bomb | opium~bassist熊谷元秀のブログ~

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かつて高校時代、友達が一人いました。
しかしそれぞれの事を多く語ったことはありません。
唯一心の内を語ったのは
「俺爆弾が作れるようになりたいんだ。」
「俺はずーっとベースを弾いていたい。」
だけ。
言葉を交わす事も少なかった。

ファーストコンタクトは授業中。
何かを一心不乱に読んでいる。
気になって様子を見ていると彼は気付き貸してくれた。
「なかよし」と「りぼん」。
この上ない笑顔で手渡してくれるので仕方なく拝借。
そして熟読。
その後この関係は暫く続く。

ある時付録まで持ってきた。
ポシェット。
「それどうすんの?」
「勿論使うさ。」
もう俺達に言葉は要らなかった。

彼は高2で既にスナックにボトルキープをしていた。
よく一緒に飲みに行った。
しかし俺はスナックの場末感とママが作る薄い水割り
が嫌いだった。
あとオールドとリザーブの並ぶ棚も。
俺はジャズの流れるショットバーでマティーニを飲む事に
憧れていた。

卒業旅行に行くことになった。
京都。
名駅からバスに乗って無計画旅行。
向こう着いてから考えよまいな感じで。
京都駅の民宿センターで予約すると清水寺のすぐ近くを
斡旋してくれた。
歩いていくことに。
しかし雨。3月。
膝から下ずぶぬれ。
しかも民宿が見つからない。
体は冷え切って泣きそう。
しょうがなく喫茶店で暖をとる。
このとき飲んだレモンティーの味は今も覚えている。
やっとの事で見つけた民宿の親父はトンネルズのコントに
出てくるホモのよう。
必要以上に俺達の部屋にやって来る。
恐い。
風呂は一人ずつしか入れない。
部屋に残された方は必死だった。

卒業後二度会った。
一度は名古屋場所を見に行った。
俺は北天祐。
彼は若島津だった。

もう一回は駅前の銭湯に入ってから焼き鳥屋に行こうだった。
開店直後の銭湯。
扉を開けると背中に模様の入った人達の群れ。
恐い。
落ち着いて湯船に浸かっておれずそそくさと退散。

その後連絡が二回。
「爆弾作れるようになったよ。」
彼は大学で応用化学科か何かだったようであの時語ったことを
実現してしまった。
「引っ越すよ。落ち着いたら連絡する。」
それ以来15年になるが連絡は無い。
今どうしているんだろう。

俺は今もベース弾いてるよ。