電送化社会の 片隅に-

テーマ:

お久しぶりの更新となってしまいました。
この間 何をしていたかというと、ゲーム三昧

でした。
そんなに面白いゲームがあるのか?
否、ゲームそのものではなく、ゲーム機に
初めてネットを繋いだのです。
その結果、ゲームの遊び方が格段に広がり
その上、映画やビデオも観られるという。

(ただし 有料ですが。)
ともかく、しばらく使わずにほこりを被って
いた プレステ4が、見事復活したのです。

 

もっとも、ゲーム機のネット通信など20年
近くも前からあったことです。
しかし私は、ゲーム機にネットが必要なのか?
ネットは PCで充分ではないか?
そう思い込んでいました。
ところが、今時のゲームならではの画期的

なのが、ダウンロードコンテンツ (DLC)

というやつなのです。
新システム、新アイテム、新キャラクター、
新ステージなどが ネットから配信され、
ゲームが大きく様変わりし、新しいゲーム
みたいに生まれ変わる。
更には、ゲーム機で映画やビデオも観られる。

これは全く革命的なことです。
何しろそれまでゲームは、遊び飽きたら 後は
ほったらかし。
ゲーム機も、新たなゲームソフトが出るまで
ほこりを被ったまま… そんな状態でしたから。

 

しかし、今や ネットと繋がったお陰で、ゲーム
ソフトや ゲーム機の遊び方が 大きく広がった
思いで、すっかりゲーム三昧。
とにかく、ゲーム機へのネット情報が賑やかで、
それを観るだけでも楽しい日々なのです。
(ただし、DLCは 大方タダという訳ではなく、
 後のカード決算が待っています。
 くれぐれも 使い過ぎには要注意です!
 ついつい衝動買いしたくなりますが、ご利用は
 計画的に。)

                                     ☆

 

さて、前置きが長くなってしまいましたが、ここ
からが本題です。
上記のような ゲームソフトに象徴されるように、
今や 映像、音楽、文字データといったものは、
電気信号に容易に変換され、至る所へ通信が
出来るようになりました

これを私は 『電送化』 『電送化社会』 などと、

勝手に名付けております。
今後ますます、電送化し易いもの、映像、音楽、
文字、記憶データなどは、ネット空間を介して
繁盛していくものと思います。

 

ところが問題は、電送化できないもの、これが
どデカイ問題なのです

電送化がし易いのは、映像や音=視覚や聴覚に

働くものが大半です。
その一方、匂い、味、感触などは、断片的にしか
電気信号に置き換えられません。これらの感覚は、
容易に電送化ができないものです。
ただ、幸か不幸か人間は、目と耳だけの情報に
8割方を負っています。
だから人間は、目と耳が主体の、いわゆる仮想
空間、電送空間に 馴染みやすい生き物だと言え
るでしょう。
ただ裏を返せば、人間は電送空間に騙されやすい
生き物である。
ここがキモなのです。

 

実際のところ、電送化できないもの
こっちの方が、現実世界に圧倒的に多いのです

ぶっちゃけた話、目や耳だけでは お腹が満た
されないのです。

ところが、ネット社会の飛躍的な発展に浸って
しまい、ネットで 何でもかんでも出来るような
錯覚に陥ってしまっている。 そのギャップが
どんどん広がっている。 これを私は、
『電送化と 非電送化との格差』と呼んでいます。
この新たな格差問題が、とうとう現実に現れて
しまいました。
それが、ヤマト運輸、宅配事業の問題です。

 

ネット注文そのものは、極めて電送しやすい
作業です。
ところが、その配達はどうなのか。
荷物を電気信号に置き換えて運べるのか?
これは未だ、SFの世界でしかありません

なのに、ネットで簡単に繋がったから配達も…
そんな錯覚に陥ってしまっていたのです。

荷物を運ぶのは人間であり、ドライバーの

コンディションや、道路の状況、配達先の様子

などなど、現場作業が複雑に絡み合っている

ものです。
ネット注文は急増しても、配達が思うに往かず
様々なトラブルが発生してしまう。
これぞまさに 『電送化と 非電送化との格差』
だと思います。

 

さらに恐ろしいのは、この格差が 宅配事業
だけの問題ではない
という事です。
インフラ整備、高齢化社会、電送化だけでは
片付かない問題が、今後各所に 山のように
出て来るのではないか?

