神の革命のとき近し


友よ 備えはできているか

心構えはできているか


神に 敗北はないということを 友よ 心の底から 信じられるか


肉体的人間が描くものが どれほど幼稚で 些細なものであるかを 

親である神に 地上で教えられるようであっては 直弟子としては恥ずかしいことだ


友よ

悟りに 現時点で立場は 関係ないということが 信じられるか

ちなみに 明治の幕末の革命の志士らは この一点が信じられなかったのだ


ゆえにこそ 現在はある

すべては 原因と結果である


時の流れの中にこそ 神はあるのだ


悟りとは 神の子の特権である

それは神の子 ひとりひとりに 与えられるものである


であるがゆえに その時点でのこの世的立場は まったく無関係なのが悟りである


悟りとは 個々人の人生における 御仏の慈悲の体現を知ることなのだ

「ああ、これが神仏の 慈悲の表れだったのだ」と気づくことが 悟りの一端なのだ

それは 信仰者の特権なのだ


ゆえに 神の子は 万物の霊長なのです

ゆえに 信仰心があることが 人間であることの証明なのです


個々人が 神の創造の中に リアルタイムに生きているからこそ 

人間は もっとも神の寵愛を受けるものとして 尊崇の念を受ける資格があるのです


神は 革命を欲している

神の子は 備えなければならない


何を備えるのか

それは 神の子としての自覚を しっかりと得ているかということだ


神の革命近し


それは 神に近き人々が 

「神のなさることに 決して無駄はなかった」と 

心の底からどれだけ思えるかによって その力と範囲と 成就する時期が決まる


人間的な この世的な 煩悩に基づく判断に それを決める決定権などない

それが真実です


その真実を 実現した姿を見るまでは信じられないのなら 

神の子の創造の修行を 自ら放棄したことになるでしょう 


それは あまりにも 残念な判断である


その時代の宿題の答えは この夏には もう出されている


友よ

ともに 時代の歯車を回そう

 

それを その決意を

神も 世界の人々も 後の世の人々も 心から望んでいるのだから