近代音楽の祖として評価の高いドビュッシーですが、
彼の中の最高傑作の一つに数えられる
ペレアスとメリザンドをの冒頭を分析してみたいと思います。
(全部やるのはアメブロという制約の中と長さ的に不可能なので…)


記事は僅かですが、ドビュッシーの和声法に興味がある方、
あるいはオーケストラを書きたいと思っている方の
参考になれば幸いです。



Claudio Abbado "Pelléas et Mélisande" Debussy


IMSLPはこちらです。


仕事の合間の疲れた時に寝転がりながらパラパラと見ているのですが、
ドビュッシーの作品の中では編成規模が大きく(3管編成)、
日本でのオペラの不人気やちょっと長い(約2時間半)のも理由なのか、
ポケットスコアも出ておらず、
演奏会で抜粋で取り上げられることもほとんどなく
知名度そのものは曲の素晴らしさに反比例して低いです。



オケスコアは横長のモニターでは見にくいので
紙の楽譜を買うのもありです。
ドーバー社のが最安だと思います。


ドビュッシーが自分自身の技法を確立した当初の作品、
つまり弦楽四重奏 ト短調牧神の午後への前奏曲よりも
ちょっと後の時期で分類としては中期に位置し、
かなり「ドビュッシーらしさ」が現れているのがポイントです。


既にそれより前の作品にいわゆる印象主義的な語法は
ポツポツと見られますが、
世間的な評価が確立し、以後の彼の作風の中心となる和声語法が
明確に、全面に押し出されるようになったのはこの頃からです。



1~7小節目


チェロで提示される低音の主題と
木管楽器で提示される主題は
この曲の後で何度も展開されるテーマです。


ますチェロがオクターブで旋律を奏でていますが、
これは普通にKEY-Dmで特に難しい部分はありません。


敢えて何か言うのであれば弦楽器が弱音器を付けて
音色が少しくぐもった音になっている点と
チェロとコンバスに対して3本のバソンがどのように重ねられているか?です。


チェロとコンバスを補強するような動きですが、
完全にユニゾンするでのではなく断片的であり、
且つチェロにもコンバスにもない音を吹いていたりもします。


こういった重ね方は管弦楽法の一例として
覚えておくと良いかもしれません。


4小節目からコードがA♭(#11)、E(#11)と書かれていますが、
あまりコードネームに意味は無く、
この部分はホールトーンスケールです。


オーボエ、コールアングレ、クラリネットが主体で
リズムがが中々面白いです。


3管編成でトランペットが2本、トロンボーンが3本、
ホルンが4本でチューバもいます。

ドビュッシーのオーケストラの中ではかなり規模の大きい作品です。


コールアングレはイギリスとも、
英語とも何の関係もないのに
誤解からイングリッシュホルンとも呼ばれているオーボエの管長を1.5倍にした
なかなか渋い音色の楽器で、楽譜は完全5度下で読みます。

お馴染みのクラリネットはB管なので2度下ですね。


「移調楽器が読めねー」という方のために
大譜表に直してみました。


5、6小節目を大譜表に直したもの


ヴィオラ、コンバス、ティンパニ(クラリネット2も)のペダル上で
レーミーレミレミレーレミーレミレという
リズムを付けたトリルみたいなフレーズですが、
使っている音は前述の通りすべてホールトーンであり、
トップの音がレの時とミの時でそれぞれ
ボイシングは固定されています。


大譜表を見ればレの時はC-5(9)コード、
ミの時はB♭7-5コードであることがわかります。
これのボイシングをそれぞれの楽器に割り振っています。
この2小節をピアノでゆっくり弾いてみましょう。


ホールトーンスケールは調性音楽のように
基本的なボイシングパターンがあるわけではありませんが、
「どう使うの?」という方は既存の曲の使い方を
研究してみるとその作曲家なりのパターンや考え、
そしてそれによって得られる効果がわかるので
一つの勉強方法としてお勧めです。


管弦楽法としてはピアニッシモによるティンパニのロールが
不気味な感じを醸し出していて雰囲気が出ていますね。
ありきたりと言えばそうかもしれませんが、
なかなか効果的な手法です。


8~13小節目


8小節目からもう1回それぞれのテーマが奏でられますが、
変奏と管弦楽法の達人であるドビュッシーが
そのままリピートするはずもなく、
弦楽器はコンバスが消えてヴィオラが入り、
さらに和声も変わっています。


