますがミックスにおける調整という意味では不適切と言えます。

 

 

UNIVERSAL AUDIO 1176

 

 

またキックの音をカッコよくしたい、パンチのあるキックの音を作りたいと言う目的でネットや雑誌などでよく見かける1176を使っている生徒さんをたまに見かけます。

 

この機種はFETなのでアタックタイムが非常に速くキックのパンチのあるサウンドを作るのに適したアタックタイムである20msくらいの値を作ることが出来ません。

(公称20μsec~0.8msです)

 

 

ネットでよく見るヴィンテージのカッコいい機種だからなんとなく使うみたいな感じだとキックのアタックは逆にベチャっと潰れてしまいパンチのあるサウンドにするという目的からは真逆になってしまいます。むしろそのべチャッっとした感じが目的とした音なのであれば話は変わってきます。

 

 

LA-2Aや1176は非常に優れたコンプレッサーですが、細かい調整がし難かったり特性がピーキーだったりするのでミックスでの音作りを細かく追い込んでいくためのものというよりは録りの段階でのざっくりとした音作りで使うのに適しています。

 

 

 

それがギターでもボーカルでもベースでもドラムでもシンセでもそれぞれの奏者やトラックの音をまずはカッコ良い・曲の雰囲気に沿ったものにするべきであって、全トラックが揃った時点での細かい調整はミキシングの領分です。この音色作りとミックスでの調整が自宅DTMでの作業ではごっちゃになってしまい、結果としていまいちミックスのクオリティーが上がってこない原因の1つになっているケースがあります。

 

 

 

WAVES C1

 

細かい調整を行うならデジタルのWAVES C1みたいなコンプの方がよほど小回りが利くので調整には適しています。1176やLA-2Aのほうがなんとなくカッコ良いと思う人がいるかもしれませんが、ミックスでは何よりもその曲やトラックに適切な処理が出来るかどうかです。

 

 

いくら高級で人気があるハサミでも、カッターの方が適切な場面であればカッターを使ったほうが良い結果が得られる場合があるということです。

 

 

初学者の方でミックスでの細かい調整が必要なトラックに対して細かい調整が出来ないヴィンテージ系を(多分ヴィンテージでカッコ良いとかネットで音が良いなどの記事を見たからなどの理由で)使うことで逆に意図から離れてしまっているのを見かけますが、本来するべき適切な処理をせずに1176やLA-2Aなどを使うよりも、しっかりと音色作りを行って、WAVESのC1のようなデジタルコンプできっちり適切な処理を行った方が結果として良いミックスになる例はいくらでもあります。

 

 

少なくともミックスではコンプやEQの種類よりも適切な設定やコンセプトが重要であると言えます。もちろんそれらを踏まえた上でヴィンテージでも高級機でも任意のものを選択するのは良いことです。

 

不適切な処理ではあるけれど有名な、あるいはヴィンテージのコンプレッサーやイコライザーを使う場合とDAWに最初から付属しているレベルの簡易的なコンプやEQではあるけれど、その曲のコンセプトにがっちりはまった適切な周波数処理やコンプのセッティングをするなら明らかに後者の方が良いに決まっています。

 

 

 

・おすすめのアプローチ

 

DTMで作業を行うときに個人的にお勧めなのが「音作り」と「ミックス」を分けて考えることです。

 

 

 

 

例えばNEVE1073を使ってレコーディングされたボーカルがセッションに並んだときにEQ処理が不要か?というとそんなことはありません。全体の中でちゃんとボーカルが抜けるように、またトラック全体に馴染むように処理を行うのが普通です。ドラムでもギターでもベースでも同じはずです。

 

 

では1073はEQを全く触らないのか?というとそういうケースもあるかもしれませんが、最終的な完成像を見据えてEQの設定を行うのが普通かと思います。

ここで行うEQはあくまでざっくりとした音色作りでギターアンプの簡易トーンコントローラーみたいなニュアンスであるということです。

 

 

