坂井泉水さんの没後10年-
ZARD結成26周年の 記念フィルムライブ上映。
ZARDの CD&DVDコレクション創刊。
など、今また ZARDの話題が盛り上がってきて
いるようです。
それだけでなく、昨年来の映画 「君の名は。」が
もたらした “青春 胸キュンもの” がブームとなり、
それが ZARDの音楽性とも相性が良く、追い風が
吹いている
のではないか
今年は ZARDに新たな波が来る! そんな予感を
感じるのです。

                             
さて、知る人ぞ知る ZARDの珠玉の一作-
「新しいドア ~冬のひまわり~」 です。
ズンズンと来る ミディアムテンポのメロディー。
そこに坂井泉水さんの 思惟深い歌詞と、爽やかな
歌声が重なります。

 

   「新しいドア ~冬のひまわり~」

          作詞;坂井泉水   作曲;北野正人

 

 ♪通り雨の中で   抱きしめた君の温もり

    まだ この胸に今も   残っているよ

       波に揺られ な・が・ら

       泣いてるだけの   夜にサヨナラ

       口笛吹いた   あの帰り道

       ずっと夕焼け   追いか・け・た

    は・る・かな未来へと   新しいドアを開け

    動き 始・め・た  “直感”が行く道を決める

    あの 冬のひまわり   まだ一人でやれそうだよ

    愛する ひ・と・よ   今どこで 眠っていますか

    SWEET PAIN

    永遠に とり戻せない   あの季節

 ♪外はこんなに   晴れているのに

    君のリンカクは   ぼやけたまま

    無邪気に笑いあう   あの空は夢の中

       あの時   見えなかった こ・と・が

       今少しづつ   分かり始めているよ

       凄いケンカして  泣き出して一人

       先に帰った   あの な・ぎ・さ

    光る夏に生まれた   新しい風を受け

    まぶしい 空・を   いくつも越えていきたい

    名前なんか知らなくても   軽いジョークで笑えたね

    あの 仲・間・た・ち   また一緒に行こうよ

     I remember sweet memories

    おかしいのに   何故か 涙が出たよ

 ♪は・る・かな未来へと   新しいドアを開け

    動き 始・め・た  “直感”が行く道を決める

    あの 冬のひまわり   まだ一人でやれそうだよ

    愛する ひ・と・よ   今どこで 眠っていますか

    SWEET PAIN

    永遠に とり戻せない   あの季節

    SWEET PAIN

 

    通り雨の中で   抱きしめた君の温もり

    まだ この胸に今も   残っているよ…。

+++++++++++++++++++++
 

これから迫り来る “冬の時代” を予見し、それに
立ち向かっていこうとする、力強い作品
だと感じ
ます。
この時期、ZARD並びに 音楽界の環境は、大きく
変わろうとしていました。
R&Bやヒップホップへの潮流の変化。
CDからネット配信への移行。
ZARDを支えてきた 作曲家、編曲者たちの移動。
ZARDを取り巻く スキャンダラスな報道。
ZARDを追従するグループが次々と現れ、追わ
れる立場となった苦悩などなど…

けれど、そこから逃げずに 新しい時代を開いて
行こう。 そんな 強い決意が、曲に滲み出ている

のです。

 ♪はるかな未来へと   新しいドアを開け

    動き始めた   “直感”が行く道を決める
もうここまで来たら、いろいろ理屈じゃない。
自らの気持ちに素直に-“直感”を信じてやり抜く
他はない。

そんな 悲壮感すら漂う意志が、まさに
「冬に咲く ひまわり」 という比喩かと思います。
 ♪あの冬のひまわり   まだ一人でやれそうだよ
逆境に耐えて、孤独な中でもやり抜いていこう
そんな 強い意志を感じるのです。

この曲は 6分以上もある、ZARDの中でも長い
曲です。 その長さの一因が、1番のサビの歌詞
 ♪はるかな未来へと   新しいドアを開け

    動き始めた  “直感”が行く道を決める

    あの 冬のひまわり   まだ一人でやれそうだよ

    愛する人よ   今どこで 眠っていますか

    SWEET PAIN

    永遠に とり戻せない   あの季節
これをそのまま、最後に繰り返している事です。
実は ZARDの歌詞で、これだけ長い文を その
まま繰り返すというのは、珍しいのではないか。
繰り返すとしても、単語とか言い回しを 少しは

