淡路島の診療所からお送りいたします。
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2016-08-04 16:28:21

その484

テーマ:診療所便り

☆本格的な夏の到来だ。去年も同じことを言ったかもしれないが、今年の夏は格別暑い。

 夕刻、たまらず海に飛び込む。アキレス腱を切った右足の状態は今一つで、足首に一本棒が入った感じだ。少し長い距離を歩くと、右の骨盤あたりがしこってくる。水泳はもってこいのリハビリになると思い、卓球の練習日には泳がないことにしていたが、今年はこの禁を破って、せっかく流した汗をもう一度かくことになるが、リハビリのため練習日にも泳ぐことにした。

 帰ってシャワーを浴び、庭に水をやる。小さな庭だが、キュウリ、トマトが植えてある。さすがにこの暑さにしおれているから、朝と夕に水をやる。そぞろ太陽が沈みかける。その鮮やかな茜色を眺めながら放水していると、ああ、生きている、このささやかな幸せがいつまでも続いてほしい、と思う。叶わぬことと知りながら。

 ベランダの下に日影ができるから、夏の到来とともにベランダから庭に移したボーダーコリーが飛び出してきて吼える。水をかけてやる。ずぶぬれにしてからタオルで拭いてやる。それから散歩に連れ出す。牧羊犬だけあって、その運動量、筋力はものすごいものがある。ぐいぐい引っ張るから、セーブが大変だ。途中で人に出会うと、だれかれなしにじゃれついて顔をなめる。犬好きの人が多いからみなさん喜んで相手をしてくださるが、こんな八方美人でいいのかと飼い主としては心配になる。手綱を話せばどこへ飛んでいくかしれないのだ。

 このジェニファー(私の大好きな今は亡き米国の女優ジェニファー・ジョーンズに因んで名付けた)、8月末でようやく一歳、そろそろ生理が始まるころだ。避妊させるべきかどうか悩ましい時期に差し掛かっている。周囲には飼い犬ばかりで野良犬はいないのだが。

☆「マックスとアドルフ―その拳は誰が為にー」と並行して書いてきた「孤高のメス」の第12巻目が上梓を見た。今回の副題は「死の淵よりの声」である。当麻鉄彦も不惑の年を迎えた。亡き妻翔子の親友であった松原富士子と晴れて再婚の日を迎えるが、その初夜を目前に新たな難題が立ちはだかる。引き続きご愛読のほど。



表紙



裏表紙


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2016-07-28 17:43:01

その483

テーマ:診療所便り

☆≪前回の続き≫

 N病院の当直医と一戦やらかして不快な気分のまま外来診療に出たが、暫くしてTさんの消息が分かった。朝まで様子を見るようにといったが、Tさんは待ち切れず、娘さんのかかりつけ医の隣町のF 先生の所へ連れて行ってもらった由。血圧が220まで上がっていたそうで、血圧を下げる薬を投与されて落ち着いたが、不安なので娘さんの所に泊めてもらったという。F医院へ行けるくらいなら、別に断らずにN病院を受診すればよかったのだ。病院だから必ず当直医はいる。時間外の患者を診るためにいるのだから、予告なく受診をしても門前払いされることはないはずで、もし門前払いするようならそれこそ病院や当直医を譴責しなければならない。予告なしに来た患者は診ないよ、という当直医があれば即刻首にすべきだ。

☆私は埼玉で14年ほど民間病院の責を担ったが、ご他聞に漏れずマンパワー不足で、常勤医だけで平日の当直はおろか、土曜日曜の日直当直はまかなえず、多く外部の医者に頼った。たいていは大学病院の若い医者で、重箱の隅をつつくような専門領域の医療に従事しているから、あらゆる患者が来る日当直は彼らにとってはある意味戦々恐々ものである。殊に内科系の医者は、外科的処置を要する患者にはお手上げである。しかし、私は彼らに、どんな患者も断るな、手に負えないと思ったら私か常勤の医者にSOSを発するように、と言い渡した。

 ある早朝、明け方まもなくだったが、内科系の当直医からSOSが放たれた。顎が外れてよだれをたらたらたらし泣きじゃくっている若い女性が来て途方に暮れているという。幸い拙宅から病院までは自転車で2分の距離だ。

