7月20日と22日の2回、モーツァルトのCosi Fan Tutteを観にいきました。


1995年からやってるこのプロダクションを観るのはこれで3回目ですが、2001年も2004年も大した歌手が出なかったのでイマイチだったんですよね。一度だけソイレ・イソコスキが出たときだけはまあまあだったけど、それ以外は主役の4人がぱっとしない人ばかりで、かろうじてドン・アルフォンソのトーマス・アレン、デスピーナにヌッチア・フォッチーレという脇役に有名人を出してお茶を濁すというケチ臭さ。いつか豪華顔ぶれでやってくれるのかしらと待っていましたが、遂にそのときが来ました。

なんてったって今回はドロテア・レッシュマンエリーナ・ガランチャというゴージャス姉妹ですもん、期待は高まりました。特に話題のメゾ・ソプラノ、ラトヴィア人のガランチャは待望のROHデビュです。

director Jonathan Miller

set design Jonathan Miller,Tim Blazdell, Andrew Jameson, Colin Maxwell,

         Catherine Smith, Anthony Waterman

conductor Colin Davis


Fiordiligi Dorothea Roschmann

Dorabella Elina Garanca

Ferrando Matthew Polenzani

Guglielmo Lorenzo Regazzo

Don Alfonso Thomas Allen

Despina Rebecca Evans


今回の出来についてのああだこうだ読んで下さろうと方々の中で、オペラについてご存知ない方はまずこちらをざっとどうぞ。軽薄でアホらしい筋書きですが、ある意味深いんですよ、これが。


クリップナポリの裕福な二人の姉妹にはそれぞれ士官の許婚がおりましたとさ。この二人の男、友人の老哲学者に「なあお若いの、女なんてものは皆浮気者なんじゃよ」と言われて「いやいや、僕達のフィアンセだけは貞節だよ~!」「未熟じゃのう、それじゃあ賭けてみるかの?」「勿論OK。なんでもするさ。賭け金丸儲け!」。


ということで、哲学者の作戦通り、自分たちは戦争に行って留守ということにして、アルバニア人に変装し、自分のフィアンセではない方をあの手この手で徹底的に口説くことに。(どちらをお相手にするかはどちらかと言えば女性側の選択で、皮肉なことに自分のフィアンセでない方を選ぶわけです。ちがうタイプの男と遊んでみたいというのは自然のなりゆきでしょうか?) 


さらに援軍として哲学者は姉妹の女中を買収して、「お嬢様方、彼らがいない間に他の男と楽しく遊びましょうよ!」とけしかけてもらい、最初は「ワタクシたちは婚約の身ですから、他の殿方なんてとんでもありませんことよ」と突っぱねていたものの、「付き合ってくれないなら僕たち毒飲んで死んじゃうから」というドラスチックな迫り方に「死んじゃうならその前にちょっとだけ優しくしてあげるのが人間として当然かしら?」などど思い始め、お金のためならなんでもする女中にホイホイ乗せられて、まず軽いノリの妹があっさり陥落。

お堅い姉は、頭ではいけないわいけないわと抵抗するものの、こういうタイプの方が本気になると真剣で、僅か一日で二組とも結婚式まで挙げてしまいます。

そうなると、可哀相なのはコケにされた男たち。当然友情にもヒビが入り、軽い気持ちで乗った賭けが大変なことに。

救いは、さすがに経験豊かな老哲学者、「そうじゃろ、やっぱり浮気者だったじゃろ? そんな尻軽女たちとはとっとと別れなさい」とは言わず、「それでこを人間らしいってもんじゃよ。許してやりなされ。結婚もするがよい。」と言うところ。

正体を知って姉妹は謝るのですが、それで最後どうなるかというと、これが上手くできていて、元のサヤに収まってもいいし、或いはこれでパアにもなれるように歌詞ができているので、それは演出次第。最近のは駄目になることを示唆している演出の方が多いらしいですが、浮気をした相手を許すかどうか、人間としての本質的な面までみせてくれる、オペラには珍しいくらいの深みのある内容とも言えるほどで、さすがモーツァルト。