つまりざっくりとした音色作りの領分とミックスの調整の領分に分かれているということであり、音色作りという面では1176、LA-2A、1073などのヴィンテージタイプにアドバンテージがあり、逆にミックスでの調整という意味ではデジタルのパライコやWAVESのC1などのようなデジタルコンプにアドバンテージがあります。

 

 

 

両者をごっちゃにすることも可能ですし、自宅DTMでの作業は全部の行程を一人で行うので区別して考えにくいという側面があるのも事実です。ソフト音源から書き出された音をそのままミックスするときに調整が必要なトラックにヴィンテージ系のコンプやEQをインサートするという人も多いのではないでしょうか。
 

 

エンジニアが(調整が必要という意味の)ミックスでLA-2Aや1176を使っているのをyoutubeなどの動画で見たことがある方もいらっしゃると思います。

 

それ自体は決して悪いことはなく、問題は必要なミックスにおける調整が出来ているか?目的のサウンドに近づいているか?です。

それが合致するなら問題はありませんし、実際そういう使い方をする方もいらっしゃいます。

 

エンジニアの方たちはそれぞれのプラグインの個性・特性などを熟知しているので必要な処理に合ったプラグインを選んでいくことができますが、初学者の方が同じことをするのは難しいかもしれません。

 

 

細かい調整が必要という意味でのミキシングにおいて細かい調整が不可能なタイプのヴィンテージ系のプラグインを使うのはアレンジ、録音、ミックスは一連の繋がった行程とすればそれも決して間違いではないのですが、個人的にはやはり実際のレコーディング現場で使い分けられているように自宅DTMでも分けて考えた方が良い結果になるのではないかと思います。

 

 

 

音作りはそれぞれのトラックでとりあえず曲の方向性に沿って自分が良いと思う音を作っていけばいいわけで、細かいことはミックスで行います。アレンジの中で高域や中域など特定の音域が薄い場合にある特定の楽器のハイやミッドをブーストしたりすることもありますが、あくまでざっくりとした考えで行うのが普通です。

 

 

つまり音作りのコンプやEQというのはミックスで行うような相互関係や聴きやすいサウンドにするための調整・微調整ではなく、純粋にカッコいい音や曲の雰囲気に合った音を目指していけばいいわけです。

 

 

 

・まとめ

 

DTMの世界ではいわゆる往年の名器と呼ばれるヴィンテージ機材のプラグイン化が進んでおり、有名どころはほぼコンプリートで1176,LA-2A、1073などをモデリングしているメーカーは大手から中小のメーカーまでたくさんあります。

 

 

こういったヴィンテージ機器はカッコよいイメージもあり、また宣伝も巧みで購買意欲を唆るものも多く、特に初学者の方にこういうのを買えば良いミックスが出来るんだ~みたいなイメージを漠然と与えたりします。

 

 

既に述べたように切なのはイメージや明確なコンセプトであり、それに沿った各種の(処理)技術行程です。良い道具も使うべき場所とタイミングで適した使い方をしなければ自分の目的から離れてしまい、時には逆効果になることすらあり得ます。

 

 

宣伝やネットの記事で持ち上げられている1176やLA-2Aを自分の曲のミックスに挿したのにいまいち曲のクオリティーが上がってこない。せっかい高い金出して良さそうなプラグインを買ったのに…というケースは少なからず初学者の方にはあり得ます。

 

 

本当に必要とされる適切な処置が出来るならミックスにおいて実際はそんなにたくさんのコンプやEQが必要なわけではありません。

 

 

 

逆に音色作りやキャラクター作りの側面から見ると、特にヴィンテージ系はそれぞれが特有の強い個性を持っているのでいくつも欲しくなったりします。だからこそ1176やLA-2Aや1073などの機種は長年愛されてきたわけですし、多分これからもそれぞれの個性的な音は多くのエンジニアやクリエイターに愛され続けると思います。

 

 

両者の行程をごっちゃにせずに、住み分けで考えることでミックスのクオリティーが上がることは十分にあり得ますので、心当たりがある方は是非試してみてください。

 

 

 

 

 


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