帰れない戻れない、その3~5話。(アキラの物語) | 正太郎のブログ

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※この物語はフィクションです。経堂編三。

さて、G町の酒場「ワカ」・・・。この店はアキラにとっては一生忘れることのできない場所になった。

彼は田舎に帰ってからもずっとあの店のうらぶれた店内の雰囲気を覚えている。そして思わず暗い気持ちになる。その店は、アキラのあやふやな気持ちを暴きだし、都会という過酷なジャングルには、お前は住

むことは許されないと宣告するのである。この店の募集ポスターを見たときから、彼に悲しい別れが予定

されていたのである。
 

 さて、麻衣子はこれから先のことを深く考えていた。田舎の両親も彼女のことをとても心配していた。

田舎へ戻ろうとしない娘の気持ちを考えると今付き合っている男と一緒になりたいと思っていることは了

解していた。しかし、それゆえに彼女に何かと忠告めいたことを言うのも、それが親というものなのだか

ら、麻衣子もよくわかっていた。もうすでに彼女は結婚をしてもいいような年頃になっていた。その時代

、25歳近くになると結婚するのは当然のことだった。現在の平成の時代のように女が30歳も過ぎても

結婚しないでいることなど考えられない時代だった。
 

 しかし、アキラは結婚などはありえない・・考えられないことだった。麻衣子のことは正直気に入って

いた、決して美人ではないが彼の神経質な性格にぴったり合う性格でもあった。しかし、結婚となると別

だった。たとえ、わがままな考えだといわれようと、今のままの生活がよかった。とにかく、ワカに彼が

勤めだしてから二人の間にすきま風が吹き始めた。


 そのことに拍車をかけるように、ワカに最近勤めた道子がアキラに近づいてきたのである。麻衣子との

間にかすかな溝が生じた時、それは一つのわなでもあった。店がひけると道子とアキラは頻繁に逢引をかさねるようになった。道子という女、見た目は20代後半ぐらいに見えるが実は30も半ばぐらいの女であ

った。それほど女性経験のないアキラには彼女の表面の着飾った部分しか見ることができなかった。それに対して道子にとってはアキラのような若くてそれほど遊んだことのない男はほんの「つまみぐい」程度

にしか思っていなかった(のかもしれない)。
 


 誰が見ても美人で、身に付ける服のセンスもよく、連れて歩くには最高の女に巡り合ったアキラは彼女

のとりこになった。彼は麻衣子と別れる決心をするにはそれほどの時間はかからなかった。アキラと道子

はG町からタクシーを飛ばして深夜新宿へ頻繁に飲みにいった。その頃はやっていた深夜の「サパー・クラブ」その時代そう呼ばれていた店だ。都会の深夜は眠りを知らない。二人が新宿に繰り出すのは深夜二時ごろ。風林会館あたりは「おか*」と呼ばれる人達が呼び込みをやっていた。世の中にそんな中性の人がいるのを彼は大阪ではじめて知った。まして、その頃社会に出たばかりだったので、人間が夜中それほどまでに活動しているということ自体が驚きだった。大阪の南も、新宿も似たような街だった。
 




 二人が飲みにいく店は職安どおり、不夜城、クラブ・リーを横目に見ながら数メートルのところの地下

にその店はあった。カウンターはなくボックスだけの店である。マスターとママ、マスターは実はかつら

だとあとから誰かに聞いた。マスターは年のころは40代後半か、ママは小柄なグラマーで若いのだがど

うもマスターの奥さんらしい。そして、時には客の横に座る事もあるエレクトーンを弾いている山根さん

という24・5歳の女性。それほど値段の高い店でもないので二人はよく利用した。客には結構女性が多いが、マスターに彼女たちはホステスさんと聞くと「いやおふろや」だという。何のことかと思ったら、現在

のソープ嬢、その時代は「トルコ」と呼ばれていたんだ(トルコ国の国民の皆様本当に申し訳ありません


 
 その店は朝の7時までやっているので、二人はそのあと早朝営業の喫茶店へも行った。酒に酔って朦朧(もうろう)としながら喫茶店に入りコーヒーを飲むのもなかなかのものだった。帰りはさすが又タクシ

ーというわけにもいかないので小田急線で帰った。
 
 アパートに帰ると、麻衣子はすでに職場に行っていた。ちゃんとテーブルには食事の用意がしてあった

。アキラは崩れるようにベッドにもぐりこみながら胸が痛んだ。でも「もう決心したから」と心に言い聞

かせた。家出した時も、自分で答えは出した。今回も自分で答えを出すのだから、心の痛みはいくらでも

耐えることがでる。「そうではないだろうアキラ」と囁く己の良心の問いかけを無理やり振り払った。と

にかく、正直に包み隠さず麻衣子に話さなくては・・・自分はこうして人生を進んでいくんだーーーー。

帰れない戻れない・二部経堂篇その4へ続く。



※この物語はフィクションです(経堂篇4話)

