生きる稽古 死ぬ稽古

     生きる稽古 死ぬ稽古

ー毎日が おけいこ日和ー
        

こんにちは、伊東昌美と申します。
イラストを描いたり、太極拳を学んだり、小さなベランダで植物の世話をしながら、
遊びながら、サボりながら、笑いながら、楽しみながら、
時には怒ったり、しょぼくれたり、泣いたりもしながら、
生きることってなんだろう? 死ぬことってなんだろう?
<わたし>ってなんだろう? <ひと>ってなんだろう?
と、毎日「生きる稽古 死ぬ稽古」を続けています。
これは禅宗のお坊さんである藤田一照さんからお話を聞くことでできあがった本のタイトルなんです。

自分自身を見つめるために「自分♡伝えるノート(ジブツタ)」というのを作りました。
このジブツタがご縁で「生きる稽古 死ぬ稽古」という本ができました。
他にも私が作った絵本や、イラストを描かせてもらった健康関連の本なども、↑ヘッダーに載せました。

太極拳を学び、また生徒さんに伝えていくことは、心や体を健やかに保つ大事な手立てのひとつです。
土に触れ、花に水をあげる日々もまた、心を豊かにしてくれています。
絵を描くことはもちろん、私にとって大切な自己表現です。

そんな日々の暮らしを綴ったブログです。

そう、<毎日がおけいこ日和>なんですよね。



これはまったく個人の見解なんですけど。。。

前回のオリンピックは

あのコロナ禍まっただなか

不要不急の外出は避けるように

と国を挙げてお達しを出していながら

オリンピックはやる

という決断に

どうしてもどうしても納得できなかったので


オリンピックを観戦することをすべて拒否


していたんです。

なので、前回の2度目となる東京オリンピックは

私の歴史の中では

なかったもの

となっております。


そんなわけで

個人的には8年ぶりの

オリンピックが開催されました😄


でもなんだか

コロナ以前と以後とでは

オリンピックという国際大会の見方が

まったく変わってしまったようで

それまでのような熱がなくなってしまいました。


残念ですけどね😢。。。


私の父親は

スポーツ大会の開会式をみるのが大好きでした。

参加選手全員が胸を張って

やる気に満ちて行進するさまを見るのは

私自身も大好きでした。


この場に来るために

どれだけと研鑽と努力があったのだろう

と、選手一人一人を讃える気持ちでいっぱいになります。


パリオリンピックでも

船上で手を振る選手たちを見ると

全力でのびのびとプレーしてほしいと

願わずにはいられませんでした。


それにしても。。。

船でセーヌ川を行く演出はいいとして

海釣りに行くみたいなモーターボートもあれば

豪華客船かとみまごう船もある

というところには

国別格差

を感じてしまいます。


何をもって平等とするのか?

というのはむずかしい問題ですね。


難民となった選手達の行進には

グッとくるものがありましたのに

バッハ会長が絡んでくると

途端に興醒めになってしまいました。


あぁ、これもまた複雑な問題。。。


でもでも!

圧巻のパフォーマンス

と世界中の人々が絶賛した

セリーヌ•ディオン



きいてきて鳥肌が立つほど

素晴らしい歌唱でしたが、

私が驚いたのは歌い方を

エディット・ピアフによせていったのではないか?

