

島はぼくらの目の前までやってきた。

目の前の仲間が手を滑らせて一眼レフのカメラを床に落としてしまった。
ドキリとした。
幸いカメラは大丈夫だったようだが
自分の事のように焦ってしまった。
ここまで来て、カメラを落として壊した・・・なんて事になったら
死んでも死にきれない。
ぼくは、ある程度の枚数を録ったカメラを再度カバーに入れて
リュックの中にしまいこんだ。
島を目の前にして船が止まった。
上陸か?と思われたが
アレな人を3人ほど降ろしただけだった。
ここはぼくらの上陸場所ではないらしい。
船はまた動きだし、別の所に向かった。
目の前にあった島がまた離れていく。
違った方向からの軍艦島は、ちょうど高層アパートが正面に見え
圧倒的な存在感を見せていた。
少し離れた場所に最後のアレな人を降ろした船は
いよいよ島唯一の上陸場である、ひとつのポイントに向かった。
が、この辺から妙に船が揺れだした。
波が先ほどより明らかに高い。
風も強くなってきた。
この期において
上陸しても帰りは大丈夫なのか?と心配になってきた。
軍艦島は、ご存知の通り侵入禁止の場であり、当時は今ほどではないが
それでも一日中定期的に見張りが内外と廻っていた。
波が高いからと島の中で待機なんて事をしようものなら
不法侵入で捕まるという最悪なケースだってあり得る。
(今だったら新聞沙汰になる可能性もあります)
ここまで連れて来てくれた船の方にも大変な迷惑がかかる。
なので、帰りはどんな大揺れの船であれ、乗り込んで帰らなければならない。
考えただけでも恐ろしい。
そんな不安の中、船が止まった。
恐ろしく船が揺れる。
波を横向きに受けてるせいなのか想像だにしなかった揺れだ。
普通に座っている事もできず、ぼくは床に四つん這いになった。
船のオヤジが言った。
「波が高いけどどーする?俺たちゃ大丈夫やけど、あんたらどうかねー?」
要は、
船は近くまでつけてやるけど、止める事は危なくてできないので
大揺れの船から向こう岸まで飛んでくれ!という事らしい。
これにはN君も想定外だったようで動揺を隠せない。
しかしわざわざこの日のために、北海道、沖縄から来てる仲間の手前
引き返しますとも言えず
結局みんなで飛ぶ事になった。
船のオヤジは、中の建物が危ないとかその類いの注意点を話始めた。
しかし大揺れ。
説明はいいから、早く飛ばせてくれ、このままでは酔ってしまう、はやくー。
たった1~2分くらいの説明だったが
ここ数年で一番長く感じた時間だった。
そして
波を横から受けながら大揺れ状態のまま船は島へ頭から突っ込んだ。
「飛べー」オヤジが叫ぶ。
ちょ・・・ちょっと待ってよ、いきなり言われても心の準備が・・・
と、誰も飛ばなかったら、オヤジに怒られた。
「もう一回行くぞー」
「飛べー」
ぼくの順番は最後。
前の4人は次々と飛んだ。
しかしぼくの前のやつのが飛ぼうとした瞬間、船の頭が大きく上がった。
えー?????冗談でしょ?
地面との差は2メートルくらい。
飛び移る恐怖に、飛び降りる恐怖が加わった。
前の男は一瞬躊躇し、止まった。が、さすがは覚悟を決めてここまで来ている男。
次の瞬間飛んでいた。
残されたぼくも続こうと思ったが、今度は船が岸から離れて行く。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」
思いっきりはずみをつけて飛んだ。
上陸成功。
地面が大きく揺れてるように感じて妙に気持ちが悪い。
しかしゆっくりはしてられない。
ぼくらに与えられた時間は僅かなのだから。
ぼくらは次々とはしごを上り、中に入った。

現在、軍艦島への上陸は、この当時よりもはるかに厳しく取り締まられております。
上陸が見つかった場合は不法侵入で処罰されますので、決して真似される事のないようにお願いします。