その475 | 大鐘 稔彦のブログ

その475

KAさんの奥さんから、手術は無事終わったと天野先生から説明を受けたばかりなのに、突如けいれんを起こして白目をむいてる、と、取り乱した口吻の電話を受けて、正直私は困惑の体だったが、夫人にしてみればたった一人で夫の付き添いに行って周りに愚痴をこぼす人間もいない、ということで、さしあたって紹介医の私しか思い浮かばなかったのだろう。

 脳梗塞を起こしたために予定が狂って年を越してからの手術となったKAさんだ。一触即発の状況下での大手術だから、そうそう簡単に退院にはこぎつけられないと思っていましたよ、でも、手術した大血管の問題ではないと思いますから大丈夫でしょう。私にこたえられるのはせいぜいこれくらいだったが、お話しできて少し心が休まりました、と夫人は言ってくれた。その実心配になって翌日夫人に電話を掛けた。前日ほどではないが、それでもまだ覇気のない声だ。けいれんは収まったが意識は戻ってない、と。さらに翌々日電話を入れると、明るい声が返った。おかげさまで意識は戻り、呼べば返事もしてくれます、と。やれやれと私も安どする。そして一週間後、今度は夫人から電話がかかった。すっかり意識が戻り、しゃべれるようにもなっています、いま主人と代わります、と。耳を疑ったが、待つまでもなくKAさんの声がはっきりと聞き取れた。時々わけのわからないことを口走りますが、と夫人は言ったが、私とのやり取りは極めてまともだった。

☆10日後、再び奥さんから電話がかかった。退院の許可が出ました、でもまだしっかり歩けないから車椅子で帰るように、あとは地元の神戸の病院でリハビリを受けるようにと言われました、と。

 相前後して、医学書院刊行の「医学界新聞」と三省堂の高校の英語のテキストが送られてきた。いずれも「天野先生の指示によりお贈りさせていただきます」との添え書きがあった。前者はコミック「メスよ輝け!」を介しての私との出会いを書いてくださったもの、後者は、「GOD’ S HAND」のタイトルで心臓外科医を志してより今日に至るまでの軌跡をつづったものだが、最後に、「あなたのライバルは?ブラックジャックですか?」との問いかけに、「否、《メスよ輝け!》の当麻鉄彦です」とこたえてくれている一節があった。原作者の私の本名も入れてくれている。(コミックでは高山路爛のペンネームで書いていたのだが)

 もしKAさんの手術が失敗し、生きて戻れなかったら、この二つの贈り物も素直に喜んでは受け取れなかっただろうな、と思った。

 数日前、KAさん本人から、無事退院しました、リハビリに精を出し、4月には家内と御地にお訪ねできることを願っております、と、便せん一枚ながらしっかりした筆跡の手紙が送られてきた。その翌日、天野先生から詳細な手術記録が送られてきた。専門外の私にはもう一つ理解できなかったが、大変な手術であったことはよくわかった。術直後のけいれんは、その後の検査で新たな脳梗塞によるものであったことが判明した旨も書かれてあった。所要時間は600分とある。ものは違うが、今上天皇の手術の2倍以上に手間暇のかかる手術だったことがうかがわれる。改めて彼の力量に脱帽した。