どうも、はちごろうです。

週末に淡路島で大きな地震がありましたね。
実は今日紹介する映画を観ていた時にも地震がありまして、
スクリーンの中の映像が映像だけに心臓バクバクでした。
それにしてもここ最近、世界中で大きな地震が起きてますね。
今日もイランで大きな地震があったばかりですし、
少し前には台湾でもかなりの地震がありました。
台湾の地震はその後あまり情報が入ってこないのですが、
あの国は一昨年の大震災の時に本当にお世話になったので
実は内心非常に心配してるんです。
僕のブログの読者さんにも台湾の方がいるので、
無事であってほしいのですが。
さて、映画の話。



「ガレキとラジオ」







東日本大震災による津波で甚大な被害が出た
宮城県南三陸町に出来た地元FM局「FMみなさん」。
その活動に密着したドキュメンタリー映画。
2011年3月11日、東日本大震災が発生。
宮城県南三陸町では地域の6割以上が津波の被害を受け、
8000人以上の住民が避難生活を余儀なくされた。
それから2か月後の5月17日。
町の避難所となっている小さな体育館の一角に
臨時FM局「FMみなさん」が開局。
スタッフは町の臨時職員として雇われた男女9人。
自身もみな被災者で今後の生活のめどは全く立っていない上、
もちろんラジオ制作の経験はゼロ。
しかし彼らは試行錯誤を繰り返しながら少しずつ経験を積み、
みんなでアイデアを出しあって番組を作っていく。
そしてその年の暮れにはクリスマスイベントを企画するなど、
着実に地域住民の橋渡し的な役割を担っていくのだった。



デリケートな題材だとはわかるけど・・・


僕自身がラジオ好きなので、確かに題材は非常に興味深いんですが、
残念ながらドキュメンタリーとしてはあまりいい出来とは言えませんでした。
まず、主役となっている「FMみなさん」がきちんと説明しきれていない。
彼らが普段どんな放送をしていたのかもわからなければ、
9人という決して多くないメンバーの人となりも
主要メンバーの何人かをのぞけばあまり伝わってこない。
で、その年の暮れから年明けにかけて彼らはイベントを企画するんだけど、
そこでの様々なトラブルにもやはりあまり迫れていないし、
なんか全体的に彼らに対して遠慮してる感じがしたんですよ。
「あまり深くは聞いてはいけない」というような。
確かに非常にデリケートな題材なのはわかるんですが、
ラジオマンとしての奮闘ぶりも伝わらないようでは
取材した意味があったのか?という気分にすらなりましたね。



リスナーを「限定」する必要はあったのか?


その一方、本作ではリスナー代表として一人の女性に密着している。
その女性は津波で娘と孫を失い、仮設住宅で独り暮らしをしているんですが、
まぁ、批判を覚悟で言わせてもらうと「彼女を出す必要があったのか?」と。
確かに「FMみなさん」のリスナーの中には彼女のような人もいるし、
彼女のような被災者の心の支えになったことを伝えたかったのかもしれないですが、
「FMみなさん」が地域のみなさんに支持されたことは
イベント会場を埋め尽くしたお客さんの光景を見ればわかるわけだから、
結果として本筋の「FMみなさん」の取材がおろそかになっては本末転倒なんですね。
しかも本作では、この女性に結構いろいろなことをやらせてるんですよ。
例えば津波で家族を失ったのに、わざわざ海が見える場所で話を訊いたり、
彼女が番組に書いたリクエストハガキの文面をまたもう一度ハガキに書かせたり。
なぜこんなわざとらしい「演出」をさせたのか。
疑問を通り越してかなり腹立たしかったです



「せっかくだから・・・」と欲張ることは


最近読んだ本の中にあったんだけど、
日本のデモ活動の特徴として「せっかくだから主義」というのがあって、
例えば昨年の首相官邸前での脱原発デモに対し、
社民党や共産党系の団体も参加しようとしたんだけど、
彼らはすぐにスローガンを増やしたがる、と。
「脱原発」という一つのスローガンだから人が集まってるのに、
「せっかくだから9条改正反対も訴えよう」とか言い出すんだとか。
まぁ、何が言いたいのかというと「題材を絞ればよかったのに」ということ。
確かに仮設住宅で暮らす独居の被災者の問題も大切だけど、
それこそ一つのテーマとして十分成立する問題だし、
片手間に取り上げるようなことをしたらそれこそ失礼ですよ。
欲張った挙句肝心のテーマがおろそかになっては
元も子もないだろうということなんです。


だから、複数の問題を扱いたかったらそれこそドキュメンタリーにせず、
むしろ劇映画にしたほうが良かったのではないかと思いました。
せっかく魅力的な題材だったのに非常に残念でした。



[2013年4月14日 ヒューマントラストシネマ渋谷 1番スクリーン]