 音譜パフォーマンス


まず、お目当ての歌手の出来についてですが、皆さん2回目(最終日)の方がずっと調子がよかったです。


最初の日が悪かったわけではないのですが、僅か2日でこの違い。こういうことがあると、一度だけで判断するのはまちがいだからやっぱり何度も行かなくっちゃ、と思ってしまいます。でもどうやって時間とお金を捻出するのよ~がま口財布


このオペラは重唱を重視するモーツァルトの中でもハモるアリアがとても多くて、色んな組み合わせで聞かせてもらえるのがポイント。今回は姉妹二人の声が割と似ているので、ある意味素晴らしいハーモニーとも言えるのですが、でもできればちがう声でコントラストがあった方が私の好み、かな。でも息の合った重唱はどれもうっとり満足。


歌唱的にはお姉さんのフィオルジリージが柱だし、高音から低音まで上がったり下がったりの激しい超難しいアリアもあるし、歌う量もとても多いので、モーツァルトのソプラノの中でも一番の大役。


今やモーツァルト・ソプラノとして頂点に立っているレッシュマンですが、私の経験から言うと彼女は好調不調の波が激しいようで、2006年2月のROHの「フィガロの結婚」でもキーキー不快声の伯爵夫人だった数日後にはまるで別人のようなしっとりとまろやかな美声に変わってました。


今回はそのとき程の差ではなかったですが、それでも最初の日は良い部分があったかと思うとたまに不快な声が出たりして、ふーん3時間の間にでもこの人は好調不調の波が不規則に押し寄せるんだ、と新たな発見。でも最終日は最初から最後までほぼ通して素晴らしく、好調のときのレッシュマンは天才だわ、とその日に居合わせたことに感謝。レッシュマン節を堪能しました。

今話題のラトヴィア人メゾ・ソプラノのエリーナ・ガランチャがやっとロンドンに来てくれたのが、今回の呼び物ですが、

キラキラ 綺麗~!


ハリウッド女優のような華やかな美貌と長身の彼女は絵的には理想的なズボン役。「薔薇の騎士」のオクタヴィアンなんかやってくれたら堪りませんね。お姉さんに比べるとソロが少なくて、この役では彼女の良さは出し尽くせないと思うのですが、艶のある深い声はとても魅力的。

美貌に加えてお芝居も抜群で、尻軽な妹を思いきりチャーミングに楽しげに演じて、彼女に目が釘つけ。


売れっ子の彼女ですが、これでロンドンが気に入って、又近いうちに来てくれるといいなあ。

お暇なら来てよね、って五月みどりさんが言ってたけど、ヨーロッパは近いんだから、お暇じゃなくても来てよね!




テノールのマシュー・ポレンザニはアメリカでは人気らしいけど、ロンドンは発登場。初めて聞く名前だし期待は低かったけど、よく通る声で舞台をぐっと華やいだものにしてくれました。

こないだのリゴレットのキムチ君といい、若くて上手なテノールが出てきてくれてとっても嬉しいです。おまけに、彼はテノールにしては背丈もあるし整ったハンサム君なのよ。声はキムチ君の勝ちだけど、ルックスはこちらだわね。でも、気を付けないと丸ちゃんの二の舞になりそうな体型とも言える。

アメリカからだとちょっと遠いけど、貴方もお暇を作って来てよね~。


グリエルモのロレンツォ・レガッツォは、多分聞いたことがあるんだろうけど、わたしゃあまりバリトンに興味もないので、どうでもいいわ、という感じなのですが、


最終日は皆につられて上手に歌い振る舞い、存在感を示しました。顔がナンだけど(眉毛君ことヴィリャソンに似てる濃い顔で私の好みじゃないわ)。ガランチャと並んでも劣らない背丈とユーモアのセンスのある芝居と癖のない深いは何をやってもそれなりに合格点を取れる人でしょう。


まあ、暇で困ってるなら又来てもいいですよ・・・



ドン・アルフォンソのトーマス・アレンはイギリス声楽界の重鎮で、Sirのタイトルも授けられています。

一昔前は魅力的なドン・ジョバンニだった彼も初老になり髪が随分薄くなったし、声もかつてのようには出てないのでしょうが、充分ダンディで、イギリス紳士の理想的な年の取り方の見本みたいなジェントルマンです。舞台での存在感と余裕のある演技の上手さはまだなかなかのもので、「声が出るうちはこの役は他のバリトンには渡さんのじゃ」と水戸黄門のように若い男性二人を見守る爺さん気分なのでしょうか。