だからこそ、頭の良い人たちに頑張って考えて
ほしいし、こう強く言いたいのです。

 

「そこの頭の良い君たちへ!
 もそっと 現場を観てみろや-!!」

 

人間の感覚は、8割方 目と耳に頼っていて、
それがたまたま 電気信号に換え易いだけ

それが 電送化社会の実体なのではないか?
そんな脆弱な世界に暮らしている事を、改めて
考え直してみるのも大事なのではないか。
ゲームをしながら そんな想いがふと過る、今日
この頃なのです。

 

AD

しばらく諸事情あって ブログを休んでおりました。
いろいろ描きたい事もあったのですが、何分にも
雑念が色々と入ると、ろくな文章になりません。
回りくどい、分かり辛い、駄文の山を築くだけ。
それでは納得いかないという、まったくもって
困った性分でして…

 

私が望むのは、サラサラと 水が澱まずに流れる
ような、読みやすさ。 かつ深み
なのです。
「分かり易く、深い」 これは 当ブログが一貫して
目指しているところです。
おかげさまで当ブログは、8年目に入っていきます。
これからも 読み易くかつ、含蓄ある 記事を書いて
参ろうと思っております。

 

サブタイトルにもあるように、永遠のブログ初心者。
8年目の初心者であります。(笑)
初心者を 堂々と掲げられるブログ世界は、実に
有り難いと思っております。
逆に私は、プロとか玄人という言葉は好みません。
そうなってくると、ただ書くだけでは済まない。
諸々の雑業が、ややこしく絡まってくるからです。

いわゆる “大人の事情”という奴です。
それは私の最も嫌う処であり、せめてブログの中
では、初心者の真っ新な眼で観ていきたい

そう望むのです。

                             +

 

さて これまで当ブログでは、世に言う流行りもの、
音楽、芸能、映画、ゲーム、スポーツ、コミック
など 取り上げてきました。
いわゆる エンターテインメントというやつですが、
この頃思うに、所詮は人気商売 なのです。
時代を映す鏡とか、文化の象徴みたいに、何かと
エンタメ界は カッコよく喧伝されます。
が、所詮は “興行主” が裏で牛耳り、ファンも
大衆も タレント自身も、興行=商売に 踊らされて
いるのが実情
ではないだろうか?

 

もっとも 演じるタレント、作家たちは 真剣勝負を
しているでしょう。
ところが、そればかりだと面白くないし、少数の
コアな人にしか受けない。
それでは商売が成り立たないので、興行主が手を

回し、時にバカをやったり、手を変え品を換えして

ファンを大勢作り、大衆の話題を得て興行を成功

させる。 これが大人の社会。

 

いくら 一個人に才能があろうとも、そんなものは
大衆の中では 微々たるもの。
“興行” という “増幅装置” があってこそ、その
才能が広く知られ、力が発揮される
というものです。

最近では、「ネットから火が付く」 という事もあります

が、それでもそこに “興行システム” が乗ってきて

初めて、大衆が動き出すのではと思います。

 

その反面、“増幅装置”が力を持ち過ぎ、独り歩き

過ぎて、色々と弊害をもたらす。
これも世の常です。
儲け第一で、肝心の中身は 薄くなって良いのか?
いわゆる、商売と作家性との対立です。

また、煽り立てが過ぎて、作品が違ったとらえ方を

されてしまうことも多々あります。

エンターテインメントなどと華々しく言うが、その実は

“興行” という手の平の上で、人間関係のドロドロを

見ているだけではないのか?

 

そんなこんなで、近頃 エンタメについて書く気が
薄れてきました。
もっと、物事の根源に横たわっているものは何か?
そんな 根っこの部分
を 書きたくなってきました。

ブログ世界では、それを何の縛りも無く書けるので、
良いツールだと思っています。

また 私は、某ウィキを抜き出して 並べただけような、
“説明文” をダラダラと書くのも 嫌うところです。
あくまで 「独自目線」で、斜め135度当たりから
斬り込めたら
思っています。

 

ので、そう頻繁に更新できない  かもしれません。
タイムリーさに欠ける  かも。

やや内容が跳び過ぎる  かも。
問題発言など出てくる  かも。
そんな かも な記事になる  かも…。

 

 

 

 鴨(かも)
カモ (鴨、英:Duck) とは、カモ目 カモ科の
鳥類の内、雁(カリ)に比べて体が小さく、首が
あまり長くなく、冬羽(繁殖羽)では 雄と雌で
色彩が異なるものをいう。
カルガモのように ほとんど差のないものもある。
分類学上の まとまった群ではない。
 ~某ウィキより~

 

AD

このセンバツの片隅に…

テーマ:

3月19日、第89回センバツ高校野球大会
開会式の興奮冷めやらぬ 直後の第一試合に、
広島県の 市立呉高校 が登場。
呉といえば、社会現象を巻き起こしたアニメ映画
「この世界の片隅に」の舞台、聖地であります。
私は広島出身ではないのですが、片隅つながりで
呉高校の応援に熱が入ってしまいました。