変えるものです。
ところが、そうせずに 全く同じ文章が 繰り返し
使われている。

これは 作者の決意が いかに固いか。 それが

現れている と感じるのです。

しかし残念ながら、現実はそんな坂井さんの志に
背くかの如く。  この後ZARDは、ますます苦境に
災なまれていきます。

ヒット曲の低迷。 坂井さんの体調不良。 そして
活動休止。 その後も、何だかちぐはぐな状況が
続くのです。
そんな苦境から ようやく抜け出せたのが、
「冬のひまわり」 から 約7年後。
その想いを綴ったのが、この曲なのではと 私は

解釈しています。

 

  「夏を待つセイル(帆)のように」

         作詞;坂井泉水   作曲;大野愛果

 
霧が払われていくような、晴れやかなオープニング。
そしていみじくも、曲の中で こう歌っています。
 ♪太陽の彼方いっぱい   失敗ばかりしたけど

    反発しあったり  でも今は、

    一つに向かっているよ   そこには夢があるから

 ♪ただ自分の気持ちに   真っ正直でいたいけど

    それで人を 傷つけることも あるよね

    一つに向かっているよ   そこには君がいるから

 

つまり 冬の時代を反省し、今ようやく 新たな道筋が
観えてきた
。 

この曲は、「冬のひまわり」への アンサーソング でも

あるのではと思うのです。
この2曲を対比すると なかなか興味深く、教えられる

ものがあると感じます。

 

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ZARDの CD&DVDコレクションの 発売が
スタート
ということで、久しぶりに ZARDを書き

たくなりました。
その心情とピッタリ重なる、名曲中の名曲がこれ、
「君に 逢いたくなったら…」
ZARDといえば、何とかの一つ覚え?のように、
「負けないで」「揺れる想い」が喧伝されますが、
実はその後にこそ、名曲がひしめいているのです。

「揺れる想い」の次の曲が、ガラッと趣きを変えた
93年の 「もう少し あと少し…」
そこから97年の「君に逢いたくなったら…」まで。
この約4年こそ、ZARDが最も円熟し、今も色褪
せないスタンダードソングを輩出、連発してきた

そう私は感じるのです。
奇しくも、曲のタイトルの終わりが 「
その間のヒット曲を ざっと並べると-
「もう少し あと少し」 「きっと忘れない」
「この愛に泳ぎ疲れても」 「こんなにそばに居るのに」
「あなたを感じていたい」 「Just believe in love」
「愛が見えない」 「サヨナラは今も この胸に居ます」
「マイ フレンド」 「心を開いて」 「Don't you see!」
「君に 逢いたくなったら

まさに、“名峰が連なる大山脈” の威容です。
これに加え、アルバム曲、B面曲にも埋もれた名曲が
この間に、それこそ山のように眠っているのです。
今度のコレクションでは、その名曲の数々を掘り起こし、
世に 大きく知らしめて欲しいと願っております。

    そんなZARDの 最も輝いていた頃の秀作-
      「君に 逢いたくなったら…」

           作詞;坂井泉水   作曲;織田哲郎
 

 
君に 逢いたくなったら
    その日まで頑張る  自分でいたい
    青く暮れかけた街並み  また思いきり騒ごうねー。


 ♪ふと鏡を見れば  なんて疲れた顔…
    人の目には自分は どう  映っているのかな?
    たまには少し距離をおいて  みたかったの しばらくは
    恋愛じゃない  恋人じゃない関係でいてー。

       君に 逢いたくなったら
       いつだってすぐに 飛んでいける
       壊れやすいものだからこそ  大切にしたいと思う

     ウ~~ ウウ~~

 

 ♪それでもあんな出逢いは  二度とないよね
    悪ぶったって人の良さそうな  瞳は隠せない
    遠い将来がこんなに  早く来るとは思わなかった
    本当に私で いいのか?  ゆっくり考えてー。

       君に 逢いたくなったら
       いたずらな笑顔  想い出す
       大丈夫だよと言う  君の言葉が、
       一番大丈夫じゃないー!


