鼻の下と上唇で、鉛筆をはさんだ経験は、誰にでもあると思う。

特に、ボクの世代はこの行為が、世界中で爆発的に流行したので、全員やったことがあるはずだ。

もし、「いいえ、私はそんなお下品なことはやっていません。」という人がいたら、その人はきっと忘れているだけだと思う。

ボクらくらいの歳になると、物忘れがひどくなるから。

だから、もしあなたがやっていないと言い張ってもそれは、忘れているだけです。

あなたもちゃんとはさみました。変な顔をして、はさんだんです。心配するに及びません。


若林で見た空


ところで、はさみたくてもはさめなかった人がいる。

O川クンだ。ボクらは彼を、「おがちゃん、おがちゃん」と呼んでいた。

このおがちゃん。勉強も運動も、抜群だったのに、不思議なことにぶきっちょだった。彼の作り出す図工の作品は、いつも大きく歪んでいた。彼は、カッターで指を切り、のりを机上に放出し、画板を持ち上げると隣の席に座る友達の顔をそれで殴打した。

本当に、ぶきっちょなおがちゃん。彼は、思ったとおり、鉛筆をはさめなかった。家でも、学校でも、毎日のように練習したはずなのに、残念ながら彼の顔から鉛筆は悲しくも、コロコロと転がり落ちた。

「あ~。なぜ、ボクだけはさめないんだ。ボクはなんてダメな男なんだ。」

おがちゃんは、焦燥しきっていた。そして、身も心もボロボロになっていた。

そんなおがちゃんを見て。ボクらは、手を差し伸べたいと思った。

「おがちゃん。待ってて。ボクらが助けてあげる。」

その後。ボクらの努力は始まった。のりとセロテープで、彼の顔に鉛筆を貼ってみた。

でも、おがちゃんのお顔は予想以上にテカテカして、なかなか鉛筆はくっつかなかった。

悲嘆に皆くれた。もう、おがちゃんを救えない・・・。

そんな時、クラスで初めてシャープペンシルを買ってもらったおぼっちゃまKぼたクンが、学校にアロンアルファを持ってきた。

おがちゃんは。それに、飛びついた。

これならくっつくかもしれない。まさしくそれは、救いの神だった。

おがちゃんは、早速アロンアルファで、鉛筆を顔にくっつけた・・・。

「できたぁ!!!!」教室から歓喜の声があがった。おがちゃんの顔に鉛筆がくっついた!!!

ばんざ~い。思わず両手をあげて万歳をした者もいた。

喜び勇み、涙する人々の群れ。群れ。群れ。

ところがその後。おがちゃんを、悲劇が襲った。

けど。それについては、ここに記さない。だってもう、詳しいことは忘れちゃったから。

最近、物忘れがひどくなったので、その後の悲惨な話をあまり覚えていない。だから、残念だけど、今日のお話はここでオシマイ。


追記。中学校に入学したおがちゃんは、バレーボール部に入ってその才能を開花させる。彼の活躍で、我が中学校男子バレー部は、夏の中体連県大会に出場した。彼は、一躍時代のヒーローになったのだ。

ただ・・・。ボクの記憶が正しければ残念なことに、その時はもう、おがちゃんの顔に鉛筆はくっついていなかった。いつの間に取れたのだろう。ナゾだ。