というところなんです。


ピアフが好きな人ならば

セリーヌ・ディオンがリスペクトを込めて

ピアフのように歌い上げている

というところも

感涙ものだったのではないかと思います。


録画しておいてよかった〜❣️


あ、それからつけたし。


気になっていた

聖火台の気球ですが、

どこかに飛んでいっちゃうわけではなくて

ちゃんと固定されているのだそうですね。


よかった、よかった😄😄


いろんな想いを込めて

オリンピックがはじまりました。





もちろんキリコの絵は観たかったんだけど、

とても気になっていたのは

今回の展覧会の企画です。


ポスターやチラシはもちろんのこと

会場の設営や

作品展示の仕方や

グッズに至るまで

クオリティの高い展覧会となっています。



壁の色なんかも

あとマッチングするように

よく考えられています。


公式サイトもカッチョイイから

ぜひ見てみて↓



キリコは

シュルレアリズムの先駆者

的なところに位置づけられていて

シュルレアリズムの展覧会などでは

必ずお目にかかる画家です。


キリコの絵だけの展覧会、

私はみたことなかったけれど

日本では10年ぶりの開催になるのだそう。



初期から晩年に至るまでの

かなりの作品を一堂に介した今回の展覧会は

それはもう見ごたえのあるものでした。


画風を変えていくこと

以前の作風に戻ること

などに、キリコは抵抗をしめしません。


どんな批判を受けようとも

自分がその時代その時代に

書きたいと思ったものを描いている。


そういう闊達さ、自由さというものが

よくわかる展覧会でもありました。



(キリコの絵は文学作品でもあるのだな)

私はふと、そんなことを感じました。

香り高い文学を読んでいる時のような感覚を

絵を観ながら感じたのです。


形而上絵画と言われる

キリコの代表的な作品群を観ている時には

(キリコは哲学者なのだな)

と感じさせられます。


画家であり

文学者であり

哲学者でもありそうなキリコは

自分の興味のあるものに向かって颯爽します。



画家の彫刻には

あまり興味がないのですけれど

キリコの彫刻は素晴らしいです。

格調高く、美しい。


そして今回の展覧会で

初めて知ったことなのですけれど

キリコは初期の頃、

ベックリンの影響を受けたそうですね。


ベックリンはスイス出身の画家で

「死の島」という作品(5点あります)

が代表作です↓



すべてのおいて行き届いた

今回の展覧会ですが

ポストカードの紙まで良質で、

しかも欲しいと思う作品がたくさん印刷されていて

ついついたくさん買い込んでしまいました。


この展覧会に関わってくださった方々に

本当に感謝です。


最寄り駅まで向かうバスは

いつもたいてい、混んでいます。


今日は土曜日ということもあって

バス停に停まるたびに

たくさんの人が乗り込んできます。


ふと左を見ると

座席の右側におばあさんが

そしてその左にはリュックが置いてありました。


ん?

リュック?

座席に?

こんなに混んでんのに?


二度見、三度見しても

やっぱりリュックです。


おばあさん、

そりゃないだろう

と思いました。


こんなにギュウギュウ詰めなのに

リュックを座席に置かないでくれ。


あいにく、私は

ちょっと離れたところに立っていて

しかもおばあさんの前に立っているのは

ポーーーンと腹のつきでた

小太りのオッチャンで

さすがにこのオッチャンが

おばあさんに

「奥に詰めてください」

とは言えないだろうなぁ

と思ったのです。


私には関係ないと言えば関係ない。

でもなぁ‥‥‥

と思っている間に

バスは駅に着きました。


ギュウギュウ詰めで立っていた人の中には

子供連れの、

目の見えない女性もいらしたのがわかりました。


う〜〜ん、これはーーー!

バス停に着き、バスを降りると

私はリュックのおばあさんに

声をかけました。


「あの、すみません。

このバスはとても混んでいて、

目の見えないオカアサンも

立ってらっしゃいました。

できればお荷物は膝の上に乗せていただけたらと」


するとおばあさんは

「あ、ごめんなさいね。

実は私、胃癌で胃を摘出したので

お腹をあまり圧迫できないのよ。

でも、ごめんなさいね」

と、おっしゃる。


私には目に見えるものしか見えてなかった。

そういう方もいらっしゃるのだ。


「そうでしたか〜。

それは余計なことを申しました。

どうもすみません」

と私が謝罪すると

おばあさんは私の方にそっと手を置いて

「いえいえ、私の方こそ

ごめんなさいね〜」

と言われる。


「どうぞお気をつけて」

と言って別れたのだけれども、

私は話しかけてよかったなぁって思いました。



余計なことを〜

でしゃばったことを〜

という、恥ずかしい気持ちや

反省するような気持ちもあったのだけれど、

でも察する力の弱い人間は

言葉を交わしてみてわかることもある。


だとしたら

できる限り失礼のないかたちで

言葉を交わしてみたい。


私の肩には

おばあさんの手のぬくもりが

残っているみたいだから。




お手入れっていったって

お肌のケアのことではありません爆笑

ベランダの花たちのお手入れです。


まず、どの鉢植えにも

カタバミが生えまくっているので

それを取ります。

カタバミも食べられるんですけど

私は抜いちゃいます真顔


あれ?