 ♪きっと運命が二人の  味方をしてくれるでしょう
    我がままじゃない  嫌いだからじゃない 分かってー。

       君に 逢いたくなったら
       その日まで頑張る  自分でいたい
       これが 最初で最後の恋に  なればいいなと思う

       青く暮れかけた街並み  また思いきり騒ごうねー。
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

最初この曲を聴いた時に、これは “同窓会ソング”
だと思いました。
同郷で育った旧友たちが、久しぶりに集って語り合う
そんな絵が浮かぶのです。
その上、曲のアレンジもフォークぽくて、懐かしいその
雰囲気を醸し出していると思います。

「本当に私で良いのか、ゆっくり考えて。」 とか、
「大丈夫だよと言う君の言葉が、一番大丈夫じゃない。」
この名セリフなんかは、昔から性格をよく知っている者
同士が、親しく会話しているみたいです。
「その日まで頑張る  自分でいたい。」
「いたずらな笑顔  想い出す。」
「恋愛じゃない  恋人じゃない関係でいて。」

これらのセリフも、幼なじみぽさを感じます。
本当は結婚ソングのようですが、そこに限定しなくても、
同窓会のカラオケソングなんかに ピッタリではないかと
私は思います。

さらに この時期のZARDの凄さ、それが
“曲を聴いて 絵が浮かぶ” ことです。
 ♪青く暮れかけた街並み
    また思いきり騒ごうねー。

昔から慣れ親しんだ 街角や家々、そこで遊んだ日々。
今もその情景が広がる、懐かしい場所…
それが思わず 目に浮かんでくるではありませんか。
目を閉じて 聴くだけで、情景が浮かんでくる
音使いや 歌詞の豊かさに、心が躍る

これぞ “音楽=音を楽しむ” というものだと思います。
この頃の ZARDの楽曲には、映像は必要ありません。
返って邪魔なくらいです。

それに比べ 今どきの音楽業界は、映像や動画に頼り
過ぎの、余りにも 情けない状況ではあるまいか!!

これを機に、今こそ ZARDから学ぶべし!
そう切に願うところなのです。

もう一つ、メロディーについて。
この曲はサビで始まる、典型的な “サビ出し曲” で、
曲のスタイルが 「揺れる想い」と似ているのです。
「揺れる想い」が夏なら、「君に逢いたくなったら…」は
その秋バージョンなのでは? と聴こえるくらい、両者は
近いものがあると感じます。
この2曲の サビの強さ、美しさ、味わい深さなどは、

ZARDの楽曲の双璧だと思います。
、「揺れる想い」は サビの後も Aメロ、Bメロが強い
ので、曲全体の印象がハッキリ残る。

一方 「君に逢いたくなったら…」は、残念ながらサビの

後が一気に弱く聴こえるのです。
加えて 坂井さんのロックテイストな歌いぶりも、サビを
強くし、Aメロ、Bメロのメリハリを弱くしている。
結果、「君に逢いたくなったら…」は サビだけが強く残っ
てしまう。 そこが非常に惜しいのです。

けれど、そんな難点を救ってくれたのが、次の動画の

エミリー女史 なのです。
彼女は、弱くなりがちの Aメロ、Bメロを 非常に丁寧に
丹念に、心を込めて歌っているのです

 
曲の力強さこそ 本家に及ばずとも、Aメロ、Bメロが
良く聴こえ、歌謡曲調に聴きやすくなり、味わいも
出てきた と感じます。
こうして名曲が歌い継がれ、その魅力が増していく
ことを 嬉しく思うのです。
 
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沈黙-サイレンスー

テーマ:

映画 「沈黙-サイレンス」

久々に 重厚な 実写時代劇を観た想いです。
といっても、実際は洋画なのですが、日本映画の
時代劇と変わらない、否、それ以上の出来栄えに
感動しました

逆に、今の日本映画界で これほど重厚感あふれる

時代劇が創れるのか? そこが残念に思います。
さてその内容は、江戸時代初期の キリシタン弾圧
の話です。
ここまで 酷い仕打ちが必要なのか?
と思うくらい、キリシタンへの拷問、処刑シーンが
これでもか という具合にリアルに続きます。
同じ日本人同士で、凄まじい弾圧の歴史があった。

それを改めて知る思いです。

主人公 ポルトガル人宣教師のロドリゴは、信仰

への強い想いを抱いて 日本へ渡ってきます。
そして 凄惨なキリシタン弾圧を目の当たりにし、
揺れ動いていく様が 心に刺さって来ます。
「このような惨い現実に、主よ あなたは何故

  黙ったままなのですか!?」
これも神の与えた試練なのか?
だとしても 余りに惨過ぎはしないか。
これが本当に、神の導きなのか?

