
(2013/中島俊郎・玉井史絵訳、NTT出版、2015.12.25)
邦題は
「イギリス風の殺人事件」なのか
「イギリス風の愉しみ方」なのかが
曖昧なところがありますね。
もしかしたら両方を
かけているのかもしれませんが
日本語として
正確さに欠けるように思います。
原題は
A Very British Murder:
The Story of a National Obsession
なので
『とても英国的な殺人
——国民的こだわりについての物語』
というところでしょうか。
オブセッションは
もう少し強く
「強迫観念」とか「固定観念」とか
いっそのこと「妄想」と訳しても
いいかもしれません。
1811年に起きた
ラトクリフ街道殺人事件と
それをめぐる騒動に触発されて書かれた
トマス・ド・クィンシーの
「芸術作品として見た殺人」(1827-39)から
ジョージ・オーウェルが1946年に発表した
「イギリス風殺人の衰退」までの
ほぼ120年間を対象に
イギリス人と殺人事件の関わり、ないし
イギリス人が殺人事件をどうみてきたか、を
描いた本ということになりましょうか。
BBCの第4チャンネル用に作られた
3回連続のドキュメンタリー
A Very British Murder(2013)があり
番組を監修するのと同時進行で
まとめられたようです。
作者の序文によれば
「いかに英国民が殺人事件を
愉しみつつ消費していったか、
つまり
一九世紀初頭から今日まで延々と続く
殺人にまつわる現象を
追究することこそが
本書のテーマ」(p.2。下線部は原文では傍点)
なのだそうです。
こうしたテーマがあるとはいえ
現象自体は多岐に分かれ、
一貫した筋があって
それに基づいて得られた結論を
どーんと打ち出す
という論文式の書き方ではないため
何となく散漫な印象を受けました。
現象が多岐に分かれるというのは
殺人事件の消費の仕方にしても
様々なありようがあり
趣味の変遷があるからです。
その趣味の変遷の中で
様々な商品が提供される。
そうした中で
警察組織に対する要求や
組織自体の自己変革の動きがある。
それらのことに階級的な要素も加わる。
そうした現象を
すべて盛り込もうとしているため
事実や出来事の紹介が先立って
分析や理論が充分に練られていない
という印象を受けるのでした。
もっとも
テレビ番組をまとめたもの
として見るなら
テレビ番組というのは
そもそもがそういうものであり
問題提起されたものを基に
視聴者が自分で考えるのが筋だ
というふうに思えば
今のような散漫とした内容でも
いいのかもしれませんが。
その意味では第1章が
いろいろなことを盛り込みすぎて散漫で
盛り込まれた事実の
ひとつひとつは面白くても
全体としては何を言いたいの?
という感じで
少々退屈でした。
個人的には
イギリス探偵小説の黄金時代を扱った
第3章が面白かった。
アガサ・クリスティーや
ドロシー・L・セイヤーズを中心に
マージェリー・アリンガム
ナイオ・マーシュ
さらに、ディテクション・クラブを
取り上げているので
大戦間のイギリス本格ミステリが
好きな人間としては
目を通さずにはいられない
というわけでして。
初めて知ったこととか
面白い論点などもありましたが
そんなの知ってるよ
ということも多かったので
マニアな方には
物足りないかもしれませんけど。
ウィルキー・コリンズの他
フィクションにおける
史上初の女性探偵について
書かれている第2章は
自分も知らないことが多く
クラシック・ミステリ好きにとっても
関心を引くのではないかと思います。
イギリス・ミステリの場合
現実の殺人事件をふまえたり
言及したりすることが多く
そうした有名な事件について
簡単に知ることができますので
そうした方面に関心がある人も
興味が持てるのではないかと思いますね。
『学校の殺人』でも話題になっていた
トムソン・バイウォーター事件についても
第3章で紹介されていますが
なんと、ヒッチコックが関心を持ち
エディス・トムソンに
魅了されていたそうです。
これにはびっくり。
そういう
トリヴィアルな話題を
楽しむこともできます。
イギリス黄金時代の
本格ミステリが好きなら
第3章は目を通しておいても
悪くはないかと思います。
クリスティーとセイヤーズに
アリンガムとマーシュを加えて
4大女性作家とし
特にセイヤーズがお気に入りだというのが
当方の趣味とも合いました。
ただ、クリスティーの
『アクロイド殺し』(1926)の犯人や
セイヤーズの
『ナイン・テイラーズ』(1934)や
『不自然な死』(1927)のトリックを
無造作にばらしたりしているので
ご注意ください。
こういう本を手にする人は
上にあげた作品ぐらい
すでに読んでいるでしょうけど
念のため。
あ、第2章では
ウィルキー・コリンズの
『月長石』(1868)の犯人も
明かされてます。
これは傑作なので
こういう本でばらされるのは
もったいない。
その『月長石』について書かれたところで
サージェント・カフ Sergent Cuff が
「カフ軍曹」と訳されていて
これにはちょっと呆れましたねえ。
索引でもそうなってます。
邦訳をちょっと見れば分かることだし
見なくても
文脈で見当がつくでしょうに。
ついでに
ミステリ・ファン的に
違和感を覚えた訳を書いておきますと
セイヤーズの
Murder Must Advertise(1933)を
『広告は殺人する』と訳しているのも
いかがなものか、と。
Strong Poison(1930)の場合
『毒を食らわば』と
ちゃんと邦題に合わせているのに
なぜ、日本語としても不自然な
訳をあてるのか。
(単なる誤植かもしれませんが)
ディテクション・クラブ Detection Club を
「探偵倶楽部」と訳すのも
訳者がミステリに詳しいわけでは
ないようなので
しょうがないとはいえ
ミステリ関連の本ではすべて
ディテクション・クラブとなっているだけに
ミステリ・ファンからすると
違和感ありまくりでした。
まあ、そういう
噴飯ものなところもありますが
全体としては面白かった
ということになりましょうか。
先に書いたような理由で
第2章、第3章が
ミステリ・ファンにはおすすめですね。
もっとも
巻頭のカラー・ページには
フランス革命で断首された
王族や貴族の首の蝋人形の写真とか
ある殺人者の頭部の干し首なんてものが
載っていますので
心臓の弱い方はご注意ください。
ルイ16世や
マリー・アントワネットの
切られた首の蝋人形の写真なんて
夜中に一人で読んでるときには
見たくない感じ。(((( ;°Д°))))
なお
第3章、231ページの原註には
大爆笑しました。
この註だけで
この本が愛おしくなりそうです。( ̄▽ ̄)
