どうも、はちごろうです。



映画「グレイテスト・ショーマン」の感想。続きです。





衣食足りると礼節を求める人の弱さ



そうしたフィニアスの、決して善人でない本音の部分が露呈し出すのが後半。
ショーが評判を呼んで妻と娘たちとの生活も安定。
ヴィクトリア女王への謁見も叶って十分な成功を収めたにもかかわらず、
彼は欧州一の歌姫、ジェニー・リンドに出会いコンサートを企画。
その歌声に魅了されたフィニアスは彼女の全米ツアーに専念していくんですよ。
そのため、キャリアの土台となる劇場でのショーや
大事な家族との時間をおろそかにしていくんですね。
どんなにショーが成功しても、どこか自分の中で「まがい物」だって意識があって、
「見世物小屋のオーナー」から「一流の興行師」として認められようとする。
どんなに「常識から自由になろう!解き放たれよう!」と言っておきながら
社会的な名声へのコンプレックスがなかなか拭えないために、
自分自身のさらなる成功を求めていってしまうというね。

ハリウッドスターなんかでもたまに出てきますね。
娯楽映画でドル箱スターになって、もう生活の心配をしなくていいくらいになると、
途端にアカデミー賞が欲しくなって畑違いのドラマに挑戦したりして。
で、それまでのファンにまでそっぽを向かれてしまう人が。

閑話休題。
そうした彼の、本人もあまり自覚していない差別感情を知り、
ショーの出演者たちは皆一様にガッカリするんですけど、
でも彼がいなくても自分たちは元の部屋の隅で隠れる生活はしない、
「これが自分だ」と胸を張ってショーを続けると決意するんですね。
このシーンがまた素晴らしいんですよ。



「帽子」が示す「立派な大人」の定義



で、そうしたフィニアスの人としての価値の変化を象徴するものが
作中で彼がかぶっている「帽子」なんですね。
元々貧しい仕立屋の息子で、父の死後は路上生活までしていたフィニアスは
極貧の中でどうにか食い扶持を見つけ、
やっとチャリティを迎えに行ける程度には生活力を身につけた彼は
彼女の家に行ったときに帽子、いわゆる山高帽をかぶっているんですね。
高さも質もそれほどでもないんだけど一応フォーマルな格好で。
当時の彼にとってはそれが「立派な大人」としての成長の証なんですね。
そしてショーのリーダーとして出演者たちを率いているときも
やっぱり山高帽をかぶっているんだけど、この帽子は衣装ということもあって
高さもそれなりにあるきれいな帽子なわけですよ。
社会の隅に追いやられていた彼らに居場所を見いだし、
観客に夢を与えている舞台上の彼はまさに理想の「立派な大人」なわけです。
ところがさらなる高みを目指し、ジェニーと共に全米ツアーに出て、
その間、家族やショーの仲間たちの信頼を損ねた彼は
全財産を失い、家族も実家に帰り、大事な劇場まで火事で失ってしまうんですね。
そんな失意の中、一人酒場で酒を飲んでいたフィニアスの元に
出演者の一人、小さな将軍を演じていた青年がやってくるんですね。
彼はカウンターに立ち上がりフィニアスの元に進んで行くと、
フィニアスがカウンターに置いていた山高帽の上にどっかりと座るわけですよ。
まさに「いまのあんたにはこれをかぶる資格はない!」とばかりに。
その後、自分の失態に気づいたフィニアスは、
再び彼らとショーを再開することを決めるんですね。
その開幕のショーの最中、フィニアスのかぶっている帽子が
次々に出演者の手から手へ移っていき、最後にフィニアスの元に戻っていく。
それはそのショーの出演者みんなが彼を再び「立派な大人」として認めると同時に、
彼ら自身も「自立した存在」となった証なんですね。
そして最後にフィニアスは自分の帽子をフィリップに託し、
家族の元に帰っていくわけです。
自分の存在を認めてくれる家族や仲間がいる。
その時点での彼は山高帽で自分を飾る必要がなくなったという証なんですね。



本作はミュージカルとしても上質であると同時に、
「大人」とはどうあるべきか?という問題も提起している感じがしました。
清濁併せ持つ主人公の姿は、結構好き嫌い分かれるとは思うんですけども。
もし観るのなら劇場で、なるべく良い音響で観るとより楽しめると思います








[2018年2月18日 ユナイテッド・シネマとしまえん 3番スクリーン]