 アキラは麻衣子に包み隠さず話した。その言葉を聞いたとき麻衣子の心の動揺はいかほどであったろう

か(察するに余りある)しかし、麻衣子は抵抗しなかった。「わかったわ、明日出て行きます、荷物も一日

でまとめます、場所はいえないけど友達のアパートに世話になります、そして・・・・二人で買ったフォ

ーク・ギターはわたしが持っていきます」アキラには何も言うことはなかった。彼に何が言えるだろうか・

・・・。

 アキラは一日アパートには帰らなかった。そして、翌日アパートに帰ってみると麻衣子の荷物はことご

とくなくなって、アパートのなかは寂寞感が漂っていた。もう一人の自分がアキラを激しく攻め立てる。

「今からでも遅くない彼女を連れ戻せえ」しかし、もう一人のアキラは心に決めたことはそのまま突き進

むだけだ、とかたくなにもう一人の自分の問いかけを拒否するのであった。
 
 アキラはまた一人になった。道子とも大手を振って付き合える。なのにこのすっきりしないもやもやし

た気持ちは何なのだ、と彼は思うのだが、このように人生を進むことが「男らしさ」だと、自分はどうせ

まともにはいけないのなら、女の一人や二人を縁が切れようが、どうってことない、そう強がるのであっ

た。

 さて、仕事を終えて店の近くの酒場で飲んでいるアキラだったが、その日はなぜか道子が行方不明にな

った。おそらくしつこい客にどこか誘われてなかなか帰れない状態でいるのではないかと思われた。しか

し、道子もアキラがこの店でいつも呑んでいるのを知っているのでいずれは現れるものとそれほど心配は

していなかった。




 しかし、道子はなかなか現れない。イライラしながら濃い目の水割りを何倍も飲んで、アキラも相当酔

って来た。その時、ドアが「ガラン」と鳴った。アキラは無意識にドアのほうへ顔をやった。それがなん

と、あろうことか、道子が大野(アキラの勤めるワカの責任者だ)と手をつながんばかりに店に入ってき

た(その店のバーテンは大野と仲がいい)




 その時アキラは道子が大野に無理やり誘われて、この店にアキラがいるから戻ろう、といってくれたの

だと、思いたかった。その時大野は言った「道子、アキラまだいるじゃないか、せっかく二人でしっぽり

やろうとしたのに」その言葉を聞いてアキラは「ブチリ」切れた。



 アキラはそのときのことをおぼろげにしか覚えていないという。道子を大野から強引に離し、表に大野

を突き飛ばし酔って安定感を失っていて尻餅をついた大野の顔面を無我夢中に殴りつけた。とどめの一発、と思った刹那、後ろから羽交い締めにされた。大野の友達のバーテンが助太刀に来たのだ。大野は首を「ぶらぶら」と二回ほど振った後体勢を整え、アキラをめったやたら(ぼこぼこ)に殴りつけた。そして

、とどめに鳩尾(みずおち)に一発腰をしっかり安定して正確に打った。





 顔面を殴られているときは、最終的に恍惚感に襲われそうになるそうだが、急所の鳩尾は地獄の苦しみ

である。アキラは地面を爪を立てながらもがき苦しんだ。その後どうなったのかわからない。目を覚ます

と店の中にいた。バーテンはさっき助太刀したくせに「アキラさん大丈夫ですか、大野の奴は狂うと手が

付けらないので、俺もてこずったけど、最後は俺止めたんだよ」
アキラはそんな言い訳には耳も傾けず自分の顔面が崩れてないか確認するように顔をなでていると、横に道子がいることに気づいた。




 「アキラ災難だったね。大野はもうどうしょうもないのよ、今はなだめて帰したけど、明日アキラにも

う一回焼きを入れるから覚悟しとけ、なんて捨て台詞残していったのよ、明日は店に行かないで」アキラ

には道子にどうしても聞きたいことがあった「あんた大野とはどうなってんだ」その時明かに道子の表情

には困惑があった。二人は「できていたのだ」




 とにかく、アキラと道子はひとまずアキラのアパートへ帰った。道子は言った「今でも怖いの、この部

屋に大野が来るようで、アキラ逃げなさいあいつはキチガイ(放送禁止用語?)アキラに何するかわから

ない、絶対に店に行っては駄目よ」



 アキラは臆病だったのだろうか?その時アキラの道子に対する気持ちが急速にしぼんでいくことを感じ

た。要するに道子は「二股」をかけていたのではないか。しかし、道子はその時アキラのことは好きだと

いった。しかし、大野は自分がどこへ逃げようと追っかけてくる奴だと言う。その深夜、アキラは駅まで

道子に寄り添いタクシーを拾ってやりひとまず家に帰した。



 アキラは事件の翌日こそ店を休んだが次の日は店に出た。不思議だがママも客たちもアキラの「あおた

んあかたん」の惨めな顔かたちには何も言わなかった。大野は何食わぬ顔で仕事をしている。アキラはひょっとしたらこのまま事なきを得るのではないかと思うほど大野は穏やかな表情をして客とも話している

