「前号までのあらすじ」

高校生の時。

体育祭を盛り上げるためにボクら学年が考えたのは、熱気球をあげるということだった。

先生たちは、「おもしろいからやってみろ」と言った。でもその言葉の裏には、「高校生にそんなことできるわけないじゃないか」っていう気持ちがあったように思われる。

それでも。

ボクら生徒は、熱気球を作り始めた。

熱気球は、なんと米袋で作ることにした。

生徒会長は、この熱気球を生徒全員の手で上昇させると言った。

体育祭数日前から、泊まりこみの作業が続いた。

熱気球製作と、巨大なパネル作りに奔走するサルとカッパ。

熱気球が完成したのは、体育祭の数日前だった。

ボクらは、体育館で熱気球の口の部分をパタパタさせて、それを膨らませる練習を重ねた。


若林で見た空


「本文」

熱気球を上昇させる。

それは体育祭全ての競技が終了した後に準備された、その日最大のイベントだった。

体育館から運び出された熱気球は、大きかった。こんなに大きな塊が、本当に空中を浮遊するのだろうか。にわかには信じ難い。当のボクらだって、そう思ってた。

熱気球の口を持って、パタパタさせる班員だったカッパとサルは、所定の位置についた。

そして、生徒会長の合図と同時に、ボクらは全身を使って、熱気球の口をパタパタと動かした。すると・・・。

熱気球はまるで生き物のように、空気を吸い始めた。

リヴァイアサン。それは、世界史で習った旧約聖書に登場する怪物のようだった。

「もっと空気を入れろ」。その声に呼応するように、ボクらは熱気球の口をより激しくパタパタさせた。

その時。歓声が上がった。

熱気球が大量の空気を飲み込み、巨大化していったからだ。

「いけるぞ!!」そんな声があちこちから聞こえた。

バーナーが点火された。そして、熱い熱い空気を熱気球の中に注ぎ込む。

熱気球の体内からドクンドクンという声が聞こえてくる気がした。

「こいつは生きている。」ボクはそう思った。

熱気球はその後も膨張を続け、大きな半球体に成長した。あと半分で上昇する。

誰もがそう思った瞬間。熱気球の成長は停滞し始めた。その後。

ボクらパタパタ班が、いくら全身を使ってその口に空気を送り込んでも、熱気球はピクリとも動かなかった。

時間だけがいたずらに過ぎていく。汗がほおを伝い、地面にポタポタと落ちていく。

それでも、ボクらはパタパタを止めなかった。

小康状態はきっとどこかで突き抜けられるはずだ。そう信じていたボクらの体力も。

やがて限界に達した。そして、タイムアップ。

ボクらの挑戦は終わった。多くの仲間が泣いていた。

体育祭が終わると、夕陽会(せきようかい)が始まった。体育祭の夕方バージョンだ。

生徒会の引継ぎ式がそこで行われた。

半球体に膨れた熱気球を横にして、会長は生徒全員に檄を飛ばした。運動場の隅にまで響き渡る大きな声で、彼は檄を飛ばした。

その檄を、ボクらは「かまし」と呼んでいた。会長が熱い思いを述べるたびに、ボクらは「そうだぁ」と叫び呼応した。

その日。会長のかましは長時間に渡って続いた。

会長もボクらも。

翌日からは、普通の受験生に戻った。