※サーカス系の興行を舞台にした作品というと・・・



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どうも、はちごろうです。


私は映画館で作品を観に行く際は毎回劇場で当該作品のポスターと、
実際に見た場所をカメラで撮影してるんですね。
今年に入ってからそれをアップするようにしたんですが、
たまにこれにしくじることがあって。
つまりシネコンなんかで「観終わってからでいいや、写真は」と思って中に入り、
上映終わって劇場の外に出ると、次の回は別の作品を上映するんで、
案内板のポスターが差し替わってるなんてことがよくあって。
ま、今回はそのしくじりをしましたって話ですw
では、映画の話。



「グレイテスト・ショーマン」











本年度アカデミー賞歌曲賞部門ノミネートのミュージカル映画。
アメリカに実在した興行師をモデルに、
サーカスの興行師として成功を収めた男の物語が描かれる。
主演は「レ・ミゼラブル」のヒュー・ジャックマン。
共演はザック・エフロン、ゼンデイヤ、レベッカ・ファーガソン。

あらすじ

19世紀半ばのNY。貧しい仕立屋の息子として生まれた
フィニアス・テイラー・バーナム(P・T・バーナム)は、
父親の手伝いで訪れた豪邸でそこの一人娘のチャリティと出会う。
彼女に一目惚れしたフィニアスはいつかチャリティを幸せにすることを目指し、
苦労を重ねてついに彼女との結婚を両親に認めさせる。
二人の娘たちに恵まれるも、彼らの暮らしは困窮を極めることとなる。
ある日、務めていた海運会社を解雇されたフィニアスは、
銀行を言いくるめて1万ドルの融資を取り付け、町の博物館を手に入れる。
しかしなかなか客が集まらず、返済も滞る一方。
「剥製でない生きてるもの、変わったものが見たい」という娘たちの助言で
フィニアスは町中の「変わり者」を集めたショーを計画する。
彼の元には、年齢に対して著しく身長の低い青年や、逆に背の高い男性、
素晴らしい美声ながらも一般的な男性よりも豊かなひげをたくわえた女性に、
顔中が毛に覆われた男性に全身入れ墨だらけの男性、
空中ブランコをこなす黒人の兄妹など様々な人たちが集まる。
彼らを雇って開催されたショーは市民の注目を集める一方、
新聞や一部の地元住民などからは「ペテン」「サーカス」と目の敵にされていく。
そんなある日、新進気鋭の若き演劇プロデューサー、
フィリップ・カーライルと知り合ったフィニアスは彼を仲間に引き入れる。
そしてさらに人気を集めていったフィニアスたちは
ついにヴィクトリア女王への謁見まで果たす。
その祝賀パーティで欧州一の歌姫ジェニー・リンドと知り合った彼は
彼女を雇ってコンサートを主催。彼のショーはようやく新聞の批評家に認められる。
だが彼女の歌声に魅了されたフィニアスは彼女の全米ツアーを計画。
それが彼の築いてきたものを根底から揺るがすことになるのだった。



歌える人が揃ってこそのミュージカル




主人公のP・T・バーナムって人は実在する人らしいんですね。
19世紀初頭に生まれて、のちのリングリング・サーカスの原型を作った人らしい。
日本でも何度も来日してショーをやってますね。
かつてのアカデミー賞受賞作「地上最大のショウ」のモデルにもなったんだとか。

本作はそんな彼の人生を下敷きに、人々に夢を与えた男を描く
オリジナルのミュージカル映画となってます。
まず楽曲が素晴らしいんですよ。何だかんだでテンション上がります。
主要キャスト陣はみんな歌の歌える人たちばっかりですしね。
主演のヒュー・ジャックマンは元々ミュージカル畑の人で、
「レ・ミゼラブル」ではジャン・バル・ジャンを演じてましたね。
フィリップ役のザック・エフロンも、元々この人は
「ハイスクール・ミュージカル」ってTVドラマで一躍有名になってる人。
そして彼が恋をする空中ブランコ乗りのアンを演じるゼンデイヤ。
彼女は昨年の「スパイダーマン:ホームカミング」で
ピーターの恋人になるMJ役をやってました。
現在ディズニーチャンネルのドラマで主役やってるみたいですが、
アーティスト活動もしてたり、モデルもしてるようで。
そしてやっぱり印象に残るのはレティ役のキアラ・セトルさん。
1番目を引く「ひげの生えた歌姫」を演じてますけれど、
この人の歌唱力がまた半端なく良いんですよ。
(あ、もちろん本作での彼女のひげはメイクですよ!)
こういう人材、米のショウビズ界にはまだまだいっぱいいるんだろうなって
改めて感心しちゃいましたよ。