し(実は大野の顔面もただ事ではないのだが、おそらく以前にもそういうことはあったと思う)、自分と

もいつものように話すのだ。客も帰りママも何かを感じているのだろうが何食わぬ顔で帰って行った。つ

いにアキラは大野と二人きりになった。大野は一瞬カウンターを出てドアに鍵をかけた。そして再びカウ

ンターに戻るやいなや、やにわに「アイスピック」を握りアキラにじりじりと向かってきた。アキラはカ

ウンターから逃れることは出来ない。アキラは追い詰められた。帰れない戻れない・経堂篇5話へつづく。





※この物語はフィクションです(経堂篇5話)

 アキラはカウンターの奥に追い詰められた。しかし、怖いとは思わなかったが、逆らえば確実大野は「

やる」と思った。大野はアキラを追い詰め、怒鳴った「越中のひゃくしょ、土下座せえ、頭つけて土下座

せんと刺すぞオーー」アキラはカウンターの「すのこ」に手を突き屈辱の土下座した。が本当はそれほど

屈辱でもなかった(なんでだろう?)まともに喧嘩したところで勝てる相手でもないし、まして相手は飛

び道具を持っている。大野はアキラが土下座した瞬間アキラの顔面めがけて足蹴りをした。アキラの唇は血吹雪をあげ、歯が一本かけた(これまで数度殴られているが、その都度折れないのは、アキラの歯は非常に頑丈らしい、おそらく幼い頃から牛乳を飲み続けたからなんだろうか)大野は「もう店には来るな、この町にももう顔を見せるな」とアキラにつばを吐きつけながら怒鳴った(アキラはその行為に一瞬こぶしを握ったが、ガマンした<ここで刺されたら馬鹿らしい、相手はキチ*ガイだ、もう少しの辛抱だ>




 その後、アキラはタクシーに乗り誰もいないアパートに戻った。もう道子にも会わないつもりだ。自業

自得、だと思った。もう、麻衣子の所へも帰れない。麻衣子の住所も電話番号も知らない。とにかく、マ

マには悪いがワカにはもう戻れない。アキラはまだ血が流れる唇を押さえ明日のことすら考える余裕もな

く、いつしかうとうと眠ってしまうのである。アキラはきっとずーーーと眠っていたかっただろう。夢の

中で麻衣子が微笑んでいる・・・・アキラーーーーーーーーーー。


 ぱっと目を余すと、口の周りがズキンズキンと疼く。前にやられたまぶたの傷までが同時に痛み出した

。しかし、アキラは大野も道子も憎い、なんては思わなかった。おそらく、今後二人は大手を振って付き

合うだろう(後で聞いたことだが、大野も道子もワカを退店して、大野は道子の親戚の経営する飲食店の

店長になったそうでゆくゆくは結婚するらしい。ちなみに、道子には前夫の子供がいるそうであるがそん

なことにはアキラは驚きもしない)もうアキラにとってどうでもいいことだった。少しの間アキラは仕事

もせずアパートでぶらぶらする日が続いた。というより、とにかく、何もしたくなかったのだ。毎日アパ

ートで安酒をあおるように飲んだ。アキラはテレビなど観ない男だ。


 飲むのも疲れたら本を読んだ。二十歳を過ぎた頃からアキラは読書はするようになっていた。とにかく、読んだ本を並べておく(積読)のが好きで、それを眺めるのも好きだった。松本清張(まず”ゼロの焦点”)、黒岩重吾(サスペンス本”女の小箱”、まだ古代の歴史は書いておられなかったな)、石川達三(まずは”青春の蹉跌”この方は結構理屈ぽいので一回いやになった、とアキラは言っていた)

 小説を読んでいるといやなことは一瞬忘れられた。そんな日が幾日か続き「アー金がないなあ」と仕事

でも探そうか、と思いながらベットに寝転んでいると「こんこん、こんこん、こんこん」とドアを遠慮が

ちに叩く音がした。「アキラ、アキラ、元気でいるのおアキラあ」誰だろう??6話へ続く。