シソの鉢を見ていたら

紫の花が‥‥?




たぶん去年育てていた

ペチュニアが零れ種で育ったのだと思います。




他の鉢でも芽を出していたので

合わせて救出。


ヒナソウといっしょに

寄せ植えてみました。

根付いてくれるだろうか?


エボルブルスは

鉢から飛び出して大暴れしてたので‥‥



花は切花としてリビングに飾り、




広い鉢に植え替えました。




カリブラコアも

鉢から飛び出ていたので

上に伸びるようにしてやります。



ハイビスカスは過去一の花つき。

今、六輪もいっせいに花を咲かせています。


お花をいじっているのは

楽しいねぇデレデレデレデレ


気持ちのいい

午前中です。

どうしても

また観たくなって

2回目の鑑賞です。



↓はネタバレしてませんので

これから観られる方は

こちらだけ、ご覧になってください😊


この映画の主人公は
アウシュビッツ強制収容所の所長である夫と
その妻
という夫婦です。

で、映画には
その妻の母が出てきます。
娘である奥さんは
遊びに来ている母に
片付いて清潔な家の中や
温室やプールまである広い庭を
丁寧に説明しながら案内していきます。

「あなたは幸せなのね」
「すごいわね」
と、母は娘の生活ぶりに
喜びを隠せません。
娘は娘でなんとも誇らしげです。

庭での母娘の会話の中で
この母は裕福なユダヤ人のお宅で
働いていたことがわかります。

「エステル(そのユダヤ人の人)がこの中にいるのよ」
と、母は隣りの収容所に向かって言います。
そのエステルが家督を没収されて
収容所に入れられたのです。

その家の中の物が売りに出され
母はその家のカーテンが欲しかったのだけれど
手に入らなかった
ということを残念そうに話していました。

この映画の中では
女性たちの会話がとてもオソロシイ。

こうして国も時代も違う
ワタシタチがきくと
ゾッとするような会話なのです。

それが日常的に語られる
ということがオソロシイのです。

お金があり、
下働きの者を何人も使っていたユダヤ人が
収容所に連れて行かれる。

彼らの使っていた物は
ワタシタチドイツ人のものになる。

それが当たり前になっている時代
というのが
確かにあったのです。

それを淡々と話しているのは
特別に強欲な人でも
残虐極まりない人でもなく
どこにでもいるような〈ワタシタチ〉

そのことがとてもオソロシイのです。

この映画は2023年の
アカデミー 音響賞
を受賞しています。

この映画が恐怖心を煽り
残虐なことが行われているのだ
という想像力を観ている者に掻き立てるのは
音によるところが大きいのです。

この映画を観ている間中、
ゴォンゴォン
と重低音がずっとなり続けています。
小さく聞こえているのですが
その音がやむことはありません。

生身の人間を焼いて処分するための
焼却炉が休みなく稼働している音なのです。

「この中にエステルがいるのよ」
と言ったおかあさんは、
この音のために眠れなくなります。

娘が丹精込めた庭や、
磨き上げた邸宅のすぐ隣りで
何が行われているのか?
このおかあさんは〈知って〉しまったのです。

ある朝、おかあさんは荷物をまとめて
この家から逃げていってしまいます。

この行為が
〈関心領域〉と〈無関心領域〉の
狭間であるとも言えるでしょう。

無関心ではいられなくなった母の行為に
娘は激怒します。

無関心でいられる世界でこそ、
自分は〈女王〉として
君臨することができるからです。

私が何度もオソロシイと書くのは
〈アウシュビッツの女王〉
と言われた奥さんの非人間的な言動が
まかり間違えば
ワタシかもしれないし
アナタかもしれないし
ワタシタチかもしれない
というところなんです。

だってヒトってかんたんに
時代に流されちゃう生き物なんだもの。

(たぶんつづく)












30代、40代の頃には

よく一人旅をしていました。


まだスマホなんてない時代、

フィルムを10本20本と買っていって

あっちこっちで写真を撮ってきました。


いつのまにか、

フィルムなんてものが世の中から消えて

カメラを使うこともなくなりました。


その頃使ってたカメラを

処分することなくとっておいたので

今日はそれを売りに行ってきたんです。


いくらだと思います?