芸能というものの抱える「原罪」



とはいえですね、物語自体はかなり賛否あるというか。
この主人公の所業に関して、納得いく部分と行かない部分があるんですよ。

まず、フィニアスが後の劇場となる博物館を手に入れる下り。
そもそも無一文の彼がどうやって博物館入手のための資金を
銀行から融資してもらえたのかというと、
勤めていた貿易会社が所有の船が転覆したことで倒産。
そのあおりを受けてフィニアスも解雇されてしまうんですけど、
そのときに沈没した船の権利書を失敬して、それを担保として提出するんですね。
すでに沈没した船の権利書を不法に取得して、
しかも沈没してることを伏せて金を借りる。
これ、思いっきり違法行為なわけですよ。
ショーが成功して大金持ちになったからうやむやになってますけど。

次に、客の入らない博物館を再建させるためにショーを計画。
町中の「変わり者」たちをどんどん雇っていくわけですけど、
これって要は彼らを「見世物」にしようとしてるわけですよ。
確かに彼は物乞い同然の生活をしていた時代に
彼らのような人たちに食べ物を恵んでもらった経験も描かれるんですけど、
だからといって別にフィニアスは社会の中で虐げられていた人々に
生きる価値と居場所を与えようとしてショーを計画したわけではなく、
単純に「大衆は珍妙なものを娯楽として求めるから」という
興行師としての打算で集めていた部分が強くて。

いま、こういう前時代的な発想の興行ってどんどん淘汰されてて。
日本でも昭和の頃にはまだ「見世物小屋」があって、
いまも新宿の花園神社にまだあるのかな?ってくらいで。
サーカスも「虐待」との批判を受けて動物を使うことが自粛されて、
シルク・ド・ソレイユみたいに、現代的な進化を求められていってますね。
とはいえ、本来「娯楽」とか「芸能」というものは、
常識の範疇から外れた人々を観て、その能力の高さや自由さに憧れる一方、
自分が常識の内側にいることを再確認して安心したり優越感に浸るという
一種残酷な行為の手助けをしてる面もあるわけですよ。
娯楽というものにはそうした「原罪」の部分も確実にあるんですね。
また一方で、「見世物小屋」の出演者としてではあるものの
雇われた彼らは結果的に社会の一員として無視できない存在となったわけで、
彼らを見世物にして大金持ちになっていったフィニアスの行為は
軽々に断罪できる類いのものでもないような気がします。


(続く)






※とりあえず出演者の過去作を







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どうも、はちごろうです。


映画「RAW 少女のめざめ」の感想。続きです。





力の抑圧と解放は振り子のように



で、だいたい中盤まではそんな感じだと思ってたんですよ。
先に大学デビューを果たした姉のアレックスのように
ジュスティーヌもどんどん俗っぽくなっていくのかな?と。
ところが彼女の場合は外見はそれほど変わらず、
「肉」に対する欲望だけがどんどん高まっていくというね。
生肉を食べさせられることに嫌悪感を示していた少女が、
次第に他人の部屋の冷蔵庫を開ければ生肉を求めだし、
学食でハンバーグを白衣のポケットに失敬して怒られたり。
そしてついには切断された姉の指に食らいつく、というね。
ここでいう「肉」を「肉欲」、つまり「性欲」のメタファーとするなら
彼女のそれはもう、中学生男子並みの猛烈な性欲ですね。
「性欲の対象になるなら何でもいい!木の股でも興奮する!」みたいな。

なんて言うんですかね?それまで親という他者から抑圧されていた分、
この姉妹は「欲望」というものに対する上手い付き合い方を学ぶ機会を逸して、
それでそのまま成長しちゃったみたいな感じなんですね。
だから一度欲望が解放されると、その同量だけ爆発力もすごいというか。
実は姉もまたジュスティーヌと同じ「肉」への欲望を抑えていて、
切断された自分の指に食らいついた妹を見て、
彼女もまた自分と同じ苦しみを抱えることになると知り、涙するわけです。
でも彼女たちの抱える「業」というのか、「肉」に対する欲望の深さと
そのことに対する絶望感は話が進むにつれてどんどん増していくんですよ。



