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Kierkegaard


真澄は、とめどもなく涙があふれているマヤを、抱きしめあやすようにした。

触れている先から伝わる熱も

柔らかさも

全て朝方まで続いた夢と同じで

違う

真澄の背に回された小さな手の指先が、シャツをぎゅっと握りしめた。

Kierkegaard

「そんなに泣いたら、小人になってしまうぞ」

「もう、どうしてイジワルなんだから」

ぽんぽん真澄はマヤの頭を叩いた。

マントルピースの上の人形は、どこか寂しげだった。

真澄は、人形の頭を撫で

「君の望みは何だい」

問いかけた。

「探して欲しいものがあるんだは」

「マヤ?」

マヤは、真澄の左手を握り引っ張ると、リビングを出、スローブのある階段を上がり、二階の部屋を目指した。

庭の薔薇園を望む寝屋のドアを開けた。

白い布が被された室内は、15畳くらいの部屋だった。

定期的に清掃がなされているのか、埃ぽさはない。

「この部屋は、あの少女の」

マヤは頭を何度がふると、家具を覆っている布をはいだ。

螺鈿細工が窓から差し込む明かりで輝いた。

一番上の引き出しを開けようとするが鍵がかかっているのか開かない。

「ここにあるんだね」

こくんとマヤが頷いた。

Kierkegaard

床に落ちた水滴に蒼い月が映っていた。

蒼く透明な静かな夜だった。

床には、一つの影だけが映る。

「魂が引き合うものは、どんなに離れていても」

「一つになる」

水月の夜にだけ、二人は現れる。

優しげな青年の胸に抱いた人形の左手の薬指には、指輪が輝いていた。