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「日本史のいわゆる「非常時」における「抵抗の精神」とは真理追求の精神、科学的精神に他ならない」野々村一雄(満鉄調査部員)


テーマ:

ベンジャミ・フランクリン

-フリーメーソンでしかもユダヤ人


Benjamin Franklin- Freemason and Jew

フリッツ・スプリングマイヤー著

フリッツ・スプリングマイヤーは、真実にあまりにも近くなったために懲役に服しているアメリカの英雄です。この抜粋は自費出版のものからです。「Be Wise as Serpents, Gentle as Doves:ヘビの如く聡くあれ」(未邦訳)

http://www.henrymakow.com/benjamin_franklin-_mason_and_j.html

ヘンリーメイコウ September 23, 2009


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(Left, Benjamin Franklin, 1706-1790)

非常に有名なユダヤ人のフリーメーソン、ベンジャミン・フランクリンは伝統的清教徒の直系として、ボストンで生まれた。彼の両親は、ジョサイアとアバイア・フランクリンと言った。ベンジャミン・フランクリンは、フィラデルフィアにあるミクヴェ・イスラエル・ユダヤ人信徒教会[訳註]に献金した。しかし、フランクリンはユダヤ教を実践しなかった。彼は、オカルトと怪しいキリスト教徒のようなものを慣行した。彼がフランスにいたとき、彼は非常にオカルト的な大東社フリーメーソンの指導者になった。フランクリンの生涯は、フリーメーソンに取り囲まれていた。国教会におけるフランクリンの役割、そしてフリーメーソン団での昇進は、圧倒的なものだった。キリスト教を破壊した彼の役割は、全く知られていない。

[訳註]Mikvehイスラエル信徒教会は1740年に創立された。それはアメリカ合衆国で2番目に古いシナゴーグです。植民地時代から独立戦争時代にかけて著名なメンバーは、以下の通り。ハイム・ソロモン(アメリカ独立戦争の融資者のうちの1人)、ネイサン・レヴィ(彼の船[Myrtilla]が、自由の鐘をアメリカへ輸送した)、そして、レベッカ・グラッツ(慈善家で最初のヘブライ語の日曜日学校の創始者)。
フィラデルフィアのガイドツアーサイトからhttp://www.theconstitutional.com/selfguided/index.php

フリーメーソンとしてのフランクリンの経歴は、神秘に覆われている。この筆者の蔵書にジュリアス・ザクセンによる「Benjamin Franklin as a Freemasonフリーメーソンとしてのベンジャミン・フランクリン」という幾分珍しい本がある(J.F.ザクセンは、世界秩序におけるザクセン人に繋がる最後のひとり)。この第一級のフリーメーソン学者は書いた 「実際にはフリーメーソンが初期のフリーメーソンのアメリカ史を年代順に記録するように、フランクリンの歴史を書きとめる。...ペンシルバニア・フリーメーソン団のFRANKLINとして傑出していたにもかかわらず、我々はもっとも困難なことにここで直面した。奇妙なことに、彼の伝記、広報の何においても彼はフリーメーソンに繋がっていることや経歴を口にせず、わずかに二つの例外が今までのところ知られている。我々が、彼の晩年にフランス滞在中のフリーメーソンの経歴を見つけたなら、この脱落個所は、より顕著で注目に値する。そこで、彼の活動とブラザレンBrethren:同胞)教会との親交は、親密で、身近であり、さらに私的であり、公式であった。そして、FRANKLINが彼らの活動の一部として活発に参加し、いわゆるより高い位階へ進んだ。56 彼のすべての業務の多さにもかかわらずベンジャミン・フランクリンは、『[フリーメーソンの]会議には決して欠席しなかった。』57


フリーメーソンのロッジはフランクリンの人生でそのような大きい役割を果たしたが、フランクリンは彼の自叙伝でフリーメーソン団に関して決してほのめかさなかった。彼の自叙伝の編集者は、フランクリンが彼の自叙伝で非現実的な人物を演じようとしたこと、もうひとつ、フランクリンは手本にしたいと望まれている人物であると思われていることを指摘した。58


もし、フリーメーソンがそれほど高潔なら、それを模倣(エミュレーション)に値するような名士をイメージするように作りあげ故意に書いて彼の自叙伝でその役割を演じさせないのは、ある種の驚きだ。


ベンジャミン・フランクリンはアメリカ哲学協会の創設者だった。59 また、彼は薔薇十字団に所属していた。60 17302月にフィラデルフィアのセント・ジョーンズ・ロッジに引き入られたように見える。61 1727年にレザー・エプロン・クラブと呼ばれる秘密の革命政治協会を始めて、1731年にその名前をJunto(政治的秘密結社)に変え、そして文学的協会であるように外観を呈した。この「文学的な」協会がその名前を変えた同じ年、フランクリンが所属していたセント・ジョーンズ・メ―ソン・ロッジはロンドンのグランドロッジに連絡を取り、グランドマスター、ノーフォーク公爵がダニエル・コックスを任命した。62 ダニエル・コックスは、連邦の植民地計画が到着したときフリーメーソン達に知らせた。63 1754年に副グランドマスターであるフランクリンは、ニューヨーク州オールバニーで彼の兄弟メーソン達のために、一つの政府のもとに植民地を結び付ける彼の計画を公開した。64 オールバニーは、最も初期のスコティッシュ・ライト・ロッジ(スコットランド儀式)の完成された場所だった。