「愛する」狂気とそれを「受け入れる」狂気



で、主人公だけでなく姉も人肉を欲していることがわかった時点で
さっさと気がつけば良かったんですけど、
考えてみればこの話、そもそもおかしな設定なんですよ。
なぜこの姉妹はベジタリアンとして育てられたのか?
なぜベジタリアンの両親から生まれた子供たちが
よりにもよって獣医学部に入学したのか?というね。
その疑問は物語の序盤で語られるんですけど、
要は二人の両親がここの卒業生なんですね。
つまり両親はここで知り合い、結婚したわけです。
でも実はこれだけが理由でなかったことが
よりにもよって物語の最後で明かされるんですよ。
その理由が明らかになることで全ての疑問に辻褄が合うというね。

話は少し離れますが、一般的に愛情表現の深さにも個人差があって。
例えば誰かを好きになったとき、相手とどれだけ距離感を縮めたいか?
相手と同じ空間にいる、相手と見つめ合って話せる、
また手を繋ぐだけで幸せって思ってる時期もあれば、
抱きしめたい、キスをしたいって段階の時期もあり、
さらに具体的に性行為をして・・・って段階もあるわけです。
でも本作の姉妹は相手の肉体を物理的に取り込むことで相手と同化したい、
自らの血肉にしないと気が済まないという欲望を抱えてるわけです。
そういうの、たまにヤクザ映画なんかにも出てきますね。
肉親同然の組長や兄弟分が亡くなって、主人公がその遺骨を食べるみたいな。
それほど過激で、かつ暴力的な愛情はなかなか他者には受け入れられないんだけど、
でもその狂気を受け止める愛情を持つ存在もまた
彼女達と同等、いやそれ以上の狂気だったりするわけですよ。
その何とも絶望的で、それでいて深い愛情が明示されて本作は終わるんですけど、
このラストを観終わってどっと疲れましたね。



チャクラの色使いってトレンドなの?



あと、これは物語とは離れますが、
ちょっと面白いなと思ったのは色彩感覚なんですね。
昨年このブログでも取り上げた映画
「パーティーで女の子に話しかけるには」でもそうだったんですが、
作中で使われる色がいわゆるチャクラの色に対応してて。
冒頭の新入生入寮パーティーで使われているのが
生命力の象徴である「赤」と、コミュニケーション能力の象徴である「青」。
赤と青が入り交じった空間で若い学生たちが交流してるわけだから、
それはもう「やりたい!」って欲望が渦を巻いてるようなもんで。
そこから中盤、肉への渇望に駆られて深夜の寮内をさまよう主人公が、
たまたま迷い込んだ寮内の一室で生徒たちがペンキまみれになってるんだけど、
そこで出会い頭にジュスティーヌがかぶせられるのが「青」のペンキ。
そしてそれを見た上級生が全身黄色いペンキをかぶった男子生徒を呼びつけて、
二人を別室に閉じ込めて「全身緑になるまで出てくるな」って言うんですね。
「黄色」ってのは活力とか自己肯定感を象徴する色で、
そのふたつの色が合わさることで、愛を象徴する「緑色」になるというね。

なんかそういうのを取り入れるブームかなんかがあるんですかね?
それとも私がそういうのがわかるようになっただけなのか。



ま、かなりグロテスクな描写が多いので受け付けない人は多いと思うんですが、
人間の「肉欲」の深さと、それを受け入れる「愛」の物語ではあるんですよ。
このラストシーンを見て何を「怖い」と感じるかが試される、
ただのホラー映画ではない、大変な作品でした。












[2018年2月18日 TOHOシネマズ 六本木ヒルズ 4番スクリーン]





※異常な愛と、それを受け入れる愛を描いた映画というと何かあったっけ・・・?