とはいえ 実は、布教を勧めるキリスト教会にも

問題があったのです。
「主は仰った- 世界に赴き、全ての者に 教えを

  授けよ。」
イエスの教えこそが 唯一絶対の真理であり、その
真理を世界の隅々にまで行き渡らせねばならない。
しかし、異なる風土、文化の前では、唯一正しい
真理など決めつけられなく、真理の押しつけに

なってしまうのです。

さらに悪い事は、信仰が “争いの種”になっていく
ことです。
信仰の名の元には、戦いも辞さない。
たとえ命を落としたとしても、殉教者として天国へ
召される。 だから死をも恐れぬ、勇敢な戦闘集団

が出来上がる。
これは、時の為政者にとって 非常に恐ろしい状況
であり、かつて一向一揆などが 大きな勢力を持ち、
天下を揺るがせた事もあったのです。
ましてや、外国からの宗教が 争いの火種となれば、
泥沼の国際紛争に入り込んでしまう。

幕府がキリシタンに対して、厳格な弾圧を行った
のも うなずける事なのです。

宣教師ロドリゴも 追い詰められていきます。
棄教を迫られ、その証として キリストの“踏み絵”を
突きつけられます。
そこで棄教を受け入れれば、キリシタンたちの拷問
が解かれることになる。
けれど、キリストの顔を踏みつけ、信仰を棄てて
しまって良いのか? ロドリゴは心底悩みます。
仲間を救うか、信仰を棄てるか…
そんな悩みの果てに、主の声が聴こえてきます。
「踏みつけて良い。
  私は黙っていた訳ではない。
  ともに苦しみを分かち合っていたのだ。
  その苦しみ、痛みを受け入れるために
  私はいるのだ。」


これは凄い言葉です。
「苦しむ者、痛める者、苦悩の全てを キリストは
  十字架で 背負って下さった。」

ここにこそ キリストの真意、キリストの懐の深さが
あるのではないか。
後世生じた、キリストへの偶像崇拝や 形だけの
信仰なんて、真理とは程遠い

そこから生じた苦悩とかは、主が観ていて下さる。
だから今、人として為すべきことを為していくのだ。
この時、ロドリゴは 形だけの教えを棄て、真理に

一歩 近づけたのではないだろうか。

これはあくまで、私なりの薄学な解釈です。
観終わった後に、いろいろ考えさせられる映画です。
マーティン・スコセッシ監督が、遠藤周作氏の原作に
心底惚れ込み、28年もの歳月を費やして創られた
作品です。
その醸造された、湧き出るような情感を味わってみて
ほしいと思います。

 
 
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お正月といえば、ゴジラ映画。
一昔前まで、それが楽しみなものでした。
昨年は 「シン・ゴジラ」の大ヒットもあって、
1993年版 「ゴジラ VS メカゴジラ」

久々に観たくなりました。
これは、私が好きな映画の筆頭にあげる

傑作中の傑作なのです。
(「シン・ゴジラ」の一番最後に流れた、もの

  凄く勇壮な曲、その作品です。)

 

とにかくこの映画、ただの怪獣映画と思うなかれ!
もうチョットだけ、尺をとって 作り込んであれば、
日本の映画史に残る、否、世界の映画史上にも輝く
“普及の名作”になっていた可能性が 充分にある!

それほど 凄い作品なのです。
何がそれほど凄いのか?

先ずはそのテーマ。 ゴジラ映画のテーマといえば、
・戦争や 核、放射能の恐怖としてのゴジラ
・悪を倒す 正義のヒーローとしてのゴジラ

主にこの二つに大別されます。
しかし、「ゴジラ VS メカゴジラ」のテーマは、この

どちらでもありません。それは-
「“命”の連携 VS 機械文明」
という、物凄く深淵なテーマなのです。
そのため 怪獣たちの登場には、意味が通っている
のです。

 