しかし、この役は今までいつも彼だったので、聞いてる方は飽きますよ、殿様。


デスピーナはレベッカ・エバンス。小柄でクルクルと愛らしく元気溌剌な女中さんで、イメージとしてはぴったり。最終日はとくに声もよく出て、コミカルな演技を大袈裟になり過ぎずに演じ、世界的に有名な姉妹役の二人にひけをとらなかったのは、イギリス勢として私も誇りに思います。



家舞台セットと衣装と小道具ワンピース

ナポリのお金持ち姉妹の邸宅なのですが、現代に読み替えてあり、それは別に構わないのですが、改装中という想定にちがいない居間は殺風景そのもので、壁も家具もオフホワイト一色。

皆が「ん~、なかなかじゃん」と自惚れておかしなポーズを取る大きな姿見がポイントで、これは効果的。


だけどROHのセットの中でも一番つまんないセットです。いくらなんでももうちょっとなんとかして欲しいもんだわ。


姉妹の衣装はこの数年間毎回ちがっていますが、いつも色目を押さえたきりっとボーイッシュな装いで、一応流行を取り入れてあるようだし、デスピーナも女中というよりはオフィスの秘書風情、男性3人はバリっとしたグレーのスーツ姿という、皆さん洗練されたいでたちです。

特に英国紳士Sir トーマス・アレンのスーツは、紳士服にはこだわるイギリスらしくダンディで素敵なんです。このプロダクションの最初の何回かはアルマーニで話題になって、たしかに当時の流行らしくだぶっとしてたけど、今は渋いイギリスの高級ブランド御用達だそうですで、流行に合わせたぴったりフィット。しかも必要もないのにピンストライプのダブルのからぱっと見は変わらないダークグレーの無地の背広に着替えてました。



だけど、いきなりガクーンとくるのは、変装後のフェルランドとグリエルモで、こんなヒッピー風長髪サングラスあんちゃんだったら、アルバニア人に変装という想定なので多少風変わりではあるべきですが、「俺たちゃこんなばっちくてダサイ格好してねえぜ、馬鹿にすんなあ」とアルバニア人が怒りますよ。

時に今回は腕に刺青も入ってたもんね。刺青は、ベッカム選手もしてるように、ヤーさんのイメージはないのですが、でも上流の人はしてないからね、一応金持ちという設定なんだしさ、青年実業家らしい恋人がいるのに心変わりするくらいだから、変装後もそれなりの魅力ある身分でなくっちゃね。


私はセレブなスポーツマンがいいと思うのですが、アイデアとしてどうでしょうか?

特に今のイギリスなら断然F1レーサーとサッカー選手が花形だから、フェルランドをベッカム風に、グリエルモをルイス・ハミルトンにしてみましょうよ。

これをウィンブルドンでイギリス人選手が優勝したら(あくまでも例えです)、テニス選手にすればいいし、クリケットのユニフォームもイギリスらしくていいわあ。ま、英国水泳選手がオリンピックで金メダルを取ることはないから水泳パンツで歌わなきゃならないのかという心配は無用でしょう。


携帯小道具としては今回は携帯電話をやたら使ってたのが特徴で、これも現代生活をリアルに再現したということでしょう。数年前の舞台にも携帯電話は出てきましたが、まだそれで写真を撮るということが一般的ではなかったので電話としてだけだったけど、今回は皆写真を撮りまくり、またそれを上手く利用した演出に変えてありました。


そして、今回最も感心したのは、芝居としての面白さ。たしかに前と変わってます。

12年振りにジョナサン・ミラーがテコ入れに来て手取り足取り指導したからこそあんなに細かいところまでこだわった演出になったのは間違いないですが、歌手陣が豪華なのでさらに磨きをかけようとして久し振りにカツを入れに来てくれたのかもしれません。

その甲斐あって、大袈裟ではないけれど、皆の動作がとてもウィットに富んで歌だけでなく芝居も素晴らしいアンサンブルでした。


今シーズンの最後を飾るに相応しい立派なコジで、満足でした。来シーズンからもこの水準を守って下さいよね。


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