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どうも、はちごろうです。


まだまだ毎日寒いですねぇ。
ここ最近、ちょっと腰の具合が悪くて。
昨日何気なく背中にカイロを張って過ごしたらものすごい快適。
なんかこう、どんどん加齢が進んでますわ。
では、映画の話。



「RAW 少女のめざめ」











カンヌ国際映画祭批評家連盟賞受賞など、
数々の映画祭で絶賛されたホラー映画。
ベジタリアンとして育てられた少女が大学で生肉を口にしたことから
心の奥底で眠っていた肉への欲望が目ざめていく。
監督はこれは長編デビュー作のジュリア・デュクルノー。

あらすじ

幼い頃から菜食主義者の両親に育てられた少女ジュスティーヌは
姉のアレックスも進学した大学の獣医学科に合格し、
初めて親元を離れ、大学の学生寮に入ることになる。
学内では上級生たちによる新入生歓迎の儀式が行われ、
そこで彼女は生のウサギの腎臓を食べるよう強要される。
ベジタリアンだからと拒否するジュスティーヌだったが、
アレックスに半ば無理矢理口にさせられてしまう。
数日後、彼女は全身にアレルギー反応を示しだし、
四六時中、空腹感に襲われるようになる。
そして無意識のうちに食用肉を求めるようになっていった。
ある日、寮内のパーティーに参加することになったジュスティーヌに
アレックスがブラジリアンワックスを施そうとする。
しかし、途中でワックスが剥がれなくなり、
絡まった毛をハサミで切ろうとしたアレックスを
ジュスティーヌは咄嗟に脚で蹴飛ばしてしまう。
その拍子にアレックスは右手の中指を切断、そのまま気絶してしまう。
慌てて救急車を呼んだジュスティーヌだったが、
待っている間に彼女はアレックスの指を口にし、
むさぼるように食べてしまうのだった。



要は「大学デビュー」でタガ外れまくりってこと?



世界中のファンタスティック系の映画祭で絶賛されたホラーだそうで、
本来あんまり得意でない作品だったのですが、
昨年、町山智浩さんも絶賛していたので、諸事情もあって観てきました。

あらすじと、予告編を見た時点でだいたいの内容は想像が出来たんですよ。
要は「大学デビュー」のメタファーなんだろうと。
厳格な両親の庇護のもと、純粋培養で育てられた子が、
初めて親元を離れて世間の水を飲んだことで
それまで押さえつけられていた欲望が一気に暴走する、みたいな。
主人公のジュスティーヌが食べることを強要される肉というのは
まさに「肉欲」の象徴とも取れるわけで。
海外の大学だといわゆる学生寮に入ることが義務づけられてて
そういう通過儀礼みたいなものも残ってるみたいですが、
日本の大学にもまだあるんでしょうかね?
地方から出てきたばかりの純朴な新入生男子を
悪い先輩が風俗街に連れ出して・・・みたいな。
で、そのまま連日風俗通いで大学に来なくなっちゃって、
どこで何をしてんだか親も同級生もみんなわかんなくなる、
なんてことはいまだにあるのかもしれないですが。

古典落語に「明烏」って名作中の名作があって。
息子があまりにも真面目すぎることを心配した大店の旦那が、
近所の遊び人二人に頼んで息子を吉原に連れて行ってもらうって噺で。
いま「吉原」って言ってもわかんない人多くなりましたが、
要は江戸最大の歓楽街ですね。主な産業は女郎買い、売春です。
「浅草の観音様の裏手に霊験あらたかなお稲荷さんがあるから」と騙され、
結局言葉巧みに言いくるめられた若旦那は一晩泊まることになる。
で、連れてきた遊び人二人は女の子に振られて独り寝だったのに、
翌朝若旦那の横には店でも人気の花魁が寝ていて・・・って展開になるんですが、
この噺の元ネタになった新内節「明烏夢泡雪」では
結局花魁と若旦那が心中してしまうところまで行ってしまうんですね。

といったような展開を想像してたんですよ、当初は。


(続く)





※本作に直接関係ないけどとりあえず「明烏」を

どうも、はちごろうです。



2017年のオレ旬ベストテン、それでは早速ベストテンをカウントダウン。





10位 「火花」(公開中)
9位  「22年目の告白 ー私が殺人犯ですー」








まずはこの2作品。
この2作品は単純に「面白かったから」です。
「火花」は芸人が書いた、芸人にまつわる小説を、芸人が監督した作品ということで、
お笑いの世界に疎い人が観てもわかるように出来てるかと心配したんですが、
意外に間口の広い作品になってて。しかも技術的にもしっかりしてたので。
「22年目の告白」なんですが、私、入江悠監督ってそんなに得意じゃなくて。
これまで彼独自の作家性にあんまり乗れなかったんですが、
本作は韓国映画のリメイクということもあって彼本来の作家性が抑えられて、
職人監督に徹したことで娯楽性と作家性のバランスが
絶妙に釣り合ってた感じがしました。