そもそも、ゴジラとラドンは 「托卵」 で結びつい
ていた、この卓越したアイディアです

「托卵」とは、卵の孵化を他の生物に託すことです。
これは実際、鳥類に多く見られる行動とされます。
これに則り、ゴジラもその卵を ラドンに託して孵化
させていた。 なので、生まれた幼体は兄弟。
つまり ゴジラとラドンは、兄弟に近い親密な関係
にあった。
これは それまでのゴジラ映画の設定を
刷新する、まさに天才的な設定です。
もちろん、托卵関係は “後付け” であり、第一作
からあった訳ではありません。
しかしながら、ラドンを鳥に見立て、托卵の関係を
引き出すとは、後付けながら絶妙に納得してしまう

のです。
ゴジラとラドンの兄弟に近い関係、これがストーリー
の骨子= 命の連携へと繋がっていくのが、実に見事
なのです。

 

その 命の連携に抗するのが、人類文明=メカゴジラ。
本作では ほぼ全編に渡って、怪獣VS人類の 激しい
戦いが繰り広げられるのです

上映時間 約100分の間に、
 ・ゴジラ VS ラドン
 ・ゴジラ VS メカゴジラ(一回戦)
 ・ゴジラ VS Gフォース
 ・ガルーダ VS ファイヤーラドン
 ・メカゴジラ VS ファイヤーラドン
 ・ゴジラ VS メカゴジラ(二回戦)
 ・ゴジラ VS ガルーダ
 ・ゴジラ VS スーパーメカゴジラ
 ・スーパーゴジラ VS スーパーメカゴジラ

9つもの戦いが、ほぼノンストップで 華々しく展開
され、圧巻の見応えです!

その一方で、戦闘の合間に人間ドラマ、科学的説明、
作戦展開、さらにはラブコメ要素も盛り込まれていて、
ドラマとしても 秀逸なのです。

 

そして物語の白眉である、幕張の最終決戦へ。
劣勢のメカゴジラは、飛翔型攻撃機ガルーダと合体。
「スーパーメカゴジラ、合体完了!」
くうぅぅぅーーー! これぞ男のロマンです!!
スーパーメカゴジラ となって 格段にパワーアップし、
ゴジラを絶命寸前まで追い込みます。
ゴジラは もはやこれまでか…

 

だがしかし! そこに 怪獣チームの “奇跡の連携”

発動するのです
↓瀕死のゴジラが断末魔を張り叫ぶ。
   親の危機を悟ったベビーゴジラが、さらに絶叫する。
↓兄弟であるベビーゴジラの叫びに応え、ラドンが
   最後の力で飛び立つ。
↓ラドンがゴジラと重なり、ゴジラに生体エネルギーを
   与えて風化する。
↓ゴジラがラドンのエネルギーを得て、大復活!
   スーパーゴジラ誕生。
↓ゴジラの究極奥義、
赤い放射熱線(バーンスパイラル
   熱線)が スーパーメカゴジラに炸裂、大破!

   怪獣チームの大逆転勝利!

この一連の流れが本当に熱い、何度観ても熱いのです。
バックに流れる 「ゴジラのテーマ曲」も どハマりで、
映画史に残る名シーンだと思います。

 

出色のシーンは まだまだあります。

冒頭のメインタイトル- さらに メカゴジラの出撃、
攻撃シーンで流れるテーマ曲
が、超痺れるのです

また、平成ゴジラシリーズのヒロイン、三枝未希が
ゴジラと直接対決
するシーンも素晴らしい。
未希がゴジラを倒すことをためらうが、ついに決断。
その目からは涙が…
ところが、復活したゴジラのエネルギーが逆流し、
未希に襲い掛かる、その展開がまた熱いのです。

 

エンディングシーンも見入ってしまいます。
未希が髪を解かして、テレパシーでベビーゴジラを
誘導し、帰るべき場所を教えます。

そしてゴジラは、静かに海へと帰っていく。

ここは とても美しい流れです。
その 最後の決め台詞も 良いのです。
「勝負を決めたのは、結局 “命”だった」
「命ある者と 無い物の差」
「ヤツには 何としても、守らなければならないものが
  あった…」

このように、ゴジラ映画のテーマが “生命の繋がり”

として描かれた、傑出した作品なのです。

 

あと もう一つ書いておきたいことが。
この93年版 「ゴジラ VS メカゴジラ」のインパクトを
受けて、95年に「平成ガメラ」がスタート。
「エヴァ」のTVシリーズも95年。
97年には「平成ウルトラマン」が、2000年には
「平成仮面ライダー」と、次々と人気ヒーローたちが