1回目は1小節ごとにDm→Cでしたが、
2回目は旋律はそのままで半小節ごとにコードが変わり
Dm→F→Am7→Fという和声になります。


バソンはヴィオラとユニゾンしていますが、
バス声部がなくなって旋律だけになったと考えても良いかもしれません。


12小節目からは有名なペレアス和声という名前が付いている
ドビュッシーの個性的な部分ですが、
これを私は単なるハーモニックマイナーとして片付けています。

以前のペアレス和声の記事はこちら

コードスケールでいうとリディアン#2スケールであり、
ペアレントはKEY-Dmです。


ハーモニックマイナーを使った曲はたくさんありますので、
ペアレス和声などと呼ばずに、
普通にハーモニックマイナーとして処理した方が
用語も増えず、混乱も帰さないためお勧めです。


8小節目からのフレーズはKEY-Dmですので
12小節目からもそのままKEY-Dmと考えるべきでしょう。


音使いからも単なるハーモニックマイナーであることは明白です。
こういった音使いは牧神あたりから既にドビュッシーの作品に登場しており、
大いに参考にしたい部分でもあります。


ハーモニックマイナーについては残念ながら詳しく述べている
和訳された理論書は少ないのですが、
私の作曲本で一応ハーモニックマイナーについて一通り触れています。


和声的には単なるハーモニックマイナーですが、
管弦楽法的には1回目と割り当てが大きく異なっています。
オーボエが消えて、代わりにフルートが登場し、
バソンも大いに旋律に加わっています。


これも移調楽器に加えてバソンがテノール記号になっているので
大譜表にしてみました。

ピアノで弾いてみて、
前回との違いを感じ取ってみましょう。

12~13小節目を大譜表に直したもの


B♭のペダルの上でのソーラーソラソラー→という
トリルみたいな2音だけのフレーズは
トップがソの時はB♭6コード、ラの時はAコードの
ボイシングがなされており、
手法としては1回目と基本的には同じです。

ドビュッシーがドを#で書いていることからも
Dハーモニックマイナー出身であることがよくわかります。


1回目はホールトーン、2回目はハーモニックマイナーで、
旋律としては移調されただけで全く同じでも
和声的には色彩感溢れる微妙さがあり、
楽器の割り当てによる音色効果も如何にもフランス音楽という感じです。


ペレアスとメリザンドに限った話ではありませんが、
こういった色彩的な変奏はドビュッシーの最も得意とするところであり、
あらゆる曲であらゆる形で登場します。



ドビュッシーが生きた時代は調性崩壊直前の時代であり、
多くの作曲家が如何にして従来の音楽手法から脱却するかを
模索した時期でもありました。


もちろん保守派もいましたし、
シェーンベルクのようなモロに無調な革新派もいましたが、
ドビュッシーはあくまで調性音楽や古典を拡大解釈して
独自の技法を生み出しています。


メロディックマイナーの和声活用はフランクやフォーレにも
大いに見られますので、
ドビュッシーのオリジナルとは言えませんが、
ペアレス和声などと呼ばれる
ハーモニックマイナーの積極的な和声活用は
おそらく歴史上ドビュッシーが最初なのではないかと思います。


単に音階としてのみ出てくるなら
それこそバッハやモーツァルトの作品にも
メロディックマイナーやハーモニックマイナーは山ほど登場しますが、
音階として上がり下がりするだけでなく、
明確な出身キーを持った上で和声に組み込み、
しかも美しく活用することで従来の長調・短調を
拡張・脱却する技法の一つとして
ドビュッシーが活用しているのがポイントでしょうか。


この辺りはドビュッシーのスコアを見ていれば
自然と分かってきますが、
13歳年下のラヴェルもまた違ったアプローチで作品を書いており、
ドビュッシーやラヴェルの先生・先輩に相当する
フォーレ、フランク、サンサーンスなどの作品も
合わせて、一連の歴史的な流れの中で見ると
近代フランス音楽の進歩の歴史が見えてきて面白いです。


あるいは後の世代のフランス6人組
(ミヨー、オネゲル、プーランクあたり)や
さらに後のメシアンなんかも見てみると勉強になります。


全部やるのは大変なのでチラチラっと見るだけでも
かなり勉強になるはずです。


ペレアスとメリザンドの分析、
というよりオケスコアの分析は大変なので、
続きは気が向いたらやらせて頂きます。


ピアノソロ曲だと楽そうですし、A4で1枚か2枚くらいなら
完結も出来そうですので、
やるならその方向が良いのかなとも思いました。


ペレアスとメリザンドはドビュッシーの中でも
名曲中の名曲ですので、
面白そうだなぁ感じられた方は是非自分自身でも
進めてみて下さい。
ドビュッシーの理解の一助になるはずです。


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