8位 「ベイビー・ドライバー」







7位 「モアナと伝説の海」







6位 「新感染 ファイナル・エクスプレス」







ここからの上位8作品は全て「『男』を問い直す」系の作品になります。

8位の「ベイビー・ドライバー」の主人公は
両親が運転中に口論の末に事故を起こし、
そのせいで患った耳鳴りを抑えるために始終音楽を聴く羽目になり、
その後、彼はひょんなことから銀行強盗の運転手役をする羽目になるんですが、
彼を手下にするマフィアのボスも、仕事仲間の男たちも
主人公の人格形成に良い意味でも悪い意味でも多大な影響を与えるわけです。

7位の「モアナと伝説の海」は島の長の娘として生まれた主人公が
外海に出ようとするのを父親に強く反対されるんですね。
「お前は跡取りとして島に残るべし!こんなに素晴らしい島のどこが不満か!」と。
でも主人公は反対を押し切り外海に出て、見聞を広め、
そして自分の天命を知って自ら島に戻るという、その展開が素晴らしかったです。

そして6位の「新感染 ファイナル・エクスプレス」の主人公は
仕事中心の生活がたたって離婚し、引き取った娘にも嫌われてるわけですが、
ゾンビが町に溢れ、乗っていた特急列車になだれ込んでくるという非常事態の中、
父親として、男として、人間としての了見が問われていくんですね。
愛する者を護るため、自分の身を犠牲にして戦いに臨んでいく者たちの姿は
何だかんだ言ってやっぱり胸が熱くなりましたね。



では、ここからはベスト5。





5位 「マイティ・ソー/バトルロイヤル」







4位 「女神の見えざる手」







5位の「マイティ・ソー/バトルロイヤル」の敵は
主人公兄弟の実の姉なんですね。凶暴だったので父がその存在を封印してた。
でも姉にしてみれば悪者扱いされるいわれはないわけですよ。
兄弟にしてみれば人格者で、人望も厚い父と思いたいんだろうが、
彼女にしてみれば血気盛んで殺戮の限りを尽くした父の若い頃を知ってるし、
その殺戮の片棒を散々担がされた挙げ句、用済みになったら封印されて
「お父ちゃんだけ今更ええカッコすんじゃないわよ!」てなもんですよ。

そして4位の「女神の見えざる手」ですが、
これは業界随一の敏腕女性ロビイストの元に
銃規制強化法案を潰そうとする団体からロビイ活動の依頼が来るんですね。
「銃規制を支持する女性層の支持を得たい」と。
それを断って会社を去り、反対派のロビイ活動を始めるわけですが、
結局彼女が本当に潰したかったのは銃規制反対派ではなく、
社会問題の議論の場における真の邪魔者だったという話で。
これもまた「問題のある現状を維持しようとする男たち」による
卑劣な攻撃が主人公たちを窮地に追い込んでいくわけですよ。





では、ここからベスト3





3位 「IT/イット “それ”が見えたら終わり。」







3位は「IT/イット “それ”が見えたら終わり。」。
この作品が今年のテーマを一番如実に表してるかもしれないですね。
この作品に出てくる子供たちは、みなそれぞれ強権的で勝手な父親の言動によって
人格形成や健全な成長を阻害されているんですね。
一人だけ母親に困らされている少年が出てきますが、
その母親だって、少年の父である夫を失った孤独感から、
息子まで失うまいとして子供にばい菌への恐怖を植え付けるわけで。
大人になる際に直面する「未知なるものへの恐怖」から庇護すると共に
適切な助言をして乗り越える手助けをするべき父親が、
逆に「大人になるための障壁」となっている悲しく切ない物語でした。





2位 「ザ・コンサルタント」







2位は「ザ・コンサルタント」。
田舎町で小さな会計事務所を営む自閉症スペクトラムを抱える男が、
実は裏社会での資金洗浄を一手に引き受ける「会計士」で、
しかも格闘術や銃の扱いにも長けた凄腕の殺し屋だったという話で。
これも障害を抱える息子を自力で生きていける「強い男」に育てようと、
軍人上がりの父親が世界中を連れ回して格闘術をたたき込むんですね。
その結果、一般的なコミュニケーション能力を学ぶ機会を逸し、
孤独な日々を送っているんですね。
そんな彼がある会社の不正経理を調査したことがきっかけで
その会社の若い女性会計士と知り合い、
人との付き合い方を少しだけ学ぶんですね。
それを象徴するラストシーンは何度観ても心を動かされました。





