(日本に発つ前に記事をアップしたかったのですが多忙でできず、こんなに遅くなってしまいました)



2月2日と7日に2回 「Nozze di Figaro」をロイヤルオペラハウスに観にいきました。一回目は音が良くて値段の安いupper slips、二回目は舞台袖の至近距離と理想的な組み合わせ。


一番ポピュラーなオペラのひとつなのに、この6年間ROHでは初めて。そういえば先日のロッシーニのセヴィリアの理髪師も初めてなのは不思議。ROHはフィガロが嫌いなのでしょうか?


「セヴィリアの理髪師」のその後という設定

ストーリーは「セヴィリアの理髪師 」での出来事から数年後という設定で(オペラとしてはモーツァルトの方が先ですが)、あのときの登場人物はほとんど皆また出てきます。でもまるで別人のようになってしまった人もいます。

「セヴィリア」ではあんなに元気で問題解決に前向きで積極的だったロジーナは今では夫の浮気にくよくよ悩む伯爵夫人になってしまいました。

フィガロはセヴィリアでの手柄のおかげで伯爵家に雇われたのですが、原因はギャンブルでしょうか、多額の借金で首が回らなくて返済できなければ金貸ばあさんと結婚しなければならない羽目に陥っていて、伯爵がフィアンセを狙っているのも気が付かないほど頭の回転も冴えなくなって婚約者に押されっぱなし。

あれほどロジーナを強く求めて結婚した伯爵が彼女に飽きて若い女性の尻を追うのは、まあ自然のなりゆきでしょう。彼はきっとはつらつとしたピチピチ娘が好きなんでしょう。


figaro 6 「あーれー、お殿様ご乱心~ !」


ストーリーはフィガロと伯爵夫人の小間使いスザンナとの結婚の日のドタバタで、かなり込み入った話なので詳しいことはとても書けませんが、要するにスザンナに領主の「初夜権」を行使しようとするスケベ伯爵をこらしめる話で、今回の悪者はアルマヴィラ伯爵。元になる小説は召使が貴族を負かすのは革命的であるとして禁止すらされました。

伯爵も馬鹿ではないので、皆であの手この手で知恵比べ。モーツァルトのオペラにはよく出てくる偽装して他に人になりすますシーンもあるし、ヤキモチの妬き合いで人間の愚かさ醜さ可愛さが出てなかなか深い味わいがあり、セヴィリアの理髪師のような表面的な喜劇ではありません。

伯爵をギャフンと言わせるために、彼の浮気現場を取り押さえることと、伯爵夫人にも間男がいると思わせることの二本立て作戦で、オトリはもちろんスザンナ。伯爵に気をあるフリをして伯爵が鼻の下長くしたり(残酷ですよね)、とろいフィガロがそれを本当かもと誤解して(そりゃしますよね)怒ったり、伯爵が伯爵夫人をスザンナだと信じて口説いたり(自分の妻がわからんのか?)、フィガロが伯爵夫人のフリをするスザンナを声でスザンナとわかったのに伯爵夫人として口説いたり(こちらはちょっと意地悪だけど、その前にフィガロはやきもきさせられたからちょっとした復讐かな)。


ややこしそうな話でしょ? 話がちょっとそれるけど、一回目の安い席の隣にオペラに初めて来たらしい若い日本人夫婦がいて、直前に日本語の詳しそうな説明文を必死で読んでたけどよく理解できないうちに始まってしまい、休憩時間に「よーわからんかったけど、ま、音楽がいいからいいよね」と慰め合ってました。そして休憩時間にまた読み返したらしいけど後半又付いていけなくなって(英語の字幕があまり理解できなかったのかな?)、夫の方はそれでも諦めず暗闇で読もうとしてたのが笑えました。

まあ例え細かい筋書きはわからなくてもアリアのヒット曲が目白押しだし音楽だけでも充分楽しめる作品です。


新しい登場人物で面白いのは小姓のケルビーノで、女性を見ると鼻血ドバドバの青春ホルモン過剰供給少年。有名なアリア「恋とはどんなものかしら?」も彼の状態を考えると、ロマンチックな恋への憧れの歌ではないことがわかるでしょう。この役を男性が演じると生々しくなるのでしょうが、これはメゾ・ソプラノのズボン役で、多くの若い駆け出しの歌手が歌います。ズボン役も成人男性の設定だと、背の高いメゾソプラノが理想的なのですが、ケルビーノはほんの少年なので、小柄な歌手でもOKなわけです。そしてこの女性が演じる少年役には女装シーンがあり、一段ひねった面白さがあるわけで、鼻血少年ケルビーノは両性兼備という説もあり。一方、彼は貴族の血を引いていて、成長して稀代の女たらしドン・ジョバンニになるという説もあります。


figaro 8 鼻血ドバドバ少年ケルビーノ


そしてももう一人新しい登場人物で重要なのはフィガロのフィアンセのスザンナ。伯爵誘惑のオトリになったり、窮地では機転を利かせたりして、彼女がこのオペラのゴタゴタの中心であり仕切り役。その割りに他の人に比べると有名アリアが少なくて最後にちょっとだけなので、それまでキュートで利発な女中さん役を主に芝居力で引っ張らなくてはなりません。若くて溌剌としたソプラノにととっては簡単といえば簡単。


