作曲において大切なようで、意外と軽んじられたり、人それぞれの考えがある異名同音についてちょっと考えてみたいと思います。
異名同音は転調などの特別な意図や問題がなければ「正しく書くべき」というのが私の基本的な姿勢ですが、それだけでは割り切れない種々の複雑な問題が過去の大家の作品にたくさん見られます。
現代において作曲をなさる方はみなさんはそれぞれ考え方をお持ちだと思いますが、私なりのこの問題に関して考察してみたいと思います。
異名同音についてある程度の理解が持てればアナリーゼの役にも立ちます。
ここでは過去の大家のいくつか譜面を挙げて考察していきます。
①フレーズの流れを重視
ブルックナー 弦楽五重奏第一楽章 21小節目
上の譜例はブルックナーの弦楽五重奏の抜粋です。
ポピュラーでいうところのAdimコードですが、(第二ヴィオラのA音が最低音なので)和声では常に何かのキーのⅤ9の根省と考えます。
チェロの2番目の音が「ソ♭」で残りは下から上に向かって「ラ・ド・ド・ファ#」なので全部で「ソ♭・ラ・ド・ド・ファ#」という音名で、和音を取れます。
鍵盤で押さえればD7(♭9)、F7(♭9)、A♭7(♭9)、C7(♭9)のどれかの根省になりますが、
D7(♭9)と取ればチェロのソ♭がおかしくなります。
D7ならファ#と書かなければいけませんし、実際第一ヴァイオリンはファ#で書かれているのに、なぜかチェロではソ♭です。
F7(♭9)だとチェロのソ♭が♭9thになりますが、今度は第一ヴァイオリンのファ#がおかしくなります。
ほかC7(♭9)でもA♭7(♭9)でも正しく異名同音を書くという観点からは間違っており、ブルックナー的にはチェロのフレーズを「ファ#→ファ」だと下行半音階として適切ではないので「ソ♭→ファ」と書き換えたのか?と推測します。
和音の異名同音を無視して良いなら、弦楽器の習わしに即した書き方だと感じます。
第一ヴァイオリンはファ#の後にソが続くので、一般的には上行フレーズとしては「♭ソ→ソ」と書くより、「ファ#→ソ」と書くのが習わしですし、弦楽器ならファ#とソ♭は違う音ですから、なおさらそうするべきです。
つまり減七の和音(dimコード)であれば、本当ならⅤ9の根省だけれど、ブルックナーは
異名同音はフレーズによって臨機応変に書いて良いと思っていると考えているように感じます。
少なくともⅤ9の根省における正しい異名同音表記はしておらず、「フレーズの流れを意識した表記」のほうが「異名同音を正しく書くこと」よりも重要視されています。
つまり減七の和音など状況によっては必ずしも異名同音を正しく書く必要はないとブルックナーは考えていたように感じます。
②保留などどうしようもない場合
ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲
ドビュッシーの牧神の午後への前奏曲に出てくる異名同音ですが、同じ音を保留するときには本来は正しく書くべきだけれども、異名同音で書かないとフレーズが続かないという場合があります。
A#7のコードはラ#・ド*ミ#・ソ#で、E7のコードはミ・ソ#・シ・レですが、
牧神の例ではレとド*が異名同音になるため、A#7の部分でバスがレの♮になっています。
A#7としての和音の書き方はおかしいですが、後ろの偶成和音のことを考えるとこれしかないわけで、こういう場合は異名同音は仕方ないと考えることが出来ます。
③奏者が見やすいように配慮
リスト リゴレット パラフレーズ
一番多い異名同音を正しく書かない理由は「単純に見にくいから」です。
リストのリゴレットパラフレーズの最後のほうでナポリの和音→主音上のⅤという和声進行が出てきますが、KEY-DbなのでナポリはEbbM7/Dbになりますが、ダブルフラットが読みにくいからという理由でEbbM7をDM7に変えています。
こういった異名同音の正しくない表記はあらゆる曲に散見されます。誰だってダブルシャープやダブルフラットは見にくいでしょうし、特に子供向けの曲には非常に多いです。
このあたりは作曲家によって考えが異なり、ブラームスはダブルフラットだろうが厳密に書く例が見られますし、フランクなどはかなり適当です。
前述のようにちゃんと理由があれば、異名同音は正しくなくても良いと思いますが、
逆に言えば明確な理由がなければ正しく書くべきという風に私は思います。
個人的にはブラームス同様にかなり厳密に書く方ですが、色々見ているうちに別に正しくなくてもいいのかな?と思うようになったので記事を書いてみました。
勉強中の方の異名同音の表記の参考になれば幸いです。
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