帰れない戻れない、経堂編その一話。(アキラの物語) | 正太郎のブログ

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※この物語は100%は作り事です。しかし物語の土台をなす基本的なものは作者自身の生き様が投影されていることはたしかです。経堂編その一話。 



(これはアキラが都会で挫折し田舎に戻って私にふと漏らしたことだが)・・・東京から戻って数年たってアキラは過去を振り返ってみると、果たして麻衣子を愛していたのか、と考えてしまう。でも彼は世帯を持ってからも彼女に会いたい気持ちは変らずあった(もう逢えぬとは思ってはいたが)それは単にノスタルジアなのか、逢えないことが思い出を美しくしているのか。だから、「逢わぬが花」なのかもしれない。




 二人はアキラが勤める喫茶店(マドモアゼル)で出逢ったのだ。それも、最初は麻衣子の同郷で彼女の同じアパートの部屋で暮らしている恵子が、アキラの勤めている店でアルバイトをしており、アキラは最初その恵子に興味があり、いつかデートに誘いたいと思っていたのだ。いつか恵子をデイトに誘いたいと思いながら優柔不断なアキラはなかなか恵子を誘うことが出来なかった。そんなすっきりしない自分に愛想をつかしている頃、恵子の親友麻衣子が店にやってきた(麻衣子は小柄で東北女性特有の色白、職業は服飾関係でした。訛りも残っていて、Tーシャツを、彼女はテェーシャツ発音しました、それがまた可愛かったです。年齢はアキラより3歳年下でS29年生まれだ<今も元気なら還暦だ>)
 

 麻衣子は気持ちをはっきりと表に出すタイプの女であった。アキラは(異性に関しては)気持ちを素直に表現できない優柔不断の男である。恋はタイミングではないかと思う。互いが恋焦がれていても確実に結ばれるとは限らない。誰もがそれほど自信家でないし、相手の気持ちは目に見えない。基本的には男が迫って女が受け入れる、というのが自然ではないかと思う。しかし、世の中にはアキラのように女性に関しては勇気のない男が多い。アキラが勇気ある男なら恵子をデイトに誘い、そして恵子が受け入れたなら二人は交際していたかもしれない。しかし、アキラは逡巡していた。ひょっとしたらそれほど強く想っていなかったのではという意見もあるが、強く想うから交際が始まるというわけでもないだろう。恋はちょっとしたきっかけなのだから最初から熱い想いがあったから付き合いが始まるとはいえない。




 というわけで、アキラと恵子は「縁がなかった」といわざるを得ない。アキラが迷っている間に麻衣子が彼に何かを感じた。その目に見えない何かをアキラには感じることが出来た。二人はあっという間に距離を近づけていった。アキラにとっては麻衣子にその時恋をしたのか、といつまでも彼が疑問を感じるのは、二人が肉体的にも精神的にも接近する時間があまりにも早かったからなのである(やはりアキラは、異性に関しては”受身”なんだなあ)
 



 理屈はともかく、アキラと麻衣子には縁があり、アキラと恵子はこの世では縁がなかったのである。そして縁のあった麻衣子が、その後そのアキラとの縁が自分の人生にとってプラスの縁だったのか、それともマイナスの縁であったのか・・・それは彼女自身がいずれ決めたであろうし、心に残らない男なら年齢を重ねるうちにアキラと暮らした記憶は薄れるであろう。ただ彼女にとって大事な青春時代において人生を数年共にする運命をもった男であったことは確かなのである。
 



 まあそういうわけで、1970年代初期、日本が繁栄の真っ只中にあった時代、二人は東京の町の片隅で暮らし始めた。未来のことなど何にも考えていなかった。今が楽しければ、今が幸せなら、とアキラは思った。麻衣子はどう思っていたのか?アキラは目の前にあった孤独を乗り越えたことに満足していた。夢はなかった。いや夢らしきものはあったが、孤独が消えたことでその夢らしきものも消えた(アキラの歌を習いたい、と言うのは人生のこじつけなのだろうか、その後確かに有名なボイス・トレーナーの下でレッスンはしたことはしたのだが)今二人で暮らしていることに満足を感じた。その満足がいつか矛盾を感じ、そしていつか己のその心の矛盾にしっぺ返しを食らうのだが。
 



 二人で暮らし始めた一年(73年)は楽しかった。二年目(74年)も二人は若さを謳歌しこの広い都会でめぐり合ったことに感謝した。三年目(75年目)、麻衣子はアキラとの結婚を考えるようになった。二人の暮らしに彼女は現実というものを考え出した。女性というのはそういうものである。麻衣子でなくとも2年以上も同じ屋根の下で暮らせば「結婚」という一文字が目にちらつくのは人情というものである。麻衣子は二人で住む団地を探し始めた。
 



 その頃アキラは、喫茶店をやめてG町の駅近くにある女性がいるバーに勤めるようになっていた。麻衣子は嫌な予感がした。そうでなくとも女性がサービスするホステスがいる店はどうしてもいいとは思えなかった。毎日アキラを待つ深夜は心安らかではなかった。その店に勤めるようになってからは必ず酔って帰ってくる。たとえ、給料が喫茶店の倍であろうと麻衣子はそのバーはいつか辞めてもらいたいと思っていた。
 




 その頃、アキラはどう考えていたのであろう。確かに住まいの近くにあった喫茶店は昼の仕事でもあるし給料は安かった。彼は小田急線のG駅に気まぐれに降りて、そのあたりをぶらぶら散歩しているとき偶然その店「ワカ」を見つけた。その店の入り口には募集の張り紙にこう書いてあった。「バーテン募集。25歳から30歳まで。給料10万以上」それまでアキラは喫茶店でもらっていた給料は5万ほどであった。倍ほどの額には魅力があった。実は東京へ来たとき銀座へ行く前に新宿で喫茶店を勤めた後、現在「ショット・バー」と呼ばれる若者の店「コンパ」に一年近くいたのだ。洋酒に関してはそれほどでもないけど場末のバーなら自分の腕でも十分こなせると思った。「帰れない戻れない・経堂編二話に続く」