1769121日から1772121日の間に、イングランドで書かれたジュニアスの手紙と呼ばれている一連の煽動的手紙は、アメリカ植民地中くまなく広まった。手紙には、入植者が申し立てている、革命、人権、出版の自由と表記のない課税というこれらの原因について提出していた。手紙は、フランクリンと米国独立戦争を起こしたフリーメーソンの多くの仲間によって読まれた。彼の姪によるとこれらの手紙を書いた男性は、ジェームズ・ウィルモット師17261808という一人のフリーメーソンであり、1785年のワーウィックシャーにあるバートンオンザヒースBarton-on-the-Heath教区牧師であった。彼もまたシェークスピア作品の作者として公式にベーコンを指名した最初の人物だった。65  また、彼は見たところフランクリンが1777年に加入していたフランスのナインシスターズNine Sistersロッジと接触していた。66


「歴史家は、これまでフランクリンが植民地政策で働かせた非道な心理的影響に驚かされつづけた。しかし、現代に至るまで、彼の力の源泉が、彼が所属し彼を広報担当者に任命した秘密結社に置いていると理解したのは、ほんのわずかだった。」67

有名な革命センターになった独立記念館は、フリーメーソンによって建設された。いくつかの理由によってメーソン、ベンジャミン・フランクリンがその礎石を置いたと信じられている。他の人は反対に他のフリーメーソンであったと言う。


ベンジャミン・フランクリンと宗教

フランスにおけるフランクリンのフリーメーソン兄弟の何人かは、彼がその新興宗教のために考案した儀式などに感動した。フランクリン国家に対する信条の声明の中で、フランクリンの異なる一面に我々の注意を向けさせた。「私は気づきました。無限が多くの存在と、なおかつ神を創造したことを…これら創られた神々は不滅であるかもしれません。または、多くの時代のあとで、他の臨時のもの、彼らの場所など、それらは変わるかもしれません。」68 フランクリンの信条がキリスト教徒のものでなかったのみならず、後年の彼の人生のすべてにおいてキリスト教徒の基準に背いていた。それ故、フランクリンはプロテスタント達の人生の手本として大多数の人に掲げられた、という真面目な報告は全く滑稽である。フランクリンについて一般歴史書籍の歪曲は、大方の歴史書籍が煩うひずみの縮小版でしかない。

彼の母は、彼がフリーメーソンに加わったことに非常に心配し、強く反対した。社交辞令的に、彼女が知らなかったものについて心配しないようにと、彼は母に忠告した。「フリーメーソンに関しては、彼女が私を信じている限り彼女の安全を保証する、彼らは一般に非常に無害な種類の人間だ。そして、宗教と良いマナーに辻褄の合わない原理と実践は持たないことだ。私は、彼女が現在持っている知見より彼らのよりよい意見を私の母に与える方法がないことを知っている。(女子が秘密結社に参加することを許されなくなって以来)彼女により多くの情報に至るまでは詮索しないようお願いしなければならない。・・・」69

言い換えると、―お母さん、私は何も話すことができないけど、私たちのことで十分精通するまで詮索しないでください。


【翻訳:タドン】
--

55. Friedman, op. cit. (Jewish Pioneers & Patriots), p.125
56. Sachse, Julius F.(33°) Benjamin Franklin as a Freemason.
Philadelphia,PA: Compiled by order of the Grand Master of
Pennslyvannia, 1906, p. 1.
57. ibid., p. 103 quoting Dr. Mease who had access to Masonic
documents in 1811, that are not available anymore.
58. Lemisch, L. Jesse, ed. Benjamin Franklin the Autobiography and
Other Writings. NY: The New American Library, 1961, pp. vii-xii.
59. Lemisch, op. cit., pp. 121, 205-9
60. Various Rosicrucian sources.
61. Sachse, op. cit. p.13
62. cf. Sachse, op. cit. pp. 7, 8, 15
63. Fay, Bernard. Revolution and Freemasonry, pp. 230-231.
64. Sachse, op. cit., p. 88.
65. Hall, Manly P.(33°) America's Assignment with Destiny. Los
Angeles, CA: Philosophical Research Soc., 1951, pp.85-87.
66. cf. ibid., and Sachse, op. cit. p. 5.
67. Hall, Manly P. The Secret Destiny of America. Los Angeles, CA:
Philosophical Research Soc, 1972, p. 133.
68. Lemisch. Benjamin Franklin The Autobiography and Other
Writings, pp. 329-330 from Smyth, Albert Henry, ed. The Writings of
Benjamin Franklin Collected and Edited with a life and
Introduction, NY: 1905, pp. 411-12.
69. Lemisch, op. cit., pp. 319-320.



【追記】


私は太田さんの死を聞いて大変残念でした。
彼には多大な恩義をおっています。

スプリングマイヤーは刑務所にいますが、彼の仕事が広められるのに満足であると確信しています。どうぞ紹介してください。

ヘンリー


Miki

I was sorry to hear of Mr. Ohta's death. I owe him a great deal.

Springmeier is in jail but I am sure he would be happy to see his work
disseminated. Pls go ahead.

Best wishes

henry

2009/10/1

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