ちなみに この試合のツイートでも、全国の 片隅
ファンの方々が、呉高校をこぞって熱く応援されて
いました

 

奇しくも この3月19日は、72年前 呉への空襲が

あった日です。
その日の無念を晴らすかのような 呉校球児たちの
活躍は、誠に天晴れでした。
試合は、呉高校が9回土壇場で 2点差を追いつき
延長戦へ。
延長12回の表、呉が敵失とスクイズ成功で2点を
勝ち越す。
その裏1点差に詰め寄られるも、相手の守備妨害で
試合終了-という、野球マンガも顔負けの 劇的な
展開でした。

 

このドラマティックさに、何か “神ってる”ものを
感じてしまいます。
「この世界の片隅に」の話題も乗じて、呉旋風が
巻き起こる!?
  そんな予感がしてきました。
開幕後のトーナメントの片隅から、ひょっとすると
大変な事になっていくのでは…?
次の対戦は強豪、大阪の履正社高校です。 そこで
ミラクルが起きると、本当にひょっとするとです。
呉高校が登場する24日の試合が、非常に楽しみに
なってきました。

 

広島出身のマンガ家、桐沢十三先生のイラストが
物すごくタイムリーで面白かったので、掲載させて
いただきました。

敵は何馬力なん?

 

「第89回選抜高校野球大会(センバツ)の一日目が

  始まりました。

  第一試合は、広島代表 市立呉高校(イチクレ)と

  愛知代表 至学館高校です。」

 

「かつての呉海軍工廃では 野球がさかんでした。

  呉港高校(ゴコウ)は、すずさんが6歳の年から

  6年連続で 夏の甲子園に出場しています。

  すずさんの若かった頃の 呉軍港は、野球の街でも

  ありました。」

 

「72年前のきょう、アメリカ海軍第58機動部隊の

  艦載機が 呉を空爆しました。」

 

                                   ☆


すずさんが もしご存命なら、今年で92歳。
そのひ孫たちが、グランドで活躍しているのかも
しれません。
すずさんは、きっと スタンドの片隅から 声援を
贈っていらっしゃることでしょう…

 

AD

3月11日、東日本大震災が起きた 同じ土曜日という

事で、各TV局、マスコミは こぞって報道特集でした。
しかし 大変に不遜ながら、また特番か、あの日、震災、
もういい加減 いいやというのが、正直な気持ち
になって
いました。
特に大きな災害にも見舞われず、気持ちが薄れてきた。
これが 風化というものなのでしょう。

 

そんな折、ラジオで福島を応援する 歌の特集があり、
その時、福島県の歌 「こめら」 を想い出しました。
今から3年ほど前に この歌を知り、その歌声に感動し、
ブログ記事に書いたのでした。
(記事はこちら)
先ほど聴き直し、全く色褪せない、否 それどころか、
今だからこそ胸に迫って来る、歌の凄みを感じました

そして、震災について 考えてみようという気持ちにも
なってきました。

これこそが、歌の持つ力だと思います。

 

 福島県の歌  「こめら (子供たち)」

      作詞:秋元 康 作曲:後藤次利        

            歌:ハッピー・アイランド (2001年)

   

 

      ♪緑の木々がざわめく  風の通り道     

         春の訪れは  めぐり会いの足音     

         果てない空を映した  海は水鏡     

         夏の太陽は  生きている証し

         なぜに生まれて  なぜに死ぬのか?

         人は誰にも  いつの日か めざす場所が

         どこかに  あるのさ  楽園ー。      

            「こめら」 あづまれ(集まれ)!      

              ここが  ここが  約束の地だ      

              おめえの故郷に  自分の足で立つんだ      

             「こめら」 あづまれ(集まれ)!      

               遥か  遥か  磐梯山に       

               背中を向けないで  まっすぐ 歩いて行くんだ。    

       

      ♪重なる山が色づき  秋が過ぎ去って     

         冬の温泉で  思い出す四季よ

          どこで生まれて  どこで死ぬのか?

          道はいつでも  先の夢見てる限り

          続いて  いるのさ  永遠ー。      

             「こめら」 いがっせ(行きなさい)!      

               明日へ  明日へ  あきらめないで      

               未来の福島は  みんなの愛で広がる      

             「こめら」 いがっせ(行きなさい)!      

               ずっと  ずっと  塩屋の岬      

               心の灯台を  忘れず  迷わず行くんだ。     

 

          「こめら」 あづまれ(集まれ)!     

            ここが  ここが  約束の地だ     

            おめえの故郷に  自分の足で立つんだ     

          「こめら」 あづまれ(集まれ)!     