 外れた顎の整復は、経験したことがなければどうしようもない。私は研修医時代に一度限り経験しただけだが、胎盤剥離術と同様、一度覚えればどうということはない。5秒で済ませた。面目ないといった顔でたたずんでいた当直医はあっけにとられたような顔だったが、いい経験をしたと思っただろう。次には見様見真似でまずは自分でやってみようと思っただろう。こうして若い医者は成長していく。かれが私に連絡せず、自分の専門外だから、と言って断ったら、彼は顎の整復を覚えきらないままだ。

☆私は研修医時代、先輩の当直を買って出て月の半分くらいを当直室で寝た。その地域のセンター的病院だったから夜中もよく急患で起こされた。心房細動で胸内苦悶を訴える患者や、腸重積で肛門から出血した幼児、外傷で腎臓がつぶれ血尿と腹痛を訴えてきた若者、等々。私は遠慮なく循環器内科の医者や小児科医、さては先輩の泌尿器科医に指示を仰いだり、駆け付けてもらったりした。顎が外れた患者もこの時に経験し、先輩の所作を見てやり方を覚え、次の患者は首尾よく自分で整復をやってのけた。

☆夜中に起こされるのは医者ばかりではない。当直の看護師や、時には技師も呼び出される。中には不機嫌をあらわに、一言も口をきかず、患者にもふてくされたまま対応する不届き者がいる。

 講演で私がよく使うフレーズがある。「医療とは何か?」と問いかけて、こう答えるのである。「医療とは、赤の他人のために、夜中も起こされて、しかも嫌な顔を見せず患者を診ることである」

そして引き合いに出すのが、自分が生んだ血の通った赤子の夜泣きがうるさいといって、我が子に手をかける若い最近の母親のことである。こういう女性が、看護師や医者になったら悲劇である。

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2016-07-21 16:49:12

その482

テーマ:診療所便り

☆久々に頭に血が上った。

 一昨日のことだ。午後7時半ごろ自宅の電話が鳴った。外食に出ようとしていた矢先だ。市内だが見覚えのない電話番号。嫌な予感がした。はたせるかな、患者さんの身内らしき男性からだ。患者は日ごろ定期的に高血圧その他で通っているTさん、75歳の女性だ。めまいがして立ち上がれないという。この時間は診療所はもうしまっていると思ったので、N病院に電話をかけたら、来てもらっても時間外で検査はできないからもっと大きな病院へ行ってくれと言われた、どうしたものでしょう、と。外部からの当直医だろうがおかしなことを言うな、というのが第一印象だった。

☆急に起こるめまいは女性に多い。大多数は「突発性眩暈症」というもので原因は不明だが、メイロンという薬を点滴静注すれば、ひどいものでも3日で治る。耳石やまれに脳梗塞が原因のこともある。

 「もっと大きい病院」となれば洲本の県立淡路医療センターくらいしかない。そこもその時間帯は当直医しかいないだろう。よしCT などの検査をしても何もなければ点滴を一本打って帰されるがおちだ。片麻痺などの症状がなければ急いでCTを撮ることもない。

 Tさんは独り暮らしだ。それだけに心もとないのだろう。N病院で点滴をしてもらって、それでも心配なら一晩泊めてもらったらいい。そのための当直医のはず。なぜ断るのか解せない。私が当直医だったら、どうぞすぐに来てください、と返答しただろう。念のため一晩泊まる用意をして、と。それにしても洲本まで行くことはないだろうから、じっと休んでいて、明日の朝まだ続いていたら診療所へ来るように、と、その男性に返事をして電話を切った。

☆翌朝、6時半に目が覚めた。なんとなくもやもやした気分だ。7時、N病院に電話を掛けた。当直医につないでくれ、と、応対に出た事務員に言った。

 かなり待たされた挙句、不機嫌な声が返った。せいぜい40前後の声だ。昨夜の一軒を話し、なぜ見て点滴くらいしてくれなかったのかというと、「めまいという診断はついたんですか?」と来た。患者さんの訴えから「突発性眩暈症」と思われる、せめて点滴でもして必要なら入院させてほしかった、と返すと、診てもいないのによくそんなことが言えるな、と来た。こいつはおかしな奴だな、と思ったが、さらに23やり取りしていると激高してきた。さては、私の声が若いので同じ年頃の医者とみなしたのか、「お前にそんなことを言われ筋合いはない!」と金切り声。これには頭にきて私も言い返した。「こういう患者を見るために当直に来ているんだろう。それができないようなら医者をやめてしまえ!」

 後刻、腹の虫がおさまらず、常勤の医師で日ごろ親しくしているW先生に事と次第を話した。案の定の返事だった。≪この稿続く≫

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