淡路島の診療所からお送りいたします。
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2018-01-25 15:09:17

その511

テーマ:診療所便り

☆評論家の西部邁氏が亡くなった。享年78歳。病死ではなく自殺であったから波紋を投げている。

 しかし、氏は気の置けない友人にはかねてより、自分は自殺で人生を終えると漏らしていたという。追悼を寄せた友人の一人は、“自殺”という言葉を用いず、「“自裁”された」、と書いていた。

 自殺の表現はほかに、自死、自決といろいろあるようだ。

 私が氏を惜しむのは、ただに、彼がアンチハルキストだったからだ。「ハルキの小説は小手先のおとぎ話に過ぎぬ」と切って捨てた卓見に留飲を下げたものである。物事の本質を見抜く人だと感服させられた。

☆神が存在し、神が命を吹き込んで生を与えたものならば自殺は罪であろう。しかし、そうでない、ドストエフスキーが喝破したように、「神が存在しないならば、すべてが許される」のかもしれない。

 生きていること自体が耐え難いことがある。私もかつて、部下や同志と信じた者達に裏切られ、莫大な債務を押し付けられた上に、自分がはぐくんできた病院から“石を持て追われるごとく2追放されたとき”、自死の誘惑にかられた。今でも、かの時の苦悩を思い出すと怖気が振るう。と、同時に、よくぞ耐えたと、有森裕子ではないが、自分をほめたくなる。

 精神的物質的な苦痛もさりながら、肉体の苦痛も耐えがたいものだろう。“ロベレ将軍”なる映画があった。政治犯で捕らえれた男が拷問にあい自白を強要される。頑として口を割らなかったが、連日瀕死の重傷を負わされて房に引きずり戻される彼は、数日後、同じ房の同志に、もう一日こんな目にあわされたら白状してしまうかもしれないと漏らす。

 翌朝同志は、彼が舌をかみ切って自死したことに気づき身震いする。

☆肉体のみならず、精神の苦痛ももたらす不治の病も一種拷問のようなものだ。そこから私たちはどのように逃れたらよいのだろう?

医学の進歩は、肉体の苦痛を軽減する手段は編み出してきた。精神的苦しみはどうなのだろう?

 “ぴんぴんころり”は万人の望むところだが、そんな僥倖にあずかれる人はごく僅かだ。“苦しみながら死にたくはない”そこから安楽死、尊厳死の概念が生まれた。

 前回、書きそびれてしまったが、3月8日の不肖私の講演のテーマは「安楽死と尊厳死」です。両者の違いがぴんと来ない方にはお聴きいただいて損ではないかもしれません。

 

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2018-01-17 15:23:49

その510

テーマ:診療所便り

☆新しい年が明けて早二週間が過ぎ、前回のブログから一か月近くたってしまった。

 昨年中に脱稿する予定だった小説が思うように捗らず、年を越してしまい、正月も返上で原稿用紙に向かっていたことがさぼりの大きな原因である。

 昨日、ようやく脱稿にこぎつけ、今朝宅急便で出版社に送ることができ、まずは肩の荷を下ろした。800枚で終えるつもりが、一千枚を超えてしまった。

 作品のテーマは、年年歳歳大きな社会問題になっている「認知症」で、若年型のそれを患うに至った妻を抱えた初老の男【大学教授を退職したばかりの医者】が、ふとしたきっかけで知り合って懸想するに至った若い女性との板挟みにあって苦悶する物語である。

 身につまされて読んでくださる人が少なくないと思っている。私自身、父が80歳になったころからこれに罹り、徘徊を始めるに及んで苦労させられた。路傍でへたり込んでいるところを通りすがりの通行人に発見されたということで、手術中に私に警察からお宅の父親に間違いないかと確認の電話が入ったことが再々あった。

 父親の妹の叔母も、夫に先立たれて数年後、まだ70台だったが認知症を発症し、ついには子供たちも認識できなくなった。女学校時代から才媛とうたわれ、歌人として知られ、中日新聞の短歌の選者にも抜擢された人だったが、晩年は寂しいことになった。