50円でした、50円ポーン


で、そのわりに

住所氏名年齢電話番号など

いろいろと書かされたので

言ってみたんですよ。


「50円もらうために

いろいろと手続きが大変なんですね」

って。


そうしたら、

店員さんが申し訳なさそうに

教えてくれたんだけど

カメラの買取は

盗難品の場合があるのと、

夫に黙って奥さんが売りに来た

なんてこともあるらしい。


「なので買取の場合は

書類を書いてもらわないといけないんですよ〜。

すみません🙇‍♀️」

と、店員さん。


なるほどね〜。

家族のものを

勝手に売っちゃう場合もあるんだ。

それだと後で取り返しに来て

スッタモンダ

があるのかもしれないですねぇ滝汗


カメラとか時計とか

捨てちゃったらいけないんじゃないか?

ってとっておくことが多いんだけど

高級なものでない限り

早めに処分してしまった方が

いいのかもしれませんね。


でも〈旅の友〉だったからなぁ。

あちこちの国を

一緒に歩いてくれて

ありがとうね😊


せっかくなので

あちこちで撮ってきた写真を数枚。

(わざわざスマホで撮り直してアップしてる。

めんどくさ〜ニヤニヤニヤニヤ



↑ラスベガスのスーパーマーケットにて



↑パリのモロー美術館にて



↑トルコの‥‥どこか‥‥わからん滝汗


6月の初めに

↓こんなブログを書いていたんですねニヤニヤ


悩んだ末に

ベランダに出した

ハイビスカスなんですけど、

日に日に萎れてきてしまいまして‥‥


いや、甘えさせてはいけない!

しばらく置いておけば

環境に慣れるはずプンプン


と、厳しく様子を見守っていたのです。


でもでもやっぱり

萎れ具合は日に日に増して

またまた悩んだ末に

再び部屋の中にもどしました。



〈蕾をつける気配はまったくないけど

元気に葉を茂らせる〉

という、ところに落ち着いてきていますチーン


一方で、

もともと〈うちのコ〉だった

ベランダにいるハイビスカスは

次から次へとツボミをつけて

絶好調ですデレデレデレデレ



ベランダの柵から

大きく顔を突き出して

「ワタシはここよ〜〜❣️」

っと存在をアピールしています。


このコはどんどん咲くけれど

それほど葉っぱは多くありません。


おんなじハイビスカスなのに

どーしてこんなにも違うのか?チーンチーン


もう、室内に置いたハイビスカスは

〈観葉植物〉

として育てることに

いたします、あしからずチーン



明るい日差しのもと、

家族で川遊びをする一団があリます。

楽しそうに遊んだ後、

帰る家は

手入れの行き届いた広い庭と清潔そうな部屋、

そして何人ものメイドたち。


いかにもヨーロッパ映画のソレです。




ただひとつだけ違うのは、

隣りに建っているのが

アウシュビッツ収容所である

ということだけ。


ここは

アウシュビッツ収容所に隣接する

所長の住まいなのでした。


この映画がとても異色な作り方をしているのは、

残忍残酷な描写が一切出てこないということ。


穏やかに繰り広げられる日常に、時折

パーン

と何かが弾けるような音が聞こえたり

ギャーッ

と叫ぶような声が聞こえたり

黒い、あるいは白い煙が

のぼっていくのが見えたり

するだけなんです。


そしてところどころのシーンで

ツギあてのある粗末な作業着の男たちが

布製の袋に入ったものを届けにきたり

ブーツを洗ったり

花壇に灰をまいたり

していきます。


そのひとつひとつが

どういったものであるのか?


映画の中ではいっさい語られることはなく

すべて映画をみるワタシタチに

委ねられています。


なぜブーツの汚れや

川遊びの後の体を

よく洗わないといけないのか?

なぜ庭の植物たちは

いきいきと育っているのか?

なぜメイドたちは

キャミソール(たぶん)をもらえるのか?