            遥か  遥か  磐梯山に      

            背中を向けないで  まっすぐ  歩いて行くんだ。     

            背中を向けないで  まっすぐ  歩いて行くんだ。

                  

 

震災当時、その復興応援ソングと称する曲が 続々と

出てきました。 が、果たして今も心に響く、記憶に焼き

付いている曲が どれだけあるだろうか?
残念ながら、復興応援ソングの多くは 一時のムードに
終わっただけではないか?
  震災の風化より 遥かに、
復興応援ソングの忘却も甚だしい、それほどに難しい
テーマだと感じるのです。
しかしそんな中、これぞ ナンバーワン復興応援ソング、
本当の復興応援ソングとは こうだ!
  そう言えるのが、
福島県の歌 「こめら」
だと 私は思います。

 

殊に耳に残るのが、
 ♪「こめら」 集まれ~  からの “転調” です。
それ以前の歌詞は、福島の四季の恵みや、そこで

暮らす人々の営みとか 人生観を描いています。
ところが “転調”後は、一気に歌の力、歌の勢いが
出てきて 曲調が変わるのです。

そう、まるで “あの日”のように…
福島の 「こめら」(子供たち)= 人々よ、来たるべく
苦難に負けるな! 頑張れ!

そんな 心強いエールに聴こえるのです。
清々しくも 力強いコーラスに、心打たれるのです。

 

驚嘆すべきは、震災の10年前に この曲が創られた
という不思議です。
本物の歌は 時を超越し、出るべくして出るものでは
ないか?
そうとしか説明がつかない、埋もれさせては
ならない応援ソングだと思います。

 

(作詞が 秋元 康氏なので、AKBグループによる

   カバーで甦る、それも面白いかと思います。)

 

ラ・ラ・ランドの 怪

テーマ:

映画 「ラ・ラ・ランド」が、アカデミー賞 最優秀
作品賞受賞! かと思いきや、とんだハプニングで
間違いだった。
もう余りに有名な “事件”ですが、その真相は一体
どうなのか?
こんな大ハプニングが、本当に笑い話で済まされる
のか?

本来なら 凡ミスでは済まされない、下手をすれば、
訴訟問題にもなりかねない 事故ではないか!?

これには絶対に、裏がある!
私のような斜に構える人間は、そう確信するのです。

 

ズバリ! 私が思うに このハプニングは、出演者、
スタッフ 全員周知の “大芝居”だった

で、その目的とは?
今度のアカデミー賞、評判良からぬ 新大統領への
批判スピーチが相次ぎました。
これに対して新大統領は、得意の“ツイート砲”で
批判者に ドカーンと反撃! という予想展開でした。
ところが、今のところ新大統領からの反撃ツイートは
見られないようなのです。
それはどうした事か??

 

やはり、あのハプニングが効いていると思います。
所詮 アカデミー賞なんて、あんなもの。
ミスだらけで 反撃する気にすらならない。
そう思わせ、新大統領からの批判をかわした。

そんな “極めて高度な政治的判断”が、ハリウッドで
図られたと思うのです。
つまりは、新大統領を攻撃しつつ、その反撃をかわす
大がかりな やらせだったのではないか? というのが、

私の結論です。

                               ☆

 

さて話は変わって、「ラ・ラ・ランド人気」にあやかり、
今年は “ラ・ラ・ラ何とか”が 流行ると思われます。
例えば、ラ・ラ・ラジオ    ラ・ラ・落語
スポーツでは…
  ラ・ラ・ラグビー (観てみたい)
  ラ・ラ・ラリー     ラ・ラ・ランニング
  ラ・ラ・ラケット

食べ物では…
  ラ・ラ・ラーメン (食べてみたい)
  ラ・ラ・ラッキョウ    ラ・ラ・ライス
  ラ・ラ・ラッカセイ

動物では…
  ラ・ラ・ライオン (飼ってみたい??)
  ラ・ラ・ラッコ     ラ・ラ・ラクダ

文具・インテリアでは
  ラ・ラ・ランドセル     ラ・ラ・ライト
逆に、
  ラ・ラ・落書き    ラ・ラ・ライフル なんてのは、
  流行って欲しくないものです。(笑)
とにかく ラ・ラ・が付くと、躍動的で可愛らしくなる
ラ・ラ・は 魔法の言葉です。

 

ところで、「シン・ゴジラ」を大ヒットさせた 東宝さん、

次回作はぜひ、
「ラ・ラ・ラドン お願いします!
  グゴアァァ~~~! (←ラドンの鳴き声)
  ♪チャラララ~~  チャララ・ラララ~~
   (↑ラドンのテーマ曲)

 

 ギャ・ギャ・ギャオスと 間違えたーー!!
                      \∨∨∨∨∨∨/
                      > ドカーン
                      /ΛΛΛΛΛΛ\