前兆(偶然の一致)に導かれて、『アルケミスト』という本を読んだ。

 

 

なぜだかうまく言葉が出てこない。何から書いたらいいのだろうと思考してしまっている自分に気がづいた。「書きたい」が「書かなきゃ」になっているわけではなく、本当に純粋に書きたいのだけれど言葉が見つからない。今までのブログ更新のときと何かが違う。なぜだろう?とりあえず、『アルケミスト』を読んで感じたことを手当たり次第に書こうと思った。

 

すると、なぜこんなに言葉が出てこないのか、理由がわかった。

 

伝えたいことがありすぎるのだ。そして、言葉で表現した瞬間に何かが薄っぺらいものになってしまう感覚があったのだ。

 

でも、言葉が出てこないこれらの理由を超えて、ほんの少しでも良いから、私は『アルケミスト』のかけらを紹介したいと思う。

 

この本はひとや世界の本質がぎっしり詰まった言葉の宝箱のようで、私が大好きな本たち(『星の王子さま』や『アミ 小さな宇宙人』)にもどこかしら似ている気がする。この本に出会えたことが私にとってキラキラした奇跡のような嬉しい出来事だったのだ。

 

 

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私を『アルケミスト』に導いてくれたのは、あーす・じぷしーのまほちゃんと大学時代の友人だった。

 

この本は、人によって、あるいは同じ人でも読むタイミングによって、印象に残る内容が違ってくるのだろうなと思う。事実、まほちゃんと私の友人は、それぞれ違う部分を印象に残っている内容として紹介してくれた。

 

 

まほちゃんが『EARTH GYPSY』の著書の中で紹介していたのは、「前兆に従いなさい」という話だ。

 

「ひとが真剣に何かを望めば、宇宙のすべてが協力して、それを実現するように助けてくれる」

 

ということが書かれている。前兆というのは、夢の実現のヒントだったり、進むべき道を教えてくれるもので、生活していてそこらじゅうに溢れている。例えば、友達が「この本いいよ」と言っていて、その日の帰り、偶然寄った駅の壁一面にその本の広告が貼ってあったとしたら、その本は自分にとって今必要なものだよと教えてくれているのだ。まほちゃんの場合は感情も前兆になりうるらしく、「なんだかわからないけどワクワクするなぁ」と思った次の日に、ものすごく重要なキーパーソンに出会ったりするらしい。だから、どんな些細なことも実は前兆になりうるので、日々の生活の中で自分の五感で得たことや感情に注意を向けることは、自分の夢につながるだけでなく、「次はどんな前兆が待っているのだろう」とワクワクするため、自分の日々の生活を豊かにしてくれる。

 

 

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大学時代の友人が紹介してくれたのは、この本の主人公が夢に向けて出発する時に老人から聞く「少年と賢者の話」だった。

 

少年が賢者の家に行き、人生の相談をしようとすると、「このスプーンに油をのせて家中を探検してきなさい。」と言われる。少年が家を探検して戻ってくると、賢者に「家の装飾はどうだったかね。」と聞かれるのだけれど、実はスプーンの油に集中していて何一つ見ることができなかったので、それを正直に話す。すると今度は、「スプーンを持ったまま家の装飾や美しい庭を見てきなさい。」と言われる。そして、次に少年が戻ってきたときには、少年は家の装飾や美しい庭の素晴らしさを賢者に語るのだけれど、「スプーンの油はどうしたんだ。」と聞かれる。見ると、スプーンの上にあったはずの油は全く残っていない。賢者は言う。「人生とは、スプーンの上の油にも世界の美しさにも目を向けることなのだ。」と。

 

この話を紹介してくれたとき、友人は「私にとっての『スプーンの上の油』はなんなんだろうなってすごく考えさせられたんだよ。」と話してくれた。私がこの話を実際に自分の目で読んだ後考えたのは、『スプーンの上の油』はきっと、『今自分が持っているもの』じゃないだろうかと思った。

 

今自分が持っているもの(大切な人や物や家や知識や能力や自分の内面)だけに目を向けるのでは、世界の美しさを感じることはできない。だけれども、世界の美しさばかりに目を向けて、自分が持っているものに目を向けずにいても、どこかで自分を見失ってしまう。

 

人生とは、自分の内側と外側両方に目を向けることなのかもしれない

 

と私は思った。

 

 

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そして、私が一番こころに残った内容は、「すべては一つ」という話だった。

 

この本の題名でもある「アルケミスト」とは、錬金術師のことだ。錬金術師というと、「鉛を金に変えることができる不老不死のひと」を思い浮かべるかもしれない。しかし、本当の錬金術師はそうではないということをこの本は語っている。

 

愛を知っているひと。

 

「大いなることば」を話し、「大いなる魂」の意識に合わせられるひと。

 

ひとは、金というきらびやかで価値が高いと言われるものにどうしても目を奪われがちだ。金を生み出すことができれば、生活に困らないとか、豪華な生活ができるとか、そういうことばかりに注意が行ってしまう。しかし、人生の素晴らしさはそこではない。そこに気づいているひとが、錬金術師になれるのだ。

 

この世界はたった一つのものでできていて、ひとも世界の一部でしかない。ひとは、「自分は個体として意識を持っている」、「自分は自分だ」と思っているけれども、ひとが60兆個の細胞でできているのと同じで、本当は地球という集合意識「大いなる魂」の一部なのだ。

 

私がいて、あなたがいる。

 

動物がいて、植物がいて、土があって、風があって、空があって、海があって、すべてがあって、地球というひとつの存在になる。

 

だから、すべては一つであり、何かが欠けても、今この瞬間の地球は成り立たない。

 

だからこそ、どんな存在も尊いのであって、存在しているだけで、ただそれだけで素晴らしいのだ。

 

そんなことを教えてくれる話だった。