舞台セットと衣装

今回の新プロダクションはDavid McVicarという有名演出家の手になるものですが、えらくリアルでまとも。そのまま人が住めるようなセットで、壁の汚れまで描いてあります。初めてオペラを観る人にとっては理想的で美しくて照明の使い方もとても良いのですが、どんな奇妙なものが出てくるのかしらとワクワク期待していた私は正直言ってガッカリ。1830年代に読み替えてある衣装もすっきりしていていいのですが、せっかく新しく作るんだから、ROHの新しいフィガロはこんなに斬新!と言われるくらい個性的にして欲しかったです。
figaro 2 まとも過ぎてつまんない舞台

パフォーマンス

伯爵はいつも手堅いジェラルド・フィンリ-で、今回も実力発揮して誰もが賞賛。遠い席から見たときはマジに怒ってばかりのユーモアのない伯爵だことと思ったけど、至近距離で見たら細かい表情もきっちりやっててコメディのセンスも十分あることがわかり、改めて感心。言うことなし、完璧です。


残念だったのは、フィガロとの声質が似過ぎてて、時々どっちが歌っているのかわからないくらいでした。


でも上手なフィンリーと混同するということは、フィガロも立派という証拠。ウルグアイ人の若いバリトン、アーウィン・シュロットは実に魅力的でした。楽々と声が出て余裕綽々、チャーミングな愛すべきフィガロでした。こんな人が出てきては40才過ぎた人気二枚目バリトンはビクビクでしょう。ディミトリ・ホロストフスキーさん、トーマス・ハンプソンさん、あなたたちのことですよ。

シュロットは今年の夏に日本でドン・ジョバンニを歌うそうですが、彼のキャラからすると下男役よりはお殿様の方が向いていると思うので、素敵なジョバンニ若殿になるでしょう。


figaro 7 チャーミングなフィガロに見惚れ聞惚れ



以上男性二人は私が見た二回共安定した出来のよさでしたが、問題は女性陣。


伯爵夫人役のドロテア・レシュマン、1回目に行ったときは調子悪かったようで、キーキー声に聞こえてしまい、「魔笛」のパニーナ王女は細い声がぴったりだったけどこの役はもうちょっとふくよかな声の方がいいなあと失望したのですが、2回目はぐんとまろやかな声でしっとり美しく歌ってくれて、有名ソプラノの面目を保ちました。しかし、若くて真白い肌がきれいなのに肥満気味なのでちょっと気をつけないといけないですね。


figaro 1 美しいデュエットしながら伯爵をギャフンと言わせる手紙書きましょう~♪


スザンナ役のスェーデン人ソプラノMiah Perssonは聞いたことのない名前で、実力も主役の中では一番劣ると私は思います。メトの映像版のチェチリア・バルトリ級の歌手は期待してないけど、せめてもう少し名実共にランクの上の人を出して欲しかったです。とくに特徴のない声を好きだという人もいますが、私には声が割れて不快に響き、女優のミシェル・ファイファーに似たすらっとした金髪のきれいな女性なのですが、この役には肝心な溌剌としておきゃんな明るい女中さんという雰囲気が欠如してました。合わないキャラクターなのでしょう、一生懸命なのはわかるのですが彼女だけ目が笑ってなくて。


ケルビーノのRinat Shahamは小柄で少年らしい仕草が上手。歌は充分合格点ですが、今ひとつ光るものがなかったような。


嬉しい驚きは脇役にベテランイギリス人トップテノールのフィリップ・ラングリッジが出たこと。セヴィリアの理髪師にも出てくる音楽教師のドン・バジリオは長いものには巻かれろ主義でお金持ちのご機嫌取りのためにいそいそと立ち回るケチな野郎。今回は白塗りクネクネのゲイ風演出で楽しんで演じているラングリッジの余裕たっぷりの歌と演技が際立って、こんな役になんて贅沢。



以上、ほとんどの人がとても上手で、楽しめる舞台でしたが、特にフィガロと伯爵の新旧二人のバリトンが抜群の出来でした。3回分切符を買ってあったのですが、日本に行くために一回諦めなくてはならなかったのが残念です。