大学生の頃。

テニスが流行った。

ボルグがトップスピンしていた頃である。

ボクら、女の子にもてる華やかな世界に縁のない動物仲間数人は、この機を逃すものかと考えた。

「テニスをやらないとならない。これは、時代の要請である。」

カバに似たAお島クンは、いつになく鼻息が荒かった。

「今テニスをしなければ、我々は一生後悔するであろう。」

サルに似たNか村クンの論調も、カバに追随した。

ゾウに似たI澤クンにいたってはもはや・・・、セルジオタッキーニのポロシャツを着ていた。テニスなんて一度もしたことないくせに、心だけはもうマッケンローに負っけんぞーという空気をかもし出していた。

ボクもこれは神が与え給うた、チャンスだと感じた。

今テニスをやれば、誰でももてる。それがたとえチンパンジーであっても、八丈島のキョンであっても、もてるであろう。

こんなチャンスは二度とない。

ボクら動物仲間はこうして、全員揃って、プリンスのデカラケを購入することになった。


若林で見た空


でも・・・。テニス完全初心者が、コートを借りて打つなんてことはとても恥ずかしくて出来なかった。いくら動物だって、その辺の流儀はわかってる。

だからボクらは、先ずオートテニスにせっせと通った。

オートテニスでは、機械がズンズン球出しをしてくれる。ボクら素人はそれを家内制手工業のように、愚直に打ち返すのだ。これがけっこう難しい。テニスのボールは、あっちゃこっちゃに飛んでいった。100円玉を費やし、走り回っては打つたびにでたらめな方向に飛んで行くテニスボールを見ているうちに、皆少しずつ気づいていった。

もしかして・・・。

「テニスって。うまくなければ、もてねぇんじゃね?」

カバもサルもゾウも皆、疲れ果て、100円玉を使い果たした後にそれに気が付いた。

「テニスはうまくなければ女性にもてない。」

教訓。曹洞宗を開いた道元禅師は、大切なことは書物には書かれていない。自分が生きていく過程の中で学び取るものだと言った。

デューイも同じだった。為すことによって学ぶ。人は生きて、行動する中から真の学びを身に着けていくものなのだ。

動物たちは皆、生きて学んだ後、テニスラケットをさっさと物置に片付けた。ボクを残して。

ボクだけは、その後もずっとテニスを続けた。

名の通ったスクールで、インターハイに出るような高校生とストロークを打たせてもらうこともあった。

ところが、残念なことに。その頃はもう、テニスブームは終了していた。

つまりボクは、他の動物仲間同様、女性にもてることなくテニス人生を終わらせたということである。

人生は儚く、そして悲しい。

その点については、道元さんも、デューイさんも教えてはくれていなかった・・・。