8月になると、予備校の夏期講習が始まった。

ボクら、勉強に対しても絶望的な課題をもつ、妖怪・動物集団は、全員国立文科系のクラスに配属された。カッパもサルもカバもゾウも。

予備校の教室に向かった。

教室の中はドンヨリしていた。周囲は全員受験生。

悲しいことに、あと半年したら受験が始まる。夏休みは、切羽詰った季節的休業日なのだ。

さて4人。並んで席に着いた。

もう、ボクたちの青春は終わった。これからは、うんざりする位勉強しなければならない。

バンド練習もなし。毎日机に向かって、砂を噛むような味気ない勉強をし続けるのだ。

サルもカバもカッパも。腹を決めていた。ところが・・・。

ゾウだけは、先日のH野さんとの出会い以来、ずっとずっと金魚だった。

勉強は全く手に付かない。

頭の中からH野さんのことが離れないゾウは、心神耗弱状態に陥っていた。

このままでは、ゾウは受験を乗り切れない。

かわいそうなゾウ。

誰も何もしてあげられない。

そんなゾウに。奇跡が起こった・・・。

なんと、ボクらと同じ教室に、あのH野さんがいたのだ。

ゾウ復活!!


H野さんは、美しかった。

悲しい受験生。華やかさのかけらもない受験生の中で、まさに彼女は掃き溜めに鶴。

その美しさは、向日葵のようだった。夏の日差しをグングン浴びて、すくすく育つ向日葵のように、彼女の美しさは生命力に溢れていた。

そこから、ゾウの輝くような青春が始まった。

予備校にうなだれるように通う3人を横目に、ゾウだけは猛烈に元気になっていく。

ゾウにとってみれば、H野さんを見ているだけでよかった。彼女の横顔を眺めているだけで、ゾウは心から幸せだった。


若林で見た空


ところが、ここに横恋慕が入った。

「難しい問題・・・」。

空気とか、場所とか、人の道だとかを一切無視してカバに似たAお島クンもH野さんを好きになってしまったのだ。

それは俗に言う三角関係だった。

三角関係。男女3人で構成される複雑な人間関係。

カバの横恋慕のせいで、事態は一気に複雑になった。

カッパとサルは、カバをなじった。

「カバクン。人の女を好きになるなんてキミは人間じゃない。キミはカバだ。」

カッパとサルは頭が悪いから、人へのなじり方もデタラメだった。

でもカバはボクらの強烈ななじりを一切無視して、H野さんに突進した。

カバの突進。それは、カッパとサルではもう止めることなどできなかった。

予備校で。夏目漱石の「こころ」を習ったばかりなのに。

則天去私という単語も、覚えたばかりなのに。カバはおかまいなしだった。

その日。

カバは、思いの丈を全てH野さんにぶつけに出かけた。

予備校の帰りだった。カバはH野さんを待ち伏せした。

石川ひとみさんのように。木ノ内みどりさんのように。カバはH野さんに告白するときを待った。

H野さんを待つカバ。

とその時。予備校の正門に一台の車がツーっと止まった。

白のスカイラインだった。スカイラインには、若い男が乗っていた。

そして・・・。予備校の勉強を終えたH野さんは、玄関を出てからすっとその車に乗り込んだ。

H野さんの笑顔は、とてもステキだった・・・。