はワタシタチが

想像するしかないのです。


この映画の中には

〈感情〉

というものがほとんど出てきません。


所長であるヘスという人物は

毎日、夥しい人々を

ガス室に送り込んでおきながら

隣りにある自宅に帰れば

〈穏やかな日々の暮らし〉

を続けています。


映画の中で

〈感情〉

が表現されるのはほんの少し。


実際に、ヘスは戦後

手記を残しているんですけど

動物好きであり

飼っていた馬をかわいがっていた

ということが

その手記には書かれています。


おそらくその手記からの引用でしょう。

映画の中で

馬に語りかけるシーンが盛り込まれています。


「わかるよ。

お前もつらいよな」

これが感情に繋がる唯一の言葉です。


もうひとつの〈感情〉の放出は

彼の奥さん。


自分の母親を呼び寄せたのですけど

母親は隣りからの音に耐えられなくなって

家を出て行ってしまいます。

この時が1度目。


夫の転勤によって

この家から引っ越さなければならないと

告げられた時。

この時が2度目。


どちらも荒れ狂っています。


ホロコースト

については

ほぼ無関心であるにもかかわらず、

自分の思い通りにならない時には

怒りまくるというオソロシサ。


書きたいことは

たくさんあるんだけど

ネタバレになっちゃうので

また書きます。









あっという間に

6月になってしまいましたね〜びっくり

今月で、2024年も半分過ぎちゃうんですね〜びっくり


とビックリしてばかりもいられません。

過ごしやすい季節になり

〈趣味の園芸〉部の

部活動も活発になってきました。


うちには二鉢のハイビスカスがあります。

ひとつは春先には外に出してやったら

そのまま少しずつ葉っぱを増やして

そのうちにツボミをつけ

昨日はめでたく花を咲かせました。




で、もうひとつのハイビスカスなんですけど。

冬の間にワサワサと葉を茂らせていたので

元気いっぱいなのね、と外に出したら

数日のうちにシオシオになってしまって

また、あわてて部屋の中に戻した‥‥‥

といういきさつがあるんですニヤニヤ


部屋の中では相変わらず

ワサワサと元気です。

だけども、

いっこうにツボミをつける気配はありません。


調べてみましたら

やはり室内では日光不足らしく

[半日でもいいので

外に出して日に当ててください]

なんて書いてある。


いや、この重たい鉢を

毎日入れたり出したりなんて

そんな苦行はとてもできかねます滝汗滝汗


そういえば、このコは去年

初めて花を咲かせたのだよねぇ🌺

その時はたしかに外にいたんだよねぇ。


悩んだ挙句、

再び外に出すことに決めました。



↑すごいでしょ?この葉っぱ。

ワサワサなんですよ。


迷走するハイビスカス。

今後、どうなりますやら。


しばらく様子を見ることにしますデレデレ

今年の〈趣味の園芸〉部、部活動は

「はじめて育てるコを増やそう」

ということではじまりました。




だから↑こんな寄せ植えができました。

手前がシレネ

奥の左がユーフォルビア

そして右側がリベルティアです。


名前が覚えられない。。。チーン

これも今年、なんどとなく呟いている言葉チーンチーン


で、どの鉢でもあることですが

この鉢の中で、せめぎあいが起こっています。




ユーフォルビアは背丈も伸びて

綺麗な、そしてちょっと不思議な

花を咲かせています。




シレネもこうしてちっちゃな花を咲かせながら

どんどんテリトリーを広げています。


そんな中でのリベルティアです。

ゴールドストライプ

という品種だそうです。

名前の通り

ピュンとした葉っぱ(いや、茎か?)

が伸びているだけニヤニヤ

それだけニヤニヤニヤニヤ


こういうコもいたらいいじゃん

おもしろいじゃん

と育てているのだけれど

シレネが領土を広げておりまして

リベルティアに侵食してきています。


なのでシレネを少し取って‥‥




アロエの鉢に入れてやりました。

こっちならかなり広がっても大丈夫。

これからシレネには、

こっちにどんどん移ってもらうつもりです。


こうして鉢の中をのぞいていたところ‥‥



↑わ、わかりますか?

リベルティアが小さな葉っぱ(いや、茎か?)

を出しているではありませんかーーポーン


かわいいラブ

そして嬉しいラブラブ


これから夏に向かって

寄せ植えている鉢の中では

さまざまなせめぎあいが

起こってくることでしょう。


それぞれの鉢の中を

ちゃんと観察していかねばね❣️