では、オレ旬ベストテン2017。栄えある一位は・・・




1位 「雨の日は会えない、
      晴れた日は君を想う」








1位は「雨の日には会えない、晴れた日は君を想う」。
これは投資会社に勤めるエリートサラリーマンが主人公で。
毎朝教員をしている妻が運転する車で会社まで通勤してるんだけど、
途中で事故に遭って妻だけが亡くなってしまうんですね。
でも主人公は涙一つ流すことが出来なかったことから話が始まるんですよ。
実はこの主人公、義理の父親が重役を務める会社にコネ入社してて。
非常に裕福な暮らしをしてるんだけど、それは自分の実力で勝ち取ったものではない。
常に義父の影響下で暮らしていることが問題の核となってたんですね。
自分で自分の人生を決められないことの苦しさが彼の心を殺してきた。
その日々の積み重ねが、妻の死に際して涙ひとつ流せなかった原因だったわけです。
そんないままでの日々を壊していくことで、彼は再び自分の自由意志を取り戻す。
その課程が昨年の私の気分には一番フィットしたんですよ。





というわけで、2017年のオレ旬ベストテンでした。



ちなみにワーストも決まっております。
ワーストはこの5本。



1位 SING/シング
2位 スプリット
3位 ひるね姫 ~知らないワタシの物語~
4位 光(監督:川瀨直美)
5位 アウトレイジ 最終章



5位は「アウトレイジ 最終章」なんですが、
このシリーズ、回を追うごとに登場人物が怖くなくなるんですよ。
一作目で一番怖かったのはヤクザ特有の脅しや暴力を最後まで封じ、
常に感情をコントロールしていた者たちだったのに、
2作目以降は1作目で天下を取った連中も怒鳴りだしたので。
で、本作はもう怖いどころかみんな滑稽でね。

4位の「光」はちょっと飛ばして、先に3位の「ひるね姫」。
これはとにかくツッコミどころが多すぎてホントにひどかった。
事件の鍵を握る自動運転技術を巡って、
それを追う悪党たちと彼らから逃げる主人公、双方がボンクラで。
しかも彼らが奪い合った技術なんかよりももっとすごい技術があるのに
そのことに気づいてるやつがほぼ皆無という有様で。

そして2位の「スプリット」なんですけど、
作中の悪役は親から虐待を受けた子供たちが多重人格者になり、
その異なる人格が持つ超人的な力を手に入れるんですが、
多重人格を研究する医師が患者がその能力を手に入れることが出来たことを
「良かった」と肯定的に語るシーンがあるんですね。
もう、このシーンは思い出すたびはらわたが煮えくりかえってね!
確かに「憎い悪役が出てくるから」って理由で
ワーストに選ぶのはどうかと思うんだけど、
これ観て数日イライラしてたのでその時間を返せ!って意味で。

そして1位の「SING/シング」と4位の「光」なんですけど、
これ、両方とも主人公が自分の仕事を勘違いしてるんですね。
「SING/シング」の主人公は老舗の劇場のオーナー、
「光」の主人公は視覚障害者向けの映画の音声ガイド制作者なんだけど、
両方とも裏方でありながら自分が目立ちたいんですよ。
「光」の場合は制作者の意図を観客に伝えるのが仕事なのに
自分が望む方向に映画を導こうとして監督を失望させちゃうし、
何より他人の気持ちを想像する能力が著しく欠けてるんですよ。
そして「SING/シング」の主人公の方は、
劇場のオーナーとして自分が輝きたいという理想を優先させるため、
他の全てをないがしろにするんですね。これがホントに腹立たしい。
平気で犯罪もするし、本来主役であるはずの出演者にも嘘をつくし。
そしてオーナーになった経緯も「親が稼いだ金で劇場を手に入れる」という、
自分の力で手に入れてないのがホントにイライラしちゃって。
しかも最終的には彼は何の罪にも問われずに大団円を迎えるというね。
「スプリット」の医師も腹立たしかったことは確かなんですが、
「SING/シング」のコアラは成功してる分、さらに腹立たしい。
あの耳、引っこ抜いてやろうかしらってくらいムカついたキャラクターでした。





といったわけで、2017年のオレ旬ベストテン&ワースト5でした。
2018年はどんな作品が待っているのか?いまから楽しみです。