お賽銭はいくら?? | 大前神社~神道信仰とともに歩む~

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大前神社の神主が綴るブログです。
神社はご祈祷やお祓いのイメージが強いですが、もちろんそればかりではありません。神道・神社・信仰に関わることから地域のことまで、ぐっと神社に親しみを抱いていただけたらと思います。

巫女の夜阿真阿がお参りの作法について説明してくれているので、

神主の立場から『お賽銭』について取り上げますビックリマーク


本当は、お賽銭についてあまり書きたくないなという思いもありますが、これも神慮でしょう笑2


ここ数年は、神社がメディアによく取り上げられ、それに伴って様々な誤った解説が増えていますショック!


最近見たある雑誌には、お賽銭は硬貨でなければ厄が落ちない・・・というような内容の記事がありました5円玉

その記事の執筆者も、プロフィールの肩書きは(人間界の基準で言えば)素晴らしいものでしたビックリマーク


そういう方が誤った情報を流布するのですから、恐ろしいことです叫び


お賽銭はそもそも厄を落とすためのものではありませんし、硬貨の音で厄が落ちるなら、手で地面にチャリンと落とせばいいだけのことです目


神道信仰と、民間信仰をごちゃ混ぜにしたような内容の書かれた本もよく見かけますひらめき電球

執筆者がどんな立派なプロフィールでも、それに騙されてはいけませんビックリマーク


神職としての登録も奉仕もしてないのに、肩書きには立派に「神社本庁○階所有」(←神職になるために必要な資格をただ持っているだけの人で、一定の年月が経つと失効します)なんて書いてある人もいるわけですから・・・(←こういう人の記事からは、かなりの誤りを見つけることができます)目




お賽銭

紙幣も硬貨も関係ありません

納める額は当人のお志です。ですが、縁起をかついで5円という類の納め方は慎むべきです。人間の一方的な解釈というのは、神様に対して失礼かと思います。

仏教でいう喜捨ではありません。金額が大きいから功徳も大きいとはなりません。ですが、喜捨としての一面を否定するわけではありません。

ある宗教家は、神様の場所である神社に入らせていただいているのだから、駅の入場料くらいは最低でも納めないと神様に失礼だと言いました。また、ある宗教家は、自分がちょっと痛いなと思うくらいの金額が望ましいと言いました。諸説ありますが、そのような宗教家の説を参考とするのも、あるいは、神様に対しての真心だと胸を張って言える金額を自分で設定するのも良いと思います。

ある人にとっては1円がその金額かもしれません。ある人は、たまたまお参りの時の所持金が5円であったかもしれません。ですが、それがその人にとってその時の最大限の真心であるならば、神様は喜んで受けて下さるでしょう。

心眼を鍛えましょう。お金という物質面の流れしか見られない人は真理を見誤ります。お賽銭がどのようにして神様へ届くのか、真理を理解できる心の眼を鍛えます。

自分の財布から出しましょう。もしも、持ち合わせがなくて家族や友人に借りた場合には、その旨を神様に奉告しましょう。



<神主・奈阿>