☆小説といえば、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの「日の名残り」を読んで深い感銘を受けた。実は小説よりも先に映画を見ていたのだが、イギリス映画らしい重厚さ、主演の男女優の名演技に圧倒され、すぐに原作を取り寄せた。映画は原作に忠実に作られたと知ったが、それにしてもカズオ・イシグロの小説の構成の見事さにうならされた。

 小説とはかくあるべしと唸らせるカズオ・イシグロの「日の名残り」かな

 

村上春樹など及びもつかない気品と情趣に満ちた作品であり、カズ

オ・シグロにノーベル賞を授与した選考委員会の面々の炯眼に敬服、感謝した。ハルキの小説はおよそ文学ではない、単なる読み物に過ぎず、ノーベル賞など論外であると、ノーベル賞選考委員会に直訴の手紙を送ったことが報われた思いであった。

☆講演は去年でピリオドを打つつもりであったが、今年また引き受けてしまうことになった。日頃何かと世話になっている友人の薬剤師田浦さんからの頼みとあっては断り切れずの結果である。彼もまたよんどころなき筋から頼まれ、思いついたのが私だとのこと。ご興味があり、会場のお近くの方はいらしてください。

 

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2017-12-20 16:24:58

その509

テーマ:診療所便り

☆随分更新をさぼってしまった。気が付いたら今年もあと10日、光陰矢の如しだ。

 今年は私なりに頑張った気がする。原稿用紙で800枚の「孤高のメス」の完結編と、ほかにエッセー「NHKを斬る」、短編小説「白球は死なず」を出すことができた。

 「孤高のメス」は10年にわたり書き継いで全13巻、我ながらよく続けられたものと思うが、それもひとえに読者の皆さんの後押しがあってのこと、感謝を禁じ得ない。

 かつてシネマクラブを立ち上げ、古き良き日本の映画の上映会などを共にした彦根在住の税理士Nさんは、「当麻はこんなところで消えてはなりません、もっともっと活躍してくれなければ」と熱いエールを送ってくれたが、断腸の思いで筆を折った。

 この欄で書いたかどうか、私のモノガキとしての処女作は大学卒業の年1年をかけて書いた「罪ある人々」で、主人公は理想と現実の相克に悩む青年医師当麻鉄彦、彼が思いを寄せる女性が二の宮愛子。Nさんはこの二人まで引っ張り出して、「僕はこの時から当麻のフアンなんですよ」と未練たらたらの電話をよこしてくれた。西部劇の名作「シェーン」のラストシーンまで引き合いに出し、「カムバック当麻!ですよ」とまで言ってくれ。

モノガキとしての筆を折ったわけではなく、次のテーマに取り掛かっている。書くことは業のようなもので、呆けてしまわない限り、お迎えが来る寸前まで書き続けるだろう。お付き合いをいただければ嬉しい。

☆お迎えといえば、今年は何人かの親しい友人を見送った。年長者もいたが、10歳近く若い人も。

 産経新聞地方版に6年来毎月一度「忘れえぬ人々ー私が出会った病者たち」なるタイトルでエッセーを書いてきたが、これも先月で筆を折った。今年の2月、最後の脈をとらせてもらったKさんとの思い出で締めくくらせてもらった。出会ったのは7,8年前かと思うが、その後会うたびに「僕は75で死ぬ」と本気とも冗談ともつかぬことを言って笑わせて周囲を煙に巻いておられたが、まさか現実のものになろうとは!彼の親友Mさんの奥さんで、Nさんのこちらの別荘でたびたびお会いし、替え歌で京訛りのシャンソンを聞かせてくださったご婦人も、あとを追うように、Nさんと全く同じ胆管癌で逝ってしまわれた。寂しい限りだが、明日は我が身、今生かされていることを感謝し、密度の濃い一日一日を送りたいと念じている。

 今年最後のブログなります。よきお年をお迎えください。

 

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