余命半年から1年半以上経過 | がんを抱えて生きる

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2015年7月、膵臓癌の一種である膵管内乳頭粘液性腫瘍由来浸潤がん及び肝転移と診断されました。ネットで調べると、膵臓癌の肝転移は何もしなければ余命(中央値)は4ヶ月、治療をして6ヶ月でした。そこからの生を綴ります。似た境遇の方などの参考にでもなればと思います。

 2015年7月27日にCT検査からがん(膵臓癌と肝転移)が発覚した。厳密には膵管内乳頭粘液性腫瘍由来浸潤癌(IPMN)だ。当時自身で調べたところ、膵臓がんで肝転移がある場合、何もしなければ余命の中央値は4ヶ月、抗がん剤等で治療しても6ヶ月程度だった。

 

 この1月27日で、発覚以来ちょうど1年半に達した。節目の日に記事を思っていたが、1ヶ月以上が経った。初めは1年以上先のことなど考えることもできなかった。この世に居ない自分は無論想像できないし、どんな姿で生き残っているかも予想できなかった。

 

 人生初の入院が発覚直後のもので、手術もあって2ヶ月余りに及んだ。その後、抗がん剤を変える際に6日間と11日間の入院で、合わせて3度入院したことになる。2ヶ月半の方は病気休暇(うちの職場は病気休暇の限界は90日間だったのでギリギリだった)、残りの2回は通常の有給休暇をとった。それら以外の期間は、何とか働いている。

 

 発覚時に余命の中央値が半年だとすれば、確率の考え方では半年の半分つまり3ヶ月で終わる可能性も4分の1くらいある。当初はもう娑婆には出られずに、この病院内で命尽きるかもしれないとさえ思った。

 

 ところが、退院時は手術を終えてジェムザールを開始していたが、意外にも元気だった。退院が土曜日で翌日の日曜日には待ちきれずに撮影に出かけたことが懐かしい。そして約一週間後には職場復帰したのだ。もし体調が悪ければ休職(退職同然だが)してのんびり過ごそうと思っただろう。職場復帰したままここまで来て、休職するタイミングを失ってしまった感がある。今回はこれまでの経緯をまとめておこう。

 

(これまでの経緯)
2017年1月11日 オキサリプラチン&イリノテカン投与開始(フォースライン)
2016年7月8日 TS-1投与開始(サードライン)
2016年5月18日 アブラキサン単剤に変更
2016年5月11日 ジェムザール&アブラキサン投与開始(セカンドライン)
2015年10月26日 病気休暇を終了し、職場復帰
2015年10月17日 退院
2015年10月6日 ジェムザール(ゲムシタビン)投与開始
2015年9月10日 膵尾部及び膵体部の切除手術実施。他の臓器は切除なし
2015年8月27日 膵尾部の切除手術決定
2015年8月26日 突然の腹痛。膵嚢胞で出血を確認。
2015年8月21日 肝生検実施。肝臓の腫瘍の悪性が確定
2015年8月18日 膵臓の超音波内視鏡検査(EUS)実施
2015年8月11日 大学病院に入院、病気休暇開始
2015年8月6日 近所の総合病院から大学病院に転院
2015年8月2日 MRI検査でも膵管内乳頭粘液性腺癌及び肝転移と診断
2015年7月27日 CT検査により膵管内乳頭粘液性腫瘍と診断。さらに膵管内乳頭粘液性腺癌(IPMN)及び肝転移の診断
2015年7月21日 腹部超音波検査により癌の疑いが強いと発覚
2015年7月18日 症状発覚、初診

 

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