復活、登場してきています。
現在にも続く 人気シリーズの火付け役となった本作
「ゴジラ VS メカゴジラ」は、本当に偉大な作品だと
私は思うのです。

 

2016年の後半以降、そこで特筆されるのが

映画界の賑わいです。
私は、年に 4,5回も 映画を観れば多い方です。
そんな私が、昨年は-
 ・天使にアイム・ファイン1回
 ・ズートピア 1回
 ・シン・ゴジラ 4回
 ・君の名は。6回
 ・この世界の片隅に 6回

と、計18回も 映画を観てしまったのです。
これは私的に 4,5年分にも相当する回数なの
です。 特に後半の3本には ハマりました。
(この3本に、いくら注ぎ込んでしまったか…
 (苦笑))

 

前半こそ 「天使に~」に期待していたのですが、
う~ん? まあ映画にすればこんなもんかという
程度でした。
「ズートピア」は面白かったですが、振り返れば
まあ王道という感想です。
なので、2016年も 映画界は凡庸な感じなのか
と思っていました。
実は 後半の3本も、私はそんなに期待していま
せんでした。
「シン・ゴジラ」は、不気味な姿に違和感がある。
「君の名は。」は、よくあるラブコメものだろう。
「この世界~」は、原作を上手く踏襲できるのか。

 

ところが、そんな流れを 大きく変えたのが、

「シン・ゴジラ」 だったのです。

その映像、音楽によって 元気が沸いてくる。

映画で そんな高揚感を味わうのは久方ぶりです。
その「シン・ゴジラ」を凌ぐ、との評判で観たのが
「君の名は。」
さらに、その「君の名は。」を凌ぐ評判で観たのが
「この世界の片隅に」 だったのです。
まさに 「シン・ゴジラ」を起点に、ドミノ倒し のよう

にやって来たという印象です。

 

その 「シン・ゴジラ」ですが、確かに面白かった
が、やはり “敵怪獣”という “華”が欲しい!
ゴジラシリーズの人気は、優れた“敵役”の人気
でもあるのです。
次回作では、キングギドラや メカゴジラクラスの
華のある敵怪獣との対戦を、ぜひ望みたいです。

 

「君の名は。」 と 「この世界の片隅に」

この二つは 作風の違う名作ですが、意外にも

共通点 もあるのです。
どこにでもいるような主人公たち。
そこに “入れ替わり” とか “戦争” という異常事態
が入り込んでくる。
それでも主人公たちは、日常を淡々と送っている。
が、ついに彗星や空襲という 大災害が降りかかっ

てくる。
けれどその後も、主人公たちの日常は続いていく。
そして最後には、未来への希望が…

という共通する流れ、即ち 「起承転結」がハッキリ
しているのです

ので、話が多少ややこしくても、テンポが速くても、
話が予想しやすく 入り込みやすい。
このような 流れの分かりやすさに、スタイリッシュ
かつ懐かしく美しい絵の魅力、それに声優の巧さ

などが加わり、大ヒットに繋がったと感じるのです。

 

                               ×
では、今年の映画シーンも この盛況が続くのか?
残念ながら、私的には どうもそうはならない…
その理由の一つに、やたらと「青春胸キュン映画」
とか 「人気マンガ原作」が多いのです。

「君の名は。」 が 大ヒットしたからといって、また
この路線なのか?  もういい加減飽きてきたぞ!

という、人気減速の典型的パターンに入ってきた
と感じるのです。
どうしても、大ヒットした「君の名は。」の 後追い
みたいになってきてしまう。 もちろん そのことを
制作サイドも重々承知で、似た風には創らない

はずです。
ところが、そこが人間の悲しい性で、成功経験と

いうものが、どうしても心の片隅に居るものです。
創る側も 観る側も、大ヒットの余韻を受けてしまう
ものなのです。

 

それでも 70~80点の作品にはなるでしょう。
ところが エンタメの世界では、それではすでに
後退なのです。

前作が120点なら、次は 200点、300点を
取らねば トントンに観られないのです。

120点の延長線で考えても、とうてい及ばない
ことです。
今一度、2016年の盛況をぶち壊す!!
その位の気持ちで、制作サイドは 初心に帰って
映画創りに臨むべしと思うのです。